295 - 「黄金のガチョウのダンジョン9―甲羅の上」


「一体どういうことだ……」


「な、なにが起きてるの……」



 マーティン・ガーデナーとランスロット・ブラウンが、空から降り注ぐ石の雨を見て呆然とする。


 一度は現場から撤退したものの、帰還石が使えないことが分かり、急遽、黒杖を持った男の援護に回ることにしたマーティンとランスロットだったが、男がおぞましいほどの大量の魔力マナを纏ったことで、一旦離れた場所で様子を見ていたのだ。



神器級ゴッズ古代魔導具アーティファクトでも使ったのか……?」


「そうに決まってるでしょ! あれが魔法だとしたら、最低でも3等級以上よ!? 仮にあれが失われた古代魔法ロストマジッククラスの魔法だとしても、あの規模の大魔法を単独で、しかもあんな短時間の詠唱で行使できるわけないわ!」


「そうだな……」



 想定外の光景に、ランスロットは現実を認めたくなかったのか顔を赤くして憤り、マーティンは逆に顔を青くさせた。


 その間も、炎に包まれた石の雨は、次々と地上へ落下し、大爆発を引き起こしている。


 一面に溢れかえっていた断頭ガニギロチン・クラブも、石が落下した跡地には微かな残骸しか残っていない。


 そして、その強力な一発は、70階層守護者である蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブにも命中した。



「「あっ……」」



 ふたりが同時に声をあげる。


 一瞬だけ光が走り、直後、爆発とともに巨大な頭胸甲である甲羅が無残にも弾け飛んだ。


 強固な甲羅に守られていたはずの中身が、甲羅の破片とともに盛大に飛び散り、蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブは、直撃を受けたその衝撃で、地面に叩きつけられるようにして勢いよく身体を沈めた。


 間髪入れず、割れた甲羅から大量の水蒸気があがる。


 貫通せずに体内で止まった灼熱の石が、カニの体液を蒸発させたのだろう。


 すると、それまで青く輝いていた蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブは急速に光を失い、口から泡を吹き始めた。


 だが、先程のような青い卵の産卵でも、白い泡でもなく、ほぼ緑がかった体液だった。



「う、うそ……一撃……?」



 ランスロットが目の前の光景を疑い、マーティンは目を見開いて固まった。


 再生できないほどの致命傷を受けたのか、蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブは力なく脚を横たえ始める。


 その後も、石の雨は少しだけ続き、逃げ惑うカニの群れを蹂躙した。


 大きく変わり果てた、見通しの良くなった地形だけが目の前に広がっている。


 少しして、マーティンが重い口を開いた。



「ランス、お前……次はあいつに、絶対に、突っかかるなよ」



 『絶対に』を強調した、それでいて、どこか咎めるような口調で発せられたその言葉に、ランスロットが肩を跳ねらせた。



「わ、分かってる、わよ……」



 そう悔しそうに呟いたランスロットの目の前では、淡い青色の光の粒子が、地面から舞い上がり始めていた。




◇◇◇




(上手くいったか……)



 無事に蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブを仕留められたことに、ほっと胸をなでおろす。


 仕留められなかった場合の次の手も考えていたマサトだったが、大物を仕留められるほどの高火力カードは、いざという時のためにできる限り温存しておきたかったのだ。



(まだ小型のカニが多少残っているが、ボスは潰したから問題はないだろう。さっさとマナを回収して戻ろう)



 マナ回収を始めつつ、周囲へと目を向ける。



(ヴァートはしっかりやれているだろうか……)



 ふと気になり、シャルルに念を飛ばすと『ヴァートは一生懸命戦えてる』と返事がきた。


 どうやら、シャルルは30階層守護者である鳥使いの亡霊ゴーストバードキャッチャー幽霊の夜鳥ゴーストバードの群れを早々に蹴散らすと、すぐさまヴァートの援護へと回ったようだ。


 攻撃はヴァートとアシダカ、それに監視役として同行したチョウジに任せ、自身はヴァートの援護に徹しているらしく、まだ決着まではついていないが、殲滅も時間の問題だという。


 パークスが向かった方角にも目を向ける。


 遠方に見えていたパークスが放ったであろう竜巻はすでになくなっていた。



(パークスは……心配する必要もないか)



 視線を戻し、大量に舞い上がったマナの回収が終わるまで、その場で滞空しながら暫し待つ。


 すると、周囲を見張らせていた闇の眷属から念が届いた。


 例のふたり組の冒険者が接近してきているようだ。


 マサトが、一度回収を止めて様子を見ようか考えていると、ゴゴゴと地鳴りのような音が響き始めた。



(また何か出てくるのか……?)



