218 - 「鋼の肉体」


 倒した双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルからマナを回収する。


 空気中に舞い上がった青色の粒子は、案の定、青マナだった。


 結果は、(青×2)。


 カードドロップはない。



(回収できたマナが思ったより少ないな…… 見た目だけの雑魚モンスターだったのか?)



 軽く落胆しつつも、目の前に所持カードリストを表示させ、青2マナで召喚できるカードを調べる。



[R] 金箔付きスライムギルデッド・スライム 0/1 (青)  

 [召喚時:モンスタートレードLv2]

 [(青×3):分裂Lv1]


[R] 金箔付きフクロウギルデッド・オウル 1/1 (青)(1)  

 [召喚時:モンスタートレードLv3]

 [飛行]


[C] 召喚取り消しアンサモン (青)  

 [手札送還Lv3]


[UC] 手札送還リムーブ (青)(X)  

 [手札送還LvX]


[UC] 対抗魔法カウンタースペル (青)(X) 

 [魔法打ち消しLvX]


[C] 送還の魔法陣リムーバル (青)(1)  

 [生贄時:手札送還Lv3]

 [耐久Lv1]


[UC] 幻影の爪 (青×2)  

 [能力補正 +2/+0]

 [手札帰還]

 [耐久Lv1]



(小型の金箔付きギルデッドに、リムーブ系とカウンター。それと、壊れても手札に戻ってくる爪か)



 Xマナの対抗魔法カウンタースペルはかなり貴重なので、流石に2マナで使うのは勿体ない。


 Xマナの手札送還リムーブも同じだ。


 金箔付きギルデッドは戦力にこそならないが、状況次第では化ける可能性がある。


 召喚取り消しアンサモンは、金箔付きギルデッドとのコンボカードな上に、野良モンスターに使って効果があるか分からないので一先ず保留だろう。


 幻影の爪は、更に攻撃力が必要になった時までとっておけば良い。



(結局、使えるのは金箔付きギルデッドと幻影の爪か。どっちも今すぐ使う程のカードじゃないな)



 深刻なマナ不足だが、それ以前に手持ちのカードが少ないという危機感も感じた。


 紋章Lvは上限に達しているので、新たな力デッキの解放は期待できない。


 20000マナで世界喰らいの紋章へ進化させることはできるが、過去に戻る為にマナを集めなければいけない状況では、そこまでの余裕は作れない。


 となると、残る手段は討伐によるカードドロップと、白金貨を使ってのガチャのみ。


 カードドロップは低確率なため、カード化を狙うのが難しい上に、戦力になる程のモンスターを見つけること自体が困難なため、取れる手段はほぼ一択だ。


 

(大量の金が必要になるな。正攻法で稼ぐか、奪うか……)



 そう考えていると、再びアタランティスが駆け寄ってきた。



「セ、セラフ! 無事か!?」



 俺が双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルを倒したところを見ていたはずなのに、アタランティスは真っ先に俺の心配をしてきた。


 根が優しい奴なのだろう。



「無事だ。どうやら、こいつは見掛け倒しだったらしい」


「見掛け倒し!? それは違う! 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルは討伐ランクB+だ! 加護なしで勝てるような相手じゃない!!」


「B+か。どうりで弱いはずだ」


「弱い!? B+が!?」



 アタランティスが信じられないといった様子で目を見開く。


 討伐ランクB+であれば、岩熊ロックベアと同じ。


 俺にとっては弱い部類に入る。



「弱い。現に一撃だったしな」



 そう告げながら動かなくなった双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルを指差すと、アタランティスは双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルを見て口をへの字に曲げた。


 どうやら納得できないらしい。



「それは…… 確かにこの目で見ていたが……」


「目で見たものを信じないでどうする。それに、俺はここでも加護が使える。理由は分からないが、倦怠の印マークトーパーとやらの効果が弱いんだろう」


倦怠の印マークトーパーの効果が弱い……? オレはまだ加護を使えないが……」



 アタランティスが自分の手を見つめて閉じたり開いたりしている。


 手から何か出せるのだろうか?


 下を向きながら、もさもさの尻尾を左右に振る姿は心にくるものがある。



「お、おーい」



 アタランティスが俺と会話していることで、近付いても大丈夫だと判断したのか、他の囚人達も駆け寄ってきた。



「あ、あんた凄ぇよ!」


「まさかあの双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルを倒しちまうなんてな!」


「この調子で全員蹴散らせちまおうぜ!」



 ガヤガヤと騒ぎつつも、壁を挟んだ先でこちらの様子を窺っている看守達への警戒は怠っていないようで、緊張した面持ちで周囲を警戒している。


 そんな囚人達の間を割って、一人だけ能天気な笑顔を顔に貼り付けた金髪の男がやってきた。



「おーおー、凄いねぇ。まさか、双頭の噛み付き亀こいつが一撃とは。俺の想像以上だ。で、これからどうするんだ? 出口は、その双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルで埋まってる先だろ?」



 キングの言葉で我に帰る。


 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルで見えなかったが、位置的に出口があってもおかしくない位置に双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルがめり込む形で埋まっている。


