3-4 みゃあ

 森の探索、というか手負いの魔狼を片付けてから3日後、セシリアから呼び出された。


 「今度はどうした? まさか討ち漏らしたのか?」


 一応、定番と思って訊いただけだったんだが、セシリアは悲痛な顔をした。まさか。


 「討伐は失敗、パーティーは壊滅。リーダーのイアンさんもやられました」


 「おいおい、本当かよ。無傷とはいえ1頭だぞ。

  あっちも怪我人が出たとはいえ、2頭相手に生還したんだし、俺達と1頭ずつ共同で討伐なんて話もあったんだ、勝算があるから受けたんだろうが」


 「そうなんですが…前回より狂暴になっていたそうでして…」


 ああ、なるほど。


 「手負いとは、つがいだったんだろう。

  それで怒り狂ってたってとこか」


 「危険度が上がっている可能性もありますが、受けていただけないでしょうか。

  魔狼1頭の討伐依頼になります。

  討伐失敗により危険度判定が上がって、依頼料も若干上がっています」


 「俺達が受けるしかないんだろうなぁ」


 「もう、文句を言う人はいないと思います。受けてくださる方も。

  フォルスさん、お願いします」


 「わかった。休養も十分だ。受けよう」


 なんというか、予想どおりの展開をなぞるだけの会話だが、こっちの予想を裏切らないあたり、セシリアはわかってる奴だと思う。


 「出発はいつにされますか?」


 「そうだな。どうせ野営を挟むし、これから出よう」


 「わかりました。どうかご無事で」


 「おう、ありがとよ」




 レイルと2人で、作戦を練りながら歩き、野営した後、探索しつつ“手負い”を倒した場所に向かう。

 番なら、死体の傍を離れないってこともあり得るとは思ったからだが、やっぱりと言うべきか、奴はここにいた。

 もう腐り始めているであろう手負いの死体に寄り添うように伏せている。

 どっちが雄か雌かわからないが、魔獣にも夫婦の情みたいなものがあるのか。


 「やりにくいなぁ、レイル」


 小声でレイルに声を掛けてみたが、レイルの返事は思っていたのとは違った。


 「そうだね。あんなに死体が近いんじゃ、脇を走り抜けるのは難しいね。

  少し離れさせられるといいんだけど。

  あ、でも、もしかしたら死体に攻撃しかけるだけでも気を引けるかも」


 俺が言いたかったのは、そういう意味じゃないんだがなぁ…。夫婦の情とか。

 まぁ、いい。どっちにしても、殺す以外の選択肢はないんだ。


 「じゃ、まず足を潰すぞ。この前使ったイアンって奴の幻影を作るから、その後ろを走れ」


 「ん。わかった」


 剣を抜いて駆け出す準備をしたレイルから少し離れ、魔力を練る。

 この前の幻影──イアンはもう死んだが──をレイルの少し前に作り、走らせる。

 その少し後ろをレイルが走って、奴に接近する。

 イアンがやられた話を聞いて思ったのが、魔狼やつは相手の姿を覚えていて、恨んでいるのではないかということだった。

 なので、その姿の幻影を作って走り寄らせれば、それを狙って攻撃すると踏んで、一拍遅れてレイルが駆け込む形にした。

 その速さ故に、魔狼は魔法ではなく爪か牙で攻撃してくるだろう。

 それが幻を引き裂いた直後、レイルの剣が襲い掛かるという寸法だ。

 予想どおり、奴は幻を右の前足で迎え撃…とうとして、空を切る。そして、振り下ろされた前足の脇を駆け抜けたレイルが、右の後足を断ち切った。

 奴の機動力は奪った。

 炎の槍を生み出し、奴に飛ばす。

 後足を失って倒れ込んでいる奴の腹目掛けて飛んだ槍は、まともに刺さって弾けた。

 内蔵をぶちまけてのたうつ奴に、追い討ちの炎の槍をお見舞いし、ひくひくと痙攣するだけとなった奴の首をレイルが斬り飛ばした。


 「ちょっとボロボロにしすぎじゃない?」


 レイルが、呆れの混じった声でこぼす。俺も少しそう思う。


 「まぁ、6級のパーティーを壊滅させた奴ってんだからな、やれる時にやっておかないと危ない。

  あとは、魔石が取れるといいんだが…」


 一応、胸ではなく腹を狙ったから大丈夫とは思うんだが。

 死体の胸を割くと、魔石は無事だったので回収した。

 そうなると欲が出る。

 手負いの方の魔石はどうなっただろう。


 手負いの腹を割こうとすると、既に割かれていた。どういうことだ?

 腹の裂け目を広げると、中に一対の光る目が見える。

 思わず飛び退すさった。


 「何やってんのさ、フォルス?」


 レイルが不思議そうに俺を見ている。そりゃそうだ。死体の腹を開くなり下がるなんて、何してるかわからないだろう。


 「腹ん中に何かいる」


 「腹の中?」


 レイルが手負いの死体に近付き、腹を広げて中を覗く。警戒してるんだろう、レイルの全身を覆う魔力の量が、戦闘時並に膨れ上がった。


 「子供!?」


 高まった緊張感は、次の瞬間霧消した。

 レイルの素っ頓狂な声で。


 「フォルス、死体が子供産んだ!」


 子供!? まさか、この手負い、孕んでたのか!?

 だが、レイルが魔狼の腹から引っ張り出したのは、子猫だった。…子猫?


