266 - 「眠りの森のダンジョン―入場」


 茨でできた洞窟を抜けると、再び森の中へと出た。



「これがダンジョン……なのか?」



 マサトがそう呟く。


 枝葉の隙間から覗く空は、ダンジョン内とは思えない程の清々しい青空だったからだ。


 茨でできた洞窟風のアーチを潜っただけだと説明されたら納得していただろう。


 モイロが答える。



「歴としたダンジョンだよ。AAランクのね。こっから先はいつ襲撃があってもおかしくない。全員警戒を怠るなよ」



 モイロの掛け声で、白い冠羽ホワイトクレストのメンバーは、緊張感のある顔付きに変わったが、キング達は相変わらず緩い雰囲気のままだった。


 ヴァートに関しては父との初ダンジョンが嬉しいのか、ウキウキした様子で周囲を見渡している。



「ここからどう進めば良い?」


「え? あ、えっとねぇ……」



 マサトが案内を促すも、モイロは目を逸らした。



「ダンジョン内の案内はできないんだな?」


「で、できないこともないんだけどさ……アタシらがここに入るときは攻略のためじゃなくて、ここ一帯での採取任務が主だったから」



 歯切れの悪い回答にマサト達が全てを察する。


 白い冠羽ホワイトクレストは、眠りの森のダンジョンに挑戦した経験はなく、あくまでも道中の眠り草ネムリグサから採取できる眠りの胞子を集めたり、ダンジョン内の森で希少な薬草類の採取をした経験があるというだけだった。


 つまりは、案内できるのはダンジョン内の入口周辺まで。


 ここからは手探りでの探索になる。


 それを知ったマサト達から冷ややかな目線を受け、さすがのモイロも気まずそうにし始めた。


 モイロ以外のメンバーは、ちゃんと説明していなかったのかよ!という咎める視線をモイロへ向けていたが。



「薄々そんな予感はしていたのよ。これは契約違反かしら」



 ララがそう抗議すると、焦ったモイロが反論する。



「ま、間違いは言ってないだろ!? ギルドにある地図や情報なんかじゃ眠りの森を抜けられなかっただろうし、確かにアタシらは入口付近の探索しかしてこなかったけど、それだとしてもダンジョン内の情報を一番持ってるからできた芸当だ!」



 化石になったギルドの資料より、定期的にダンジョン内まで足を運んでいた者達の方が詳しいのは間違いない。


 現に、明確な攻略情報はなかったものの、モイロ達は抑えておくべき情報は抑えていた。


 眠りの森のダンジョンの入口は、攻略対象となる城の周辺を囲うようにして広がる森の中にある。


 だが、入口の出現場所は固定ではない。


 城に近い場所に発生するときもあれば、城から大きく離れた場所に出る場合もあるということだ。


 そして、それは直近の危険度に大きく影響するため、まずは自分たちが城からどの位置の森に出たのか把握することが重要だとモイロは説明した。



「東の森は、樹人ツリーフォーク妖精フェアリーの生息領域だ。ここが出発地点になった場合は即撤退した方が良い。西の森も、北西にある黒い森から凶暴なモンスターが流れて来るから長居は危険。北の森は罠が多いから要注意。結局、一番安全に城まで進められるのは城の正面――南の森だけだよ」


「空から森を飛び越えていけないのか?」


「それは止めておいた方が良いね。空には魔女達が仕掛けた魔法の網が張り巡らせれているから。見なよ、小鳥一匹飛んでないだろ? 噂じゃ空を飛んだ瞬間真っ二つだって話だ」


「それなら、どうやって居場所を確認する? 魔法か?」



 ニーマの植物操作であれば、植物を通して居場所を確認できるのかもしれないとマサトは考えたが、モイロは違うと頭を振った。



「それがさ、ここじゃニーマの魔法は上手く効果が発揮できないみたいなんだよ。妨害魔法が展開されてるからっぽいんだけど。だから、現在位置を調べるには、背の高い木を探して、登って確認するしかないね」


