176 - 「蛙人討伐戦1」
フログガーデン大陸の北東に位置する
背の低い水草が一面に生え渡り、そのいたる場所には、
水辺では、小人のような背丈の
その湿地帯の中央部に、背丈の高い水草と樹木に囲まれた密林地帯がある。
水辺から立ち昇る蒸気により、常に霧がかった湿地帯において、更に霧が濃くなる密林の中に、他の
「ゴブリンが攻めてぎゅる!」
そう訴えているのは、元
土蛙王の視線の先には、小さな王冠を被った青色の
「ぎゅっと奴に違いないぎゅ! 舐めてかかると全滅させられぎゅ!」
そう必死に訴えるが、小柄な
「人族でもゴブリンでも、何が来ても同じケロ。この湿地帯に居れば、
「奴は普通の人族とは違ぎゅ! 油断したら滅ぼさぎゅる!」
「フロロ。面白い冗談ケロ。自虐ケロか?
先程から土蛙王を嘲笑し、ついには間抜けと吐き捨てたのは、フログ湿地帯に生息する
余裕の笑みを浮かべる
「ドラゴンもいぎゅ! それでも同じことが言えぎゅか!?」
「ドラゴン? フロロロロ! そんなものいる訳ないケロ。仮に居たとしても、ドラゴンが人族と行動する訳ないケロよ」
「嘘じゃなぎゅ! ドラゴンがいなければ、人族に
「プフー。やっぱり、
その言葉に、
「つい最近も、何万もの人族が攻めてきたケロ。でも、ケロ達は誰の手も借りず、攻めてきた人族達を返り討ちにしてやったケロ。この違いが分かるケロか?」
「ぐ……
そう呟いた土蛙王の顔に、どこからか投げられた泥玉がぶつかった。
土蛙王の顔にビチャっと音を立てて泥がくっ付き、ボトボトっと地面へ落ちる。
その直後、ドッと笑いが起こった。
「フロロ! 用が無いならとっとと帰ってほしいケロ。
その言葉に、他の
投げつけられた泥玉は、泥ではなく、
だが、土蛙王は低く唸るだけで手を出すことはしなかった。
多勢に無勢。
流石の土蛙王も、一人で無数にいる
「もう、いいぎゅ」
「おや? もう帰るケロか? じゃあ少しでも綺麗になって帰ってほしいケロよ」
そう
糞玉を身体中に浴びながら、土蛙王は立ち止まることなく湿地帯を歩いて抜けていく。
土蛙王は、はらわたが煮えくり返るほどの怒りに震えながらも、じっと耐え続けた。
そして、何とか湿地帯を東へ抜けることに成功する。
「
肩を落とした土蛙王が、身体についた
本来、
視界の開けた高台へ登ることは、空に天敵の多い
だが、
見晴らしの良い丘の頂上で、丁度良い高さの岩に腰掛けると、土蛙王は湿地帯を見下ろしながら呟く。
「お前達はあの男に滅ぼされるといいぎゅ。せめてもの同種の情けとして、我がその最後をここで見届けてやぎゅ」
目の座った土蛙王が、「ぎゅぎゅぎゅ」と低く唸るように笑う。
仲間を失い、
その瞳に唯一存在していたのは、自分を馬鹿にした
◇◇◇
「はぁ、なんで付いてきちゃったかな〜? あのおっぱいおばさん」
ゴブリンの大群の先頭を走るのは、
その脇を、ゴブリンの戦士長こと――ゴブ戦長が並走している。
後方には、約20万もの禿山のゴブリンが列を成して追走しており、その中央には、神輿を担ぐゴブリン達と、その神輿の上に足を組んで座っている
「ぼくたちだけで十分なのになぁ。ま、邪魔だったらしれっと殺しちゃえばいっか」
そうあっけらかんと呟いたオラクルだったが、すぐ何かに思い当たり、顔をしかめた。
「待てよ…… 確かあのおっぱいおばさん、おにいさまといたしてたよね…… となると、おにいさまの子を授かってる可能性もあるのか…… げぇ、めんどくさいなぁ、もう…… 無理にでも禿山に置いてくれば良かったよぉ……」
