3-R パーティーの崩壊(ノイン視点)

 なんでこうなった!? 何が悪かったんだ!

 俺達は華々しく5級になるんじゃなかったのか? それがどうして!




 ことの起こりは、北の森に魔狼が出たから、ほかにもいないか確認してほしいという調査依頼だった。

 魔狼が1頭だけでうろついてるとも思えないから、少なくとももう1頭いるはずだとのことで、戦闘前提の調査だった。

 受け手のいない割の合わない安い依頼だが、ギルドへの貢献度は高い。うまくすると、これで5級に上がれるほどに。

 魔狼は、本来もっと北に住んでいる氷の魔獣で、強靱な体、素早い動き、氷の魔法と、相当厄介な相手だ。

 だが、俺達なら勝てる。

 剣士3人、槍士2人、弓士2人、魔法士2人からなる俺達のパーティーに死角はない。

 特に、アハトは、治癒術まで使える万能型の魔法士だ。

 魔狼の1匹や2匹、出てきても返り討ちにしてやる。

 …なんて思ってたんだが。


 2頭の魔狼が連携すると、恐ろしい強さだった。

 1頭が前衛を引っかき回し、もう1頭が後ろから氷の矢を飛ばしてくる。

 魔獣のくせに前衛と後衛に分かれて攻撃してくるなんて生意気な。

 前衛の魔狼は、剣士3人、槍士2人を相手に、一歩も引かずに渡り合っている。その上、隙あらば俺達魔法士を狙うから距離をあけることもできない。そして、後衛の魔狼は、容赦なく氷の矢を飛ばしてくる。

 前衛同士、後衛同士の戦いになったら、こっちが圧倒的に不利だ。

 氷の矢を止めるには、土の壁を作るとか、木の陰に隠れるとかしなければならない。

 一応、俺達は木の陰に逃げ込んで火の玉を撃っているが、数も速さも圧倒的に負けている。所詮、人間と魔獣では、魔法を使う能力が段違いなんだ。弓矢なんて話にもならない。


 前衛のイアン達がさっさと後ろの魔狼に斬りかかってくれればいいのに、5人がかりで1頭を出し抜けない。

 お陰で、こっちは実質2人で1頭を相手にするハメになっている。

 前の魔狼に一撃加えれば、前衛の剣士イアン・ヴァイ・ライが突っ込めるだろうが、あの素早い魔狼に火の玉を当てるのは難しい。

 となると、後ろの奴にできるだけでかいのをぶつけるしかない。

 大きめの火の玉を作っていると、連射していた火の玉が滞り、後ろの魔狼がここぞとばかりに氷の矢を次々と飛ばしてくる。

 ようやく完成した火の玉を撃ち出すと同時に、隠れていた木が氷の矢でえぐられて折れ、メキメキと音と立てて倒れてきたので、慌てて避ける。

 魔狼を見ると、なんということもなく火の玉を避けていた。

 また別の木に隠れて火の玉を撃つが、そのせいでアハトと離れてしまった。何かあっても、治癒は期待できないな。

 いや、そもそもアハトももう魔力が尽きるだろう。


 魔狼だから火に弱いだろうってことで火の玉ばかり使っていたが、もっと速い風の刃に切り換えよう。




 どういうことだ!? 目に見えない風の刃もあっさりと避けるなんて!

 だったら、前にいる奴なら!

 仲間達の隙間を縫うように飛ばした風の刃は、やはり避けられた。が、そのために体勢を崩した魔狼は、イアンの剣を後足に受けて倒れた。今だ!

 と思った瞬間、槍士のフィアが吹っ飛んだ。

 見ると、右腕に氷の矢が刺さっている。

 しまった! 後ろの魔狼も同じことを!

 後ろの奴は、氷の矢をイアン達目掛けて撃ちまくる。

 それでできた隙を狙われ、ゼクが爪でなぎ払われた。

 俺も、隙のできた後ろの奴に風の刃を撃つが、やはり避けられてしまう。なぜだ。

 だが、そのお陰で奴の魔法攻撃も止まり、フィアとゼクを助け出す隙ができた。

 同時に、前の魔狼も、後足を引きずりながら逃げていった。

 痛み分けだな。お互い少しずつ怪我をした程度で終わってしまったが、死人は出ていない。

 今回の依頼は調査だから、魔狼がもう2頭いたという情報を持って帰れば達成になる。

 魔狼との間に火の玉を撃ち込んで牽制すると、魔狼どもは逃げていった。




 魔狼が逃げていき、落ち着いたところで、アハトに2人の傷を治療してもらったが、利き腕に氷の矢を受けたのはまずかったようだ。

 傷は一応塞がったが、元通りに動くようになる保証はないらしい。




 街に戻り、俺とイアンでギルドに報告に行った。

 支部長に森でのことを報告していると、最初に魔狼を見付けたという7級の冒険者が入ってきた。

 2人組の冒険者で、片方が剣士、片方が魔法士という、なかなか贅沢なパーティーだそうだ。

 ツンツン立った短い赤い髪と、左目が茶、右目が金色の男は、フォルスと名乗った。

 軽装ではあるが、体つきからして剣士だろう。左右の目の色が違うのは珍しい。

 前衛が2人倒れた今、こいつと、もう1人の魔法士を加えれば、魔狼どもやつらを倒せると思い、共同で討伐に当たらないかと話を持ちかけたが、断ってきた。

 連携が取れないのなんのともっともらしい言葉を並べているが、要するに6級の俺達と組むと俺達の指示に従わなければならないから、それを嫌がったんだろう。

 生意気な。


 どうせなら話そのものを断ればいいのに、討伐は嫌だが探索だけなら、と引き受けていった。

 元々、こいつらが探索を断ったから俺達に話が来たってのに、今更受けるなんて、もうこれ以上魔狼がいる可能性は低いし、適当に調査して終わらせるつもりだろう。小狡い野郎だ。