 いや、埋まっているという表現が正しいかは分からない。


 違う表現をするとすれば、そう、壁に投げつけて潰れた卵みたいな感じだ。


 退かそうにも、甲羅と肉片がぐちゃぐちゃで、手作業ではすぐに退かせそうにない。



「……どうすんだ?」



 その惨状を見たスキンヘッドの男が困り顔で聞いてくる。


 知らんと吐き捨ててしまいたい衝動に駆られるも、出口が塞がれていては、出るに出られない。


 ここは素直に俺が処理した方が早いだろう。



「……焼き払う」



 その言葉を聞いた囚人達が、俺から離れる。


 側に残ったのは、アタランティスとキングのみ。



「お前達も離れろ。火傷する」


「わ、分かった」


「おう、頼ってばっかですまねぇな」



 アタランティスとキングも離れたところで、俺は再び炎を発現させた。


 自分を中心に円を描くように火の粉が舞い、陽炎が揺らめく。


 その浮力で身体を宙に浮かせると、俺は右手を双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの死骸へ翳した。


 翳した掌の先で、炎が渦を巻いて集まり始める。


 そして、その掌に集めた炎の玉を放とうとしたその瞬間――



 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの亡骸の内側から閃光が走った。



(なっ!?)



――――ダァアアアァァンンッ!!



 閃光と轟音とともに、双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの肉片やら甲羅の破片が目眩しになる形で、黒鉄の鉄球が一瞬で目の前まで迫る。


 

(くっ!?)



 避けきれず、飛来した黒鉄の鉄球に衝突され、そのまま鉄球とともに反対側の壁へぶつかる。



――――ドゴォオオォオンンッ!!



 壁にめり込む形で止まる鉄球。


 勿論、俺は壁と鉄球の間に挟まれる形で壁にめり込んでいる。



「セラフッ!!」



 キーンという耳鳴りに混ざって、アタランティスの悲痛な叫び声が聞こえる。



(チッ、俺の心配より自分の心配してろよ…… くそっ! 邪魔だッ!!)



 力尽くで、目の前にある鉄球を押し退ける。


 鉄球はそのまま床へと落ち、大きな音とともに土煙を舞い上げた。


 黄土色の地面は、双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの血肉がそこらじゅうに飛び散り、酷い有様だ。


 そして、双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの死骸があった場所には、大きな大砲が白煙を上げてこっちを向いていた。



(内側からあれをぶっ放したのか……)



 その大砲の横には、長春色ちょうしゅんいろの縦巻きロールヘアーの特徴的な女が、驚いた様子でこちらを見て固まっている。



「ちょ、直撃したはずよね!? な、何で無事なの!?」



 無事ではあるが、ダメージがない訳じゃない。


 恐らくライフが2〜3点くらいは削れてるはず。



(くそ……)



 咄嗟のことで、頭に血がのぼる。



「……おい、覚悟はできてんだろうな?」



 女を睨みながら、消えた炎を再び身に纏わせる。


 炎が怒りの感情に呼応したのか、先程とは比較にならない程、荒々しく燃え上がった。


 その迫力に、女が怯んだのが分かり、少しだけ冷静さを取り戻すことに成功する。



(ふぅ…… もう少し抑えろ…… もう少しだけ……)



 無理矢理気持ちを鎮める。


 マナも能力も感情次第で力や効果が増減することが分かったのは収穫だが、大宮忠に抱いた憎悪の炎まで目覚めさせてしまえば、この場にいる全員、それこそアタランティスやキングまで殺してしまいかねない。


 怒りの感情で力を高めるのは効果的だが、我を忘れて力のコントロールが効かなくなるのだけは避けたかった。


 俺は努めて冷静に、ゆっくりと空中に浮かびながら女へと近付いていく。


 そして大部屋の中心に差し掛かった時、俺は顔を引きつらせた女へ向けて、こう宣言した。



「一度しか言わないからよく聞け。俺に歯向かうな。殺されたくなければ、全員投降しろ」


「投降しろ? あはは、面白い冗談を言うのね。あなた、ここが何処だか分かって言っているの?」


「ここが何処だろうが俺には関係ない」


「そう、なら教えてあげるわ! 総員、武器を構えなさいッ!!」


「「「ハッ!!!」」」



 鉄格子の隙間から、銃のような形状の武器が無数に差し込まれる。


 その武器の先は、明確な意思を持って俺へと向けられていた。



「どうかしら? これでも強気でいられて?」


「だからどうした」



 俺は両手を広げ、その掌の先にマナを込めると、壁際に紅蓮の炎を発生させた。


 俺の思わぬ行動に、女の瞳が大きく開かれる。


 だが、女が何か発声するよりも早く、俺は両手を仰ぎ、壁際に発現させた炎を、鉄格子を這うように走らせた。



「う、うわぁっ!?」


「あづぃッ!?」


「ぎゃあっ!?」



 突然の炎と熱風に、鉄格子の内側から武器を構えていた乗組員達は、手に持っていた武器を次々に手放した。


 悲鳴とともに鉄格子からこちらに向いていた武器がボトボトと下に落ちていく。



「なっ!? 何をしたの!?」



 女の顔半分がピクピクと歪む。


 恐怖と怒りの感情が混ざったような顔だ。


 だが、女はすぐ次の一手を打ってきた。



「ララァッ! 出番よッ! 早くこの奴隷の加護をどうにかしなさいッ!!」



 女が誰かの名前を高らかに叫ぶと、壁の内側から少女らしき幼い声が返ってきた。



「全く人使いの荒い女なのよ! ララが動かなかったらどうするつもりだったのかしら! プンスコ!」



(子供の声……? 子供もいるのか?)