愚痴りながら口を尖らせるオラクルだったが、次の瞬間には「うん、考えても仕方ないから、気にしないことにしよっと」と言って鼻歌を歌い始めたのだった。
後続に続く禿山のゴブリン達は、オラクルのもつ [ゴブリン持続強化+2/+2] 能力の効果で、2/3サイズまで強化されている。
それだけでも十分な――過剰な戦力だとオラクルは判断していたが、駄目押しで
純粋な戦力比較だと、
仮に湿地帯であっても、強化されたゴブリン達なら、最低でも一対一にまで持ち込めるはず。
いざ戦いになれば、ゴブ戦長のもつ [攻撃時にゴブリン一時強化+1/+0] で 3/3サイズになる。
空には肉裂きファージもいる。
後程、おにいさま――マサトも到着する。
負ける要素は皆無だ。
「セオリー通りに攻めるなら、まずは
そう零すオラクルの視線の先に、霧のかかった水辺が見え始める。
「にししっ、楽しみだなぁ。うん! 取り敢えずゴブリン一万で様子見しよう! さぁ! いよいよ攻めるぞ〜!」
暫くして、湿地帯に戦いの太鼓がドンドンと鳴り響いた。
◇◇◇
「なんだい!? まだ後続が全て到着してないのにおっ始めやがったのかい!?」
「ぜぇ…… ぜぇ…… ほ、ほんとだど。よ、ようやく、きゅうけいできるとおもっだのに、おだ、しんでまうど……」
神輿の上で、ヴァーヴァが身を乗り出して叫ぶ。
その声に律儀に答えたのは、ヴァーヴァのお供のオークゴブリン――タドタドだ。
「ばぁば、おだもそれにのせてほしいど…… もう、おだはしれないど……」
「はぁ〜、嫌だね。この豚は。馬鹿言ってんじゃないよ。アンタみたいな豚を乗せる訳ないだろ!それにここは一人用だよ。誰も乗せるスペースなんてありゃしないのさ」
「ば、ばぁばのひざのうえでがまんするど……」
「はぁん!? 冗談は顔だけにしな! なんでアンタをアタシの膝の上に乗せて、それに我慢するのがアンタなのさ! これ以上アタシを怒らせると、
「ぜぇ…… ぜぇ…… それはいやだど……」
「だらしないねぇ。あの貧弱なゴブリン達ですら、今ではあんなに屈強そうなオーラを身に纏うようになったのに、なんでアンタだけは貧弱なままなんだい?」
「それは…… おだがおしえてほしいくらいだど……」
「そうかい。まっ、興味ないから良いんだけどさ。アタシは特等席でこの戦いが見られればそれで満足だからね」
「あいかわらず、せいかくがわるいど……」
「豚が何を鳴いても、アタシにはブヒブヒとしか聞こえないよ」
「ぶひぶひ……」
左手で団扇のようなものを扇ぎながら、妖艶な笑みを浮かべたヴァーヴァが足を組み直す。
「ようやく人生が楽しくなり始めたんだ。少しくらい満喫したっていいじゃないのさ」
「さつりくのうえでしかまんきつできないなんて、ばぁばかわいそうだど……」
「全く、本当に煩い豚だね! アンタに同情されても嬉しくないんだよ!」
「どうじょうされて、うれしいあいてがいるだか?」
「そうだねぇ。あの男になら同情されてもいいね」
「あのおとこ…… りゅうきしさまだか?」
「そうだよ! 悪いかい!?」
「いいとおもうど。タドタドもりゅうきしさますきだど。りゅうきしさまやさしいど」
「豚に同意されてもねぇ。って、アンタ! 誰が神輿に登って良いって言ったんだい!? 降りな! ここはアタシだけが乗っていい専用の神輿なんだよ! シッシッ!」
「や、やめるど!? けったらおちるど!? い、いだ!? いたいど! おち、おちるど、ど、どわぁぁああ!?」
ヴァーヴァに蹴り落とされたタドタドが、隊列を組んで進むゴブリン達の中へ転がりながら消えていく。
