215 - 「囚われの第一級弓剣士」

 上階へと続く階段で、抜剣した軍服の男達が行く手を阻む。



「お前達、死にたくなければ直ちに牢へ戻れ!」


「脱獄など許されると思っているのか!?」



 剣先を囚人達へ向けてはいるが、 距離を詰めてくる様子はない。


 それもそのはずで、牢に囚われていた囚人達は13人。


 相対する看守は2人。


 囚人達が襲い掛かってくると分かった状況では多勢に無勢。


 何より、加護が満足に使えないとされる場所で、身体から火花を散らした男と対峙しているのだ。


 そう簡単に手を出せる訳がなかった。



「お、おいお前! そこを止まれ!!」



 マサトが無言で看守の元へ歩いていく。


 その迫力に、看守の一人が無意識に退がろうとして、背後の階段に躓き、尻餅をついた。


 もう一人の看守が尻餅をついた同僚に一瞬気を取られた刹那――


 赤い弾丸のような光の軌跡を描いたマサトの拳が、男の頬を殴り飛ばしていた。


 その一撃は、男の頭部を半回転させ、意識諸共、男の命を刈り取る。



「ひぃっ!?」



 一瞬で距離を詰めてきた悪魔マサトに、尻餅をついたもう一人の看守が悲鳴をあげる。


 咄嗟にその悪魔マサトへ向けて、手に持っていた剣を向けるも、悪魔マサトの手から放たれた炎に焼かれ、呆気なく命を落とした。



「すげぇな……」



 囚人の一人――キングが、一連の流れに感嘆の声を上げる。


 キングに続いて他の囚人も賛美の声をあげたが、マサトは気にせず殺した看守のマナ回収を試みた。


 結果は0。


 淡い光の粒子が疎らに舞い上がったが、そのまま空気中へ消えた。



「ちっ…… マナなしか」



 マナ回収ができなかったことに少し苛立つも、マサトの視線はすぐさま階段の上へと向いた。


 囚人達に声をかける訳でもなく、そのまま一人階段を上がっていく。



「ま、待てって、俺たちにも手伝わせてくれ。おい、戦える奴は看守から武器を奪っておけ! 俺たちもセラフに続くぞ!」


「「お、おう!」」



 マサトの後を追うようにして、キングを筆頭に他の囚人達もぞろぞろと続く。


 階段を上ると、再び同じような牢の並ぶ部屋に出た。



「ここも牢屋か」



 遅れて上がってきたキングが、マサトの呟きに答える。



「俺たちのいた牢は、この奴隷船の最下部にある剣闘士部屋だ。ま、囚人部屋とも言われてるが、俺たちが何か罪を犯した訳じゃねぇ。中には罪人もいるかもしれねぇが、大半の奴は帝国に逆らった反乱分子か、敵対国の奴らよ」


