320 - 「ロリーナ・イーディス」
「ああ……まぁそうなるか……」
大都市イーディスの上空で、マサトが溜息を吐く。
ニニーヴを討ち取ったマサトとシャルルを出迎えたのは、大都市イーディスを守る
数は十三騎ほど。
少数ながらも、その存在感は強く、周囲を旋回されるだけでどこにも逃げ場がないような錯覚に陥る。
地上には、松明の火を掲げた兵士たちが大勢集まっており、建物の屋根にも、武器を構えた冒険者や傭兵と思わしき者たちが大勢待機していた。
都市に残してきたヴァートたちは、その中心にいる。
この状況を招いた元凶は、周囲を飛ぶ
(
後悔先に立たず。
気付かぬうちに気が焦って視野が狭くなっていたのかと反省しつつ、一通り地上の状況を確認する。
包囲はされてはいるが、拘束はされていない。
普段は騒がしいハーピーたちも、ヴァートの判断に従ったのか、今は地上で静かにしている。
だが、一触即発の状態は変わりなく、もし誰かが誤って矢を射るようなことがあれば、その瞬間、
ヴィリングハウゼン組合員や
石を投げる者が出てきてもおかしくはない。
(強行突破するか? いっそのことここで暴れて……)
剣呑な方向へ思考が逸れたとき、
「私は大都市イーディスを守護する
「そうだ」
ひとまず素直に応じる。
「領主ロリーナ様がお待ちだ! 私が先導する! 付いて参られよ!」
そう告げると、アンナ・マトラックと名乗った
警戒はしているものの、敵意はないようだ。
マサトの意思確認のためか、背後を振り向いたアンナ・マトラックに頷いて返す。
(ついて行くか)
マサトが追従の意を示すと、アンナ・マトラックも頷き、そのまま地上へ向けて降下を始めた。
◇◇◇
「あなたが噂の人物ね」
毛量の多い髪を両サイドと後ろに三つ編みにした、筋肉質な女性が、仁王立ちの格好で腕を組みながらマサトへ話しかける。
彼女の名は、ロリーナ・イーディス。
大都市イーディスの領主であり、冒険者ギルドと鍛冶ギルドを束ねるギルド会長も兼任する女傑だ。
冒険者ギルドでは重戦士として、鍛治ギルドでは鍛治師として秀でた才能をもつ彼女は、人族とドワーフのハーフでもあり、ドワーフ特有の豪快な性格ながら、人族としての気配りもできる稀有な人物で、人望も厚い。
「まずは自己紹介が必要ね。私はロリーナ・イーディス。この都市の領主よ。もうここを去る直前だと思うけど、一応言っておくわ。イーディスへようこそ」
遮音の魔法がかけられた簡易テントの中で、ロリーナが優雅に挨拶する。
見た目の豪快さとは裏腹に、その振る舞いからは貴族としての気品が感じられた。
マサトは、無礼な態度を取られたら強行突破でもしようと考えていたため、僅かに返答が遅れる。
「ああ、俺はセラフ。こっちはシャルルだ」
隣で凛とした佇まいのシャルルが、無言ながらも優雅な仕草で挨拶を返す。
元女王というだけあって、その振る舞いは、ロリーナや護衛騎士たちが息を呑むほどだった。
マサトは、いつも傍若無人にしているシャルルでも普通に振る舞うことができるのかと関心しつつも、同時に、ならいつもはなぜそうしないのか?と若干の疑問が浮かんだ。
だが、すぐ本題を思い出し、視線をロリーナへと戻す。
「外を騒がせてしまってすまない。今すぐ発つから包囲を解いてもらえるか?」
「それはできないわね」
唐突に突き放された返答に、僅かに感情が高ぶり、思わず語気の強い声が出る。
「なぜだ?」
その結果、一瞬でその場の空気が張り詰めた。
マサトから僅かに殺気が漏れたからだ。
焦った護衛騎士たちが、咄嗟に剣に手を伸ばすも、ロリーナは右手を挙げ、護衛たちの動きを制止した。
会った時と変わらぬ表情で、ロリーナが口を開く。
「それはあなたのせいよ。多少騒ぎになったとしても、速やかに去ってくれていれば、こちらとしても目を瞑れたのだけど」
溜息を挟み、マサトを咎める口調に変わる。
「分かるでしょ? あなたは私がこの一件を揉み消せないくらいに騒ぎを大きくしたの。自覚ある?」
