251 - 「プロトステガ攻城戦10―飛空艇」

 フログガーデンの北部を統治するローズヘイムにおいて、マサトが残した最強のクラン――竜語りドラゴンスピーカー


 その竜語りドラゴンスピーカーが保有する唯一の大型飛空艇ラージスカイシップ、リヴァイアス号が夜空を悠々と進み、月明かりを遮られた港都市コーカスが暗闇に染まる。


 リヴァイアサンの素材を惜しげ無く使用して作られたこの大型飛空艇ラージスカイシップは、飛空艇スカイシップでありながらリヴァイアサン同様、[魔法無敵] という驚異の装甲をもつ空飛ぶ要塞だ。


 リヴァイアス号の前面、中央部には操舵室があり、リヴァイアサンの瞳で作られた巨大なガラス状の膜越しに、プロトステガ上空を一望できる。


 その操舵室から空を見据えた少女が、聞こえるはずもない黒崖クロガケの言葉に応じた。



「はい、お母様」



 そう答えた少女の名は、フェイト。


 後家蜘蛛ゴケグモでは赤糸アカイトと呼ばれる幹部の一人であり、黒崖クロガケの一人娘だ。


 肩まで伸びた赤い髪に、左髪にだけ黒いリボンを付けた少女の顔には、まだ僅かながらに幼さが残っている。


 だが、にっこりと微笑みつつも平原に群がる敵を見下ろした少女の表情は、黒崖クロガケが獲物を狩る時に見せる表情と酷く似ていた。



「マァた、恐ェ顔してヤがんナァ? その顔で愛しのパパンに会うつもりカァ?」


「あ、いけないいけない」



 既に十五年の付き合いになる黒毛の豹人――ガルアに指摘され、フェイトが両手で頬を揉み解す。



「ガルァルァルァ! 血は争えネェなッ!!」


「フフ、本当にそうね! だってほら見て! あの凛々しいお父様のお姿! 一人で巨人を相手に圧倒しているわ!」



 目を輝かせながら、巨人達の群れの中で一人奮闘しているマサトを指差し、「さすがお父様だわ」と恍惚とした声を漏らす。



「アァ、オレ様にもしっかり見えてラァ。相変わらず馬鹿みテェな強さは健在らしい」


「むっ、比喩表現だとしても、お父様のことをそんな風に言うのはやめて」



 突然光の消えた眼を向けたフェイトに、ガルアが「おっかネェ」と肩を竦める。



「悪かった悪かった。だからそんな目をオレ様に向けンな。ッたく、パパンのことになるとすーぐマジになりやガァル。この船の司令官なら常に沈着冷静じゃなきゃダメだったんじゃネェのか?」


「お父様は特別なんだから良いの!」


「ンな屁理屈を」


「さっ! 無駄口叩いてる暇はないわよ! 今はお母様の命令を遂行しないと!」


「ンだな。ワンダーガーデンまで遠路遥々やって来ておいて、作戦失敗しましたじゃ笑えネェ。だが、あの大量の鼠どもを一掃する手はあるのか?」


「勿論よ。まぁ見てなさい」



 フェイトが可愛らしい笑みを浮かべてそう自信満々に言い切ると、目を閉じて静かに息を吐いた。


 肺から空気が無くなるにつれて、顔から笑みがすぅっと消える。



「何回見ても飽きネェな。お嬢のその顔七変化。こんなとこの船長なんかじゃなく、役者目指した方が良かったンじゃネェかぁ?」


「茶化さないで」



 揶揄うガルアを一蹴したフェイトの顔は、十五歳とは思えない大人びた表情へと変わっていた。


 それは多くの部下の命を預かる司令官の顔だ。

 


「総員、戦闘準備! 目標は眠り鼠ドーマウスの大群よ! 」


「「「ハッ!!」」」



 母親である黒崖クロガケと似た声色が船内に響き、少女の命令で、黒いフードローブに身を包んだ者達が一斉に動き出す。


 彼らの背には、竜と蜘蛛を赤い糸で結ぶ紋章が力強く描かれていた。




◇◇◇




 海洋から突如姿を現した大型飛空艇ラージスカイシップに、パークスが「ほぅ」と感心したように呟く。



「まさか大型飛空艇ラージスカイシップまで動かしてくるとは。今回は本気のようですね」



 パークスは、黒崖クロガケがフログガーデンの守りに割いていた戦力を全てワンダーガーデンへ出撃させるよう指示を出したのだと理解した。


 ファージの大群だけでなく、3頭のドラゴンに、最新の魔導技術の塊である大型飛空艇ラージスカイシップまでもが姿を現したのが何よりの証拠だ。



「おおよそ、このコーカスを拠点に、中央へ攻勢に出るつもりなのでしょう。中央の守りは辺境とは比べものにならないくらい堅牢ですからね。しかし、それには目の前の障害を排除しないといけませんが」