 子供らしき声に一瞬気を取られるも、その声の直後に周囲に変化が現れた。


 壁に刻印された文字が一斉に光る。


 その途端、身に纏っていた炎が掻き消され、浮力を失った俺は地面への着地を余儀なくされた。



「炎が、消された?」


「あははは! どんな強力な加護も、倦怠の印マークトーパーで固めたこの殺戮場では無力よ! 残念ね! あははははッ!!」



 女がそう高らかに笑うと、素早い身のこなしで手に持っていた黒い鞭を振り払った。


 視界に一瞬映る黒い線。


 高速でしなりながら迫るその鞭に、俺は反射的に回避行動を選択。


 素早く横に飛び退くと、俺のいた地面を黒い鞭がビシィィンッと凄い音を立ててえぐった。



「あらあらぁ? 逃げるのはお上手なのね。あははは。いいわいいわぁ〜、翼を捥がれた哀れな鳥みたい。さぁ、どんどん逃げ回りなさい〜? 哀れに、惨めにねぇ? そして、わたくしを楽しませるのよぉ〜?」



 女は間髪入れず、立て続けに鞭を放ってくる。


 後方へ退避しようにも、相手の鞭捌きが上手く、退路を壁際になるように徐々に誘導されてしまう。


 それでいながら、進路を妨害するかのようにしなる鞭が邪魔で、間合いを詰めることも出来ない。



(……ミドルレンジの武器は厄介だな。加護が封じられた今、俺に残された手段は何がある……?)

 


 少し考え、逃げるのを止めて立ち止まる。


 すると、高笑いしていた女が嬉しいそうに口の端をつり上げた。



「どうしたのぉ〜? もう終わり? さっきまでの威勢はどこにいったのかしらぁ〜?」


「止めた」



 そう零した俺の言葉に、女の顔が狂喜に染まる。



「あははははッ! とんだ根性無しねッ! あなたよりも今日嬲り殺した奴隷達の方がまだ藻搔いたわよ!? 惨めに! 無様にッ! 死にたくないと命乞いしながらねぇッ!!」



 鞭を大きく振り上げる女に、俺は無言のまま、右足をゆっくりと前に踏み出す。


 逃げるのは止めだ。


 全部受けてやる。


 俺の防御力なら、それが可能なはず。



「あはははははッ! 自分から貰いに来たのぉ〜!? 欲しがりなのねぇ!? そういうの、嫌いじゃないわよぉ〜! あははははッ! いいわ! あなたの断末魔でわたくしをイカせなさぃいいッ!!」


「セラフーーーッ!!」



 女が鞭を振り上げると同時に、アタランティスが駆け出したのが分かる。



「邪魔するなッ! 黙ってそこで見てろッ!!」


「なっ!?」



 怒号でアタランティスを踏み止まらせた俺に、容赦なく女の放った鞭が炸裂する。


 ビシィィンッと鞭が奏でる強烈な破裂音と同時に、太ももに衝撃が走った。


 刃物で切られたような痛みとともに、目の前に浮かびあがるメッセージ。



『即死Lv2を抵抗レジストしました』



(物騒な効果を…… だが、即死系はプレイヤーには効かないはず。それに、この程度の威力なら、身構えていればダメージは入らない。痛みも我慢できない程じゃない)



 鞭を受けながらも、歩みを止めない俺に、女の顔色が変わる。



「あははは…… はぁ?」



 戸惑いの色を顔に浮かべながらも、女は渾身の力で鞭を放つ。


 再び迫る鞭。


 今度は左胸に受ける。


 耳を穿つ破裂音。


 そして、目の前に浮かぶシステムメッセージ。



『即死Lv2を抵抗レジストしました』



(大丈夫だ。いける。問題はない)



「な、何なの…… 何故あなたは立っていられるの!?」



 女の引き攣った顔を見て勝利を確信した俺は、足を止めず、ゆっくりと歩みを進める。


 俺が一歩進む度に、女の鞭が俺の身体を穿つ。


 その度に服が千切れ飛ぶが、被弾前提で力を込めた皮膚までは引き裂かれない。


 数回でコツを掴んだのか、被弾時の痛みもかなり少なくなった。


 どうやら、俺はMEでの防御力の本当の使い方を、今まで知らなかったようだ。


 女が歯を食いしばりながら奇声をあげる。



「キ、キィイイッ! た、倒れなさいッ! わたくしの前にッ! 跪坐くのよッ!!」



 鞭が何度も放たれる。


 だが、そのどの一撃も、大きな音を立てて服を破るだけで、俺の歩みを止めることはできなかった。



「覚悟しろ。次は俺の番だ」

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