 「落ち着けレイル、それは猫だ。狼が猫を産むわけがないだろう」


 「…猫? あ、ほんとだ。なんで魔狼が子猫を産んだんだろ」


 「だから、よく考えろ。魔狼が猫を産むわけないっつってんだろうが。

  ものすごく考えにくいが、死体の腹ん中に隠れて身を守ってたってことなんだろう。

  つがいが死体の傍にいたから外敵は来ないし、考えたくもないが腹ん中は食い物でできてるし」


 レイルは、猫を抱き上げてしげしげ見ている。

 「ふぅん。頭いいね、お前」


 やや青みがかった白い毛にはほとんど血が付いていない。ってことは、死後すぐに潜り込んだってわけでもないのかもしれない。

 レイルが子猫を構っている間に魔石を探ってみると、すっかり輝きを失ってはいるが、魔石はあった。

 試しに炎の魔力を練って注ぎ込んでみると、うっすら赤く輝き始める。


 「よし、売れるかもしれん」


 「僕にも貸してみて」


 レイルは、子猫を小脇に抱えたままの左手に魔石を握り、剣を抜いた。

 剣に炎の魔力が宿り、次に水の魔力に変わる。


 「フォルスの魔力でも、問題なく使えるみたいだね」


 「お前、本当に器用だな。他人の魔力の籠もった魔石なんて、普通は使うの面倒なもんなのに」


 「ふふん、才能の差さ。うらやましいだろ」


 「よし、言ったな。

  お前も籠めてみろ。俺が使ってみせてやる」


 「へぇ、じゃ、やってごらん」


 レイルが魔力を籠めた魔石は、白く淡い光を放っていた。何の魔力だ?

 受け取ろうと手を伸ばすと、子猫が青い目を輝かせて盛んに前足を伸ばしてくる。


 「あれ? この子、こういう光が好きなのかな?」


 レイルの腕の中でジタバタと動く猫は放っておいて、魔石の魔力を吸い出してみる。

 あっさりと──まるで自分の魔力が籠もっているかのように魔力が入ってきた。そのまま水の矢と火の矢を飛ばしてみる。


 「もしかして、俺達の魔力は質が似てるのか? えらい簡単に使えたんだが」


 レイルはよほど驚いたのか、呆然としている。

 まぁ、俺自身も驚いてるんだ、レイルが驚くのも無理はない。猫を抑えていた腕の力も抜けたらしく、猫が飛び降りて俺の手の魔石に飛びついて奪っていった。


 「うみゃあん♪」


 猫は、光る魔石をせしめて満足したのか、一心不乱に魔石を舐めている。

 別に美味いもんでもなかろうに。


 「ま、まあ、お互いの魔力の籠もった魔石を使えるってのは、便利だからいいけどさ」


 自分にしかできないと思ってたことをあっさり真似されて動揺したのか、レイルは目を泳がせている。

 珍しいこともあるもんだ。



 「こ、この子、可愛いよね。連れて帰ろう。

  名前は“みゃあ”だね」


 レイルは、照れ隠しか、子猫を魔石ごと抱き上げた。


 「おいおい、猫なんか連れ帰ってどうすんだ。

  俺達はしょっちゅうこうやって街の外に出てくるんだぞ。その間の面倒、誰が見るんだよ。まさかセシリアにでも頼む気か?」


 「なんで、あんな奴に。みゃあが食べられちゃったらどうするのさ」


 「お前、セシリアをなんだと思ってんだよ」


 「とにかく、みゃあは僕が面倒見るからね。仕事の時も連れて歩く」


 「お前なぁ…。

  今回みたいに隠密行動取らなきゃならないことだって多いんだぞ。こんなニャーニャー鳴くもん連れて歩けるわけないだろが!」


 「じゃあ、フォルスはみゃあが魔狼の腹の中にいたの、気付けたの?」


 「なに?」


 「この子、いつからか知らないけど、魔狼の腹の中にいて、つがいにすら気付かれずに肉食べてたんだよ」


 たしかに、俺達はともかく、魔狼の番に気付かれずに、手負いの死体ん中にいたんだな。

 ああやって死体の中に隠れていられるだけの知恵はあるのかもしれない。だが。


 「やっぱり無茶だろう。子猫だぞ。依頼達成の邪魔になるのが目に見えてるだろう」


 「この前、魔獣と戦うのがわかりきってるのに、大きな治癒魔法使うなんて無茶やろうとしたのは誰だったっけ。そういや、あの時の貸しをまだ返してもらってなかったね」


 「おい、まさか」


 「みゃあを常に連れ歩く。それでチャラにしようじゃない。

  餌代とかは、僕がもつよ」


 この前の治癒魔法の話を持ち出されると弱い。これで、俺に拒否権はなくなった。


 「…わかった。だが、仕事の邪魔になるようなら…」「邪魔しないように言い聞かせるよ。邪魔になるようなら、眠らせてもいいし」


 「約束だぞ」


 いよいよヤバいって時は殺すことも考えなきゃならんが、そこまで約束させることはないだろう。


 「みゃあ、一緒に来てもいいってさ。

  僕はレイル、あっちのはフォルスだ。仲良くしようね」


 猫は、魔石に飽きたのか、大人しくレイルに抱き上げられた。

 俺は、鈍く光る魔石を拾い、中の魔力を使って、さっき倒した魔狼の首に状態保存の魔法を掛けたり、魔狼の死体を焼いたりしてから、森を後にした。

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