191 - 「予兆」


 ローズヘイムの地下、後家蜘蛛ゴケグモのアジト、幹部部屋。


 黒光結晶ブラックライトの少ない光源が照らす部屋の中央には、以前には存在しなかった巨大な水晶が置いてあった。


 その巨大な水晶は、土蛙人ゲノーモス・トードの住処であったガルドラの鉱山から採掘した水晶を錬成して作った人工水晶だ。


 水晶には無数の幾何学模様が刻まれており、水晶の中心は平面で、液晶テレビのように映像を映し出している。


 ただ、出力が安定していないのか、明るくなったり暗くなったり。


 更にはピントも今ひとつ合っていない。


 しかしながら、ぼんやりと映し出しされたその場所が、今回の主戦場となった王都ガザであることは一目瞭然だった。


 映像には、マサトの火の玉ファイヤーボールによって大きく抉られ、フログガーデン大陸北東部の大半を消失させた魔法跡――巨大なクレーターが映っている。



「ようやく繋がりましたか」



 後ろ手を組んだエルフのネスが、水晶を眺めながら隣の幼女に話しかける。



「ふむ。ローズヘイムにいながらガザのことを監視できるとは。やはり凄い魔術だの」



 ネスにそう返事を返したのは、ゴブリンの女王であるシュビラだ。


 短い腕を腰にあて、小さな胸を自信ありげにそらしている。



「革命的な魔術であることは確かなのですが、現状だと王都くらいまでの距離しか視界を伸ばせません。それと、消費魔力が多過ぎて恒常的に使える代物ではないのが辛いところですね」


「今は十分であろう。しかし、良くぞこの短時間でここまでのモノを作れたものだの」


「元々、似た性質をもつ魔術を開発していたというのもありますが、ここまで短時間で仕上げる事ができたのは、紛れもなくシュビラ様の助言があったからです。その知識がなければ、とてもここまでのものを作ろうとは思わなかったでしょうね」


「ふっふっふ。知識は利用できる者がいて初めてその真価を発揮できる。われの側にそなたがいたのは、偶然にしては少々出来過ぎかの」


「時として、偶然の重なりは奇跡をも起こします。天命という言葉はあまり好きではありませんが、今回ばかりはその手の迷信を信じたくなってしまいますよ」



 ネスとシュビラが口の端を意味ありげに上げる。



「しかし、今回発生したモンスターに、マサト君は相当苦戦したようですね。大地をここまで消失させるほどの大魔法を使うとは」



 そう話すと、ネスは自分の発言がおかしかったのか、フフと一人笑った。



「失礼。いえ、本来であれば、これほどの魔法を一人で行使できることに驚くところですね」


「ふっふっふ。旦那さまの力はこんなものではないぞ?」


「これでも、まだ本気を出していないと?」


「ふっふっふ。そういうことだの。ま、今回ばかりは、さすがの旦那さまも肝を冷やしたのは事実のようじゃな」


「やはり苦戦を…… 黒崖クロガケの話では、今回出現した巨大なモンスター――女王シルヴァーは、知恵を持った災厄クラスのモンスターに相当するAAA級以上と聞きました。AAA級以上となると、残るは各国の英傑が集合してようやく討伐が可能となるS級…… その上となるともはや神の領域です。マサト君はたった一人で、この災厄クラスのモンスターを無事に討伐できるのでしょうか」


「愚問だの」



 やれやれと言った感じでそう吐き捨てる。


 シュビラには、ネスのその言葉が疑心からの問いかけでないことなど百も承知だったからだ。


 微量の揶揄いを含んだ、ネスなりの冗談である。


 すると、シュビラの身体がピクリと一瞬だけ跳ね、暫しの沈黙を経て口を開いた。



「旦那さまが無事に仕留めたようだの」


「それは吉報ですね。では、私はあの空間の亀裂を塞いできます」


「頼めるかの」


「ええ、お安い御用です。元々、黒崖クロガケ達の脱出口として開けていた転移装置ポータルが原因のようですから。転移装置ポータルと同じ原理で閉じることも可能なはずです。では」



 そう告げると、ネスは姿を消した。


 入れ違いになるように、マサトが空間の亀裂から出てくると、亀裂はみるみるうちに狭まり、あっという間に閉じてしまった。


 水晶越しに焦ったマサトの反応を見たシュビラが、ふふっと微笑む。


 そこへ、一仕事終えてきたネスが戻った。



「早かったの」


「ええ。空間の亀裂を閉じる程度であれば、それ程苦労はしません。ですが二つ程問題が……」


「よい、言ってみよ」


「一つ目は、無の空間に、まだ多くのシルヴァーの軍勢が残っていたことです。空間の出入り口となる亀裂は閉じたので、再び同じ空間と繋げない限り障害はないはずですが……」


「万が一があるのかの?」


「いえ、その可能性はほぼないと言っていいでしょう。無限大に存在する並行世界の一つに、無作為に連続で接続するくらいあり得ません」


「その例えはよく分からんが、無視できるほどに可能性が低いのであれば気にしなくてよい。それで二つ目は何かの?」


「それは……」



 ネスが話そうとしたその時――


 水晶の映像が大きく乱れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る