193 - 「黒のUR」


「マ、マジか……」



 女王シルヴァーを片付けて安堵していたところに、また新たな問題が飛び込んできた。


 津波。


 しかも飛びっきり特大サイズの大津波だ。


 そして、その津波を引き起こしたのは――



「なんだよあのクソでかい生き物は……」



 海神リヴァイアサン。


 別名、島喰らい。


 この世界に三体のみ存在が確認されている討伐ランクS級の超大型モンスターの一体だ。


 そのモンスターが姿を現せば、大陸が一つ滅ぶとさえ言われている。


 なぜそんな怪物が目を覚ましたのかというと、どうやら俺の放った巨大な火の玉ファイヤーボールが原因のようだった。


 迫り来る津波を見たときは、火の玉ファイヤーボールのせいで断層運動を引き起こしてしまったのかと勘違いもしたが、実際はもっと厄介なモノを目覚めさせる結果を招いていた。



『で、シュビラさん、あれの対処法は?』


『再び眠りについてくれるまで待つしかないようだの。討伐ランクSとは形ばかりで、実際に討伐した者はいないとヴィクトルが言っておった』


『まぁそんな気はしてたよ…… 討伐できないからこそのS級なんだろうな』



 巨大という言葉では現せない程の、圧倒的な質量の塊がゆっくりと浮上していく。


 簡単に言うと島だ。


 巨大な島が少しずつ海の中から顔を出している。


 もしくは、島のような大きさの鯨。


 色が氷山っぽいので、氷山そのものと表現してもいい。


 それだけの質量が海の底から浮上するとどうなるか。


 当然の如く強烈な引き波と、大量の波が発生する。


 リヴァイアサンにとっては、水面にできる波紋程度でも、こちらから見たら全てを飲み込む恐怖の大津波だ。


 身体のスケールが異なり過ぎて感覚が狂いそうになる。



神の激怒ラース・オブ・ゴッドを使いきったらこれかよ! はは! どうなってんのこの世界!!」



 次から次へとやってくる災難には、さすがに笑うしかない。


 水面に出ている身体ですら、ガルドラ山脈よりも高いのだ。


 水中に隠れて見えない身体の大きさは計り知れない。



「くっそ…… あの超巨大な島を倒すのに、全力の火の玉ファイヤーボール二発でいけるか? いや、それよりも……」



 周囲に目を向ける。


 自分は空を飛べるので影響はないが、問題はそこじゃない。


 問題は――



「あれだよな……」



 南には、シルヴァーの襲撃から運良く逃げることができた人々が、長蛇の列を作っていた。


 ハインリヒ王の言葉を信じていち早く王都から避難したため、シルヴァーの襲撃や、火の玉ファイヤーボールの余波にも巻き込まれず、無事に生還できた人達だ。


 まだ津波に気付いていないのか、皆が皆、背中を丸め、肩を落としながら俯き加減で移動している。


 だが、すぐに気付くはずだ。


 背中に迫ってくる大津波の存在に。


 そして、この津波がローズヘイムへ届かないとも限らない。



「やれる限りのことをやるしかないか」



 先ずは津波を起こしている元凶を倒す。


 火の玉ファイヤーボールを撃ち込んでも良いが、余波でローズヘイム諸共海の底へ沈む可能性がある。


 海へ全力の火の玉ファイヤーボールを撃ち込むのは危険だ。


 であれば、あれ・・に賭けてみるしかない。



「頼む! お前が頼みの綱だ! 出でよ! グリムワールドの抹殺者フラーネカル!!」



[UR] グリムワールドの抹殺者フラーネカル 5/5 (黒×8)

 [飛行]

 [即死攻撃]

 [先制攻撃]

 [振分攻撃ディバイド]

 [ダメージ転移:支配下のモンスター]



 超強力な [即死攻撃] を持つ悪魔デーモン系のモンスターだ。


 能力を見る限りは、デメリットらしきものがないのに、破格すぎる能力をもっている。


 上手い話には必ず裏があるように、あまりにも優秀な能力ばかり持ち過ぎていて、使うのを躊躇わせていたカードでもあった。


 種族が悪魔デーモンというのも、胡散臭さに拍車をかけている。



(今はそれでもこいつに頼るしかない! 頼む!)



