161 - 「反撃の狼煙」
「クククッ、そう警戒せずとも、我々はここから動くつもりはない。あの兎を追う必要などないからな」
「何……」
口裂け少女がケタケタと笑っている。
嫌な予感がする。
考えたくないが、きっとこの考えは正しい。
こいつらは、二人組じゃない!
「くそっ!!」
マーチェの後を追おうと身体を動かした直後、
黒い翼を大きく広げて視界を妨害し、剣先をこちらへ向け、俺の突撃を正面から迎え撃つ構えをみせている。
「貴方は一人逃げることも、仲間を助けに行くこともできない。このような人気のない場所で、一人になったのが間違いでしたね。悔やむのであれば、まずはご自分の危機感の無さを反省するべきでしょう」
男は尚も続ける。
「今、貴方は、自分の命か仲間の命、この二つを天秤にかけるしかない状況に立たされています。私としては、貴方に大人しくしてもらえると、とても助かるのですが、どうでしょう? 仲間の為に自分の命を捧げてみませんか?」
そう男が告げた直後、マーチェの悲鳴が上がった。
「仲間には手を出すな!」
「ほほぅ? それは、自分の命を我々に差し出すという解釈で合っているのかな」
口裂け少女が一歩ずつ近付いて来る。
近くにいた
万事休す。
――んなことは、ない。
この程度でやられてたまるか。
それに、俺は元々一人じゃない。
不利だと分かった時点で、召集をかけていた。
例え味方がいなくとも、召喚でいくらでも増やせる。
負けはしない。
「ここは俺が支配する領地だ。一人な訳ないだろ」
そう告げた直後、マーチェの悲鳴があがった方角から、今度は別の――獣の咆哮があがった。
――グォオオオオ!!
振動が鼓膜を震わせ、草木を揺らす。
そして、その咆哮に誘われるように、ブーーンという虫の羽根の音が鳴り響いた。
その音は次第に大きく、無数に増え続ける。
「うちの
目を細めて微かな警戒の色を宿した二人へ、俺は断言する。
「この程度のかすり傷を負わせたところで、俺は殺せない。その剣で付与された呪い――壊血呪いLv1だったか? 正直、この程度なら脅威でも何でもない。これに比べたらつい先日までかかっていた
「
「知らないのか? 俺の国では、
「クククッ、俄かには信じ難い話だな」
「無理に信じる必要はない。だが、もしこの程度で俺を追い詰めた気になってるなら、相手をもっとよく観察することだ」
「ほほぅ……」
「…………」
口裂け少女がニタリと笑い、先程まで饒舌だった
その表情に、先程までの余裕は見られない。
「お前達が相手にしているのは誰だ? よく考えろ」
地面に炎の螺旋が生まれ、弧を描くように火の粉が舞い上がる。
炎の翼を三つに分け、六枚羽に変えて大きく広げると、周囲に生えている草花が紅く染まった。
舞い上がった火の粉が、陽炎とともに揺らめき、そこがまるで火山の噴火口にでもなったかのような熱を放つ。
触れることも、近付くこともできないはず。
先程から動く様子のない二人を見つめながら、ゆっくりと上昇してみせると、一緒に舞い上がった木の葉がその高熱に触れ、次々に灰と化していった。
その光景に、
接近すら難しくなったことを悟ったのだろう。
だが、相手が近付けないだけでは駄目だ。
こちらの攻撃が通らなくては――
「俺がその気になれば、お前達ごとここ一帯を焦土にできる。だが、人質がいればそれは出来ないだろうとお前達は考えてるんだろ?」
二人は答えない。
警戒しているのであれば、その警戒心を危機感に変えさせてやる。
「今からやることをよく見ておけ。お前達がまた暗殺という無駄な行為をしたくならないよう、俺が今、ここでマジックイーターと呼ばれる所以を見せてやる」
そう告げ、同じ高さまで上昇してきた
この行為に、二人の瞳が僅かに見開かれた。
腹から光の剣を生やした
俺はその光を左手に集め、新たな召喚呪文を行使する――
「
その瞬間、視界は白い閃光に包まれた。
◇◇◇
「セファロ、これは只事ではないでござるな……」
「ああ、やべーぞこれ…… 何で
セファロとラックスが、木の陰に隠れながら、目の前の戦闘の様子を恐る恐る伺っている。
すると、ジティが息を切らしながら遅れて合流した。
「はぁはぁ…… ちょっとセファロ! ラックス! 一体どうしちゃったの!? それにさっきの咆哮ってベアちゃんのじゃ…… あ…… あれ! クズノハちゃん!?」
「しー! 静かに! それとジティ、あまり乗り出すとバレるから少し下がってろって!」
「セファロ…… で、でも、あそこにマーチェさんとクズノハちゃんが!」
「あの二人は、オレとラックスが…… 信頼しているベアたんが助ける!」
「はぁっ?」
「見損なったでござる」
