264 - 「白い冠羽」
錆びついた城門。
鋭い棘の付いた茨で埋め尽くされた庭園。
青い屋根や白い外壁は所々剥がれ、まるで火事でも起きたかのように酷く黒ずんでいる。
全盛期は魅惑的であっただろう城も、今では見る影もない程に廃れていた。
城の中は物が散乱し、冒険者らしき白骨死体が至る所に転がっているが、ただ唯一、王の寝室だけはまだ荒らされていない。
茨と薔薇の紋章が彫刻された木のベッドには、
老婆の骨と皮だけの手が、美女の額を優しく撫でる。
その表情は柔らかく、しかしながら悲哀に満ちていた。
「もう私とお前さんだけになってしまった。すまないね。救ってやれなくて。私の
しわがれた声でそれだけを言い残し、老婆は部屋を立ち去った。
再び1人となった部屋に、美女の寝息だけが静かに響く。
眠っているはずの美女の頬には、いつの間にか一本の涙の筋が純白の枕へと続いていた。
◇◇◇
港都市コーカスの冒険者ギルド。
そこでは、数日前に防具屋で購入した話題の防具「ハンスの派手な上着」を羽織ったモイロが、酒場の机にだらしなく突っ伏していた。
「くっそぉ……これじゃ蛇の生殺しじゃねぇか……」
モイロはBランクパーティ、
そんな彼女が愚痴るには理由があった。
市場に滅多に出回らない石の塔のダンジョンのレア装備を奮発して購入し、いよいよこれから稼ぐぞという時に、
貯金はハンスの上着の購入資金に全部突っ込んでしまったため、ギルドの仕事が制限された今、彼女は借金生活を余儀なくされてしまった。
メンバーの静止も聞かず、無計画に金を使ったモイロが全面的に悪いものの、その思い切りの良さが彼女の持ち味でもあるため、皆は仕方ないなとお金を工面してあげているというのが現状だ。
だが当然、モイロ自身は面白くない。
かと言って、
「いっそのこと、腕の立つ冒険者とか募集してねぇかな。あの空飛ぶ船の奴ら」
そう呟いたモイロに、同席していたメンバーの1人が眉をしかめた。
「絶対止めてよね!? 散財するくらいなら、また稼げばどうにかなるから良いけど、軍隊もってる人達に関わるの禁止! 禁止だからね!? 一応、このコーカスを守ってくれた恩人でもあるんだから! 自分から突っかかって行くとか絶対やらないでよ!?」
そう指摘したのは、モイロと付き合いの長いニーマだ。
ニーマも
パーティ内ではモイロに次いで2番目に強い。
「わぁーってるよ。うっさいなぁ」
「モイロが考えなしに動くから釘を刺してるんでしょ!」
「はいはい、分かった分かった」
「全然分かってないなこいつ! そんなモイロにはもうお金貸してやんない」
「良いですよぉーだ。タスマに借りるから」
「こっいつは……! 本当どうしてくれようか……!」
握りこぶしを作ったニーマが淑女とは思えない鬼の形相でモイロを睨む。
因みに、タスマとは同じ
ニーマが怒りで震えていると、冒険者ギルドの扉を開けた者がいた。
酒場で同じように暇を潰していた冒険者達の視線が、一斉に入ってきた者へと集まる。
1人は黒髪黒眼の男。
もう1人は、
黒いローブ姿という地味な格好ながら、2人は異質な雰囲気を放っていた。
(なんだアイツら……)
机に突っ伏したまま、気怠げに眺める。
モイロも他の者達同様、その2人に目が吸い寄せられていた。
冒険者達の奇異の視線を浴びた2人は、何食わぬ顔でそのままギルドの受付へと進むと、受付嬢へ話しかけた。
「眠りの森のダンジョンについて、資料を全て出してくれ。領主の許可も得ている」
黒髪の男が封蝋してある手紙を受付台へと置くと、その刻印を見た受付嬢が慌てて一言残してその場を後にした。
男の発言に聞き耳を立てていた者達が騒めく。
「あいつ、今、眠りの森って言わなかったか?」
「まさか、AAダンジョンだぞ? 聞き間違いだろ?」
それまで興味無さそうにしていたモイロも、AAのダンジョンという言葉に反応し、むくりと顔を上げた。
「AAダンジョンのことを調べるって事は有名なクランか? ニーマ見たことある?」
「さぁ……見たことない人達だけど。あ、でもあの紋章どこかで見た様な……」
ニーマが答えを出すよりも先に、黒いローブの背中に描かれた竜と蜘蛛の紋章に気付いた誰かが呟く。
「あの紋章、
その言葉に、モイロが反応する。