 黒い粒子が荒々しく迸り、空に一体の魔物を形作る。


 ファージ達同様、剥き出しの黒い筋肉。


 特徴的な楕円形の頭部。


 だが、頭部の先端は三叉槍のように三つに分かれ、尖っている。


 顔に目や鼻は無く、あるのは鋭い牙が並んだ口のみ。


 背中には大きな黒い翼があり、背骨の辺りからは長い鞭のような触手が無数に生え、うねうねと蠢いている。


 だが、異形に見えるのはその部分のみで、他は人間の身体に近い。


 筋肉質な腕を胸の位置で組み合わし、姿勢良く足を伸ばした姿は、知性を感じさせる何かを秘めているようにも見えた。

 


(URは癖が強いんだよな…… 頼む! 素直な奴であってくれ!!)



 その願いが通じたのか、現れたフラーネカルは、即座に紳士然としたお辞儀をしてみせた。



「主、ご命令を」



(きた! 当たりか!? これならいけるかもしれない!!)



「よし! お前はあの島みたいなモンスター――リヴァイアサンを倒せ! やれるか!?」



 そう命令しながら、リヴァイアサンの方を指差す。



「ご命令とあれば」


「じゃあ任せた! もしダメージを受けても、ダメージを転移していい相手は使い魔ファージのみだ! 分かったな!?」


「ハッ」



 命令を受けたフラーネカルが、黒い翼を羽ばたかせながらリヴァイアサンへと飛んでいく。



「任せて大丈夫だったよな?」



 飛び去る直前、口角を大きく釣り上げて笑ったフラーネカルに一抹の不安を抱きながらも、自分は刻一刻と迫り来る津波へと視線を向ける。


 そして、大きく深呼吸し、気持ちを整えた後、気合いを入れ直す。



「ッし! 女王シルヴァーの次は大津波と海神リヴァイアサンが相手か! 上等だコラァ!!」



 助けられる命は助ける!


 俺なら助けられる!


 できる!


 そう自分に言い聞かせながら、俺は大津波の前に立ちはだかった。




◇◇◇




 時を同じくして、南へと移動する人々の瞳にも、巨大な津波が映る。


 その情報は瞬く間に全員に伝わり、混乱した人達で列は乱れ、転倒する者が続出した。


 既に王都からの長距離移動で息を切らしていた人々も、迫り来る津波から全力で逃げることを強要される。



「や、山へ逃げろ!」


「む、無理だ! 遠すぎる! 追い付かれちまう!!」



 だが、逃げるよりも早く迫ってくる巨大な海の壁に、家族を持つ者達の多くは足を止めざるをえなかった。



「うぇーん、ママぁー! こわいよー!」


「大丈夫、大丈夫だから。ママが一緒にいるからね」



 再びやってきた絶望に、涙し、抱き合う者。


 その場に蹲りながら祈り続ける者。


 逃げ場のない平地と、地響きとともに迫り来る死の壁に、大勢が打ちひしがれる中、一人の子供が、北の空に光る存在に気付いた。

 


