267 - 「眠りの森のダンジョン2―眠れる森の樹人」

「つ、樹人ツリーフォーク!? 早くダンジョンを出ないと!!」



 モイロが叫ぶ。


 MEにおいて、樹人ツリーフォークは防御力の高い定番モンスターだ。


 その分、召喚コストも重いという弊害をもつ典型的な種族だが、一度場に出てしまえば持ち前の防御力の高さを武器に、前線での壁役ができるモンスターでもある。


 つまり、それは力押しでは倒し難いということ。


 すぐさま撤退へと舵を取ろうとしたモイロの判断も当然と言えた。



「アンタ! 何ボケっとしてんだ!? 早く全員に撤退の指示を――」



 モイロがマサトへ撤退を促す。


 だが、モイロが抱く常識をマサトは持ち合わせていない。


 マサトにとっての樹人ツリーフォークは、一つ目の浮島巨人兵ギガス・サイクロプスよりも格下であり、自身の力の糧にするための狩りの対象でしかない。



「応戦するぞ」


「なっ!?」



 マサトの言葉に、モイロが絶句し、ヴァートとアタランティスが口元に笑みを浮かべ、自信満々に頷いた。



「分かった!」


「援護はオレに任せろ!」



 マサトに良いところを見せられるチャンスだと思ったのだろう。


 一方で、ララとキングは相変わらずだった。



「ララは後方で待機してるかしら。危なくなったら手を貸すのよ」


「左に同じ」


「キングは最前線で殴り合えかしら」


「誰がやるか! 樹人ツリーフォーク相手に肉弾戦なんて!」



 パークスもヴァートを援護できる位置へ移動すると、刀身のない剣を抜き、片手で銀縁の眼鏡を押し上げた。



樹人ツリーフォークは非常に生命力の高いモンスターです。四肢を分断しても絶命しない可能性が高い。倒したと思っても油断は禁物です。止めは念入りに行うように」


「はい! 師匠!!」


「了解した!!」



 ヴァートとアタランティスが元気に答える。


 マサト達の判断に、撤退しようとしていたモイロ達は困惑した。

 


「あ、アンタら正気か!?」


「モイロ! 私達だけでも撤退するべきよ!!」


「姉貴!!」



 ニーマとガラーに促されたモイロが葛藤する。


 ここで白い冠羽ホワイトクレストだけが撤退した場合、この場で応戦するメンバーは大幅に減ってしまう。


 ダンジョンの入口が近いとはいえ、目の前の仲間を見捨てて先に逃げるような真似はモイロには出来なかった。



「アタシはコイツらと残る! 3人は戻れ!!」


「モイロ!?」「姉貴!?」



 モイロの決断に、ニーマとガラーが驚いていると、一番後方に居た癒し手ヒーラーのタスマが顔を青くしながら声を上げた。



「だ、駄目だ! ダンジョンの入口が塞がってしまってる!!」



 タスマが杖から光を発生させ、茨でできたダンジョンの入口の中を照らす。


 入ってきた時には確かに空洞だったそれは、今は大量の茨で埋め尽くされていた。



「そんな……」



 ニーマの悲痛な声の後に、ララののんびりした声が続く。



「あら本当かしら。これじゃ出られないのよ。ダンジョンには偶にこういう事が起きると聞いたことがあるかしら。別の出口を探すか、もし樹人ツリーフォーク妖精フェアリーの仕業なら、目の前の敵を駆除するだけで出られるようになるはずなのよ」



