172 - 「腹ペコ亭とユプス」


 時を忘れてガチャに熱中していた俺とトレンは、既に時計の針が12時を回っていることに気付く。



「そう言えば、朝食食べ損ねてたんだった。さすがに腹減ったわ」


「せっかくだから外へ食べに行くか」


「お、いいね。そうしよう」



 そうトレンと話しながら、昼飯をとるために書斎を後にする。


 通路へと出ると、通路にいたゴブリンと目が合った。



「ご苦労さん」


「ゴブ」



 闇の手エレボスハンドの一件以来、屋敷の警備を強化した。


 屋敷には常時数匹のゴブリンが警備しているため、以前よりは安全になったと思う。


 因みに、屋敷を警備しているゴブリンはシュビラが召喚した2/2サイズのマッチョゴブリンだ。


 今はゴブリンの首長も後家蜘蛛ゴケグモのアジトにいるため、ゴブリンの首長のもつ [ゴブリン持続強化+1/+1] の効果により、実際には3/3サイズ。


 種族補正を気にしなければ、純粋なサイズで見れば木蛇ツリーボアの2/1よりも上なので、このゴブリン一体でも木蛇ツリーボアを倒せることになる。


 のだが、本当に倒せるの? と疑問が浮かぶ。


 あの木蛇ツリーボア相手に、ゴブリン一体で勝てるイメージがもてないというのが率直な感想だ。


 恐らく、このイメージと目に見えない能力分の差を、MEでは種族補正と呼んでいるのだと思うが、今度、種族補正がどのくらいの影響度をもつのか検証しても良いかもしれない。


