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 ◇澤田隼八の時間軸


「そこに何かあるんですか?」

 僕が訪ねると、女性は振り返り困った顔を僕に向けた。

「何かを見つけたみたいに急に吠え出したんだけど、私が見ても何もなくてね」

「でも何かあるから吼えるんでしょうね」

「私も注意深く何度と見たんだけど、やっぱり何もないのよ……あれ?」

「どうかされました?」

「いえ、なんかこんな風に前にも誰かに言ったことあったなって思って」

「えっ? それってデジャブーですか」

「そんな感じかな」そういって頼りなく笑った後、「さあ、もういいでしょ。帰るよ」と犬のリードを引っ張って無理に歩かせようとした。

 僕に一礼をすると、さらに強く引っ張って犬は連れて行かれた。

 犬は納得がいかないと抵抗しながらこっちを振り返っていたけど、そのうち諦めて真っ直ぐ丘を下りていった。

 あの女性が感じたデジャブーが引っかかる。もしかしたらまた変化が起こるかもしれない。

 僕も何かこの辺りに不思議な要素があるような気がして、そっと木に触れてみた。何かの変化を期待したけど、特別に著しく違いがわかるというわけでもなかった。さらに詳しく観察をしてみる。

 小枝を拾い、桜の花びらが落ちている木の根元を軽く擦ってみた。そして木の根元の地面に小枝を差し込んでみたけど、虫がいるわけでも、何かが埋まっているわけでもなかった。

 その時、目の前で桜の花びらがひとりでにかき集めたように盛り上がった。

「えっ」

 ぼくはそれを手で払いのけた。

 するとそれはまた同じように集まって盛り上がった。

「どうなっているんだ?」

 そこで僕はさらに桜の花びらをかき集めてハートの形にしてみた。

 するともうひとつ隣にハートの形にかき集められたものが出来上がっていた。

「まさか」

 僕ははっとした。



 ◇栗原智世の時間軸


 地面に小さな穴が開いたから、虫が出てくるのかと思ったけど、何も起こらなかった。

 そこだけ桜の花びらが取り除かれたので、私はふさぐように周りの桜の花びらをかき集めてみた。それなのに、風が吹いたようにさっとはらいのけられてしまった。

 どういうことだろう。

 もう一度同じようにかき集めた。今度はそれがひとりでにハートの形になった。

 あまりにも不自然でどうみてもそれは人工的に作られている。もしかしたらと思い、私はその隣にもうひとつハートの形を作ってみた。

 やがてそれはまたひとつになって、大きなハートが出来上がった。やはりこれは誰かがここにいる。

 私は辺りを見回した。

「澤田君なの?」

 でもなんの反応もなかった。だけどきっと澤田君に違いない。

 同じようにこの場所で桜を見に来ている。ここで私たちがデートする約束をしたのだから、絶対そうに違いない。

 なぜだかわからないけど、今ここは澤田君のいる世界線と繋がっている。

 私は鞄からおにぎりをひとつ出し、ハートに型どられた桜の花びらの上に置いてみた。

 そして私は強く願う。この場所で澤田君と私がする予定だったことを。

 私たちはここでデートをして、一緒にお弁当を食べる。

 目を瞑って手を合わせて、祈るように強く念じた。


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