第109話 花嫁行列5

 蒼汰と明日香は、地面に倒れている琴音とワンピ水着蒼汰を抱え起こした。


 「琴音ちゃん、大丈夫?」


 明日香が心配そうに琴音の身体を揺する。


 「・・ん・・えっ、ここは?」


 琴音が眼を開けた。


 「鳥辺野とりべのよ」


 「鳥辺野?・・ああ、明日香さん。私、どうしてたんですか?」


 琴音は明日香の顔を見て安心したようだ。


 「あなたは狐に飲み込まれてしまったのよ」


 「狐に・・ですか?」


 「そう。あなたが相手をした花嫁行列だけど・・花嫁が狐だったのよ」


 「あっ、そうでした。思い出した」


 琴音が立ち上がった。どこも怪我はなかったようだ。


 琴音はすぐに元気を取り戻した。すっかり元気になった琴音が蒼汰と明日香に言った。


 「あれは、『狐の嫁入り』だったんですね」


 蒼汰は首をかしげた。お天気雨のことを狐の『狐の嫁入り』と言うが、花嫁が狐の『狐の嫁入り』なんて聞いたことがなかったのだ。


 「あれが『狐の嫁入り』だったのかなあ?」


 「ええ、普通、お天気雨のことを『狐の嫁入り』と言いますよね。でも、それ以外に、夜中に山の中に狐火が連なっているのも『狐の嫁入り』というんです。これは、狐火を狐の花嫁行列に見立てて言われた言葉なんですよ。さっきの狐は狐火ではなくて本物の花嫁行列でしたので、文字通り『狐の嫁入り』というわけですね」


 「でも、ここは、鳥辺野でしょ。琴音ちゃん。どうして『狐の嫁入り』なのかしら? 鳥辺野が『狐の嫁入り』に何か関係があるの?」


 明日香も首をかしげながら聞いた。


 「明日香さん。それが関係してるんですよ。毎年、3月ですから早春の頃ですね、清水寺や八坂神社などがある東山で『京都・東山ひがしやま花灯路はなとうろ』というお祭りが行われているんです。道に露地行灯の灯りが並べられて、その中でいけばな展などのさまざまな行事が行われているんですよ。その行事の一つに、『狐の嫁入り巡行』があるんです。露地行灯でライトアップされた中を、狐に扮した何人もの花嫁が人力車にのって巡行するんです。なんとも風情があるんですよ。『狐の嫁入り巡行』の由来はよく分かっていないんですが、やっぱり鳥辺野と『狐の嫁入り』は関係があるんですよ」


 鳥辺野で『狐の嫁入り巡行』だって・・


 蒼汰は琴音の知識の豊かさに感心した。思わず蒼汰の口からつぶやきが洩れた。


 「すると『狐の嫁入り』までもが、鳥辺野に関係しているのか」


 ありとあらゆるものが、鳥辺野に関係してくるようだ。謎が謎を呼ぶようで収拾がつかない。蒼汰は鳥辺野の灰色の荒野を眺めて途方に暮れた。そうしているうちに、蒼汰はさっきの長持ながもちを思い出した。明日香に言った。


 「ところで、僕が長持に閉じ込められたとき、山之内さんが、僕のメイド服につけた紐を引いて助けてくれたんだね。どうもありがとう」


 明日香が明るく笑った。


 「神代くんが長持に吸い込まれたときは驚いたわ。それでね、神代くんを吸い込んだ長持がだんだん小さくなっていったのよ。これは普通じゃないと思って、私、思い切り紐を引いたのよ」


 「山之内さんが紐を引いてくれなかったら、僕は長持に押しつぶされていたよ。危なかったなあ」


 「神代くん。長持の中はどうだったの?」


 「うん、木の壁に取り囲まれて・・真っ暗だったんだ。それで、木の壁がだんだん僕に迫ってきて・・押しつぶされそうになって・・うわ~」


 蒼汰は絶句した。あの恐怖がよみがえってきたのだ。身体が震えてきた。思わず、明日香の胸に顔を伏せた。明日香がやさしく蒼汰の背中に手をまわして・・蒼汰を抱いてくれた。


 明日香が話題を変えるように琴音を見た。


 「琴音ちゃんは、どうだったの?」


 「え?」


 琴音が明日香を見る。きょとんとした顔だ。


 「狐に吸い込まれた後よ。琴音ちゃんはどこにいたの? 狐のお腹の中?」


 「うーん。どこにいたんだろう?・・・私、狐に吸い込まれたと思ったら、気が遠くなってしまって・・・それで、気がついたら、ワンピ水着蒼汰の横で地面に倒れていました。狐はもう消えていました」


 「じゃあ、琴音ちゃんは、狐に吸い込まれてからのことは何も覚えていないのね」


 「ええ、そうなんです・・・狐だけに、なんか化かされた気分です」


 落語の落ちのような琴音の冗談に、明日香が笑い出した。蒼汰も明日香の胸に抱かれながら笑った。琴音も言ってから、落ちに気づいて笑い出した。


 鳥辺野の荒野に三人の笑い声がこだました。

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