「いやいやいや、
「……で、どうするでござるか?」
「聞く耳持たず!?」
「セファロ! ふざけてないで真剣に考えて!!」
「はいはいはいはい、言われなくともスッカスカの頭で考えてますよ! 暗殺ギルドの、更に最大手に喧嘩売るなんて、ホンットどうかしてるぜ…… いや、これは
セファロが一人ぶつぶつと独り言を呟く中、ラックスとジティは
こんなセファロだが、頭の回転は三人の中で一番早い。
そして、フル回転で思考している時ほど、ああやって無駄口が多くなるのだ。
「はぁ、くっそぉ…… 貧乏くじも良いとこだぞ? ったく。一か八かやってやるか」
セファロが真剣な表情に戻る。
「ラックス、ジティ。
ぶつぶつと独り言を嫌々呟くセファロだが、こういう状況になれば頼りになる判断ができる――というのが、ラックスとジティのセファロに対する評価だった。
そして、今回もその評価に見合う行動してみせたセファロに、ラックスとジティが微かに笑いながら大きく頷く。
「承知したでござる」
「分かった!」
「何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い」
訝しむセファロの合図で陣形を組み、それぞれが詠唱を開始。
先頭にセファロが立ち、その後ろにジティ、ラックスと並ぶと、すかさずラックスが周囲を水の膜で覆い、甲羅のような外郭を形取っていく。
その水の膜の上に、セファロが器用に炎の膜を展開すると、側部には付属肢とも見える炎の脚が無数に生え始め、まるで生き物のようにカサカサと動き始めた。
そして最後に、ジティが三人へ移動速度が上がるバフをかけることで、このフォーメーションは完成する。
「うっし!
「承知したでござる!」
「お願い! 少しの間だけでも見た目に騙されて!」
「ジティちゃん!? それ禁句だからね!?」
「でも、これ張りぼてじゃない!
「張りぼて言うなぁっ! でも今回はきっとバレない! 安心しろ!」
「その根拠は何でござるか?」
「まぁ見てろって……」
そう告げたセファロが、指を咥えてピューと鳴らす。
すると、三人の周囲に
「
「いつの間に
「はっはっは! どうだ見たか! まだ俺の手で卵から育てあげた数十匹しか言うこと聞いてくれないが、周囲を飛んでくれるだけでも十分な牽制になるだろ! 近付かれなければバレない! だから今回は大丈夫! というか、前回の相手は筋肉女だったから通用しなかっただけで、大抵は騙されてくれるっつうの!」
「またマーレさんの悪口言ってる……」
「またボッコボコにされても助けないでござるよ」
「お前らちょっとは緊張感持てよ! マーチェとクズノハが危機的な状況なの! 分かってんの!?」
「セファロがまともだ……」
「不気味でござる……」
「だぁあああ! うっせぇ! ほら行くぞ!
透明の水の殻を見に纏い、炎の脚を生やした大型の
周囲には
「このままマーチェとクズノハへ直進ーっ!!」
「「おおーー!!」」
◇◇◇
「さっきの光は何!? ライト! どうなってるの!?」
「わ、分かりません。でも、無数の何かが一斉に動いて…… あ、この方角は陛下のいる場所です!」
「あ、頭が痛くなってきたわ…… ライト、引き返しましょう」
「えっ!? な、何でですか!? 陛下の危機かもしれないですよ!?」
「うちの王様にそんな心配いらないわよ! 集まってきてるのも、結局は彼の使役モンスターでしょ!?」
「で、でも…… それ以外にも不審な
今にも泣き出しそうな表情でソフィーに懇願するライト。
そんなライトに、ソフィーが大きく肩を落としながら溜息を吐くと、こめかみを押さえて渋々了承した。
「分かったわよ。でも、もし相手が本当に
「は、はい!」
「この子、本当に分かってるのかしら…… はぁ…… 育て方を何処で間違ったのか…… 素直過ぎて見捨てられないじゃない!」
ソフィーがライトの髪を両手でくしゃくしゃっとかき乱すと、ライトが「う、うわぁっ!?」と言って頭を抱えた。
「全く…… もういっそのこと、緊急事態の信号弾上げておきなさい。これで何もないなんてことはないでしょ」
「ソフィー姉さん…… はい!」
ライトが空に向けて赤い光の信号弾を放つと、上空でキーーーーンと耳鳴りのような高音を発して弾けた。
「これでヴィクトルも動いてくれるわね。さっ、行くわよ」
「はい!」
ソフィーの背後を、月明かりの杖を大切そうに両手に抱えたライトが追いかける。
彼女達の目指す方角の空には、巨大な火柱と、大量の火の粉が噴き上がって見えていた。
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