318 - 「苛立つニニーヴ・リーヴェ3」

(案外、呆気なく堕とせたな)



 予想を超える結果に少し拍子抜けしつつも、これがXFエックスファクター兵器の実力なのだろうと納得する。


 フィン・ネルは、やはり強かった。


 マナの許す限り無尽蔵に出力をあげられる時点で、攻撃力としては最上級の兵器だといっても過言ではない。


 そもそもの話、TCGを成り立たせるために存在するルールや制限を前提として設計されたカードだ。


 所有マナが数千、数万も貯められる状況を想定して設計されていないのだから当然ともいえる。


 それを大した制限もなく使えるのだから、強くないわけがなかった。


 今後は、今回のような一方的な決着が増えるだろう。


 だが、マサトが懸念した通り、弱点も明確になった。


 光学迷彩で本体を消すだけでは、事前に察知されてしまう点だ。



(今回は上手くいったが、毎回上手くいくとは限らないか)



 フィン・ネルを使いこなすためには、実戦経験をもっと積む必要があるだろう。


 そのフィン・ネルの餌食になった水色のドラゴン――ニニーヴ・リーヴェはというと、翼と身体を複数の青い光に貫かれたことで気を失ったのか、力なく落下していっている最中だ。


 高度の高い位置での戦闘だったため、ニニーヴが地面に落下するまでにはまだ少しばかり時間がある。



(このまま止めを刺すべきか……それとも尋問するべきか……)



 少しだけ考え、やるだけやってみようと、シャルルに指示を出す。



(シャルルは、先にあのドラゴンの捕獲に。抵抗したら攻撃していいが、尋問するから殺すなよ)



 シャルルが頷き、落下中の標的へ向かうために加速する。


 その後ろ姿を一瞥したマサトは、永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴンとファージたちが旋回している空へと急いで向かった。



◇◇◇



 光を取り戻したニニーヴの瞳に、白い飛竜らしき群れがぼんやりと映っては、何かに追われるようにすぐ通り過ぎていく。



(あれは……?)



 白から青、青から白へと目まぐるしく変わる景色。


 轟々と鳴り響く風切り音に、竜たちの騒がしい咆哮。


 その咆哮は、ニニーヴに対しての警鐘のようにも聞こえた。


 逃げろ、とも、目を覚ませ、とも。


 ただ、意識は未だに微睡みの中にあった。



(ここは……)



 身体が重く、酷く眠い。


 いっそのことこのまま眠りについてしまいたいと思うも、再び目の前を通り過ぎた白い竜たちが、微睡の中へと沈もうとしていたニニーヴを騒がしく起こす。



(うるさい夢ね……夢?)



 ふと違和感を感じる。


 なぜ私は訳も分からぬ夢を見ているのかと。


 眠りにつく時は、自分にとって都合の良い夢を見られる魔導具アーティファクトを使うのが、長年の習慣になっていたからだ。


 その小さな違和感が、ニニーヴを微睡の中から引き上げるきっかけになる。



(いえ、これは……)



 意識が少しずつ戻り始めると、目の前を通り過ぎる白い竜たちが、ただの雲へと変わり、喧しかった竜たちの咆哮は嘘のように消えていった。


 それらは、夢が見せていた幻覚だったのだ。



(私は一体何を!?)



 急速に覚醒し始める意識。


 そして、自身が落下中であることに気付くと、今度は身体中に激痛が走った。



「ぐぅッ!?」



 水色の美しい翼はぼろぼろに破れ、右脚は抉れてまともに動かせない。


 それだけでなく、身体にも無数の深い傷があり、その一つ一つが致命傷にもなり得るほどに深かった。



(な、なんてことッ!? どうしてこんな……)



 そこまで考え、原因を思い出す。



(あの青い光!! 敵はッ!?)



 焦ったニニーヴが周囲を確認すると同時に、自身への回復魔法と、緊急用の治療系魔導具アーティファクトを使う。



(いた!!)



 後を追ってきている不可視の物体を感知したニニーヴが、少しだけ安堵する。


 追撃がなかった状況も踏まえ、自分が意識を失っていたのは一瞬の出来事だったのだと推測したからだ。


 ほっとしたのも束の間、新たな敵の存在を察知する。



(新手ッ!?)



 それは黒い影を纏い、凄まじい速度で距離を詰めてきていた。



「くッ……」



 傷はまだ十分に回復していない。


 ひとつひとつが致命的なほどに深い傷だったからだ。


 だが、新たな脅威に対して動かなければ、待ち受ける結末は死である。


 まだ癒えていない傷口から血が噴き出すも、ニニーヴは歯を食いしばりながら、神器級ゴッズ魔導具アーティファクトへと魔力を込め、敵の襲撃に備えた。



(これまで使うことになるなんて……)



 左手の薬指にある指輪を一瞥し、苦渋に満ちた表情を浮かべる。


 それだけ貴重であり、思い入れのある魔導具アーティファクトでもあった。



(なんとしてでも、リデルの元へ帰らなければ……)




◇◇◇




 飛行すること数十分。


 目視できる距離まで近付くと、ファージたちもマサトの存在を察知したのか、耳障りな声をあげて騒ぎ始めた。


 召喚者としての繋がりは消えてしまっているため、念話などで意思疎通はできないが、それが賛美の歌だと感覚的に分ったマサトは、手振りでついてこいと指示を出す。


 永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴンも一鳴きして呼応したため、意味が十分に伝わらずとも、自身の後を追ってくるだろうと判断したマサトは、シャルルの元へ急いだ。


 敵の捕獲へ向かわせたシャルルが、ニニーヴから抵抗を受けたからだ。



(まだ余力が残っていたか。だが、まぁ心配はなさそうだな)



 上空からニニーヴの様子を常に見張っていたため、シャルルがすぐにニニーヴを制圧したことも分かっていた。


 問題は、シャルルは情け容赦も無いという点だけ……。



(まさか殺してないよな……?)



 ちゃんと自分の指示はシャルルに伝わっていたはずだよなと、一抹の不安がマサトに生まれる。


 いくつもの分厚い雲を抜けると、影の槍に串刺しにされた水色のドラゴンニニーヴが見えた。


 そのドラゴンの前には、シャルルがいつもの通り、泰然自若としていた。


 マサトが地上を降り立つと、ドラゴンは口から血を垂れ流したまま、少しだけ顔をマサトへと向けた。



「まだ息は……あるようだな」



 どうやらシャルルにはしっかりとマサトの指示が伝わっていたようだ。



(しかしこれは……よくこれで生きていられるな。これがドラゴンの生命力というわけか?)



 改めて目の前のドラゴンの状態を観察する。


 両腕、両翼は斬り落とされており、まるで槍が空から降ってきたかのような感じで、身体を複数の影の槍が貫いている。


 フィン・ネルで焼き払った右脚は抉れ、身体を貫いている槍にもたれかかっているような状態だ。


 地面に広がる血だまりも、少しずつ増えており、このままでは死ぬのも時間の問題に思えた。



「旦那様、これを」



 ドラゴンの状態を見ていたマサトへ、シャルルが腕輪らしきものを渡す。


 ニニーヴがこのアーティファクトを使おうとしたため、シャルルがその腕ごと斬り落としたのだろう。


 マサトは腕輪を受け取ると、ニニーヴへ問いかけた。



「お前がニニーヴだな?」



 マサトの問いに、ニニーヴは答えない。


 虚ろな瞳を向けるだけだった。



(ドラゴンの顔じゃ、表情の機微ですら読めないな……)



 五感が鋭くなったとしても、これではどうしようもないと、マサトは情報の聞き出しは半ば諦めつつも、駄目元で話を続けた。



「俺に何か聞きたいことは?」



 少しだけ沈黙の間があり、ニニーヴはゆっくりと口を動かした。


 重く、低く、老齢さを感じさせるようなしわがれた女性の声が響く。



「貴様は……何者だ……」


「俺は……そうだな。フログガーデン大陸を支配している悪魔、セラフとでも名乗っておこうか」



 マサトの回答に、ニニーヴが殺気を滲ませたのが分かった。


 嘘の回答で、侮られたとでも感じたのだろう。


 だが、マサトは気にせず話を続けた。



「信じようが信じまいが俺には関係ない。俺は、奪われたモノを取返しにきただけだ」



 そう告げなら、三対の炎の翼を展開しつつ、ニニーヴへ伝わるように闇の支配者ザ・ダーク・ロードの力を露出させる。


 マサトの身体から黒紫のオーラが湯気のように舞い上がる。


 すると、先ほどまで全く無反応だったニニーヴに変化が起きた。


 ニニーヴの縦に細長い瞳孔が僅かに開き、揺れ動いたのだ。



(反応ありか……)



 ニニーヴの背後に永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴンが降り立ち、空には無数のファージたちが旋回しながら耳障りな喝采をあげている。


 目の前にいる男の言葉が本当だと、そう勘違いしてもおかしくない雰囲気くらいは作りだせただろう。


 もう一押しだと、マサトが畳みかける。



「俺が要求するのは、ベルポルテュ・ローズ・ギガンティアの娘、ただひとり」



 その言葉に、ニニーヴの水色の瞳が大きく揺れる。


 人間であるマサトにも、その機微はさすがに分かった。


 そして確信を得る。


 ニニーヴはベルのことを知っていると。


 闇の支配者ザ・ダーク・ロードの力の放出を強めつつ、ニニーヴの顔に近付き、その揺れる瞳を覗き込むようにして再び問いかけた。



「どこに隠している?」


「し、知ら……」



 ニニーヴが後退りしようとするも、槍で身体を串刺しにされているため、血が噴き出すだけでその場から動けない。


 だが、痛みよりも恐怖が上回ったのか、ニニーヴは本能的にマサトから距離を取ろうとしていた。


 そんなニニーヴの顔――水色の鱗に血の付いたドラゴンの顔に、マサトがそっと手を触れると、ニニーヴの大きな身体がびくりと動き、硬直した。



「良いことを教えてやろう。悪魔に嘘は通用しない。お前が人形遊びをしているのは知っている。だから、ここへわざわざやってきたんだ」



 脅えるニニーヴに、マサトは続ける。



「全て吐け。どこに、隠した。どこだ? お前の隠れ家は?」



 揺れが大きくなるニニーヴの瞳を見つめながら、マサトは最後の一言を告げた。



恐怖テラー



――――

▼おまけ


【UC】 恐怖テラー、(黒×2)、「インスタント」、[無力化 ※黒と無色を除く]

「消えないトラウマを植え付けられた者は、死んだも同然だ――七死のアッシリア」





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