 地面が揺れ、直後、大気を震わせる大咆哮が轟いた。



――ジョォオジョォオジョォオジョォオジョォオ



「ぐっ……」



 視界が歪むほどの大咆哮に、さすがのマサトも顔をしかめる。



「なんだ……これは……」



 目の前の光景に驚く。


 地面が少しずつ傾きながら、上空で滞空していたはずのマサトに迫ってきていたからだ。



(どうなってる……? 俺の感覚がおかしくなったのか?)



 迫ってくる地面に逃げるようにして高度を上げる。


 その時、偶然、ふたり組の冒険者が地面に剣を突き立てた状態で、片膝を付きながら剣に掴まって何かに耐えているのが見えた。


 どうやら地面が迫ってきているように見えたのは錯覚ではなく、実際に地面ごと上昇しているらしかった。


 それも一部が迫り上がっているわけではなく、見渡す限り一面の地面全てだ。


 その間も、大咆哮は続いている。



(これは……どういうことだ?)



 あのふたり組なら、何か知っているかもしれないと、マサトはそのままふたり組の冒険者がいる場所へと降りる。


 マーティン・ガーデナーと名乗った金髪の男と、マサトに斬りかかってきた赤紫色の髪の女だ。


 マサトの急な接近に驚いたふたりだったが、視界を歪ませるほどの大咆哮と、縦揺れの激しい地面のせいで動けずにいた。


 マサトも大咆哮のせいで会話ができないため、ふたりに待つよう手で合図し、自身は地面に触れない高さを維持しながら上昇を続け、咆哮が止むのを待った。


 マーティンにはマサトの意図が伝わったらしく、片手をあげて指で丸を作っていた。


 少しして、咆哮と地面の上昇が止まる。



「ようやく止まったか」



 マサトの言葉に、マーティンとランスロットそれぞれが応じる。



「そのようだ。先程はすまなかった。正式に謝罪させてもらう。この通りだ」


「わ、悪かったわね」



 マーティンが頭を下げ、ランスロットが気まずそうにしながら横を向く。



「別に構わない。だが、知ってる情報を教えてくれ。さっきのはなんだ?」


「悪いが、俺にも分からない」



 申し訳なさそうにしたマーティンが、ランスロットへと視線を向けると、ランスロットは両方の手のひらを上に向けて肩をすくめた。


 どうやらふたりも分からないようだ。


 嘘をついているのかもしれないが、監視役のチョウジもこのフロアは生還率0%の眉唾もののフロアだと言っていたため、本当に知らない可能性は高い。


 だが、登場する守護者に法則性はあったため、それが手掛かりになるかもしれないと、マサトは質問を変えた。



「さっきの巨大カニは何階層の守護者だ?」



 マーティンが答える。



蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブのことか? あれなら、70階層の守護者の変異種だ」


「じゃあ80階層には何が出る?」


「80階層の守護者は、帝王ウッドペッカーと呼ばれる赤色と黒褐色のカラフルな鳥型のモンスターだ。高速で飛行しつつ、魔導具破壊魔法を駆使してくるかなり厄介な守護者だが……」



 マーティンが何か聞きたそうにするも、マサトは質問を続けた。



「鳥か。それなら90階層は?」


「90階層の守護者は、うたた寝するシマガメドゥラウジング・トータスと呼ばれる巨大な亀のモンスターだ」


「シマガメ……その亀の大きさは?」


蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブの数倍はある」



 蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブがサッカーコートくらいの体長だったため、その数倍となれば孤島くらいの大きさになるかもしれないが、マサトはそれでもまだ何か引っかかっていた。



