296 - 「黄金のガチョウのダンジョン10―ロンサム・ジョージ」


(S級か……)



 マサトが心の中で反芻する。


 マーティン曰く、この途方もない大きさのモンスターは、海神リヴィアサンに並ぶS級モンスターだという。


 その名も――笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージ。


 耳障りな大咆哮は、笑い声にも聞こえなくはないが、島嶼とうしょは過小評価し過ぎだろう。


 もしかしたら、最初は小さな島程度の大きさだったのかもしれないが、今は島というより大陸そのものだ。



(こいつにも厄介な能力があるのか……?)



 思い返せば、海神リヴァイアサンも海から浮上しただけで大津波が発生するほど巨大で、[魔法無敵] という防御に関しては最強格の能力を持ちながら、素のステータスですら30/30サイズという規格外の強さだった。


 あの時は、[即死攻撃] という驚異の能力をもったモンスター、グリムワールドの抹殺者フラーネカルが手札にあったから運良く討伐できたが、そのフラーネカルはもう存在しない。



(全力の火の玉ファイヤーボールで倒せればいいが)



 火の玉ファイヤーボールは、リヴァイアサンと対峙した時にも選択肢として考えた手段だ。


 だが、先程の石の雨ストーンレインですら、甲羅の表面に蓄積した土壌を削っただけだった。


 10マナも込めたのに、だ。


 となれば、単純な火力をぶつけるだけでは厳しいだろう。


 この途方もない大きさの甲羅が薄いはずもなく、恐らく厚みも強度も相当なものになるはずで、全力で攻撃するにしても、装甲の薄い箇所を狙う必要がある。


 亀であれば、甲羅から出した頭部か、長く伸びた首だ。



(全力で攻撃するにしても、余波で仲間に被害が出ないように集まったほうがいいな)



 そう決断したマサトが振り返る。



「ここに仲間を呼ぶ。例えそれが悪魔デーモンでも斬りかかるなよ」



 あえて赤紫色の髪の女冒険者の目を見て告げると、釘を刺されたことが気に障ったのかムッとした表情に変わった。


 女が何かを言う前に、その隣にいたマーティンがすかさず手で制し、代わりに答える。



「分かった」



 シャルルに念で伝えると、数分でヴァートたちが合流した。


 突然現れた中級悪魔ミドル・デーモンたちに、マーティンと連れの女が驚く。



悪魔デーモンだと!?」


「嘘でしょ!?」



 ふたりは咄嗟に身構えたが、事前に話していたこともあり、無闇に斬りかかるような真似はしなかった。


 どうやら本当に悪魔デーモンを連れてくるとは思っていなかったようだ。


 固まっているふたりを尻目に、マサトは浮かない表情のヴァートに声をかける。



「どうした? 怪我でもしたか?」


「そうじゃないけど、もう少しで皇帝ミオトラグス・オクトを仕留められたのに、突然消えちゃってさ。それが悔しくて……」

 


 他の守護者たちは、ロンサム・ジョージの出現とともに姿を消したようだ。



(他の守護者が消えたということは、こいつを討伐すれば終わりか?)



 どちらにせよ、今は目の前のモンスターを倒す以外に方法はない。



「消えたなら倒したようなものだろ。悔しがる必要なんてない。十分だ。良くやった」


「へへ」



 褒められたヴァートがにんまり顔で照れる。


 単純に守護者を倒して褒めてもらいたかっただけのようだ。



(俺がいなくても、真っ直ぐ育ったんだな……)



 素直なヴァートに少し微笑ましくなる。


 その後、チョウジとアシダカをぶら下げた上級悪魔ハイ・デーモンが遅れて到着すると、マーティンが驚愕し、隣にいた女が声を荒げた。



中級悪魔ミドル・デーモンだけでも異常なのに、上級悪魔ハイ・デーモンも!? どういうこと!?」



 声の主に気付いたチョウジが呟く。



「あれ? もしかして祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのランスロット・ブラウンッスか? ってことは、隣にいる金髪はマーティン・ガーデナー?」


青の涙ブルーティアーズの不死身のチョウジ!? なんであんたが!?」



 上級悪魔ハイ・デーモンから解放され、ようやく地上に降りることができたとホッとしたチョウジが、肩を回しながら気怠げに話す。



「そっちこそなんでここにいるんスか?」



 質問を質問で返されたことで、ランスロットのこめかみに青筋が浮かぶ。



「あんたこそ……」


「待てランス。俺が話す」



 マーティンが再びランスロットを手で制しながら口を開いた。



「このフロアに辿り着いたのはただの偶然だ。もしかしたら仕組まれていたのかもしれないが……」


「仕組まれた? どういうことッスか?」


「俺たちは、腐敗の運び手ロット・ライダーの連中を追って来た。もし俺たちの動きが奴らに察知されていたなら、ワープポイントに細工された可能性も考えられる」


「へぇー、腐敗の運び手ロット・ライダーをねぇ。ワープポイントに細工できるってのは初耳ッスけど」


「俺たちも聞いたことはない。だから油断があったのは事実だ。だが、現に俺たちはここへ来た。言っておくが、黄金のガチョウの羽は使ってない」


「それはー……確かに変スね。自分らはてっきり羽を使ったせいだとばかり」



 チョウジとマーティンが話しているところに、ランスロットが割って入る。



「あんた、腐敗の運び手ロット・ライダー相手に一体何しでかしたの? ジャコがクランメンバー総動員してダンジョンに潜るなんて相当なものよ?」


「し、知らないッス……」



 マジかよと心底嫌そうにしながらも、しらを切るチョウジ。


 腐敗の運び手ロット・ライダーのサブリーダーであるスティンクーバを殴り飛ばすという事件は起きたが、実行者はチョウジではなくシャルルであり、チョウジとしてはこれ以上は関わりたくない問題でもあった。