 パークスは銀縁の眼鏡を中指で押し上げると、飛空艇スカイシップの先で高度を下げ続ける浮島――プロトステガに視線を移した。


 浮島からは今も尚、眠り鼠ドーマウスが豪雨の如く降り注いでおり、平原は既に茶色に染まっている。


 その茶色い群れは都市に迫るも、ドラゴン達の火のブレスによって作られた炎の壁によって進路を塞がれ、未だ都市内部には侵入されていない。


 だが、行き場を失った眠り鼠ドーマウス達が後続に押し出される形で炎の中へと雪崩れ込み続けると、炎の威力も次第に弱まっていった。



「あの様子を見る限りでは、私達も戦う必要がありそうですね」



 そう呟き、視線を屋根から突き出た煙突の陰へと向ける。



「ヴァート、そこに隠れているのは分かっています。出てきなさい」


「え!? バレてる!?」



 パークスが、やれやれと軽く溜息を吐く。


 すると、肩を竦めたヴァートが、暗闇から姿を現した。



「あ、あの、その、ご、ごめんなさい! でもおれただ待ってるだけなんて出来なくて――!」


「あなたの性格くらい知っています。私はあなたの師であり、親代わりでもありますからね」


「親代わり……」



 思わぬパークスの言葉に、ヴァートが目を潤ませ、鼻を啜る。


 そんなヴァートに少しだけ微笑みを返すと、パークスは再び中指で眼鏡を押し上げた。



「それより、今のうちに眷属を召喚しておきなさい。手数は多い方が良い。これから少しの間、乱戦になりますよ」


「え? 乱戦? で、でも師匠、大型飛空艇ラージスカイシップがきたから大丈夫なんじゃ」


「この都市は彼らに任せていれば大丈夫でしょう。問題は都市から避難した住民達ですね」


「まさか!!」



 ヴァートが住民達が避難した東の岬へ視線を向ける。


 プロトステガから落ちた眠り鼠ドーマウスの群れは、東の岬にも着実に迫りつつあった。



「そ、そんな!!」



 パークスとの約束を破ってコーカスへと来てしまった事に責任を感じたヴァートが、焦った声をあげるも、パークスは冷静に悟す。



「ヴァート、少し落ち着きなさい」


「で、でも!」


「私とあなたなら、今からでも十分間に合います。それと、今日のことはしっかりと反省し、次に活かしなさい。分かりましたね?」


「は、はい! 師匠!!」



 旋風がパークスの身体を包み、ゆっくりと持ち上げると、ヴァートも黒い煙を纏う。


 二人が空へ浮遊したその時、高度を下げてきた数隻の飛空艇スカイシップの船底に、幾何学模様の描かれた魔法陣が白く輝きながら浮かび上がった。



「あれは――防御円ルーン!?」


「急ぎますよ。あれが展開されれば、ここから出られなくなります」


「わ、分かった!!」



 風を纏った白い服と、黒い煙を纏った黒いローブが東へと飛び立つ。


 二人がコーカスから外へと出ると、コーカス全体が白い光の膜に包まれた。




◇◇◇




「各防衛型飛空艇ディフェンスシップ防御円ルーン展開完了!!」


爆雷型飛空艇ボーイングシップ、後2分で全機攻撃準備が整います!!」



 リヴァイアス号の操縦室に、各飛空艇スカイシップから送られてきた報告を読み上げる声が響く。



「鼠の侵入は?」


眠り鼠ドーマウスに侵入された形跡はありません!」


「そう。間に合って何よりだわ」


「侵入された形跡はありませんが、防御円ルーンを展開する直前に、都市から東へと飛び立つ魔力マナを二つほど感知しました!」


「東へ? そう。きっとパークスおじ様ね。となると、もう一人はヴァートかしら? どちらにせよ、心配はいらないわね。向こうのことはおじ様に任せましょ」



 フェイトがそう頷くも、疑問に思った黒毛の豹人であるガルアが口を挟んだ。



「パークスも来てやがンのか。東には何があんダぁ?」


「コーカスから避難した民と、お父様のお友達の方々がいらっしゃるみたい」


「ほ〜ん。お友達ネェ。まぁお嬢が大丈夫だって言うなら大丈夫か」


今は・・、ね」


「ンァ? また意味深な」



 ガルアが溜息を漏らすと、通信兵オペレーターの一人が声をあげた。



眠り鼠ドーマウス防御円ルーンに接触!!」


「そろそろね。爆雷型飛空艇ボーイングシップの準備は?」


爆雷型飛空艇ボーイングシップ各艇、配置完了しました! いつでもいけます!!」



 フェイトが目を細め、妖艶に微笑む。


 そして次の瞬間、狂気を孕んだ瞳を大きく見開き、右手を突き出して号令を発した。



「攻撃開始! 手加減は不要よ! 全力で焼き払いなさい!!」


「「「ハッ!!」」」


爆雷型飛空艇ボーイングシップ各艇、攻撃を開始せよ! 繰り返す、攻撃を開始せよ!!」



 フェイトの号令で、眠り鼠ドーマウスの群れの上空に留まっていた飛空艇スカイシップから、紫色の光の線が無数に入った黒い塊が、一斉に投下される。


 その黒い塊は、地上十数メートル上空で爆発すると、一面を灼熱の炎で埋め尽くした。


 熱波を運んだ爆風が都市を囲む防御円ルーンへとぶつかり、光の膜に張り付いていた眠り鼠ドーマウスの群れを一瞬で灰にする。


 その炎は、コーカスの西部にあった森林をも火の海へと変えた。



「東への爆撃は意図的に減らしたのか。爆撃を逃れた鼠どもが元気に向かってラぁ」


「当たり前でしょ? お父様のお友達の方々まで焼き払ってしまったら、お父様に何て説明するのよ。そんな無能なことをしたら幻滅されてしまうわ」


「オレ様には全力で焼き払えって命令していたように聞こえたんだが…… っつかヨォ、ここら辺の鼠一掃しても元栓閉めネェとまた溢れ返るんじゃネェか? あの鼠垂れ流しの島はどうすんダァ?」


「うーん」



 フェイトが頬に手を当て、どうしようかしらと唸る。



「うん、いっそのこと撃ち落としてしまいましょう」



 両手を顔の横で合わせて、にっこりと微笑みながら楽しそうにそう告げたフェイトに、ガルアの顔が引き攣る。



「オイオイ、愛しのパパンはどうしたパパンは。あの島でお嬢のパパンが今も戦ってんだろ? 撃ち落としちゃって良いのか?」


「お父様ならこの船の攻撃くらいなんてことないもの」


「そ、そうか。なら良いンだがよ」


「そう! 問題ないわ!通信兵オペレーター! 全飛空艇スカイシップに攻撃命令! 目標は前方の浮島、プロトステガよ!!」


「「「ハッ!!」」」



 通信兵オペレーターがフェイトの命令を各艇に伝達する。



「さぁ! あの巨人が地上に降りてくる前に島ごと撃ち落とすわよ! 海神砲、発射準備!!」


「ンァッ!? 海神砲ダァ!?」


「海神砲、発射準備開始! 船首重装甲板、開放します!!」


「海神砲、魔力マナ過充填開始! 充填率80%!!」



 リヴァイアス号の船首が、鯨が口を開けるが如く上下に開くと、白群色びゃくぐんいろに輝く古代文字が描かれた巨大な砲身が露わになる。


 それは、魔導砲の出力を限界まで引き上げる事で実現した、リヴァイアス号最強の矛――海神砲だ。



「オイオイオイオイ! 本気でこいつのも撃ち込む気か!?」



 ガルアの不安を他所に、フェイトは前方の島を指差し、楽しげに言い放つ。



「フフフッ、お父様もきっと驚くわよ」


「そ、そりゃ驚くだろ。別の意味で」


通信兵オペレーター! お母様に退避の合図を!」


「ハッ!!」


「海神砲、充填率100%!!」


「いよいよね! お父様、見てて! きっとお父様のお役に立ってみせるから!!」


「だ、大丈夫かよ…… オレ様知らネェぞ……」



 マサトに褒められたい一心で張り切るフェイトに、鼻の頭に冷や汗を浮かべるガルア。


 彼らが指揮する飛空艇スカイシップの軍団は、夜空に浮かぶプロトステガへ向け、その砲口を一斉に向けた。


 港都市コーカスは白い光の膜に覆われ、暗闇の中で美しく輝いている。


 だが、一歩外へ出れば、一面火の海だ。


 新緑の草原が広がっていた場所には、紅蓮の炎が燃え盛り、火の粉とともに黒煙をもくもくと夜空に舞いあげていた。


 勿論、その壮絶な状況は、プロトステガからも視認できる距離にある。


 それでも尚、飛空艇スカイシップ一つ目の浮島巨人兵プロトステガ・ギガスの攻撃の標的とならずに済んだのは、巨人達を操っていたヘイヤ・ヘイヤをマサトが先に倒したからに他ならない。



「海神砲、充填率120%! 発射命令を!!」


「全艇、攻撃準備完了! 攻撃合図を待っております!!」


「フフフッ、試し撃ちには丁度良い標的だわ。ワンダーガーデンが誇る圧倒的な戦力の一つ――浮島プロトステガ。もしこの島をわたしたちの攻撃で落とせたなら、堅城鉄壁と名高い帝都の守りも突破できるはずよ。さぁ、リヴァイアス号。わたしたちの期待に応えて」



 齢十五の娘とは思えぬ妖艶な表情で、フェイトが命令を下す。



「全艇、攻撃開始。海神砲はわたしの合図を待ちなさい」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 防衛型飛空艇ディフェンスシップ、3/5、(白×3)(5)、「モンスター ― 飛空艇」、[飛行] [魔法耐性Lv3] [光の防御円ルーンLv3] [小型魔導式ガトリング砲Lv1]

「この飛空艇は、言わば空飛ぶ盾です。イロンが自立型魔導兵オートマターに導入していた防御円ルーン技術を改良し、より広範囲に展開できるようにしてあります――魔導の英知を受け継ぐ者ルミア」

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