 ガルドラの岩陸亀でさえ、甲羅は硬いが付け根は比較的柔らかい等の弱点もあったし、単純なサイズでは測れない要素が多くありそうだ。


 そんな事を考えながら屋敷の外へ出ると、丁度礼拝堂から出てきたロイに会った。



「お、ロイ。久し振り」


「あ、マサトさん」



 ロイは、俺が召喚した戦場の癒し手バトルフィールド・メディックで、冒険者風の格好をした好青年だ。


 その容姿と物腰の柔らかさから、周囲からの人望も厚い。



「町はマサトさんの話題でもちきりらしいですよ」


「なんだかそうみたいだね。情報が出回るのって早いわ」


「そうですね。でも、今回は皆が求めていた結果だったからという理由も強いと思います」


「だと嬉しいね。それを実行した俺としては」


「はい! あっ、引き止めちゃってごめんなさい。もしかしてこれからお昼でしたか?」


「そう。ロイも一緒に行く?」


「本当ですか!? ご迷惑でなければ、ぜひご一緒させてください!」


「じゃあ行こう」



 トレンの勧めで、大通りから少し――いや、かなり外れた場所にある飯屋――腹ペコ亭へと足を運ぶ。


 交易再開に湧く中、渦中の王が人気の多い場所に行ったら、飯どころの騒ぎじゃなくなるだろと言う理由で、人気のない場所にある飯屋になった。


 その飯屋には暖簾がなく、一見営業しているか分からなかったが、扉を開けると、たちまち照り焼き風の食欲そそる匂いが流れてきた。



「うおっ、美味そうな匂い」


「ここの照り焼きランチが絶品なんだよ」


「へぇー、トレンは常連?」


「いや、常連という訳ではないが、たまに来てはいるな」


「そっか」


「この店自体、土蛙人ゲノーモス・トードの復興後にできた店だからな。ほら、突っ立ってないで空いてる席に座るぞ」


「ああ、そうだね」



 店員に出迎えられる訳でもなく、空いてる席にトレンと俺とロイの三人で座る。


 つい、日本の癖で店員に案内されるのを無意識に待ってしまっていた。


 そのせいで、既に食事中だった冒険者風の客にじろじろと見られてしまったが、まぁいいだろう。


 気にしないことにする。


 店の中は新しくできたというだけあってとても綺麗だ。


 四人がけのテーブルが四つに、カウンター席と二人席が四つあり、そこそこ広い。


 すると、胸の大きなメイド風の女性がお盆を持って厨房から出てきた。



「あ、お客さ…… えっ!? マサト様ぁあ!?」



 お盆を落として盛大に叫ぶ。


 その叫びを聞いて、他の客もざわつき始めた。



「や、やっぱり王様じゃん! ほ、ほら! わたしの言った通りでしょ!?」


「あれが英雄王……」


「王族でもこんな店に来るのか」


「もしやここって王様の行きつけの名店だったり!?」



 何だか、一言話さないと場が静まらない気がしたので、まぁまぁと宥めるような仕草で、皆の視線に応じる。



「騒がせてごめん。俺もここへは食事に立ち寄っただけだから、俺のことは気にせず、食事を楽しもう」



 そう告げられた皆が顔を見合わせ、納得したのかしてないのか判別のつかない表情で頷き合った。


 店員の女性はというと、落としたお盆を急いで拾い、何度も何度も頭を下げて謝罪している。


 頭を上げ下げする度に、女性の大きな胸がだゆんだゆん揺れるので視線のやり場に困る。



「も、申し訳ありません。お騒がせして…… い、今、店長をお呼びしますので!」


「いやいや、いいよ。呼ばなくて。ここへは普通に食べに来ただけだからね」


「は、はぁ…… し、しかし……」



 どうすればいいのか分からず、挙動不審気味になる店員さん。


 取り敢えず注文を取ろうと、構わずトレンへ話しかけると、トレンは「そりゃ王様が来たら驚くよな。気が利かなくて悪かった」と軽く謝罪しつつ、照り焼きランチを三人前注文した。


 店員さんが「わ、分かりました!」と返事をすると、小走りで厨房へ駆け込む。



「悪い。マサトを連れて来る影響を、そこまで深く考えてなかった」


「まぁ、今まで冒険者だったし。それに、何回も繰り返していたら、そのうちそれが普通になるんじゃないかな? 王様だからとか、そういうの気にしないでいこう」


「そういうと思ったよ」


「はは、マサトさんらしいですね」



 その後すぐに店長らしき青年が出てきて、握手とサインを求められるイベントがあった。


 店長は名をトトというらしく、店員のプランさんと二人で切り盛りしているとか。


 二人して、俺が王様になる前からのファンだったと泣いて喜ばれて、少し気恥ずかしい気持ちになったりしたが、悪い気持ちはしなかった。


 因みに、サインは店に飾るらしい。


 この店に来る度、自分のサインを見ることになるのは少し嫌だが、かなり喜んでくれたし、それくらい我慢しようと思う。


 暫くして、焼き色の入った皮に、ツヤのあるソースがたっぷりかけられた、この店自慢の照り焼きランチが配膳された。


 食欲を刺激する甘いタレの匂いと、その見た目に、無意識に感嘆の声が漏れる。



「うぉ、美味そうな匂い。この世界で照り焼きにありつけるとは思わなかった。因みにこれって何肉?」


土蛙人ゲノーモス・トードだろうな」


「まぁ、そんな気はしていたけどね!」



 土蛙人ゲノーモス・トードは臭くて醜いモンスターだが、その肉は美味というのがこの世の常識。


 当然、土蛙人ゲノーモス・トードの肉で作った照り焼きランチは絶品だった。


 甘みのあるタレに、綺麗な焼き色のついた皮はパリッとしていて、中の肉は口の中でトロけるくらい柔らかい。


 ここに白米があれば最高だったが、主食はパン。


 とはいえ、パンも空を喰らう大木ドオバブで作った特性パンらしく、甘味があってこれまた美味かった。


 客で埋まってないのが不思議なくらいだ。



「ここまで美味いのに、客で溢れてないのには、何か理由があるの? 立地は、まぁ人通りが少なくない場所ではあるけど」


「どうだろうな。宣伝はあえてしてないようなことを言ってた気もするな。人手が足りてないからと」


「もしかして、この国って労働者足りてない?」


「足りてないぞ。土蛙人ゲノーモス・トードの襲撃で大勢死んだ上に、一部がガザへ移住したからな」


「食糧問題以外に、労働者問題があったんじゃん……」


「労働者の件は、問題というほど問題だとは思っていない。むしろ、今の仕事の需要と供給のバランスは、悪くないところにあるとすら考えている。以前は仕事にありつけない者が多かったからな。少し人手が足らないくらいが働く者にとっては丁度良いだろ」


