178 - 「蛙人討伐戦3」
ケロォオオオ……
霧の奥から、
その叫びは次第に大きくなり、
「こ、今度は何が起きてるケロか……」
そう呟く
「ゲ、ゲロロ!?」
霧を身体に纏いながら現れたのは、巨大な翼を広げた二匹目の怪物――
「ド、ドラゴンケロォオオオ!?」
肉裂きファージの
恐怖で身体が硬直し、部下へ咄嗟の命令が出せなくなる。
大きな翼を広げながら登場したドラゴンはというと、ドシャァアアンッと泥を撒き散らしながら荒々しく着地。
鼻から火を噴き出し、周囲をゆっくりと睥睨し始めた。
その場にいた全ての
その中には、黒い怪物と同士討ちを始めてくれと願った者も多かった。
だが、ドラゴンは先客である黒い怪物に見向きもしない。
黒い怪物も、突如現れたドラゴンを気にした素振りすら見せず、再び水中へと飛び込んで
「ど、どういうことケロか!? い、一体何が起きているケロ!?」
何かがおかしい。
つがいのドラゴンならまだしも、黒い方の怪物はドラゴンとは似ても似つかない全くの別物。
それがこの距離で互いに干渉し合わないなどありえるのか。
ありえない。
やはり何かがおかしい。
あまりの異常事態に、
その
「お前が蛙の王か?」
突然話しかけられた
「そ、そうだケロ。ド、ドド、ドラゴンが、ここに、何の様だケロ」
実際は、ドラゴンの背からマサトが話しているのだが、混乱状態にある
ドラゴンは続ける。
「フロンを知ってるか? アローガンスの女王、フロンだ」
なぜ人族の王であるフロンの名が出てくるのか
「フ、フロケロか? し、知っているケロ。ケロと契りを交わした、ケロの可愛いお嫁さんだケロ」
そう
周囲の空気がドッと重くなり、息ができなくなるほどの濃厚な殺気に包まれる。
「グ、グゲゲ」
ドラゴンの放つ殺気に、周囲の
「な、何んで急に怒り出したんだケロ!?」
何がドラゴンの怒りに触れたのか、
慌てふためく
「契り? フロンがそれを許すとは思えないが」
「あ、相手の許可なんていらないケロ。さすがに人族とすぐ子供を作ることは難しかったケロが、そ、その種は既に植え付けてあるケロ。あと数年で、ケ、ケロの子を宿すケロよ」
その瞬間、
ドラゴンに毛など生えていないのに、だ。
炎と陽炎で歪んだ空間の中で、牙を剥き出し、怒りの形相に変わったドラゴンが話す。
「子を宿す……? それは本当なのか? 嘘を言えば今すぐに喰い殺すぞ」
「ヒ、ヒィイイ!? ほ、本当ケロ!
ドラゴンに恐怖しながらも、そう熱く語る
その子種は、強力な水魔法とともにフロンの身体に残り、長い月日をかけてその身体へと浸透していっている。
「ケ、ケロ……」
「ド、ドラゴンの次は悪魔が出て来たケロ…… こ、ここは、いつからこの世の終わりになったケロか……?」
腰を抜した
「人族の王になるだと?