 まあいい。

 こっちも怪我人が出ているから、療養が必要だ。




 そう思ってたのに。

 7級どもは、俺達が傷つけておいた魔狼を倒して来やがった。

 俺達が怪我人を出してまで手負いにした奴を、かすめ取ったんだ。

 小狡い奴らめ。大方、もう1頭が狩りにでも行っている隙に、動けない方を倒したに違いない。

 その証拠に、無傷の方の討伐依頼は断ったって話だ。

 どうせ最初の1頭だって、元々弱ってるとかだったんだろう。卑怯者め。

 そんなわけで、1頭になった魔狼の討伐を俺達が請け負うことになった。




 前衛が2人足りないが、今度は1頭だけに集中できるんだから、問題ないだろう。

 フィアとゼクの傷は、なかなか治らない。

 特に、爪を受けたゼクの傷は、一向に治る気配がない。

 場合によっては、メンバーの補充がいるかもしれないな。

 ともかく、前衛5人を相手に渡り合う上、矢も効かず、魔法も避けるような奴が相手だ。対策を考える必要がある。

 前回の経験から、風の刃で奴の体勢を崩して前衛が足を潰す戦法が有効だろうということになった。

 仲間に魔法が当たらないよう、射線には気をつける必要があるが、風の刃はまっすぐにしか飛ばせないから、そこは仕方がない。

 前衛が3人になったことは、魔法を撃つには都合がいいから、問題は弓士のフェンフとズィーベをどう使うかだ。

 矢は当たっても弾かれるから、牽制の役にも立たない。せいぜい目に当たれば有効って程度だ。あの速さだと、目に当てるのはほとんどまぐれ狙いになる。

 かといって、剣を持たせて前衛に加えても、怪我人が増えるだけだ。

 せめて至近距離から火矢を射させて牽制させるくらいか。火矢ならば、魔狼も嫌がるだろう。




 結局、7人で森へと向かう。

 普段なら使わない火矢なんてものを使う都合上、連携の打ち合わせは綿密にやっている。とにかく魔法と火矢で牽制しまくって、隙を作らなければ。

 7級どもの言っていたとおりの場所に、魔狼はいた。

 近くには、片割れの死体もある。

 連中のマネをするのは癪だが、巧いやり方があるなら、それを使わない手はない。

 アハトと2人、先制の魔法攻撃の準備だ。

 俺は風の刃、アハトは火の玉を作る。

 「まずい! ノイン、アハト、避けろ!」

 イアンの叫び声にハッとすると、魔狼の周りに氷の矢が浮いていた。

 慌てて魔力を練るのをやめて伏せると、体の上を氷の矢が通り抜けていった。

 伏せるのが少し遅れていたら、俺は死んでいただろう。

 魔狼の方を見ると、姿はなく、何もないところに火の玉が落ちて燃えていた。

 魔狼の姿を探すと、とんでもない勢いでイアンに襲い掛かるところだった。ヴァイもライも反応できていない。

 イアンだけが剣を構えて迎え撃ったが、魔狼は一瞬止まって剣をやり過ごし、剣を振り下ろしきったイアンの喉元に食らいついた。


 血が凍るようだった。

 イアンの体が地面に叩き付けられ、放り捨てられた。

 飛び退すさってヴァイ達から距離を空けた魔狼は、火矢をつがえたまま動けずにいたフェンフとズィーベに氷の矢を飛ばすと、魔狼の死体のある方へとゆっくりと去っていった。

 もう、ヴァイもライも斬りかかるどころではなく、イアンを助け起こしに行って…絶望の叫びを上げた。

 イアンの首は、どこかに行っていたから。

 ハッとして、アハトのいた方に行くと、アハトは氷の矢を胸に2本受けて死んでいた。

 ほんの僅かな戦闘で、俺達のパーティーは、リーダーと治癒士を失ってしまったわけだ。

 ズィーベは左腕に氷の矢を食らった程度ですんだが、フェンフも首筋と左胸に氷の矢を受けて死んだ。

 依頼は失敗だ。これ以上、魔狼と戦えば、全滅する。

 俺達は、3人の死体を抱えて撤退するしかなかった。

 こんな惨めな思いをしたことはない。




 ギルドへの依頼失敗の報告は、俺が1人で行った。

 任務失敗、リーダー死亡の報告を聞き、マネージャーは取り乱し、そんなバカな、とか騒いだが、喚きたいのは俺の方だ。

 宿に戻ると、さらに悪い知らせが待っていた。

 ゼクは、腕の傷から氷の魔力に侵食されて死んだそうだ。

 フィアもズィーベも、命こそ助かったが、もう武器を持つことはできない。

 無事だったのは、俺とヴァイ、ライの3人だけ。

 もう、パーティーは壊滅したも同然だ。




 何もやる気が起きないまま数日が経ち、俺はギルドに呼び出された。

 この前のフォルスとかいう奴のパーティーが魔狼討伐に成功して6級に昇級したそうだ。

 マネージャーは、俺達の仇を討ってくれたんだと喜んでいたが、そんなわけないだろう。

 あいつらは、俺達の失敗をダシに昇級しやがった。そもそも、あいつらが無理だとか言ったせいで俺達が依頼を受けることになったんじゃないか。

 絶対に許さん。イアン達の仇は討ってやる。





次回予告

 新人冒険者の昇級試験の試験官を務めることになったフォルス達。

 薬草採取のはずが、思いもかけない魔獣に出会う。

 次回「ごつひょろ」4話「10級冒険者」

 新人の面倒を見るのも先輩の仕事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る