 そのままチョウジへと詰め寄ったランスロットが、小声で話しかける。



「それより、こいつらは何者!? なんで悪魔デーモンなんか従えてるわけ!?」


「あぁ? それを自分が話すとでも思ったんスか? おたくらとはそこまで親しい仲じゃなかったでしょ。親しくても言わないスけど」



 チョウジが真顔で突き放すと、ランスロットは舌打ちしながらも、マサトの視線が気になったのか渋々引き下がった。


 チョウジとアシダカを運んできた2体の上級悪魔ハイ・デーモンが、ヴァートの側で待機しているシャルルの両脇に降り立つ。


 上級悪魔ハイ・デーモンともなると、体長が4メートルを超えるため、それだけでかなりの威圧感がある。


 まるで中央にいるヴァートが魔王のようだ。



「マサト様、ご無事で何よりです」



 そう話しかけてきたのは、後家蜘蛛ゴケグモの上級構成員であるアシダカだ。



「そっちも無事で良かった」


「勿体無いお言葉、ありがとうございます。シャルル様と悪魔デーモンたちには大分助けられました」


「ああ」



 アシダカも後家蜘蛛ゴケグモではかなりの手練れのようだが、ミオトラグスの群れが相手では、数が数なだけにかなり苦労したようで、黒いローブの至る所に泥汚れが付着していた。


 アシダカの視線が、遠方に見える亀の頭部に移る。



「あの巨大な亀は、まさか笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージですか?」


「俺には分からない。ただ、そこのマーティンという男も同じ名前をあげていた」


「そうですか……」


「どんな能力を持っているか分かるか?」


「申し訳ありません、そこまでは……。ですが、神にどこまでも大きくなることを許された神獣だという言い伝えを聞いたことがあります」


「成長し続ける、ってことか」



 視界一面に広がる大地を見て、溜息が漏れる。



(一体どれほどの年月が経ったら、ここまで大きくなれるんだ?)



 巨大な島のように大きかったリヴァイアサンでさえ30/30サイズだったことを考えると、その数倍のサイズがあっても何ら違和感はない。


 今のところ耳障りな咆哮以外の攻撃はないため、作戦を練る余裕はある。



(取り敢えず、パークスを待つか)



 パークスの到着はそう時間はかからなかった。



(……ん?)



 悪魔デーモンに先導されるようにして登場したパークスの姿を見た皆が二度見する。


 パークスのトレードマークにもなっていた銀縁の眼鏡と白いロングコートがないだけでなく、上半身裸だったのだ。



「その格好……何があった?」



 マサトの質問に、目を細めたパークスが視線を向ける。



「奪われました。泥棒王メガ・クロオウチュウと泥棒鳥クロオウチュウの群れに。警戒はしていたのですが、上手く隙を突かれてしまいましてね。取り戻そうと追跡しましたが、後少しのところで、奪われた物と一緒に姿を消してしまったので取り返すことができず、途方に暮れていたところです」



 泥棒王メガ・クロオウチュウは、60階層の守護者で、泥棒鳥クロオウチュウと同じく対象の魔導具アーティファクトを奪う魔法を駆使するとアシダカが話していたが、さすがのパークスも翻弄されていたようだ。



「それは災難だったな……」


「敵が使う魔導具強奪魔法がここまで厄介だと見抜けなかった私の落ち度でもあるので、そこは別に」



 そう話すパークスだったが、額には青筋が浮かんでおり、相当苛ついているようだった。



「裸眼で、あの先に見える亀の頭部が見えるか?」



 パークスが目を細めたまま、指を指した方角へ視線を向ける。



「残念ながら」


「予備の眼鏡は?」


「それも奪われました」


「……そうか」



 視力、というパークスの意外な弱点が浮き彫りになったようだ。


 もしかしたら、泥棒鳥クロオウチュウとの戦いでも、最初に眼鏡を奪われたことで苦戦する結果になったのかもしれない。



(どちらにせよ、この亀を叩くなら、あの頭部が生えた場所まで近付く必要があるな)



 マサトが皆に話しかける。



「これからあの亀の首を――」



 そこまで話したところで、空から光の線が次々に降り注いだ。



「あれは……」



 それは新たにこのフロアに飛ばされてきた冒険者たちだった。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージ、0/60、(緑×15)、「モンスター ― 亀」、[甲羅に篭って眠る:再生Lv30、一時ダメージ半減、能力補正+0/+1、目覚め3ターン後] [大笑い:補助魔法バフ強制解除、再生Lv3] [小笑い:魔法詠唱強制解除、再生Lv1]

「島嶼が大陸となり、やがてはひとつの世界へと成長する。世界主ワールド・ロードへの扉を開きたいなら、ロンサム・ジョージを育てるのが一番の近道だろう――最高芸術卿ルートヴィッヒ・エミール・グリム」



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