259 - 「信用」

 青空の下、港に停船している複数の飛空艇スカイシップを見上げた商人達が、その光景に生唾を飲み込む。



「これが海亀ウミガメの浮島要塞を撃ち落としたっていう空飛ぶ船か……近くで見ると圧巻だな」


「違う。浮島を青白い巨大な光を放ったのはあっちの馬鹿でかい船の方だ」



 商人の1人が一際大きい飛空艇スカイシップを指さす。


 1番ドックで整備を受けている大型飛空艇ラージスカイシップ、リヴァイアス号だ。


 大型船でも停船可能な船渠だが、リヴァイアス号の大きさはその許容を超え、胴体の半分以上が港から外へ飛び出た状態になっていた。



「こんな物が空を飛ぶなんて……」


「それを言うなら浮島だってあり得ないだろ」


「それはそうだが……」


「ああ、なんて神々しい……」


「あれが神の国からきたと言われたら信じてしまうかもな……」


「しかし、こんな造船技術を保有する大国など聞いたことがないぞ。一体どこの国の船だ?」



 その疑問に誰も答えられずにいると、小太りの男が悪態を付いた。



「この国の技術じゃないことは確かだろ! ってことは、こいつらは侵略者どもだ! このまま野放しにしていいのか!?」



 他の商人達が困った様子で顔を見合わせる。


 野放しにするもなにも、海亀ウミガメを殲滅するほどの軍事力をもつ相手に、一介の商人がどうこうできると思っていなかったからだ。


 小太りの男は更にいきり立つ。



「こいつらのせいで予定していた商談が全てパァーだ! その上、街から出ることを禁止するだと!? 俺たち商人に死ねってことか!? ギルドの腑抜け連中も軒並み黙りやがって! それにキャロルド卿は一体何をしてるんだ!!」



 そこへ、頭にタオルを巻いた二十歳くらいの青年が、両手に荷物を持った状態で通りかかる。


 船大工のテナンだ。



「何騒いでんだ。領主への抗議なら余所でやれよ」


「なんだと!? 商売が何かも知らない駆け出しの若造が知った口を叩くな!」


「あァ? 目の前にぶら下がってる折角の商機を逃してることにも気付かない間抜けはどっちだよ?」



 テナンが凄みながら詰め寄ると、小太りの商人は焦りながら後退った。


 若いとはいえ、テナンは船大工だ。


 喧嘩となれば肥満気味の商人が勝てる見込みがないだけでなく、港都市として発展したコーカスにおいて、船大工の地位はそこらへんの商人より遥かに高い。


 不利を悟った商人が顔を引き攣らせていると、1番ドックから怒号が響いた。



「テナン! そこで何やってやがるっ! お使いは終わったのかっ!? 遅いぞっ!!」



 そう叫びながら顔を出したのは、白い髭を蓄えたたくましい身体つきの老人だ。



「グ、グドック!?」



 小太りの商人が顔を青ざめさせる。


 1番ドックの親方だったグドックも、今やコーカス全ての船渠を管理する船大工の総責任者だ。


 一介の商人程度、簡単に街から追い出せるくらいの権力はある。


 だが、グドックは商人達のことなど歯牙にもかけず、テナンに喝を入れた。



「道草喰ってねぇでさっさと来い!」


「わ、分かったよ」



 テナンが渋々ドックへと向かう。


 グドックはテナンを見送った後、再び振り返り、蛇に睨まれた蛙のように固まった商人達に告げた。



「あんたら商人だろ? こんなとこで油売ってて良いのか?」



 商人達が困惑した表情で顔を見合わせる。


 突如、空飛ぶ船と悪魔デーモンの大群を引き連れた一団にコーカスを占拠された上に、街からの出入りだけでなく、他の場所への連絡手段をも禁じられたのだ。


 商売どころではないだろうというのが彼らの思いだった。


 小太りの男もグドックが相手では分が悪いと考えたのか、反論せずに黙っている。


 そんな彼らを見て、グドックはやれやれと溜息を吐くと、頭をぼりぼりとかきながら話を続けた。



「ここに空飛ぶ船でやってきた人達のせいで商売ができねぇと考えてるんなら、そりゃ大きな間違いだ」



 商人達がどういうことだと疑問の表情でいると、グドックは呆れた様子で続ける。



「本当に分からねぇのか? つい最近までのコーカスを知ってる奴ならすぐ気付けると思ったんだがな。海亀ウミガメがあらゆる市場を独占しようと好き放題やってたせいで、コーカスでは普通の商人が商売できない状態だった。違うか?」



 その言葉で、商人達はようやくグドックが何を言おうとしたのかに気付いた。


 小太りの男が口を開く。



「そ、それはそうだが……」


「なら、この人達が海亀ウミガメを壊滅させた今、その市場はどうなった?」


「そ、そうか……!!」



 市場を牛耳っていた海亀ウミガメはもういない。


 となれば、海亀ウミガメが独占していた市場は全て開き、今まで通り他の商人達が商売できるようになったということだ。


 それに気付いた商人達が顔を明るくさせるも、すぐ表情を曇らせ、疑問を口にした。



「だ、だが、物の流通を止められちゃ、商品を仕入れられないだろ……?」


「今はそうだ。だが、その規制がこの後もずっと続くと思うか? わざわざここの船渠を空飛ぶ船のために改築してんだ。干上がらせるためならそんなことしねぇだろうよ。それに、この船の人達は補給物資を必要としてる。これだけ色んな需要があるってのに、お前さん方はまだ商売できないって喚くのか?」


「そ、それもそうか! こ、こうしちゃいられねぇ! 俺は行くぞ!」


「ま、待て俺も!」



 今まで見えていなかった商機にようやく気が付いた商人達が、競うようにして去っていく。


 その背中を見送りながら、グドックは少し口元を緩ませながら呟いた。



「全く、世話の焼ける奴らだ」


「へへっ、親方は優しいっすね」



 いつの間にか、荷物を置いてきたテナンが様子を見に戻ってきていた。


 テナンの言葉に、グドックはまたいつもの仏頂面に戻る。



「煩せぇ。でも、まぁこの街が早く立ち直れるよう儂らも協力する必要がある。そのまたとないきっかけをくれたマサト殿には感謝せんとな」


「やっぱあいつに賭けて正解でしたね」


「そうだな。キャロルド坊ちゃんも今回は上手く立ち回ってくれたようだ。だが、本当の勝負はこれからだろうよ」


「本土の奴らか……でも、大丈夫っすよ。こんな凄ぇ技術の詰まった船を作っちまう人達ならね」



 2人で巨大な飛空艇を見上げる。


 すると、丁度炎の翼を生やしたマサトが飛び立っていった。



「ハッ! 噂をすればって奴か!」


「こんな空飛ぶ船の軍団を所有してれば、そりゃ海亀ウミガメも怖くないっすよねぇ」


「そんな男に真っ先に噛み付いた恐れ知らずもいたがな」


「そりゃ親方も一緒でしょうに」



 マサトと最初に出会った時のことを思い出し、お互いに命知らずなことをしたと笑い飛ばす。



「一度信じると決めたからには、最後まで信じてやらねぇとな」


「でっすね」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 コーカスの若き船大工、テナン、1/1、(青)、「モンスター ― 人族」、[船修理Lv2][装備修理Lv1]

「装備の修理? コーカスの船大工なら皆できるぜ? 鉄を使った船を修理するのに鍛冶ができなくちゃ話にならねぇからな。修理に必要な部品を自分で作れてようやく半人前だよ――ドヤ顔のテナン」

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