「そうか。分かった」



 マサトはそう答えたが、モイロの情報を鵜呑みにするつもりはなかった。


 モイロの話は、あくまでも「過去はそうだった」という情報でしかない。


 更には噂話まで含まれている。


 結局は、自分達で危険度を測りながら進むしかないのだ。


 マサトが皆を見渡しながら話す。



「周辺の探索は召喚獣にさせる」


「え? 何?」



 マサトの発言に、モイロだけでなく白い冠羽ホワイトクレストのメンバー全員の顔に疑問符が浮かぶも、マサトは気にせずヴァートへ話しかけた。



「ヴァートは地獄の猟犬ヘルハウンドを出せるかい?」



 マサトに頼まれたヴァートの顔に笑みが溢れる。



「もちろん! いけるよ!」


「じゃあ頼む」


「分かった!」



 モイロ達はまだ2人の会話についていけていない。


 その様子を見てララとキングがニヤつく。



「きっと度肝を抜かれるのよ」


「間違いねぇ」



 マサトが構わず召喚を行使する。



強かな野生の犬ワイルド・ドッグス、召喚」


【C】 強かな野生の犬ワイルド・ドッグス、1/1、(緑)(1)、「モンスター ― 犬」、[追加召喚2][裏切り:ライフ 1/2以下]



 ライフが半分以下になると、敵側に寝返ってしまう厄介なモンスターではあるが、2マナで計3匹も1/1モンスターを召喚できる優秀なカードでもある。


 緑色の淡い光の粒子が3つの光の塊を作ると、光の霧散と同時に3匹の野犬が姿を現した。


 体格は大型犬のようだが、痩せ気味で、毛並みは悪い。


 だらし無く開いた口からは涎と鋭い牙が覗いている。



「しょ、召喚した!?」



 モイロ達が目を見開いて驚いているが、その驚きはヴァートが地獄の猟犬ヘルハウンドを召喚してみせたことで、更に大きくなった。


 ララもキングもその反応にご満悦だ。



(森の中を探索させるなら犬達に任せれば良い。問題は空だな)



 頭上を見上げる。


 周囲には木々の樹冠が密集しており、視界の8割は緑に染まっている。



(少し焼き払うか)



 マサトは炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開すると、炎を纏った。


 火の粉を帯びた熱波が周囲に波及する。



「ぬわぁっ!? な、なにっ!?」



 突然の熱波と光に、慌てたモイロが尻餅をついた。


 ニーマやガラー、タスマもあまりの驚きに後退る。


 マサトは彼らの反応を余所にそのまま浮上すると、頭上に広がる枝葉を焼き払った。


 地上にいるララが、上から降ってくる火の付いた木の枝に非難の声をあげたが、ヴァートやアタランティス、パークスがそれぞれ鎮火に動いたため、火が広がることはなかった。


 マサトは構わず周囲が見渡せるくらいまで高度を上げる。


 すると、視界の先に城らしきものが見えた。


 その城の左手、更に遠方には黒い山も見える。



(方角的に城の正面、南の森か)



 現在位置を把握したマサトがゆっくりと下降する。


 そして、全員に現在地を共有した。



「暫く地獄の猟犬ヘルハウンドと野犬に周囲を探索させて様子を見る」



 ヴァートが頷き、黒い大狼へと指示を出した。



地獄の猟犬ヘルハウンド、周囲の様子を見て来い!」



 大狼が森の中へ消えると、それに続いて野犬達も周囲へ散った。


 マサトが話を進める。



「空が本当に危険かどうかはこいつで確認する」



 目の前の光景を受け止めきれていないモイロ達の返答を待たず、マサトは次の召喚を行使。



「ゴブリンの飛空バルーン部隊、召喚」


【UC】 ゴブリンの飛空バルーン部隊、1/2、(赤)(3)、「モンスター ― ゴブリン」、[飛行][追加召喚2]



