316 - 「苛立つニニーヴ・リーヴェ」

――キィイイイ!!

――――キィイイイイイ!!



 夜空に木霊する耳障りな鳴き声。


 普段は夜の森を自由に動き回る夜行性の鳥や動物たちも、招かれざる客の存在に息を潜めている。


 そんな不気味な静けさが漂う森の中、大木を背に、葉冠から覗く夜空を睨む女がいた。


 アリス教の教祖、リデル・オブ・マーリンの弟子にして愛人とも呼ばれるニニーヴ・リーヴェだ。



(忌々しい……)



 美しい顔を歪ませながら心の中でそう呟いた彼女の顔は、緑色の返り血で汚れていた。


 相手は、格下であるはずの下級悪魔ロワー・デーモン


 だが、殺しても殺しても次から次へと現れるその悪魔デーモンの群に、さすがのニニーヴも根負けし、あがった息を整えるために森の中へ身を隠したところだった。



(この統制が取れた嫌らしい動き……どこかで指示を出している者がいるはず……)



 敵の数が多いだけであれば、ニニーヴも苦戦しなかったかもしれないが、今回の敵は一筋縄ではいかなかった。


 ニニーヴが攻勢に出れば、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げの一手。


 だが、ニニーヴが攻勢を止めてその場から離れようとすれば、再び集まり後を追ってくる。


 そして、奇襲をかけてくるのは決まって少数という徹底ぶりだ。


 敵が総攻撃をかけてくれば、ニニーヴとしても敵を一掃できる手段を持っていたが、それをさせない戦術を駆使してきている。


 それも、知能の乏しい下級悪魔ロワー・デーモンの群れを使って。



(せめて姿を捕捉できれば……)



 下級悪魔ロワー・デーモン程度であれば、本気を出せば振り切れる自信がニニーヴにはあった。


 だが、問題はその中に潜む強者の存在だ。


 この下級悪魔ロワー・デーモンの群れを影で操っているであろうその敵は、厄介なことに一向に姿を見せなかった。


 平時であれば強引にことを進めていたであろうニニーヴも、今回ばかりは、慎重にならざるを得なかった。


 直近の戦闘で、自身の油断によって未知の敵に思わぬ傷を負わされたという後悔があったからだ。



(一体誰がこのような真似を……)



 頭の中を整理するため、ニニーヴはこれまでのことを振り返った――。




 当初の目的は、南部にあるAAダンジョンの視察だった。


 だが、実際に南部まで来てみれば、地上には激しい戦闘が行われたであろう戦闘痕とともに、城塞都市プロトステガらしき残骸の山があり、南部の港都市コーカス周辺一帯は、空を飛ぶ船の軍団によって占領されていた。


 これは何かあると確信したニニーヴが、単身で調査に乗り出そうとするも、コーカスに立ち入ることすらできなかった。


 姿を隠していたのにも関わらず、突然、総攻撃を受けたのだ。


 最初こそ驚いたものの、喧嘩を売られた以上、ただでは済まさないと静かに怒りつつ、けれども容易に制圧できると高を括っていたニニーヴだったが、自身の攻撃魔法が軽く弾かれたことで状況が一変。


 敵の集中砲火を躱しつつも、効いているのか分からない攻撃魔法で応戦するという不毛な戦いを余儀なくされたのだった。


 接近しようにも、敵船団の対空砲火が激しく、更には、いつの間にか周囲の空に出現した大量の悪魔デーモンが、進路を阻むように奇襲をしかけてくるため、近付くことさえ出来ず、ニニーヴの苛立ちは募っていった。


 そして、敵の船が放つ紫色の光によって、自慢の美しい水色の髪を焼かれたことで、怒りのあまり我を失ってしまう。



(あんな相手に凍結の宝珠フリーズンオーブを使ってしまうなんて……)



 短気を起こしてしまったとニニーヴが後悔し、頭を抱える。


 数で圧倒的に勝る敵を制圧するには最適な選択ではあったが、ニニーヴにとっても世界級ワールズ魔導具アーティファクト消費は手痛かった。


 何より、希少な古代魔導具アーティファクトを大切にしているリデルに、その報告をしないといけないのがニニーヴにとっては憂鬱だった。



(リデルにまた小言を言われてしまうわね……)



 溜息を吐くニニーヴ。


 世界級ワールズ魔導具アーティファクトを消費したのにもかかわらず、敵に良い様に追い払われた上に、執拗な追撃を受けて森の中へ逃げ込んだ自分にも情けなさを感じていた。


 だが、そんな感情もすぐ元に戻る。


 感情の起伏は激しいが、その感情も長続きしない性格でもあった。



(ここまで執拗に追いかけてくるのは何故? 追い払うだけが目的ではないの? それとも他の目的がある?)