「あ、あれ! ぴかぴかしてる!!」



 それは大量の光の粒子を身に纏ったマサトだった。


 両手を広げ、迫り来る死の壁に一人立ち向かっていく。



「あれはローズヘイムの英雄王か……?」


「何をする気なんだ……」


「英雄王、まさか私達を……?」



 皆が固唾を飲んでマサトの姿を目で追っていく。


 それが最後の希望だと信じて。



「ど、どうか、私達をお助けください」



 皆の祈りに呼応するかのように、マサトが雄々しく、くれないに輝いた――




◇◇◇




「マサト、大丈夫かな……」



 ローズヘイムの城壁の上で、ギガンティアの末裔でもあるベルが、空をぼーっ眺めながらマサトの帰りを待っていた。


 空一面を白く染めた閃光に、地震。


 マサトの向かった王都で、何か大変な事が起きてるのだけは予想がついていた。


 予想がつくだけに、ただ待つことしかできない無力な自分に落胆する。



「結局、灰色の翼竜レネがいないと、わたしは何もできないのかな…… わたしにも空を飛べる翼があれば……」



 胸を締め付けられるような痛みを、溜息とともに吐き出す。



「はぁ……」



 すると、誰もいなかった筈の場所から、突然声が響いた。



「一人で出歩くなと言っただろ」


「あ、えっ!? レイアさん!? 何でここに!?」



 艶のある浅黒い肌に、銀色の長髪、そして長い耳。


 ダークエルフであり、元闇の手エレボスハンドのメンバーでもあるレイアが、風に靡く髪を鬱陶しそうに抑えながら不満顔で立っていた。



「何でだと? 外に出る時は、必ず護衛を二人以上付けろと言われたはずだ。闇の手エレボスハンドが潜伏しているという話は、お前も聞いているはずだと思うが」


「あ…… ご、ごめんなさい」


「全く。不要な仕事を増やすな。マサトなら心配しなくてもすぐ帰ってくる」


「はい…… 帰ってくるよね」


「当たり前だ。それに、ベル。お前はマサトと約束したのだろ?」


「えっ!?」


「私が聞いてなかったとでも思ってるなら、私を見くびらないことだな。旅には私も同行する」


「旅……」



 その言葉に、フログ湿地帯へと旅立つ前にマサトとした会話が、鮮明に蘇ってきた。



『俺がシルヴァーとの戦いに勝って、ベルが怪我をすることなく冒険者ランクBにまで昇格できたら、今度どこか旅に出ようか。この世界を知るための旅に』



「あ……」


「冒険者ランクは上がったのか? まだCだっただろ? こんな所で油を売っている暇なんてないんじゃないか?」


「ちょ、ちょっと休憩してただけ! い、今から戻るところ!」


「ふん、世話の焼ける…… 掴まれ。ギルドまで送ってやる」


「え?」



 そう告げると、レイアは背中から炎の翼を生やし、手を差し出した。



「うそ…… 炎の翼…… マサトと同じ……」


「マサトから授かった加護だからな」


「ほ、欲しい! わたしも! 同じ翼!」



 興奮したベルがレイアの手を掴み、レイアに詰め寄る。



「なっ、私に言うな! マサトに頼め!」


「う、うん! マサトにお願いする! レイアさん、ありがとう!!」


「な、なぜ私に抱き着く!? は、離れろ! それにもし同じ加護を貰えたとしても、使えるようになるには時間がかかるぞ!?」


「うん! うん! 大丈夫! わたし頑張るから!」


「全く……」



 はしゃぐベルに、レイアはやれやれと軽く笑みを浮かべる。



「でも、なんでレイアさんがわたしを見つけに……?」


「お前に何かあれば、マサトが悲しむからな」


「そっか…… レイアさん、ありがとう!」


「だっ! だからなぜ私に抱き着く!? 離れろ!!」


「えっ? でも、掴まれって言ったのレイアさんだよ?」


「そ、それはそうだが…… はぁ、まぁいい。落ちるなよ」


「あっ、ちょ、ちょっとまって、やっぱり体勢を変えた、い、きゃぁああ!?」



 焦るベルをぶら下げながら、レイアが城壁から飛び立ち、滑空するように少しずつ高度を下げていく。


 恋敵でもあるレイアが、わたしなんかを心配して探しに来てくれた。


 そう考えると、ベルはレイアの優しさに少し触れられた気がして、心が少し温かくなるのだった。


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