第8話 二人きりで

 青山恋陽のパンツは黒なのか。

 ちょっと、ショックだった。

 だって、青山って名前なのだから当然パンツも薄い水色だと思うだろう。


 ――って、それどころじゃない。

 目の前で青山が転けていた。


 俺は慌てて立ち上がり、青山に手を伸ばす。

 幸いちょっとバランスを崩しただけで、どこも怪我はしていないようだった。

 だけれど、確かに青山が転ぶ直前にひらめいたスカートからは黒のパンツが見えたのだ。


「大丈夫?」

「――うん」

「どこか怪我はない?」

「――大丈夫そう」


 青山はどこか上の空だった。

 頭を打っていないから大丈夫だと思うのだが、転んだのが余程ショックだったのだろうか。


「ごめんね、遅れてきたのに迷惑かけて」


 青山はしゅんとしながら謝る。


「大丈夫。それよりどこか痛いところはない? 保健室いく?」

「いかない。それより本当にごめんなさい。待たせたあげく、こんな騒ぎにしちゃって。買ってきたお茶も落としちゃったし……落としたので良かったらこれ……」


 そういって、青山恋陽は俺に自販機で買ったばかりであろう、お茶のパックを差し出した。

 ひんやりと冷たく、買ったばかりであることが分かった。


「ありがとう」


 すこしだけへこんでいるパックの過度を青山恋陽から見えないようにして、俺はそのお茶にストローをさして飲む。

 青山恋陽も俺のとなりで同じパックにストローをさして飲み始める。

 お互い無言で少しだけ気まずかった。


 ぐうー


 沈黙を破ったのは青山恋陽の腹の虫だった。

 青山恋陽は恥ずかしそうにお腹をおさえる。

 そんな仕草しなければ聞かなかったフリをするのに。

 なんて正直なんだろう。


「ごめん、お昼まだたべて無くて。はずかしい……」


 青山は顔を紅くして謝る。

 やっぱり、青山恋陽はすごく可愛い。


 ぐううー


 今度は俺の腹が鳴く。

 うん、これって恥ずかしいわ……。

 青山恋陽は目を丸くして俺をみつめる。

 そして、しばらくして意を決したように、切り出した。


「あのね、本当はお弁当作ってきたんだけど……」


 食べても良いかということだろうか。俺も腹が減っているのに自分だけ目の前で食べようなんて結構天然なところがある。


「ああ、うん」


 正直、青山恋陽がどんなお弁当を作ったか気になる。


「……さっき、転んだからぐちゃぐちゃになっちゃったかもなんだけど」

「大丈夫だよ。気にしない」


 やっぱり女子は弁当の見た目とかも気にしなきゃいけないのだろうか。可愛いって大変だな。

 俺は毎日、身だしなみに時間をかける妹を思い出して改めて彼女たちの可愛らしさが努力によって成り立っているんだなということを確認する。

 そうやって一人納得している間も、青山恋陽はもってきたバックをごそごそとやっている。


「あのっ、本当に中身とか偏っちゃっているかもしれないけれど、良かったら食べて」


 そういって、青山は俺に弁当の包みを差し出した。


「えっ??」


 俺は彼女の予想外の行動に言葉がでてこない。


「やっぱり、嫌だよね。無理はしなくて良いから」


「コレハ オレノ オベントウト イウコト デスカ?」


 頭が回らない。


「うん、四谷君のために作ったの」


 青山恋陽はあっさりと認める。


「いただきます!」


 俺は「四谷君のため」と聞くと同時に、目の前で青山恋陽が引っこめかけた弁当箱を受け取った。


 弁当は美味かった。

 青山恋陽の手料理は噂通り美味しかった。

 中身は青山が心配していたほどの被害はなく、ウインナーのタコがほうれん草のソテー上に脱走していたくらいだった。

 ダシの利いたほんのり甘い卵焼きはあざやかで。

 小さなエビフライ。

 枝豆と塩昆布のご飯は小さな一口大のおむすびにして詰められていた。

「美味しい」


 感動して、その言葉をいうのが精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る