「じ、人族は血で王を決めるケロ。ケロの子に王の血が流れれば、ケ、ケロの子は人族の王ケロ! 王の血を受け継いだケロの子に、人族は皆跪くケロよ!!」
威勢良く言い返した
「そうか。それがお前の望みか」
「そ、そうケロ!」
悪魔の瞳から色が消える。
その変化に、
悪魔の冷たい言葉が、静まり返った湿地帯に響く。
「最後に聞く」
「な、何ケロか……?」
「フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」
「そ、そんな方法知らないケロ」
そう言い返した
「ゲロォオオオ!?」
「もう一度聞く。フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」
「ゲロゥ…… ケロの…… ケロの手が……」
何の前触れもなく手が灰となって消えた。
その事実に、
あわよくば隙を見て反撃しようと思っていたのだ。
だが、それすら不可能だと悟る。
その上、魔法行使に必要な腕を片方消されてしまった。
仮にもう片方の腕まで燃やされてしまえば、
捕食者を前にして、抗う術を失うということは、死を受け入れるのと同じ。
しかし、一瞬で離れた相手の腕を灰にできる悪魔相手に、どう抗えばいいというのだろうか。
「フ、フロロ…… フロロロロ……」
腕を失った痛みと、その絶望的な状況に、さすがの
「悪魔もフロケロを狙っていたケロか? フロロロ、でも遅かったケロね。フロケロの処女はケロが貰ったんだケロ。フロケロの柔肌はとても気持ち良かったケロよ?」
このままただ死ぬくらいなら、せめて意趣返しをしてやろうと、悪魔へ卑しく笑い返す
肌を突き刺すような悪魔の怒りの視線に冷や汗が噴き出すも、
「フロケロはケロのものケロ。ケロの可愛い可愛いフロケロは、ケロの子を産むんだケロよ。そう、フロケロはケロの子を産む運命なのケロ! それは誰にも止められないケロ!!」
そう告げた次の瞬間、今度は右手が発火し、即座に灰となって空中へと舞った。
両手を失った激痛に、
「聞くのはこれが最後だ。フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」
悪魔の要求は変わらない。
だが、
「フロロロ…… フロケロの魅力に悪魔もぞっこんケロな。さすがケロの嫁ケロ。でも、フロケロはお前じゃなくてケロの子を産むケロ。残念だったケロな。フロロロロロ!!」
「それがお前の答えか…… まぁ良い。魔法を解く方法など腐る程ある。お前はここで消えろ」
無表情となった悪魔が手をかざす。
「フ、フロロロロ、や、やれるもんならやってみるケロォオ!!」
死を覚悟した
だが、
暫く沈黙が流れた後、悪魔が無機質な表情のまま再び口を開く。
「いや…… 駄目だ。お前を殺すのは俺じゃない……」
殺されなかった。
まだ生きている。
悪魔の詰めの甘さに、
命を取られないのであれば、まだ抗う術は残っている。
何万といる
隙を見て口寄せし、その混乱に乗じて姿を消す。
だが、その僅かな望みも、新たな訪問者達によって絶たれようとしていた。
「キシャァァアアアア!!」
「つ、
『
それは
水の中だろうが土の中だろうが関係なく移動でき、戦いで受けた傷も瞬く間に再生してしまう
「お、終わったケロ……」
◇◇◇
両手を失った青い蛙が呆けている。
瞳から生気が消えた。
だが、その程度で絶望してもらっては困る。
この蛙は、幼い頃のフロンにトラウマを植え付けた元凶の蛙だ。
フロンの仇敵でもある。
この蛙が幼い頃のフロンにしたことは到底許せないし、許すつもりもない。
フロンも同じ気持ちのはず。
それに、この蛙を殺すのは俺じゃなく、フロンであるべきだ。
「おにいさまー! 必要ないと分かってたけど、加勢に来たよー!」
「おにいさまが突っ込んで行った時はさすがに焦ったけど、無事でほっとしたよー」