「自覚は……ある」
マサトが殺気を引っ込めると、それまで張り詰めていた場の緊張感も薄まった。
ロリーナ側の護衛騎士数人が、止めていた息を吐き出した音が、マサトの耳にも届く。
それだけマサトの圧は強かったのだろう。
一方で、ロリーナに緊張した様子は見られない。
その代わり、素直に非を認めたマサトに、ロリーナは目を丸くしていた。
「意外だわ。当然反発してくると思ったのに」
ロリーナは、プロトステガの一件でもコーカス側に急報をくれたり、情報隠蔽の手助けをしてくれたりと、言わばこちら寄りの人物だ。
マサトとしても危害を加えるつもりは毛頭なく、できれば穏便に済ませたかった。
「それで、何をすれば良い?」
要求を求めたマサトに、ロリーナは笑みを浮かべる。
「話が早くて助かるわ。お茶でも飲む?」
「いや。時間が惜しい。要件だけ言ってくれ」
「そうね。そんな暇はないわね。分かったわ。アンナ」
ロリーナが側で控えていた護衛騎士――先程、マサトを先導した
「ハッ、下がるぞ」
アンナはロリーナに軽く敬礼すると、マサトとシャルルにも一礼し、他の騎士たちを連れて簡易テントから出た。
護衛が全員いなくなったことを確認したロリーナが、口を開く。
「さてと、じゃあ本題ね。私があなたに要求するのは2つ」
ロリーナが人差し指と中指だけを立てて見せると、そのうちの中指を引っ込め、人差し指をマサトに突き出した。
「まず1つめ。帝都からやってくる
「追い払う……?」
予想外の要求に、マサトも思わず聞き返す。
「そうよ。なぜって顔してるけど、私たちももう限界なの。あ、話はすべて聞いているわよ? キャロルド卿や、あなたたちに保護されたライオス・グラッドストン伯爵からの便りでね。おじ様とは昔からの付き合いがあったの。プロトステガを悪魔に乗っ取られていたなんて、今でもすべて受け止められたわけではないけどね」
苦笑いしながら答えるロリーナ。
「それでも、隣のコーカスが、氷の街になった事実から目を背けるわけにはいかないわ。次は、間違いなくイーディスだもの」
イーディスとコーカスの間で浮島プロトステガが撃破され、コーカスは氷の街と化して壊滅……となれば、その疑惑の矛先はイーディスに向けられる。
その上で、イーディスの広場に
最悪、政敵にすべての罪を負わされて領地没収もあり得る。
「今の腐った帝国の意思に大人しく従う気はないわ。ふざけた帝王に従う奴らにも、その手先にもね。それに、
ロリーナが心底嫌そうな顔をしながら怒りを顕にする。
「わかった。その要求は呑もう」
マサトの了承に、ロリーナが頷く。
「もう1つは?」
「ここを発つときに、少し街で暴れていって頂戴」
「なに……?」
聞き間違いかと思ったマサトだったが、ロリーナは何食わぬ顔で話し続けた。
「もしものときの保険は必要でしょ? イーディスに突如現れた
当然でしょ?とでも言いたげな表情で説明され、マサトの方が少し呆気に取られる。
今までのロリーナの振る舞いから、領民の命を第一に考える聖人かなにかだと勝手に決めつけていたようだ。
「そ、そうか。わかった」
「壊していって
ロリーナにウインクされ、マサトは頷くしかできなかった。
これを機会に、ロリーナは政敵や厄介者の巣を片付けたいようだ。
これが大都市の領主になる人物の器量なのかと、マサトの中にロリーナに対しての尊敬の念が生まれる。
「これですべてか?」
「ええ、すべてよ」
「なら、俺もここで暴れて出ていった方がいいか?」
「当然、手加減はしてくれるのよね?」
ロリーナが右手を差し出す。
「努力はする」
マサトが差し出された手を握る。
ロリーナの肩から力が抜け、笑みに柔らかさが出る。
「よろしい。こんなに話しやすい相手だとは思わなかったわ。あなたとは良い友人になれたでしょうね」
ロリーナのとても力強い握手と、立派に鍛え上げられた前腕筋群に、マサトも自然と笑みを浮かべた。