「アイツらかぁああ!!」
勢い良く立ち上がり、2人へ向けて指を差しながら大声をあげた。
「ちょぉっ!? モイロっ!?」
モイロの奇行に、ニーマが唖然としていると、モイロは男を睨み付けながら詰め寄った。
突然、凄い剣幕で近付いてきたモイロに、白眼の少年が警戒した様子で、黒髪の男へ話しかける。
「父ちゃん……」
「大丈夫。何か用か?」
黒髪の男がそう返す。
モイロは2人の言葉を頭の中で反芻させながら、交互に視線を移した。
「父ちゃんだって? アンタら親子か?」
まさかなと冗談交じりに言った言葉に、思わぬ返答が返ってくる。
「そうだが」
「マジ!? アハッ! アンタ一体いくつの時に作った子供だよ!」
本題を忘れて笑うモイロ。
一方で、白眼の少年はモイロを睨みつけた。
父親のことを馬鹿にされたと感じたようだ。
白眼の少年が一歩踏み出そうとすると、黒髪の男はそれを止めた。
「ヴァート、止せ」
「何だよチビちゃん、そんな怖い顔して。お父ちゃんを馬鹿にされたと思って怒ったのか? 可愛い奴だな」
モイロが胸を抱えるように腕を組みながらケラケラと笑う。
白眼の少年が侮られたと顔を真っ赤にさせたが、黒髪の男が少年の肩に手を置くと、ヴァートと呼ばれた少年は男を見上げた後、悔しそうにしつつも肩の力を抜いた。
黒髪の男が冷たくモイロを突き放す。
「用がないなら絡むな。俺達は忙しい」
そう告げて受付側へと向き直すも、人の感情の機微に疎いモイロは構わず食い下がった。
「あっコラ無視するな! 眠りの森に行くならアタシらも連れて行きなよ! こっちはアンタらのせいで稼ぎ口がなくて困ってんだ」
そう告げて男の横へ回り込み、受付へ肘を着いて寄り掛かった。
だが、それに待ったをかけたのは、黒髪の男でも白眼の少年でもなく、モイロの連れのニーマだった。
「モイロ止めて! ほんと勘弁して! すみません! 今このアホ連れて帰るんで!!」
「なんだよニーマ。アタシは今この人と話てんだから邪魔するなよ」
「うっさいお前は黙れぇえええ!!」
焦ったニーマがモイロの両頬を抓りあげる。
「いたたたっ!? や、やめろっ! 痛いだろ!!」
モイロがニーマを振り払うも、ニーマはモイロの腕を掴み、その場から退散させようと腕を引っ張った。
「か、帰るよ!!」
「だからアタシはこの人に用ができたんだって!!」
ニーマがモイロを受付から引き剥がそうと腕を引っ張るも、
腕に絡み付いてきたニーマの顔を、乱暴に手で鷲掴みして引き離したモイロが、その体勢のまま再び男に言い寄る。
「なぁ、アンタ! アタシらなら何度か眠りの森に行ったことあるから役に立つぜ!? 雇わないか!?」
「……雇う?」
(よしッ! 食い付いたッ!!)
モイロが心の中でガッツポーズしながら話を続ける。
「そうだ! アタシらを雇いな! 後悔はさせないからさ!」
そう告げながら、ニーマの顔を押さえつけていない方の手を差し出す。
「アタシは
黒髪の男は、黙ったままモイロの差し出した手を見て止まる。
(おっ、これはもうひと押しすればいけるか?)
モイロが続ける。
「眠りの森の情報なら、ギルドじゃ大したものは手に入らないよ。アタシらを雇った方が有益だと思うけど」
その時、丁度受付嬢が羊皮紙の束を抱えて戻ってきた。
「こ、こちらが攻略難易度AAランクになる眠りの森のダンジョンの地図になります」
男は羊皮紙を広げ、そこに書いてあるものを見ていく。
だが、次第にその表情は曇っていった。
どの資料も、広大な森と城しか記載されていない情報量の少ない地図ばかりだったのだ。
しかもどれも微妙に内容が違っており、信用できる情報ではなかった。
「だから言ったろ? 眠りの森はAAランクだけあって厄介な場所だからねぇ。情報はすぐ古くなっちまうんだよなぁ?」
したり顔でそう告げたモイロへ、男が少しだけ視線を移動させる。
「お前達を雇えば有益な情報を得られるのか?」
「もちろん! アタシらが持っている情報があるかないかで、そっちのお仲間の命が何百人と助かるかもしれないぜ?」
「何百……?」
男の顔が、大げさだとでも言わんばかりに胡散臭そうなものを見る顔に変わる。
(あれ……? なんだこの手応え。失敗か?)