「ああ、悪い。敵の待ち伏せがありそうだったからつい。でも、そのお陰で被害も最小に抑えられただろ?」
「うん、こっちの被害はほぼないよ! さすがおにいさま!」
「良かった。で、
「順調だよー。ゴブリンで周囲を包囲しつつ、水の中に逃げた
「分かった。じゃあマナ回収はその後にやるか。それと、この蛙が逃げないように拘束したいんだが」
俺がそう告げて蛙を指差すと、オラクルは満面の笑みで「了解〜!」と返事をしながら敬礼で応じた。
さっそく
「く、く、く、来るなケロ!!」
「にしし、この子が怖いの? そっかぁ、じゃあ、このままスネークに見張っててもらおう。後は、こういう時の為に禿山から持ってきた魔縛りのロープで拘束すれば、逃げられることはないかな」
蛇に睨まれた蛙の如く、
動かなくなった
魔縛りのロープとは、縛った対象の
普通のロープでは魔法で拘束を解かれる心配があるが、この魔縛りのロープで拘束されると、魔法を行使するための
もちろん、
「よし! 完璧! これでもう逃げられないと思うけど、そもそも逃げようとしないでね? もし逃げようとしたら、次は眼と脚が無くなるから覚悟してね」
「ゲ、ゲロォ……」
胴体と両脚を縛られた
オラクルが
「ようやく追いついた。その大蛇がこんなに早く沼地を移動できるなんてね。
「あ、ヴァーヴァ」
空へと浮かぶ俺へウィンクしたヴァーヴァは、そのまま周囲を見渡し、オラクルが縛り上げた
「その蛙を縛っているロープ…… もしや魔縛りのロープかい? オラクル、アンタまさか勝手にアタシの宝物庫から持ち出して来たんじゃないだろうね?」
「あれっ、持って来ちゃ駄目だった?」
「はぁ、アンタは旦那の使役モンスターだから別にいいんだけどさ。持って行く時は一言アタシに断ってからにしな」
「はぁーい、ごめんなさい」
旦那?
何か聞き流せない単語が出てきた気がする。
「しかしねぇ、こうも簡単に
「いや、旦那って……」
「あ、その
寒気がするほどの妖艶な笑みを浮かべながら、ヴァーヴァが
そうか。
素材になるのか……
「って、だから誰が旦那で、誰がダーリンだ。誰が」
「アンタに決まってるだろ? 他に誰がいるってんだい。アタシを抱いて生きていられるなんて、この世にアンタしかいないんだ。アタシの旦那じゃなけりゃなんだっていうんだい?」
「無茶苦茶な……」
「はぁ〜、嫌だねぇ。これだから心が童貞のままの男は。男なら一度抱いた女くらい生涯面倒見てやるくらいの気概を見せな!」
「ぐっ」
ヴァーヴァの有無を言わさぬ剣幕に若干押される。
誰が心が童貞のままだ。誰が。
……いや、自分で気付いてないだけで、もしかして精神童貞?
マジ? 甲斐性って何?
「なぁいいだろ? その蛙、アタシに譲っておくれよ。その分、たっぷりと夜にご奉仕してあげるからさぁ」
ヴァーヴァが流し目で誘惑してくる。
心なしか股を少し開いた気がするのだが、今はレイアのお陰で欲が満たされているので問題なく
「駄目だ。この蛙は渡せない。こいつを殺したい奴は他にいるんだ。そいつの元まで連れて行くまで殺せないし、渡せない」
「やれやれ、困ったねぇ。うちの旦那は強情だよ。でも、アンタがそう決めたのなら仕方ない。こうしようじゃないか」
ヴァーヴァが顔を振りながら肩を竦め、話を続ける。
「アタシはこの蛙の素材が欲しい。アンタはこの蛙を殺せれば良い。なら死なない程度に眼をくり抜いて、皮膚を剥げばいいのさ」
「そんな事が…… いや、
皮膚を剥いで、
考えただけで鳥肌もんだが、理にはかなっている。
何しろ、
変異種の素材はとても貴重で、例外なく高値が付くというのはトレン談。
この方法で素材の量産が可能であれば、大きなビジネスチャンスになるかもしれない。
金を稼げれば、ガチャでカード追加もできる。
いっそのことヴァーヴァに任せてみるのも手かもしれない。
「それなら、素材剥ぎ取りの件は任せた。でも決して殺すなよ? 後で
「
そう話すと、ヴァーヴァは
