第119話 帰還
蒼汰は眼をさました。コンクリートの床に横たわっていた。
頭を上げて周りを見ると・・・そこは・・あの茶わん坂の駐車場だった。茶わん坂は清水寺の参詣道の一つだ。
蒼汰の脳裏に記憶がよみがえってきた。明日香と二人で五条坂の轆轤首の女将の旅館に迷い込んで・・妖怪に襲われて・・井戸に落ちたら・・この駐車場で倒れていたのだ。
周りは夜だ。月が出ていた。星は見えない。月明かりの中に数台の車が黒く浮いていた。リー、リーと虫の声だけが聞こえた。誰もいない。静かだ。
蒼汰が見わたすと、明日香と琴音がすぐ横に倒れている。少し離れて3人の蒼汰人形たちの影があった。
明日香が眼をさました。
「神代くん?・・・私たち、帰ってきたのね。
琴音も眼を覚ましたようだ。ここがどこかとキョロキョロしていたが、駐車場の向こうに『茶わん坂由来』の看板を見つけると走って行って、月明かりの中でその看板に見入っている。
「ここが以前、神代さんと明日香さんが女将の旅館の井戸に飛び込んで脱出したときの、あの出口だった茶わん坂の駐車場なんですね?」
「そうだよ」
蒼汰の声に琴音が首をかしげた。
「でも、茶わんとは時代が違いますね」
「茶わん? 時代?」
「ええ、茶わん坂は、清水焼の工房が多かったから名づけられたんですが、そもそも、清水焼は、室町時代中頃に始まって、寛永年間に技術が確立された焼き物なんです。私たちがいた平安初期とは、ぜんぜん時代が異なります」
「すると、平安時代には、ここには何があったの?」
二人の後ろで話を聞いていた明日香が口をはさんだ。琴音が後ろを振り返って答える。
「おそらく、平安時代のここは・・・私たちがいた
蒼汰は駐車場を指さした。
「すると・・・もともとは、あの平安時代の鳥辺野とこの世をつなぐ『時の通路』の、この世側の出口がここにあったわけだね。その後、この場所にたまたま清水焼の工房ができて、ここが茶わん坂と呼ばれるようになったということか・・・」
蒼汰は歴史の流れを感じた。歴史の重みと言っても良かった。この『時の通路』は平安初期の鳥辺野と現代の茶わん坂を結んでいる。移動は一瞬だが、その間に膨大な時間と歴史が積み重なっているのだ。
明日香が琴音の背中に声をかけた。
「琴音ちゃん、あなた、今日からは私のマンションに泊まった方がいいわ」
「えっ」
琴音が明日香を振り返った。明日香が真剣な顔で琴音と向き合った。
「ろくろ首の女将がまた私たちを狙うのは間違いないでしょう。だから、女将を倒すまでは、私たち3人は絶対に離れない方がいいと思うの。この事件が解決するまで、琴音ちゃん、あなた、しばらくは私のマンションに泊まりなさい」
「明日香さん。私たちがもうこの世界に戻ってきたことは女将も知っているでしょうか?」
「おそらくね。女将にはもう分かっていると思うわ。だから、私たちが少しでも隙を見せたら、たちまち襲ってくると思うのよ」
蒼汰の脳裏に
琴音が頭を下げた。
「明日香さん。では、お言葉に甘えて、今日からは明日香さんのマンションに泊めていただきます」
「それがいいわ、琴音ちゃん」
「でも、一つ問題があります」
「問題?・・・なあに? ろくろ首の女将のこと?」
「いえ、女将ではありません。私たち・・・水着がありません」
「水着?」
「昨日、明日香さんと神代さんは、ワンピ水着蒼汰が着ている赤いワンピースの水着を着てお風呂に入ったんですよね?」
琴音が向こうで横たわっているワンピ水着蒼汰を指さした。
「ええ、そうよ」
「蒼汰3人組には、これからも私たちを護衛してもらわないといけませんので、あの赤い水着はワンピ水着蒼汰にずっと着ていてもらう必要があります。だから、私たち、今夜からは裸でお風呂に入らないといけないんですよ」
明日香が笑い出した。
「裸ね・・・それもいいかも」
明日香が横目で蒼汰を見る。明日香の口が笑っていた。
「神代君。あなたの裸を私たち二人でじっくりと鑑賞してあげるわ」
蒼汰は真っ赤になってしまった。あわてて言った。
「山之内さん、西壁さん。どこかで水着を買って帰ろうよ。夜だけど、きっとまだお店はやっているよ」
慌てる蒼汰を見て、明日香と琴音が笑い出した。明日香が明るく言った。
「大丈夫よ。神代君。私、他にも水着を持ってるから」
琴音も笑った。
「わ~。神代さんのまた別の水着姿が見られるんですね。それは楽しみです。・・えっ、明日香さん、そう言えば、ネグリジェも必要ですよね」
「琴音ちゃん、大丈夫よ。ネグリジェ蒼汰が着ているのとは別のネグリジェを持ってるから」
「わ~。すると、神代さんの新しいネグリジェ姿も見られるんですよね。なんだか、明日香さんのところに泊めていただくのが楽しくなりました」
蒼汰をそっちのけにして、二人で盛り上がる明日香と琴音に、蒼汰はため息をついた。
僕は見世物じゃないんだけどなあ・・
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