男の反応に違和感を感じながらも、モイロは営業トークを続けた。
「嘘じゃないから! アンタらもあの船に乗ってる奴ら全員で攻略するんだろ? かのAAクラン、
ニーマは抵抗を諦めたのか、モイロの背後で不安そうな顔でことの成り行きを見守っている。
男は、モイロとニーマを交互に見た後、ゆっくりと口を開いた。
「何か勘違いをしているようだが、俺達は数人で向かう。無理に攻略しようとも思ってはいない。ダンジョンがどの程度のものか見に行くだけだ」
「あー! なんだそういうことか! じゃあ尚の事アタシらを連れて行きなって! そういう見学ツアーならアタシら
ウインクしながら強引に男の腕に自分の腕を絡める。
男は特に腕を振り払う素振りも見せず、かといって色気に反応する訳でもなかった。
(乳当てても無反応かよ! くっそ、身持ち硬そうだな。色気は駄目か? もしくはニーマみたいな一見素朴そうな女が好みとか……? 領主の手紙を持ってきてギルドを顎で使うような奴なら金持ってそうなんだけどなぁ。でもこのまま押せばいけそうだな)
絡めた腕を離し、モイロが改めて手を差し出す。
「んじゃ、
◇◇◇
(また変なのに絡まれたな……)
モイロという女性冒険者に雇えと迫られたマサトは、どうしたものかと考えていた。
ヴァートを連れて行く手前、少しでも事前情報があった方が安心できると、ダンジョンの情報を求めてギルドへ出向いたが、ギルドには正しいかも分からない地図が複数あっただけだった。
(ギルドが駄目なら、他から情報を買うか、情報を持っている者を雇うしかないが……)
悩んだ末に、マサトは受付嬢へと振り返った。
小柄な受付嬢の肩がびくりと跳ねる。
「この女性の、ギルドとしての評価はどうだ? 信用できるのか?」
モイロを指差しながらそう聞くと、受付嬢の視線を浴びたモイロが抗議の声をあげた。
「おいおい、アタシらが目の前にいるのにそれを受付に聞くってアンタ相当だな!」
「ギルドとして忖度のない意見が聞きたい。答えにくいなら
すぐ答えがでなければ、それが答えだろう。
隣で騒ぐモイロを無視して受付嬢の回答を待っていると、顔を青くさせた受付嬢がゆっくりと口を開いた。
「ギ、
「ほれ見ろ! やっぱり日頃の行いが良いとこういうときに役立つよなぁ! どうだ? これで納得したか?」
受付嬢が貴重なAランク冒険者だからと忖度している訳ではなさそうだと、マサトも納得する。
「良いだろう。道案内を頼む。だが、その派手な上着は着ていかない方が良い。敵の的になる」
「あ? 何言ってんだよ! 着ていくに決まってんだろ? せっかく持ち金全部叩いて買ったっつのに、使わないでどうすんだよ」
これだから素人はと、モイロがやれやれと頭を振る。
「忠告はしたからな」
「心配しなくても大丈夫だって。このハンスの上着の効果は知ってるよ。まっ、ベテランのアタシらに任せておきなさいって」
そう言って、モイロは張りの良い胸を叩いてみせた。
「それなら良い。一刻程したら街の北口に来い。時間に少しでも遅れたら契約は破棄。もし街から出たいだけの口実だったら、空を飛ぶ
「……え? 今なんて?」
マサトがそう告げると、それまでざわついていたギルド内が急に静かになった。
受付嬢は青白い顔で震え、モイロは「聞き間違えたかな?」と顔を引きつらせる。
なぜか今度はヴァートがしたり顔だ。
そして、モイロの背後では、ニーマという女性が膝から崩れ落ちて天を仰いでいた。
「やっぱりモイロの髪を毟ってでも止めるべきだったのよ……私の馬鹿……!!」
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【UR】 世話好きな
「あっいつ! また勝手に私の下着履いてったな!? はぁ、また買い直さないと……今度はモイロに取られないように地味めのやつにしようかなぁ。いや、ここは逆にもっと攻めてみるべき?――
【UR】
「ニーマの部屋は相変わらず片付いてんね~。さて、今日は何着よう……ん? なんじゃこりゃぁあ!? こ、こんな過激な下着をニーマが……? ハッ!? 誰か来た!? か、隠れろ!――下着漁りのモイロ」
【UR】 純粋な心の持ち主、タスマ、1/2、(白)(1)、「モンスター ― 人族、
「ニーマ帰ってるのか? あれ? ドア空いてるのに誰もいない……まさか泥棒か!? あ! こ、これは!? パ、パパパンッ!?――妄想を暴走させるタスマ」
【R】 ニーマの攻め過ぎた下着、(1)、「アーティファクト ― 装備品」、[誘惑Lv3][存在感アピールLv1][装備コスト(1)][耐久Lv1]
「タ、タスマ……あなた、私の部屋で何して――絶望するニーマ」
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