「その変異種は?」


うたた寝するシマガメドゥラウジング・トータスの変異種は……いや、あれに変異種なんていたか……?」



 マーティンが考え込むと、ランスロットが鼻で笑った。



「それを知ってどうするつもり?」


「おい! ランス!」



 マーティンがランスロットを咎めるも、マサトは構わず答えた。



「この地面の正体を先に知っておきたいだけだ」


「「地面……?」」



 マーティンが一瞬で血の気が引いたように顔を青くしながら、ランスロットは理解できないといった感じで言葉を漏らす。


 すると、再びあの耳障りな大咆哮が響き始めた。



――ジョォオジョォオジョォオジョォオジョォオ



「またこれか……」


「ぐっ……」


「もうっ! 煩いわね! なんなの!!」



 マサトがやれやれと溜息を吐きつつ、音が鳴る方角を探すと、地平線の向こう側に何かが迫り上がってきたことに気付く。


 始めこそぼんやりと見えたそれは、緑色の巨大な島のようだった。



(島……? 違う、あれは――)



 巨大な島が迫り上がってきているのかと思われたそれが、ゆっくりと向きを変える――否、振り向いた。



(頭部か!!)



 巨大な黒い瞳に、上向きの鼻。


 そして、丸い顔。


 薄っすらと霧がかかるほどの遠方にあるのに、はっきりと輪郭が分かるほどに巨大な頭部だった。


 先程の巨大カニなど比にはならないほどに大きい。


 そして、その巨大な頭部があるということは――。



(やっぱり、この地面はこいつの身体だったのか……)



 マサトの予想が当たる。


 亀が口を閉じると、大咆哮も止んだ。


 だが、その直後、マーティンが青い顔で叫んだ。



「あ、あいつは、間違いないッ! S級モンスター、笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージだッ!!」



 それは、マサトにとっては海神リヴァイアサンに次いで2体目となる――この世界に3体のみ存在が確認されている討伐ランクS級の超大型モンスターの登場だった。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 断頭ガニギロチン・クラブの卵、0/1、(青)、「モンスター ― カニ、卵」、[孵化2ターン]

「基本的に、ダンジョンに出現するモンスターは、産卵などの生殖行動で数を増やすわけではないので、断頭ガニギロチン・クラブの卵はとても貴重で、その手の回収クエストも多いですよ。ただ、今のところその卵を入手するには、苔生やしの巨大ガニモス・ジャイアントクラブが出現するまで周回しないといけないですが――冒険者ギルド受付嬢オミオ」


【UC】 断頭ガニギロチン・クラブ、2/3、(青)(1)、「モンスター ― カニ」、[斬撃魔法Lv1]

「あ、断頭ガニギロチン・クラブの卵は孵化する前に早めにお持ちくださいね。過去に、寝ている間に孵化して、首を切り落とされた方もいるそうですので――冒険者ギルド受付嬢オミオ」


【R】 苔生やしの巨大ガニモス・ジャイアントクラブ、3/6、(青)(5)、「モンスター ― カニ」、[甲殻強化瞑想:一時能力補正-1/+1、再生Lv3 ※攻撃力が0以下の時は使用不可] [緊急産卵:被ダメージ分だけ断頭ガニギロチン・クラブの卵0/1召喚]

「え、苔生やしの巨大ガニモス・ジャイアントクラブが倒せない? 70階層の守護者が敬遠される傾向にあるのは確かですが、過去にはソロで討伐された方もいるんですよ? その方ですか? 今はヴィリングハウゼン組合の頭目をしておられますね――冒険者ギルド受付嬢オミオ」


【SR】 蓮生やしの巨大ガニロータス・ジャイアントクラブ、3/7、(青)(6)、「モンスター ― カニ」、[開花瞑想:一時能力補正-1/+1、マナ生成(赤)(青)、再生Lv3 ※攻撃力が0以下の時は使用不可] [(青):一時魔法無敵] [(赤×3):斬り裂く蝶カニバタフライクラブ1/2召喚1] [(青×3)(赤×3):斬撃魔法Lv5] [魔法耐性Lv5] [緊急産卵:被ダメージ分だけ断頭ガニギロチン・クラブの卵0/1召喚]

「ようやくお出ましか……お主に出会うのに、苔カニを何十匹殺す羽目になったことか。フゥー、期日も迫ってることだし、なんとしても、この1回で我が王の依頼を達成させなければなりませんな。さぁ組合の諸君。我が芸術の友よ。あのカニの甲羅に咲く菫色の蓮ヴァイオレット・ロータスを、1本残らず全て採取しに行きますぞ――ヴィリングハウゼン組合の首領タコス」



★★『マジックイーター』1〜2巻、発売中!★★


また、光文社ライトブックスの公式サイトにて、書籍版『マジックイーター』のWEB限定 番外編ショートストーリーが無料公開中です!

・1巻の後日談SS「ネスvs.暗殺者」

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