「い、いやケロ…… くる、来るなケロ……」
死ぬ事すら許されずに、眼や皮膚を剥ぎ取られ続けるとなれば、誰でも戦慄するだろう。
「ゲェッ!?」
「お、おい」
「この程度で動揺するんじゃないよ。みっともない。仮死状態にしただけじゃないのさ」
「それ、本当に死んでないのか?」
「なんだい、アタシを疑うのかい?」
疑われてご立腹な様子のヴァーヴァだったが、オラクルが倒れた
「どうだい? 大したもんだろ?」
「おおー、本当に死んでないみたい。凄い技術だよこれ! おねえさま、これ後でぼくにも教えて!」
「仕方ないねぇ。なら、アタシの拷問技術も特別に披露してあげようかね」
「うわ〜い! やったー! ありがとー!」
オラクルが無邪気に喜んでいる。
「仮死状態にする前にここへ
「そういうことは早く言いな」
「はーい。あ、今、手持ちに
お土産一つ貰っていくねみたいな調子で言ってのけたオラクルが、そのまま躊躇なく
その手際にヴァーヴァが関心の声をあげた。
「へぇー、手際良いじゃないか。アタシの助手として申し分ないね」
「助手〜? ぼくはおにいさまの言うことしか聞かないよ?」
「アンタのおにいさまは、アタシの旦那だよ。ならアンタはアタシの命令も聞くべきだろ?」
「そんなことを言ってるけど、おにいさまどうすれば良い?」
オラクルが
オラクルはヴァーヴァに対して情といった感情は持ち合わせていないのだろう。
鬱陶しいから殺してしまいたいな、くらいには思っているかもしれない。
「オラクルの判断で構わない。俺たちに不利益がないなら手伝ってやれば良いし、逆なら敵対も止む無しだ」
「は〜い。だってさ」
さすがにヴァーヴァは怒るか?
そう思ったのだが、ヴァーヴァの反応は想像の逆をいくものだった。
「はぁ…… はぁ…… アタシにそこまで冷たい態度を取った男は初めてだよ…… 興奮しちゃうじゃないか……」
恍惚とした表情を浮かべながら、一人股に手を挟んでもぞもぞとしていた。
「……俺もあんたみたいな女性に初めて会ったよ。とにかく、その手をもぞもぞさせるのやめなさい」
「じゃあアンタが相手してくれるのかい?」
「シルヴァー退治が終わったらな」
そう、俺はこれからシルヴァーと戦わないといけない。
正直勝てるのかどうか分からない。
だが、その戦いの勝敗は、この後のマナ回収にかかっているということは確かだ。
周囲に目を向ける。
十数メートル先は濃い霧のせいで真っ白だ。
肉裂きファージが潜水しているであろう水辺の水面は荒々しく波立っている。
耳を澄ませば、霧の先から怒号やら悲鳴が聞こえてくる。
手を天へと掲げ、マナを呼ぶ。
すると、すぐさま白い霧の中から青い光の粒子がポツポツと現れた。
「来い!」
そう強く念じると、青い光の軌跡を残しながら一直線に手に集まり、青い光の球体を形成していく。
「ちょ、ちょっとアンタ何始めたんだい!? そんなに
「うわぁああ! すごぉおおおい! おにいさまの
「ああ、心配しなくても大丈夫。一度試してみたかっただけだから」
生き物を殺した時にマナを回収できるのであれば、そのマナを取り込まずにそのまま使うことで、魔法を行使するような真似事を再現できるんじゃないかと思って試してみたのだが、思いのほか上手くいった。
満足したので手に凝縮させたマナ玉をそのまま胸へと近付け――マナ喰らいの紋章に喰わせる。
するとたちまち身体に力が溢れた。
「き、消えた!? あの異常な
「おにいさま痺れるー! かっくいー!!」
ヴァーヴァが冷や汗を流しながら驚き、オラクルは目を輝かせて喜んでいる。
だが、まだまだ足りない。
新たな力を解放するには、マナが――
身体を駆け巡る心地よい全能感に、感情が高ぶる。
「
――ガアアァァ!!
思念で繋がった全てのゴブリンが雄叫びをあげる。
それは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます