249 - 「プロトステガ攻城戦8―数の暴力」
その場に滞空していたはずが、急に身体が浮き上がる。
(なっ!? そんなはずは)
それが錯覚だとすぐに気が付く。
自身が勝手に飛び上がったのではなく、浮島の高度が急に下がり始めていたのだ。
夜空に無数の熱光線を放ってみせた
この二つから導き出される答えは一つ。
「地上に
ヘイヤ・ヘイヤは港都市コーカスを火の海に変えるつもりなのだ。
マサトを見上げたヘイヤ・ヘイヤの高笑いが響く。
「あひゃあひゃあひゃ。宴は始まったばかりだひゃ!!」
黒く染まった地面から、再び大量の
それは巨大な手を形取り、マサトへ襲い掛かった。
「おひょひょひょ」
「ちっ」
マサトは炎を纏い直し、迫った
だが、視界は
「くっ……」
視界と動きを封じられたマサトに、ヘイヤ・ヘイヤの黒い拳が迫る。
だが、それはマサトも想定していた。
(二度も同じ手を喰らうか――!!)
炎の膜を貫き、目前へ迫る黒い拳目掛け、迎撃とばかりにマナを込めた自身の拳を打ち込む。
「オラァッ!!」
目にも留まらぬ速度で振り抜かれた拳が、ヘイヤ・ヘイヤの拳に衝突した瞬間、拳を中心に発生した爆風が、
「あひゃあ!?」
ヘイヤ・ヘイヤから悲鳴があがる。
相打ちに思えた拳同士の接触も、次の瞬間、ヘイヤ・ヘイヤの拳が肥大化し、風船が割れるように破裂したからだ。
それは腕を伝わりそのまま肩まで波及。
一瞬でヘイヤ・ヘイヤの太い右腕をまるごと消し飛ばしてみせた。
右腕を失ったことに驚いたヘイヤ・ヘイヤが、黒い翼を羽ばたかせ、素早くマサトから距離を取る。
失った右腕の付け根からは、黒い靄が血のように噴き出しているが、ヘイヤ・ヘイヤの顔に焦りの色は見られなかった。
相変わらず狂った笑みを浮かべている。
「あひゃひゃ。想像以上だひゃ」
そう告げたヘイヤ・ヘイヤの首元、皮膚の内側を何かが素早く動き回る。
皮膚を盛り上がらせながら動き回るそれは、首を一周すると口元へと移動した。
――グシュッ
何かを噛み潰した音が響く。
ヘイヤ・ヘイヤは、それを味わうように、ゆっくりとぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼し始めると、突然右肩から新たな腕が生えた。
「おひょ。おひょおひょ。腕を失ったのは久し振りだひゃ」
(再生持ちか。だとすれば、長期戦は不利。半端な攻め方じゃ駄目だ)
痺れる右拳を握り直す。
ヘイヤ・ヘイヤの右腕を吹き飛ばすことには成功したが、マサトもしっかりとダメージを受けていたのだ。
ライフは36/50。
ヘイヤ・ヘイヤの攻撃は4点ダメージで確定だ。
そう分析する間も、浮島の高度は下がり続ける。
(この状況で、あの数の魔法使いを同時に相手にするのは厳しいな。それなら――)
今度はマサトが先に動く。
「
【R】
ダックワーズ率いるアカガメの軍団を一掃した際に獲得した、ダック・ガルダンの魔砲士を大量に召喚できる
両手から青い粒子の放流が発生し、弧を描きながら荒々しく舞い上がる。
だが、それは同時に青い稲妻を発生させた。
(ちっ…… やはり限界を超えるとこうなるのか!)
稲妻が皮膚を切り裂くもの、マサトは構わず限界までマナを込め続ける。
「ハァァアアアッ!!」
「おひょひょ!?」
込めたマナを解放すると、夜空に青い粒子が散らばった。
それは無規則に流れる流星群を見ているかのような幻想的な光景だ。
光の粒子は瞬く間に無数の人型を形取り、魔法銃を構えた
その数――140。
代償は、ライフ20。
残りのライフは16/50だ。
(くっ…… やはり
マサトが手を上げる。
魔法銃を構えた魔砲士達が、地上にいるヘイヤ・ヘイヤへ狙いを定め――
「撃てェッ!!」
マサトの合図で、一斉に引き金を引いた。
数多の銃口から微量な光の粒子がパァンッと弾け、小さい光の弾丸が次々に放たれる。
その発砲音はパパパッと連続で木霊し、地上でヘラヘラと笑っているヘイヤ・ヘイヤ目掛け、無数の光の軌跡を描いた。
「あひゃひゃ」
空から降り注ぐ数多の弾丸を見上げたヘイヤ・ヘイヤは、その場から動きもせず、ただ笑っている。
すると案の定、
撃たれた
だが、
マサトはこの攻撃に乗じて、魔砲士の一部を
(あの
魔砲士の攻撃力は1。
それでは、ヘイヤ・ヘイヤに太刀打ちできないのは明白。
ましてや回復持ちで、圧倒的な量の
であれば、ヘイヤ・ヘイヤを仕留められるのは一人しかいない。
(あれは、俺が殺るッ――!!)
ヘイヤ・ヘイヤを守る
炎を纏い直し、
その刹那、
(またか? いや、これは――避けろッ!!)
それは、黒く、鋭利に尖った大きな槍の穂先だった。
拳だと相殺されると判断したヘイヤ・ヘイヤは、隠し持っていた武器で攻撃してきたのだ。
「おひょひょ」
「つっ……!!」
心臓目掛けて迫ったそれを、身体をひねり、全力で回避を試みる。
槍は胸元を掠めたが、ギリギリのところで回避に成功した。
大槍が突き抜けてきた場所――
(もらったッ!!)
マサトは回避した直後の体勢のまま、偶然突き出していた右手の掌をヘイヤ・ヘイヤへと向け、新たに呪文を行使した。
「
【C】
掌に発現した空間から、複数の冥闇の鎖が勢いよく飛び出すと、ヘイヤ・ヘイヤの身体に巻き付く。
ヘイヤ・ヘイヤは筋肉を隆起させて、巻き付いた鎖を強引に千切ろうとするも、黒いオーラを纏った鎖はびくともしない。
それどころか、反抗する身体を強引に縛り上げた。
大槍を落としたヘイヤ・ヘイヤの身体が急激に縮む。
[能力補正 -2/-2] の効果だ。
「おひょ? これは、不味いかひゃ?」
そう危機感なく、首を傾げて戯ける。
それは見る者が違えば不安を感じさせる程の余裕な態度だったが、マサトは構わず畳み掛けた。
「燃えろッ!!」
両手を向け、全力で炎を放つ。
「あひゃひゃひゃ」
火達磨にされながらも、ヘイヤ・ヘイヤの耳障りな笑い声は止まらない。
マサトが放った灼熱の炎は、ヘイヤ・ヘイヤの命を奪うべく容赦なくその身体を焼き続けたが、ヘイヤ・ヘイヤのもつ驚異的な再生力がそれを邪魔した。
(おかしい…… 出力が下がってる? まさか!?)
その悪い予感は当たる。
赤マナが枯渇したのだ。
このまま炎が止まれば、
そうなれば、ヘイヤ・ヘイヤを取り逃すだけでなく、自身の身すら危うくなる可能性があった。
(ここで決めなければ流石に不味いか)
炎の勢いを押し返すように、
マサトとヘイヤ・ヘイヤを繋ぐ空間が、直径2mから1mへと徐々に狭まり、それに応じてヘイヤ・ヘイヤの楽しげな笑い声も大きくなっていった。
「おひょひょひょひょ! どうしたかひゃ? もう終わりかひゃ? あひゃひゃひゃひゃ」
「ちぃッ! 終わるのはお前だッ!