「次があれば、きっとなれるはずだ」
◇◇◇
大破したテントの横で転がっていたロリーナに、アンナが駆け寄る。
「また派手にやりましたね」
アンナの問いに、ロリーナはむくりと起き上がった。
「ほんとよ。これで手加減したつもりなのかしら」
ロリーナが服についた汚れを払いながら不満げに答えると、アンナは苦笑しながら手を差し伸べた。
「でも、ご無事で何よりです。それに、あの男が放つ恐ろしい威圧にも顔色一つ変えなかったお嬢には敬服しました」
アンナの称賛に、ロリーナも苦笑いを浮かべると、差し出されたアンナの手を遠慮し、自分で立ち上がった。
「顔に出ていなかったのなら安心したわ。内心はもうガックガクだったんだから!」
「またまた御冗談を」
立ち上がったロリーナは、まだ僅かに震える手を隠すように、腕を組んだ。
「さてと、私たちも大掃除に参加するわよ」
「ハッ、すでに手配は済んでおります」
ふたりで大煙のあがる空に視線を向ける。
「ここまで事前情報の通りに事が運ぶなんて、驚きを通り越して恐怖心が芽生えてくるわね」
ロリーナが真剣な表情で呟き、アンナがそれに応じる。
「はい。私たちはフログガーデンを小さい島国だと軽視しすぎていたのかもしれません」
「そうね。井の中の蛙だったのは、私たちの方だったのかもしれないわ」
ロリーナが肯定すると、アンナは不安そうに聞いた。
「この反乱……本当に上手くいくでしょうか?」
「さぁどうかしらね。最後の最後まで筋書き通りに進むとは限らないわ。でも、他国の力を借りなければ打破できない現状を招いてしまったのは私たちの責任よ。ここまできてしまったなら、利用できるものはすべて利用してでも抗わないとね」
そう告げたロリーナが、不意に誰もいない瓦礫へと目を向け、声をかけた。
「これでいいんでしょう?」
突然のことにアンナが驚きつつも、ロリーナが声をかけた先を注視する。
すると、暗がりに人影が浮かび上がった。
「まさか……」
アンナが驚きの声をあげる。
人影は黒いフードローブに身を包んだ美女へと姿を変えた。
「お前は
アンナがそこまで口に出すと、女は人差し指を口元に当てた。
揺れた黒いフードから、真っ赤な髪が僅かに覗くと、ハッとしたアンナが口を強く噤んだ。
アンナが黙ったのを待ってから、女がゆっくりと話し始める。
「ご協力に感謝いたします」
ロリーナが応じる。
「あなたたちも、私の要求を忘れないでよ?」
「承知しております。その件については、私たちの本業でもありますので。では」
女はそう告げると、闇へと消えていった。
ロリーナは一度だけ大きく溜息を吐くと、もう後には引き返せないと自分に発破をかけた。
「行くわよ! アンナ!!」
「あ、は、はいッ!」
――――
▼おまけ
【UR】
「私ももうそろそろ引退かな。最近は夜目がきかなくてね。鷲獅子を扱う腕はあがっても、視力の衰えはねぇ……どうしようもないわね――熟達した鷲獅子騎士、アンナ・マトラック」
【UR】 大都市イーディスの領主、ロリーナ、3/5、(赤)(5)、「モンスター ― 人族、ドワーフ族、
「領主としての務めに比べれば、ギルドの運営なんて易しいものよ。だって、嫌いなやつがいても、拳ひとつで黙らせられるもの――剛腕のロリーナ・イーディス」
※ロリーナの挿絵は近況ノートにあげておきます
★ 挿絵カード(WEB版オリジナル)、pixivにて公開中 ★
https://www.pixiv.net/users/89005595/artworks
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これからも更新続けていきますので、よろしければ「いいね」「ブクマ」「評価」のほど、よろしくお願いいたします。
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