「あーなるほどね」



 すると、店長のトトが呼んでもいないのに厨房から出てきた。



「マ、マサト王、お味はいかがでしたでしょうか?」


「ああ、凄く美味しかったよ」


「それは良かったぁ! ありがとうございます、ありがとうございます」



 涙ぐみ何度も御礼を述べるトト。


 放っておくと、ずっと居座られそうなので、ちょっと違う話題を振ってみる。



「そういや、人手不足だって?」


「えっ!? あ、は、はい! 中々働いてくれる人が見つからない状況ではありますが……」



 トトが何やら言いにくそうにしていると、トレンが口を挟んだ。



「労働条件か、採用条件が厳しいんじゃないか?」


「ああ、条件面ね。で、どうなの?」


「え、ええ。給与は水準だと思ってますが、その、採用条件は……」


「採用条件は?」


「マサト王が王になる前からファンだった者という条件を付けていまして……」


「は?」



 気恥ずかしくなる理由だった。



「そんなマニアックな……」


「マサトが王になる前かぁ、確かに数は絞られるな」


「はは、それなら自分は働けますね!」


「え、ええっ!? そ、そんな高僧ハイプーリストであるロイ様に配膳係なんてさせたらロイ様ファンクラブの方々に殺されてしまいます!」


「えぇっ!? 自分のファンクラブ!? じゃなくて、自分は高僧ハイプーリストじゃないですよ! ただの衛生兵メディックです!」


「ふはっ、ロイ様ファンクラブって。ロイも隅に置けないな」


「ちょ、マサトさん揶揄わないでください」



 ロイが顔を赤くして抗議する。



(ロイって好青年だよなぁ。凄く良い奴。これは人気でますわ。無償で治療して回ってるみたいだし)



 結局、腹ペコ亭の雇用問題については、苦しくなったら頼ってくれれば、ゴブリンを派遣させるとトレンが話をして終わった。


 どうやら利口なゴブリンを労働者として派遣させる仕事を、国の政策として実施する計画があるようだ。


 あまりゴブリンの使い勝手が良すぎると、今度は人の雇用を奪いかねないので、派遣の事前審査は厳しくしたり、雇用場所を限定したりと、色々対策は考えているとのこと。


 食後の卵デザート――恐らく土蛙人ゲノーモス・トードの卵――は断り、三人で雑談しながら一息付いていると、今度は客の一人が近付いてきた。


 冒険者風の出で立ちながらも、アホ毛がちょこんと頭のてっぺんから飛び跳ねた、胡桃染くるみぞめ色のショートカットヘアーが特徴の女性だ。


 左肩だけ袖がなく、その肩には鷲獅子グリフォンの入れ墨が入っている。



「やほー、僕はユプス。君って、この国の王様なんでしょ? 僕困ってるんだ。ちょっと助けてもらえないかな? 助けてもらえると僕嬉しいんだけどな?」


「おいおい、いきなりだな」



 突然の要求に、苦笑いで対応するも、すかさずトレンが顔をしかめながら要求を突っぱねた。



「無礼な奴め。物乞いなら他を当たれ」


「え〜、ケチんぼ。そう言わずに指を失って仕事に支障をきたしている可哀想な僕の話を聞いてよ〜」



 そう言いながら、ユプスと名乗った女性は包帯をぐるぐる巻きにした左手を上げて見せた。



「そのロイって人は、高僧ハイプーリストなんでしょ? じゃあ6等級魔法使えるよね? お願いー、この指治して!」


「あ、えっと……」



 ロイが視線でどうするか判断を求めてくる。


 だが、その判断はトレンが下した。



「礼拝堂でちゃんと手続きしたのか? 正規の手続きを踏めば治療してもらえるだろ」


「あー、僕、この町の住民じゃなくてー」


「この町の住民でなくとも、ちゃんと身分登録すれば保護は受けれるはずだ。何かやましいことがあるのか?」


「うーん、ないと言えばない。あると言えばある感じ」


「は? あんたは馬鹿か。そんな怪しい奴を治療できる訳…… まさか!?」



 トレンとユプスの会話の流れで、彼女が闇の手エレボスハンドの刺客かもしれないという可能性が頭をよぎった。


 だが、だとしたら少し間抜け過ぎやしないだろうか……



「……闇の手エレボスハンドがこんな間抜けな接触の仕方するかな」


「……いや、おれもそう思い当たったところだ」


「へ? 闇の手エレボスハンド? 僕が? なんで?」



 ユプスが首を傾げながら指をほっぺに当てている。



「あははー、君面白いねー。そんな訳ないじゃん。見かけによらず、ちょっとだけお馬鹿さんな人達なのかな?」


「くっ……」



 トレンのこめかみがピクリと跳ねる。


 俺は気にしないが、仮にも王族相手にお馬鹿さん呼ばわりとか、イかれた奴の臭いしかしない。


 実際、独特な雰囲気のある子だとは思う。


 まともにやり合ったら自分のペースを乱されるタイプのやつ。


 ここはトレンの血管がキレる前に助け舟を出してあげた方がいいだろう。



「まぁまぁ、詳しい話は礼拝堂で聞こうか。俺としても、闇の手エレボスハンドでピリピリしている時に、怪しい奴を見逃すほど間抜けじゃないんでね」



 少し凄むと、ユプスは「あははー、だよねー」と笑いながら頭に手を当てて照れ始めた。



「なぜ照れる……」



 すると、ユプスはポケットから折りたたまれた紙を取り出し、片手で苦労しながらそれを広げて見せた。



「これ、僕の順番。今日も確認しに行ったんだけど、この調子だとまだ数十日以上は先だって言われて困ってたんだ」


「なんだよ、既に礼拝堂で登録してんじゃん。なんで嘘ついた?」


「えー、嘘ついてないよー。君達が勝手に誤解しただけじゃん。僕はちゃんと、この町の住民じゃないから優先的に治療受けられなくて、でもそれまで待てなくて困ってるって言いたかったのに、君達が勝手に疑ったんだよ?」