 心当たりがあるとすればと、ニニーヴが真っ先に思い浮かべたのは、ウォリングフォード大宝物庫だ。


 そこには、大陸中から集められた希少な古代魔導具アーティファクトが保管されている。


 帝国では有名な宝物庫ではあるが、一般的に知られている場所にある宝庫は偽物だ。


 真の場所を知る者は僅か数人であり、その中でも実際に行き来できる者は、現帝王のグリフォンス・キング・ヴィ・ヴァルト、ニニーヴ、リデル・オブ・マーリンの3人のみ。


 そして、この宝庫が2人の隠れ家だという事実を知る者はいない。



(考えすぎね……)



 深読みも過ぎれば自滅を招くと、ニニーヴは思考を切り替えた。


 敵の思惑を推測するよりも、まずは目の前の状況を打開する方が先だ。



(いい加減、敵の出方を探るのも飽きたわ)



 ニニーヴがうんざりした表情で、懐から出した小瓶を取り出す。


 そして、慣れた手つきで小瓶の栓を抜くと、薄い桃色の液体を一気に飲み干した。


 ニニーヴの瞳に力が戻る。



(さてと。このままここに隠れていても埒が明かないし、腹立たしいけれど、力を解放するしかなさそうね)



 ニニーヴの水色の瞳が輝き、足元から周囲へと霜が広がっていく。


 すると、森の変化を目敏く察知したのか、空に木霊していた悪魔デーモンの合唱が激しくなった。



(今のうち精々騒ぐといいわ。すぐに、その耳障りな鳴き声を断末魔に変えてあげる)




◇◇◇




「世話になった」


「いってらっしゃいませ、大旦那様」



 三つ指をついた背赤セアカに礼を告げ、マサトたちは旅館を後にする。


 同行するのは、息子のヴァート、元後家蜘蛛ゴケグモで今はヴァートの師であるパークス、深淵のVIPガチャで入手した永遠の愛を誓う黒の女王シャルル・マルラン、後家蜘蛛ゴケグモの案内役アシダカ、帝国の元第一位王位継承の王子であるキングことグリフィス・キング・ヴィ・ヴァルト、最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターのララ・ラビット・アクランドの6人だ。


 青の天眼ブルーヘブンリィアイズのチョウジは、当初の役割を終えたので旅館で別れた。


 仲間のセンリやメグリスたちとともに、暫くは後家蜘蛛ゴケグモの厄介になるそうだ。


 祝福された庭師ブレスト・ガーデナーの三代目リーダーであるマーティン・ガーデナーと、サブリーダーのランスロット・ブラウンは、一足先に自身のクランへ戻ったらしく、顔を合わせることはなかった。



「つか、本当にこいつら・・・・連れて行く気か……?」



 呆れ顔のキングが、後方に視線を送りつつマサトに問う。


 こいつら・・・・とは、シャルルが召喚した上級悪魔ハイ・デーモンや、マサトが召喚したハーピィなどの生き残りのことだろう。


 マサトが支配したヴィリングハウゼン組合員たちが先導し、事前に人払いや注意を促しているが、事前周知として十分と言えるものではない。


 あくまでも、ダンジョンを抜けるまでの時間稼ぎが出来れば良いと考えての軽減策だ。


 説明を聞いていなかった者たちが実物を見て驚き、逃げ惑うなど、既に商業区は混沌とし始めていた。


 特に、体の大きい上級悪魔ハイ・デーモンは、遠方からでも建物越しに頭部や翼が見えるため、イレギュラーなモンスターが商業区に攻め込んできたと勘違いしてもおかしくはない。