 その言葉に、改めて全員が目の前の敵へ意識を向ける。


 枝の折れるような音と、木槌で地面を叩いたような地響きが大きくなると、『フフフ』『キャハハ』と甲高い子供のような笑い声が、何処からともなく響き始めた。


 ララが全員に警戒を促す。



「性格の悪い妖精フェアリーがやってくるのよ! あれは、精神系の魔法を使ってくる可能性が高いかしら! 手玉に取られないように気を付けるのよ!!」


「おいララぁ! チビどもの具体的な対策はないのか!?」


「気合いで耐えるかしら!!」


「気合いって、おま……」



 キングが呆れながらツッコミを入れようとするも、敵の気配にお喋りを中断させられる。



「うおっ、もうお出ましだぞ!」



 森の中から緑色の苔を生やした、焦げ茶色の大木が顔を覗かせた。


 太い幹に開いた穴で模られた不気味な顔に、葉をまばらに付けた樹冠。


 強靭な手足は無数の根や枝が重なってできている。


 そして、その身体は大樹のごとく背が高く、胴体となる幹はかなり太い。



「こりゃまた偉くデケェのが出てきたな――」



 キングが敵を見上げて呟く。


 そのモンスターの名は――眠りの森の樹人スリーピング・フォレスト・ツリーフォーク


 眠りの森のダンジョンに生息する討伐ランクAクラスの大型モンスターだ。


 その圧倒的な風貌に、モイロ達が後退る。



「で、でかい……」


「あ、あれが樹人ツリーフォーク!? あんな大きいの!?」


「うぅっ……」


「か、神よ……」



 度々、ダンジョン内に足を踏み入れてきた白い冠羽ホワイトクレストだが、樹人ツリーフォークに遭遇するのは今回が初めてだった。


 さすがのモイロも、樹人ツリーフォークの大きさに心が折れかける。



「あんな化け物、どうやって倒せば良いんだよ!?」


「モイロどうするの!? 戦うの!?」


「戦うったってあの大きさだぞ!?」


「でも逃げないなら戦うしかないじゃない!!」



 モイロとニーマが動揺していると、樹人ツリーフォークが先に動いた。


 胴体となる幹の中央に空いた口らしき大穴を開き、その巨体を震わせ始めたのだ。


 葉の少ない樹冠が揺れ、振動で剥がれた木の皮がパキパキと音を立てて舞い落ちる。


 その刹那、マサト達を轟音と暴風が襲い掛かった。



――グルォォオオオオォォォオオオオ!!



 その咆哮に、その場にいた全員が身体を強張らせる。



「ぐぅ……」



 モイロ達も歯を食いしばって耐えた。



「ぐ、ぐぅ……ま、まだ……!?」



 だが、その咆哮の終わりは中々やってこなかった。


 獣や竜の咆哮と違い、樹人ツリーフォークの叫びは魔法と同じ。


 息継ぎなど関係なく魔力が続く限り永遠と続く。



――グルォォオオオオォォォオオオオ!!



(こ、このままじゃ不味い……特に経験の浅いガラーには……)



 モイロの不安は当たっていた。


 最初に気を失いかけたのはガラーだ。



「あ、姉貴……い、意識が……」



 すると、ララが再び叫んだ。



「早くあのデカブツを止めるかしら! あの叫びに終わりはないのよ!!」



 その言葉を合図に、それまで様子を見ていたマサトとパークスが真っ先に動いた。


 マサトは両手に炎球を、パークスは柄の先に風の刃を発生させ、同時に放つ。


 炎球が火の粉の帯を引き、真空の斬撃は周囲を歪ませながら樹人ツリーフォークへと迫り――着弾。


 炎球が爆発とともに樹人ツリーフォークを後方へ弾くと、真空の斬撃は巨体を支える片足を大きく穿った。


 踏ん張りが効かなくなった樹人ツリーフォークがそのまま仰向けに倒れ、周囲に土煙が吹き荒れる。



――グルォォオオオオオオ!!



「なっ!? 火球と剣撃だけで押し込んだ!?」


「なんて破壊力の火球なの……」



 モイロとニーマが2人の攻撃力の高さに驚愕する。


 気を失いかけたガラーも、ガラーを支えようと駆けつけたタスマと一緒にその光景を唖然と見つめていた。


 一方で、ヴァートとアタランティス、キングとララが2人の活躍を喜ぶ。



「やった! やっぱ父ちゃんと師匠は凄いや!!」


「さすがだな!!」


「あの巨大な樹人ツリーフォークが3発でダウン? マジかよ」


「セラフの実力なら当然かしら。パークスも中々やるのよ」



 すると、森の中から再び子供のような声が複数響き渡った。



『ヤナヤツ、ヤナヤツ』

『ジャマモノ、ジャマモノ』

『キケン、キケン』

『シンジャエ、シンジャエ』



 ララが釘を刺す。



「あれの声に耳を傾けるなかしら! 惑わされるのよ!!」


「でも、姿が見えないと対処できないよ!?」


「そんなものは気合でどうにかするかしら!」


「ええっ!?」



 ヴァートの疑問をララが冷たく突き放す。


 最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターであるララでも、森の中に巣食う妖精フェアリー相手に戦う術は身に付けていなかった。