 今度は、赤色の淡い光が空中を舞った。


 小規模の旋風を巻き起こして出現したのは、ボロ布を張り合わせて作ったような熱気球だ。


 熱気球とは、気密性のある袋の中に、下部から熱した空気を送り、その浮力で浮揚して飛行する乗り物だが、この飛行バルーンには熱した空気を入れる場所がない。


 巨大な風船に籠が付いてあるような見た目をしていた。


 それが3機。


 ふわふわと空中に滞空しており、籠には小柄なゴブリンが1機につき2体乗っていた。


 ゴブリンはかなり細身で、地上の戦闘で役に立ちそうな雰囲気はない。



(風船の中に熱気を発生させる魔導具アーティファクトでもぶら下げているのか……? まぁいいか)



 マサトはそのままゴブリン達に浮上の指示を出すと、バルーン部隊はゆっくりと浮上し始めた。


 ララが口を開く。



「空の移動が可能か、あれで試すのかしら」


「そうだ」


「なるほどなのよ。悪くない選択かしら」



 うんうんと頷くララ。


 マサトは視線をモイロへと移し、声をかけた。



「それよりモイロ」


「は、はい! なんでしょうか!?」



 そう言いながら勢い良く立ち上がり、姿勢を正す。


 どうやらマサトに対する認識を改めたようだ。



「城の先に黒い山があった。あれはなんだ? 何がある?」


「黒い山……? え、えっと、もしかして黒い森のこと? 黒い森は、城にいる魔女達以上の凶悪な魔女が封印された禁忌領域だって話だけど……」


「眠りの森で、凶悪な魔女か……」



 マサトの脳裏に、グリム童話「茨姫」に登場する13人目の魔女のことが浮かぶ。


 祝宴に招待されなかったことを恨み、姫に眠りの呪いをかけた元凶の魔女だ。



(気にはなるが、まずは北の城からだな)



 すると、バルーン部隊から異変を告げる念が届いた。


 すぐさま空へ視線を戻すと、バルーン部隊が目に見えない何かに捕まっているのが分かった。



「あれが魔法の網か……?」



 ララも上空の様子を凝視する。



魔力マナが感知できない類の魔法かしら。厄介なのよ」



 直後、気球が割られ、ボンッと爆発した。


 ゴブリン達も為す術なくバラバラに切り裂かれ、繋がりが消える。


 3機全てやられるのにそう時間はかからなかった。



「確かに空は危険そうだ」


「だ、だから言っただろ……?」



 空から降り注ぐ気球の燃えカスを引きつった表情で見つめながら、モイロがそう話す。


 だが、マサトの出した答えは、当然モイロの想定した回答とは少し違った。



「空の移動は最終手段にする。それより、南の森は一番安全って言ったよな?」


「い、言ったけど……」



 モイロが恐る恐る答える。



「その情報はもう古いようだ」


「……えっ? それはどういう――」



 地獄の猟犬ヘルハウンドと野犬の吠える声が響き、森のざわめきが大きくなる。



「どうやら、樹人ツリーフォークの生息領域が広がったらしい。さっそくお出迎えだ」



 マサトの言葉に、全員が武器を構え直した。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 強かな野生の犬ワイルド・ドッグス、1/1、(緑)(1)、「モンスター ― 犬」、[追加召喚2][裏切り:ライフ 1/2以下]

「野生の犬は誰が主人か理解している。手綱を握る者ではなく、餌を与えてくれる者が主人だと。彼らは手綱を握る者が餌に変わる瞬間を賢く嗅ぎ分ける――猟犬使いのレッドボーンズ」


【UC】 ゴブリンの飛空バルーン部隊、1/2、(赤)(3)、「モンスター ― ゴブリン」、[飛行][追加召喚2]

「空に浮かんだ奴らの対処? ほっとけ。真上に来なければ危険はない。そのうち風に流されてどっか行くさ――ゴブリン狩りの冒険者ハンス」

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