「そうか…… ここは?」


「さぁな。詳しいことは分からねぇが、奴隷部屋なのは間違いねぇな。見たところ、亜人どもの収容部屋みたいだが」



 牢の中には、耳や尻尾の生えた亜人種と呼ばれる者達が、皆暗い表情で佇んでいるか、部屋の隅で啜り泣いていた。


 マサトが牢に挟まれた通路を歩いていくと、看守が着たのかと皆が一様に肩を震わせた。


 だが、恐る恐るあげた視線の先に囚人服の男達だけがいるのが分かると、怯えは驚きへと変わった。


 すると、マサトの姿を見た亜人の一人が、鉄格子まで走って来て声をあげた。



「な、なぜ貴様らが牢の外にいる!?」



 緑色の長髪に、狼耳を頭に生やした色白の美人だ。


 露出の多い奴隷服から覗く肌は傷だらけで、包帯が乱雑に巻かれているも、適度に筋肉がついている。


 何かしら武芸に通じているのだろう。


 狼耳の女から発せられる威圧プレッシャーが、その者が戦士であることを物語っていた。



「オレもここから出せ! オレはこんなところにいては駄目なんだ! オレには守るべき人が!!」



 そう必死に訴える女の瞳から涙が流れる。



「た、頼む! オレも出してくれ……」



 鉄格子を掴みながら力なく項垂れた女の近くに、マサトがゆっくり歩み寄る。


 狼耳の女は驚きつつも、マサトの顔を見上げた。


 少しの間、マサトと狼耳の女の視線が無言で交わる。



「いいだろう。出すだけは出してやる。だが、自分の身は自分で守れ。俺を頼るなよ」



 マサトの言葉に、女の瞳が大きく見開かれる。



「か、構わない! 自分の身は自分で守れる!!」


「じゃあ、そこから離れろ」


「……?」



 狼耳の女が鉄格子から離れると、マサトはその黒光りした鉄格子を両手で握った。


 マサトの両腕の筋肉が隆起し、両手に力が込められたことが、側から見ても分かった。


 すると、それまでマサトの行動を黙って見守っていたキングがすかさず口を挟んだ。



「まさか…… 力尽くでこじ開けようって考えてるんじゃないよな? いやいや、さすがにそんな馬鹿なことは考えねぇ…… か…… って、おいおいおいおい嘘だろぉ!?」



 キングがそう話している間に、マサトが握った鉄格子は徐々に歪み始めた。



「んな馬鹿な!? 加護は使えないはずだろ!? どうやってそれほどの力が出せる!?」


「す、凄い」



 キングと狼耳の女が驚きの声をあげる。


 他の囚人や奴隷達も唖然とした表情で、マサトの行動を見て止まっていた。


 そんな周囲の反応を他所に、マサトは少しずつ込める力を上げていく。


 鉄の軋む音が大きくなり、目に見えて分かる程にゆっくりと歪んでいく黒い鉄格子。


 その鉄格子を握るマサトの拳からは、火の粉が舞い始め、黒い鉄格子を紅く染め始めていた。



「チッ…… 思ったより硬いな…… だがッ!!」



 マサトの周囲を火の粉が渦を巻くように舞い始めた直後、マサトの一呼吸とともに、握っていた鉄格子がバキンッと大きい音を立てて折れた。


 その反動で、マサトの握っていた鉄格子が根元から外れ、人が一人通れる隙間が生まれる。



「ま、マジか……」



 部屋と通路に、キングの呟きと、折れた鉄格子が床に転がる音だけが響き渡った。


 言葉を失う周囲の者達を他所に、マサトが狼耳の女に告げる。



「牢は壊した。ここから先は自分で決めろ」



 女の名も聞かず、上階へと続く通路へ向かうマサトに、狼耳の女は焦って後を付いていく。



「か、感謝する! 貴様らと呼んだ無礼は詫びる! オレの名はアタランティス! 法と秩序の国、マアトの第一級弓剣士ソードアーチャーだ! この礼は必ずする!!」



 法と秩序の国、マアト。


 ワンダーガーデン大陸の南方に位置する小さな島国に存在していた国の名だ。


 今は帝国の属国となり、帝国の最南部の島――マアトと呼ばれている。


 そして、アタランティスと名乗った女は、緑狼族にして、マアトの守護を務める弓剣士騎士団の中でもトップクラスの実力を持つ、第一級弓剣士ソードアーチャーの一人だった。


 彼らの剣は噓を斬り裂き、その弓は真実を射抜くとされている。


 そのマアトの第一級弓剣士ソードアーチャーだと名乗ったことに対し、キングが疑問を投げかけた。



「なんでまぁマアトの第一級弓剣士ソードアーチャー様が捕まってんだ? マアトは帝国の属国にこそなったが、帝国の裁判にその特殊な加護を使うことを条件に植民地化は免れたはずだろ?」