 妖精フェアリー種は、人に悪戯をすることはあっても、人前に姿を見せることなどないからだ。


 彼女達は安全圏からしか対象に干渉することはしない。



「アタランティス、妖精フェアリーの気配は追えるか?」



 マサトが問いかける。


 アタランティスはマサトから頼られたことに少し驚いた後、顔を綻ばせると、狼耳をピンと立てて気配を探った。



樹人ツリーフォークの中に小さな別の気配を感じる……」


樹人ツリーフォークが住処か。分かった」


「何か手を思いついたのかしら」



 ララの質問に、マサトはこう答えた。



「試しに、こちらも似た構成で召喚モンスターをぶつけてみる」


「似た構成って……ハッ! まさか!!」



 ララが冷や汗を浮かべるも、マサトに気にした様子はない。



「ここ一帯は森しかない。だから大丈夫なはずだ」


「そ、そんな心配をしてる訳じゃないのよ!」


「一体何をする気なんだ?」



 不安がるララと、頭に疑問を浮かべるキング。


 だが、再び前方の森の中から樹人ツリーフォーク数体が姿を現したことで、アタランティスが叫んだ。



「セラフ! あの樹人ツリーフォーク達にも妖精フェアリーの気配を感じたぞ!!」


「分かった」



 モイロやニーマも、新たに現れた複数の樹人ツリーフォークに顔を青ざめさせている。


 一介の冒険者にとって、巨大モンスターの群れはそれだけで脅威だ。


 自身の数百、数千倍もの質量の差を跳ね返すには、それ以上の実力差が必要となる。


 召喚を行使しようとしていたマサトへ、モイロが震える声で話しかけた。



「ア、アンタらは、本気であれをどうにかできるの……?」


「さぁどうだろうな」



 素っ気ないマサトの返事に、モイロの瞳が大きく揺れる。



「不安ならララの近くで待機してろ。どうにかできるかどうかは、見ていれば分かる」



 そう告げ、マサトはそのまま召喚を行使してみせた。



「大木の精霊ウッド、召喚」




◇◇◇




【R】 大木の精霊、ウッド、*/*、(緑×6)、「モンスター ― エレメンタル」、[生贄召喚:森][生息条件:森][大木の精霊、ウッドの攻撃力と防御力は、生贄に捧げられた森の数に等しい]



 大木の精霊ウッドは、生贄に捧げた森の数だけ強くなれる能力を持ったモンスターカードだ。


 MEでは支配下のモンスターを展開させ、制圧した非戦闘領域を自領として生贄扱いにできる仕組みがある。


 マサトは周囲の森を野犬に探索させていたため、多少は周囲の森を生贄に捧げられると踏んだのだ。



(いけるか――?)



 周囲の森一帯を生贄に捧げるイメージを込める。


 すると、マサトを中心に緑色の光の粒子が螺旋を描いて吹き上がった。


 その光は一陣の風となって瞬く間に森の中を駆け抜ける。


 皆がマサトの行使した召喚魔法に驚く中、ララがぼそりと呟く。



「ラ、ララはどうなっても知らないかしら……」


「なんだ? いつになく弱気じゃねぇーか」


「ウッド様は仮にも大精霊様なのよ……人族の命令を聞くような存在じゃないかしら……」


「ほぉーん、まぁセラフが人の枠に収まっているかと聞かれたら、俺は断固否定したいけどな」



 キングがそう答える。


 この状況においても、キングの飄々とした余裕は崩れないようだ。



(いけたな――)



 新たに発生した繋がりに確かな手応えを感じる。



(後は、妖精フェアリー対策にこいつを付けておくか――)



またたきのスピリットブリンキング・スピリット、召喚」



【SR】 またたきのスピリットブリンキング・スピリット、1/1、(白×4)、「モンスター ― スピリット」、[飛行][手札帰還][精神攻撃Lv1]



 またたきのスピリットブリンキング・スピリットは、以前、闇の手エレボスハンド伝達者アウル、オーチェを徹底的に追い詰めた優秀なモンスターだ。


 光の速さで空中を移動するため、敵に捕捉されることなく一方的に精神を攻撃できる。


 影に隠れてこそこそしているような妖精フェアリー相手にはうってつけだろう。


 白い光の粒子が舞い上がると、一瞬何かを形取り、光の残像を残してフッと消えた。



(こっちはウッドとまたたきのスピリットブリンキング・スピリットの組み合わせ1体。向こうは樹人ツリーフォーク妖精フェアリーの群れ。さて、どこまでやれるか――)



 マサトが不敵に微笑む。


 ダンジョン攻略というゲーム的な状況下において、モンスター同士を戦わせて力比べしたいという好奇心が顔を出したのだ。


 そのマサトの背後、ダンジョンの入口を挟んだ後方には、幹の太さが樹人ツリーフォークの数倍はあるほどの巨木が、大きな口を開けた状態で姿を現したところだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 大木の精霊、ウッド、*/*、(緑×6)、「モンスター ― エレメンタル」、[生贄召喚:森][生息条件:森][大木の精霊、ウッドの攻撃力と防御力は、生贄に捧げられた森の数に等しい]

「ウッド様を決して怒らせるな。森が消えて生活できなくなるぞ――森の民プナン」


【C】 眠りの森の樹人スリーピング・フォレスト・ツリーフォーク、3/5、(緑)(5)、「モンスター ― 樹人ツリーフォーク」、[眠りの叫びLv1]

樹人ツリーフォークの囁きは森の子守唄なの。深い眠りについた冒険者は、妖精フェアリーに身ぐるみを剥がされ、樹人ツリーフォークの根によって自然へと還るのよ――憎まれ役の大賢女マレフィセント・ヴィラン」

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