 トレンと顔を見合わせる。


 確かにそんな流れだったかもしれない。


 だが、トレンは当然のように却下した。



「だとしてもだ。部分欠損を何のコネもなく治療してくれるなんてうちの国だけだぞ? 更に言えば破格の治療費で、だ。待てば治療してもらえること自体ありえないのに、更には治療費もべら棒に安い。これがどれだけ恵まれてる状況か分かるか? 分かるなら、大人しく待つくらいできるだろ」


「そんなに待ったら僕達のたれ死んじゃう!」


「知るか! 働けばいいだろ!」


「こんな手じゃ大した仕事ないよ!」


「仕事を選り好みすんな! って、ちょっと待て。僕達? 子供でもいるのか?」


「言葉が話せない大きな子供が、ぐぅぐぅとお腹空かせて僕の帰りを待ってるんだぁ。この子が結構お金のかかる子で…… しくしく」


「言葉の話せない大きな子供……? なんか訳ありみたいだな」


「訳ありじゃなければ、王様に気安くお願いなんかしないよー。下手すれば無礼罪で打ち首だよ? 僕もそこまでお花畑じゃないんだから」


「その言葉と、それまでの言動が一致してない気がするんだが」


「お腹空いたよー、お家に帰りたいよー、しくしく」


「あんたはここで食べてたんだろ」


「水しか飲んでないよ! この店の良い匂い嗅いで食べた気持ちになっていただけなんだから!」


「それは…… なんて言うか…… ひもじいな……」



 トレンとユプスの会話を聞いていて、段々と目の前の彼女が憐れに思えてきた。


 ぎゅるるるーとユプスのお腹が唸りをあげる。


 すると、突然ユプスが床に頭を擦り付け、所謂土下座ポーズで必死に懇願し始めた。



「どうかー! どうか僕と僕の大きな子供を助けると思って御慈悲をー! 何卒ー!」


「はぁ…… だから駄目なものは駄目だと」


「そこを何とかー! あの子を飢え死にさせたくないよー! それに僕もまだ死にたくないよー!」



 死ぬ覚悟ならまだまだやれることあるだろうと思いつつも、厄介なのに絡まれたなと、トレンと二人で溜息を吐く。



「噂では悪魔の紅い贈り物デーモンズレッドギフトがあるとか! その一雫だけでもどうかお恵みをー!」


悪魔の紅い贈り物デーモンズレッドギフト?」



 その単語にトレンがピクリと反応し、固まる。



「そんな噂が流れているのか?」


「あー、えーっと、はい」


「誰から聞いた」


「あー、んーっと、言わなきゃダメ?」


「言え。しょっ引くぞ」


「あ、はい。酒場で泥酔してたセファロっていう竜語りドラゴンスピーカーのメンバーに聞きました」


「あいつ…… ったく、要らぬデマを流すな。おれ達はそれに匹敵する――は、言い過ぎだが、相応の回復薬ポーションの開発に成功してはいる。少しずつ市場に流す予定なんだ。へんなデマで市場を混乱させたら商人ギルドと、何よりそれを一番楽しみにしているおれが黙ってないぞ」


竜語りドラゴンスピーカーのメンバーが言ってたなら普通信じるよ!? 怒るならそのセファロっていう男を怒ってよ! 僕はその噂に踊らされた可哀想な被害者なんだからね!!」


「間違ってはないんだが、何かいちいち腹が立つな……」



 トレンが悩み始めた。


 本当にセファロが悪魔の紅い贈り物デーモンズレッドギフト――レッドポーションのことを漏らしてしまっていたのであれば、それは問題だ。


 あまりしつこく聞いても、本当に悪魔の紅い贈り物デーモンズレッドギフトがあると疑われてしまうが……


 まぁ少しだけでも話を聞いておこう。



「ちょっと良いかい?」


「えっ!? 王様! 僕を助けてくれる気になったの!?」


「い、いや。そのセファロから聞いたのって、いつ頃?」


「うーん…… いつだったかなぁ…… 確か大黒虫ゴキムシ問題が起きた直後だったと思うけど」


「あの時期か…… 納得。セファロ、大きな失敗してしまって荒れてたんだな」


「荒れてたからって、噂を鵜呑みにしてここまで生きてきた僕の気持ちはどうなるのさ!? 責任とってよー!」


「いや、それは嘘だろ」


「あははー、嘘かも」


「だから、なぜ照れる」



 本気なのか冗談なのか、今一真剣さが伝わらない。


 まぁこんな優柔不断そうな性格だから、今困ってるのだろう。


 話が進まず、かと言って捨て置くのも後味悪いので、慈悲を与えてやる方向で考え始めると、それまで苦笑いで状況を見守っていたロイが、俺の意を汲んで、すかさず声をかけた。



「じゃあ自分が治療できるか見てみますよ」


「ロイ、頼んだ」


「はい!」


「やったー! ありがとう! 多分、君達のことは忘れないよ!」


「多分かよ…… まぁいいや」



 その後、変わり者のユプスをロイに預け、俺達は腹ペコ亭を後にした。



「また変なのに絡まれたな」


「本当。変わった奴だった。精神的に相当タフなんだろうな。あそこまで自分のペースで話せるのはある意味才能だよ」


「羨ましくない才能だな」



 そう吐き捨てたトレンだが、ふと何かを思い出し、手を顎に当てて考え始める。



「しかし、あの入れ墨、何処かで見た覚えがあるんだが……」


「ユプスの肩に入ってた鷲獅子グリフォンの入れ墨?」


「そう。何かで見た気がするんだが…… まっ、思い出せないということは、大した情報じゃないのかもしれないな」



 その後、俺はトレンと別れ、フロンの待つ旧領主館へと向かった。




◇◇◇




「おー、よしよし。良い子にしてたー?」



 ユプスが、鷲の翼と上半身を持ち、獅子の爪と下半身を持った一際身体の大きい獣――鷲獅子グリフォンの頭を撫でる。


 その身体を撫でる左手に傷はない。


 ロイの治療により、無くした指が全て再生したのだ。


 ユプスに撫でられた鷲獅子グリフォンが甘えるように「クゥウン」と鳴き、頭をユプスへとなすりつける。



「よしよし。傷も完治したし、これでようやく国に帰れるよー!」


「クィイン!」


「おー、リュリュも嬉しい? 僕も嬉しい! まさか土蛙人ゲノーモス・トードの襲撃に巻き込まれて、手を負傷するとは思わなかったからねー。あの時は焦ったなー、手を怪我してちゃ流石にリュリュと海を渡れないし。二人で途方に暮れたね。でも、その結果、凄い収穫があったよ」



 ユプスがリュリュと呼んだ鷲獅子グリフォンの首に抱きつきながら、話を続ける。


 だが、次の言葉を発するユプスの顔に、先程の緩い笑みはなかった。



「この国は、悪魔の紅い贈り物デーモンズレッドギフトを保有してる。あの噂の証拠は見つけられなかったけど、王に会って確信は得られた。それにあの王、あれは…… 悪魔デーモンの軍勢を率いていた最上級悪魔ジェネシスデーモン――六つ羽の悪魔セラフデーモンの生まれ変わりに間違いないよ。サーズの部族が口を揃えて言ってたし…… 三対の炎の翼を生やし、タン族を地獄の業火で生きたまま焼き殺したって」



 鋭い光を宿したユプスの瞳が、鷲獅子グリフォンの顔を正面から捉え、ユプスは愛獣でるリュリュに言い聞かせるように告げる。



「きっと近い将来、あの悪魔デーモンに関わる国は必ず滅ぶことになるよ。その戦果は瞬く間に海を越え、僕達の故郷――ワンダーガーデンまで侵食するはず。早く故郷へ帰り、手遅れになる前に討伐軍の編成を打診しないと。金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの名にかけて、悪魔デーモンは一匹残らず殲滅するんだ!」



 ユプスがリュリュの手綱を握りながら跨る。


 ユプスを背に乗せたリュリュが嘶くと、獅子の下半身が力強く地面を蹴り、大きな鷲の翼を広げて空へと飛び立った。


 ローズヘイムが飼っているドラゴン達に気付かれぬよう、進路を大きく南に取ったユプスの顔には、並々ならぬ決意が満ち溢れていたのだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ

[C] 英雄王マサトのサイン色紙 (0)

 [換金:500G]

 [耐久Lv1]

「あの日、真紅のドラゴンに跨りながら、城壁の上空に颯爽と現れたマサト王の背中は、一生忘れられません。あの方は、この国に住む者全員の命の恩人です――元防衛塔の新兵トト」

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