絶対に負けられない

「安野麻里子、21歳。では約束通り目的を説明してください。マスターまで審査員に引き入れて、何を企んでいるのでしょうか?」


「マリアは通称なのですね?」


 貴子の質問返しにマリアが頷くと、「ジーケンとマリア」という囁き声にコーヒーを注ぐ音が混じり、怜奈が『恋のリベンジ』サイトの名刺をマスターに渡し、手慣れた感じでテーブル席にコーヒーカップを運ぶ。


「これは?」

「後でパスワードを教えるので、ログインしてみてください」


 マリアは『完全にアウェイ』だと嘆き、検事の雰囲気で前を歩く貴子が『恋の審査』の説明をする。


「マリアさんが不審に思うのも無理はないですが、私たちの目的は明確であり、マリアさんが溝端賢士の恋人として相応しいか、ジャッジしに来たのです」


「つまり私がケンジと言う方と恋をする資格があるかという事ですね?」


 この時、店内に柑橘系の香りが漂い、マリアは天使が現れたと身を引き締め、『秘密を守り、恋の運命を引き寄せてみせる』と目を細めて付近を見渡す。


『絶対に負けられない』


 実際、金髪の天使はウインドーガラスをすり抜けて店内に入り、怜奈の持つコーヒーの香りを嗅いでから、カウンターの端の席に腰掛けてマリアの審査を観戦した。


「呑み込みは早いようね」

「理知的な感じはする」

「臆してないのも、高ポイントだわ」


 メモ用紙やスマホを手にして評価項目をチェックされ、マリアはテーブル席の女性たちを見て苦笑するが、「頑張って」とマスターに声を掛けられて頷く。


「私の意志は関係ないのですか?恋をするかは自由意志であり、しかも一度も会った事のないケンジという方を私が好きになるか、恋の神様しか答えは知らない筈だ」


 マリアは立ち上がって貴子と対峙し、一方的な審査に不服を申し立てたが、テーブル席からクスクスと笑い声が聴こえ、「却下します」と貴子が真剣な表情で告げて静粛になった。


『確かにマリアも恋をした』


 金髪の天使が微笑み、カウンター内の悠太もタイミングよく頷き、見えていない天使が観客としてマッチしている。


「恋は引力であり、経験者である私たちが恋の審査する為に集まったのです。もちろんマリアさんがケンジをフッたら愉快だけどさ。そんなこと有り得ないのよね」


「言い切るのですか?」


 マリアは賢士に恋をした女性たちの執念と、その魅了を信じる想いに驚嘆し、浴びせられる熱い視線に震え上がった。


『でも、私はキスまでしている』と教会の聖堂で十字架キッスをしたシーンを思い返し、新しい時間でも『恋を勝ち取る』と反撃した。

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