「さてと、煩い豚も消えたことだし、旦那の晴れ姿でも見せてもらおうかねぇ」
そう呟いたヴァーヴァが見上げた空には、真紅のドラゴンが飛んでいた。
そのドラゴンの背には、ヴァーヴァが旦那と呼んだマサトの姿が見える。
マサトの姿を見つけたヴァーヴァは笑みを深くすると、手を股に伸ばし、悩ましい吐息を吐き出し始めたのだった。
◇◇◇
霧がかった湿地帯を見下ろしながら、マサトは突如身体を駆け巡った寒気に、ぶるぶると身体を震えさせた。
「なんだ今の…… もしかして武者震いってやつ?」
マサトの問いに、
「その反応から、何処と無く感じる失笑感…… まぁいいか」
地上では、ゴブリンの大群が湿地帯へと攻め込んでいる。
水溜りを避けてはいるが、陸に見える場所も沼地と化しており、進軍速度はかなり遅い。
霧のせいで全貌を把握することはできないが、ゴブリン達に気付いた
「
少し嫌な予感がする。
「いっそのこと、何かある前に上空から火の雨を降らせて先制するか?」
馬鹿正直に歩兵戦を仕掛ける必要はない。
だが、地下に住処があるかもしれないので、闇雲に空爆すると、敵拠点の出入り口を見失ってしまう恐れがある。
一応、その対策として
「突っ込むか? 俺なら被害を最小限にできるはず……」
そう考えた直後、マサトが行動を起こすのよりも早く、黒い物体が猛スピードで霧の中へ突っ込んで行くのが見えた。
黒い筋肉が剥き出しになった、頭部のない奇形の竜。
そう、肉裂きファージだ。
「あいつ…… 無茶苦茶だな……」
霧の中へ躊躇なく突っ込んで行ったファージの背中を見送ると、大気を震わすほどの
「うおっ…… ヤル気満々だな。ファージの奴。あ、そうか! ファージは視覚で地形を判断している訳じゃないから、霧とか関係ないのか!」
肉裂きファージが、ただ闇雲に敵陣へ突っ込んで行ったのではないと気付き、少し嬉しくなる。
頼もしく見えてきたファージの存在に、俺も加勢に行かなければという思いが強くなっていく。
「となると、あいつのいる場所に何かいるのか!? よし! 俺達もファージに続くぞ!」
――ギャォオオオ!!
マサトに
炎の翼を生やした一人と、真紅の翼を広げた一頭は、肉裂きファージの気配を頼りに、先の見えない濃霧の中へと突撃。
その光景を地上から見ていたオラクルが、「えぇえええ!? 嘘ぉおお!? おにいさま自ら突っ込んじゃうのぉおお!?」と頭を抱えながら叫んだ。
「ああ! もう! おにいさまはほんと脳筋なんだから! なんで王が自ら敵陣の真っ只中に突っ込んで行っちゃうかな!? ぼくが来た意味! もうもうもう! 仕方ないから予定変更するよ! 皆、総突撃ぃいいい!!」
――キシャァァアアアア!!
――――ガアアァァ!!
地面が揺れ、水面には無数の波紋を発生させながら進むゴブリン軍団は、最弱種族とは思えぬほどの、見る者を圧倒させる力強さがあった。
「はぁ、ここで総突撃命令出しちゃうあたり、ぼくもおにいさまの影響受けてるのかな? 嬉しいような、悲しいような。でも、楽しいからいっか! それに、今回のお兄さまの目的はマナ回収だし、味方にも被害が大きい方が結果的には良いんだったよね? うん、そうそう。そうだった! よーし、行くぞ〜! 蹂躙だぁー! ひゃっはー!!」
脳筋から流れてくる思念に触れたオラクルもまた、危険を顧みない向こう見ずな勇ましさを見せたのだった。
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