 だが、マサトは気にしていなかった。



「多少の混乱は仕方がないだろう」


「多少、ねぇ。勘違いした奴が攻撃してきたらどうするつもりだ?」


「その時はその時だ。数体の被害は許容する」


「ほぉ? 反撃はしないのか?」



 その問いかけに、マサトが視線をキングへ向け、質問で返した。



「反撃してほしいのか?」



 思わぬ返しに、キングはすかさず両手を胸の高さまであげて降参した。



「いやいや、悪かったよ。んな怒るなって」



 マサトとしては特に怒ったつもりはなかったが、誤解を解くのも面倒だと放置する。


 すると、ヴァートも質問に加わった。



「父ちゃん、前みたいにダンジョンをワープできるやつ出せないの?」


「ああ、あれか。あれはエヴァーが作った小世界とこのダンジョンを繋ぐ力で、このダンジョン内を自由に行き来できる力とは違うから使えない。エヴァーの作った小世界が消えた今は、その力も使えなくなった」


「そっかー。じゃあ仕方ないね」



 その後、何回か冒険者たちとの交戦があったものの、ヴィリングハウゼン組合員の迅速な対応により、奇跡的に被害なくダンジョン出口まで到着することができた。



「ようやく着いたか」



 アーチ状に空いた出口から、街の灯りが見える。


 時間帯は深夜で、人の通りはない。


 地面には薄っすらと雪が積もり、吹き込んでくる風は酷く冷たく、時より白い雪が混ざっていた。



「さっむっ!!」



 ヴァートがローブの前を閉める。


 大抵のローブには保温の付与魔法エンチャントがかけられており、しっかり着込めば一定の寒さまで耐えられるようになっている。



「雪か……」



 マサトが外の様子を見ながらダンジョンから外へ出たその時、脳裏に直接流れ込んできた情報の多さに思わずふらついてしまう。



「父ちゃん!?」

「旦那様!?」



 ヴァートとシャルルが瞬時に駆け寄り、突然膝を折ったマサトを支えた。



「大丈夫……少し目眩がしただけだ」



 他のメンバーもマサトを心配したが、マサトは何事もなかったように立ち上がった。



「本当に大丈夫なのか? 目眩なんてらしくないぞ?」


「キングの言う通りなのよ。体調が悪いなら素直にそう言うかしら」



 キングとララが尚も心配そうに声をかけてくる。



「マサト様、やはりもう1日ほど、旅館で休まれては……」



 アシダカもそう提案してくる。


 パークスだけが、何も言わずにマサトのことを観察するようにじっと見つめている。


 因みに、パークスの目には愛用の眼鏡がかかっているため、目が見えないわけではない。


 行きの際に旅館へ預けていた予備の荷物の中に、愛用の眼鏡のスペアも用意してあったのだ。


 もちろん、トレードマークとなる白い服も。


 マサトが口を開く。



「本当に大丈夫だ。体調が悪いわけではない。むしろのその逆だ」



 マサトは、ヴィリングハウゼン組合との戦いを経て、自身の持つ力を進化させた効果により、感覚が更に鋭くなったことを伝えた。


 それにより、一度に視界へ飛び込んでくる情報量の多さに面食らっただけだと。


 本当はそれ以外にも理由があったが、マサトは全て言う必要はないだろうと黙っていた。



「もう慣れたから問題ない」



 それを聞いた面々の反応は様々だった。


 ヴァートは「父ちゃんはやっぱりすごい!」と絶賛し、キングとララは、マサトに感じていた違和感を吐露した。



「やたらと大きく見えるようになった感じがしたのは気の所為じゃなかったのかよ……」


「旅館で物凄く濃い魔力マナの放流があった時なのよ。あの時を境に、セラフが纏う魔力マナの気配が、まるで別人みたいに変わったかしら」



 アシダカも「流石です」と敬服し、パークスは呆れたのかやれやれと首を振った。


 キングが聞く。



「それで、すぐ帝都を目指すのか?」


「いや、まずは黒崖クロガケが残していった障害を排除する」



 そう告げたマサトが西の空を見上げる。



「障害って、なんだ? 空に何かいるのか?」



 キングも西の空を見上げたが、夜空に浮かぶ分厚い雨雲しか見えなかった。


 だが、マサトにははっきりと知覚できていた。



「ああ、水色のドラゴンがいる。今はファージと永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴンが足止めしている」




――――

▼おまけ


【C】 身を隠す、(青)、「インスタント」、[隠匿Lv2]

「いい加減、敵の出方を探るのも飽きたわ――苛立つニニーヴ・リーヴェ」



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