【C】
マサトの足元に、発光する濃い紫色に縁取られた黒線で構築された魔法陣が出現すると、黒い粒子が螺旋を描きながらマサトを包んだ。
それは黒マナを供給してくれる為だけの
そして、得たマナで行使するのは――
「ダァアアクッ、ライトニングッ!!」
【SR】 ダーク・ライトニング、6/1、(黒×3)、「モンスター ― エレメンタル」、[攻撃成功時、またはターン終了時:消滅] [感電Lv3]
一度の攻撃で消滅してしまう、超攻撃型の黒い雷球モンスター――ダーク・ライトニングだ!
「行けぇええええッ!!」
閃光が走り、黒い雷球がマサトの腕とヘイヤ・ヘイヤの心臓とを結ぶ。
その雷球は、一瞬でヘイヤ・ヘイヤの胸部を木っ端微塵に消失させると、自身も跡形もなく消え去った。
瞬きするほんの一瞬で胴体の殆どを失ったヘイヤ・ヘイヤの頭部が、無造作に地面へ落ちる。
周囲を囲んでいた
「……あひゃ……あ……ひゃ……」
胴体から切り離されても尚、ヘイヤ・ヘイヤは笑うことを止めない。
その頭部へマサトが近付く。
「プロトステガを止めろ」
「お……ひょ……ひ……ょ……」
「無駄か……」
足を振り上げ、ただただ笑うだけのその頭部を踏み潰す。
すると、踏み潰した頭部を中心に、地面一帯がまたもや漆黒に染まった。
「なっ」
黒く染まった地面から、再び大量の
マサトは素早く空へ避難すると、溢れ出した
「まさか…… ちっ、悪足掻きを!」
再び上空へ昇る。
更に上空ではダック・ガルダンの魔砲士と、
マサトを見つけた
「奴は仕留めたようだが、まだ戦いは終わっていないぞ」
「そのようだ」
地上と浮島の距離はまだ大分ある。
だが、そんなことはお構いなしとばかりに、ヘイヤ・ヘイヤを仕留めた場所から溢れ出し続けた
そして、その浮島の端には、
「
「ああ。だが、やるしかない」
「また一人でやるつもりか?」
「あの
そう話したところで、
「フンッ、お前は確かに強い。一人で軍隊をも作り出せる力は神の御業にも等しい。だが、結局は個の力に過ぎん。お前の弱点はそこだ。個の力に頼り過ぎては、いつか死を招くことになるぞ」
「だが、俺以外に――」
「お前も私に似て大概頑固だな。強大な敵が複数いるのであれば、こちらも同等の戦力を揃えれば良い。その為に策を講じろ。戦争は始まる前に大抵の勝負が決まる。取り急ぎ、フログガーデンでお前の帰りを待っていた者達は、保険としてここに呼び寄せておいた。手始めに、そいつらを使え」
するとそこには、雲から溢れた月明かりに薄らと照らされたファージの大群が、背に緑色のゴブリンを乗せて飛んでいた。
「ワンダーガーデンの西部を襲わせた部隊は、アリスを引き付けるための陽動部隊に過ぎない。本命の部隊は、南部――お前がいると分かったここへ向かわせておいた。勿論、お前が保有していた最大の戦力をな」
一瞬、夜空に白く輝く光が見えた。
その隣には、懐かしい二頭の姿も――
「
そう話し合うマサト達に、地上にいた一体の
「どうやら少々騒ぎ過ぎたようだな」
「ああ。
「フッ、それでも行くのか。とんだ戦闘狂め」
一体が熱光線を放つと、他の
空を数多の光が乱れ飛び、それらを掻い潜って懐へと飛び込んだマサトが、そのうちの一体を素手で沈める。
それが合図となり、三頭のドラゴンを先頭に、数多のファージ達も急降下し、
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【UR】
「食べては犯し、犯しては食べ。ヘイヤ・ヘイヤの欲には底がないと言われるけど、それは人も同じだろ? 違うとすれば、被っているのが、人の皮か、兎の皮かの違いだけだと思うね――猫人族の皮を被ったチェシャ」
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