「あれは帝国の真っ赤な噓だ! マアトは嵌められたんだ! だからオレはッ!!」


「おーどうどう。落ち着け」



 第一級弓剣士ソードアーチャーが忠誠を誓うのは、マアトの法を司る法王であり、嘘を見抜く特殊な加護をもつマアト族のみ。


 真実のみを語るマアト族を護る使命を受けた彼ら緑狼族は、皆、噓が付けない・・・・・・


 キングが頭をかきながら話す。



「何となく事情は分かった。ま、暫しの間よろしくな。戦力は多い方がいい」


「ああ、よろしく頼む」



 そうやり取りしている間も、マサトは一人進み、上の階へ続く階段を上っていってしまう。



「あーあー、一人でさっさと行っちまいやがる」


「ま、待ってくれ! まだ名前も聞いていないのに」


「名前か。奴はセラフって名乗ってたぜ。六つ羽の悪魔セラフデーモンのセラフだってよ」


六つ羽の悪魔セラフデーモン?」


「そ、六つ羽の悪魔セラフデーモン。かつてのワンダーガーデンでの白と黒の女王大戦時、悪魔デーモンの軍勢を率いていたとされる最上級悪魔ジェネシス・デーモンの一人だ」


「彼が……? その最上級悪魔ジェネシス・デーモン?」


「さぁな。最初は冗談だと思っていたんだが、その片鱗はこの目で見ちまったからな。あながち噓じゃねぇかもな」


「そんなことが……」


「まっ、何にせよ、今の俺たちにはこれ以上にない強い味方だってことだけは間違いねぇよ。なんせ、倦怠の印マークトーパーの力なんて関係なしに炎やら馬鹿力を出せるんだからな。この船の乗っ取りも不可能じゃないはずだ」


「乗っ取り…… それは本当か!? 成功するのか!?」


「あくまで可能性の話だ。セラフがあいつ・・・に勝てれば、な」


「あいつ……?」



 その時、船を揺るがす程の爆発音と振動が、その場にいたキング達を襲った。


 囚人達が騒ぐ。



「うおっ!?」


「なんだ今の爆発音は!? あの男がやったのか!?」


「奴以外にいねーだろ!」


「おい! おれたちも後を追うぞ!!」



 囚人の一人がそう声をあげると、他の囚人達も応じ、セラフの後を追った。



「おら、あんたも行くぞ!」


「あ、ああ! し、しかし、他の奴隷達も……」


「そんなの乗っ取った後にやりゃいいだろ! 今はセラフの援護だ!」


「そ、そうだな! 承知した!!」



 キングの後に、アタランティスも続く。


 通路の壁は焼け焦げ、熱気のこもった空間には、はらはらと火の粉が舞っていた。


 先程よりも高い火力で焼き払ったのだろう。


 通路の隅には無残な姿に変わり果てた看守達の死体が点々と転がっており、まだ時折パチパチと音を上げている。



「おいおい、まさか倦怠の印マークトーパーから離れて更に火力が上がったのか? しっかし、一切の躊躇もみられねぇな、こりゃ。はは、震えるねぇ。こんな奴が味方なら頼もしい限りなんだがねぇ。味方なら」


「何を一人でぶつぶつ言っている」


「いや、なんでもねぇ。おっ、追いついたようだぜ」



 キングとアタランティスが、扉を無理矢理爆破したかのような大穴が開いた壁をくぐる。


 船内とは思えぬ広い空間をもつ大部屋の中央には、巨大奴隷船オサガメが誇る最強の番犬――ならぬ番亀である――双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルが、炎を身に纏ったマサトと対峙していた。



「出たな。あいつ・・・が、問題の双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルだ。どうだ? 加護や能力なしで戦うには無理な話だろ?」


「あんな化け物を…… どうやって……」


「少なくとも、セラフがあいつ・・・を倒せなきゃ、乗っ取りなんて到底無理な話だ」


「そんな……」



 絶望の表情を浮かべたのは、アタランティスだけではなかった。


 マサトの後方に控えている囚人達の顔も青い。


 だが、キングは笑っていた。



「さぁ、どうする。セラフ。まだ何か隠してんだろ? お前の本当の力を俺に見せてくれよ」

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