155 - 「闇の力――第四のデッキ」
治療のために用意された隔離小屋は、ローズヘイムの北西に作られていた。
最低限、寝泊まりできるだけの家具と、
その隔離小屋で、マサトは
エドワードとフレードリッヒの二人は、隔離小屋に隣接して作られた研究小屋に住み込み、治療薬の開発に没頭している。
定期的に試薬品を持ってきては、マサトに飲ませたり塗ったりして様子を見、研究小屋に戻っての繰り返しだ。
もし、マサトの容態が急変したとしても、
すぐに治療できなくても、当分死なずに生き長らえることはできるだろう。
一般人であれば死に悶え、苦しむ疫病でも、マジックイーターであるマサトには、風邪による発熱と大差はなかった。
熱があるので苦しいが、危機感を抱くものではないという程度。
マサトが楽観視する原因の一つでもある。
更に、その間の看病は、
「して、旦那さま。望んだ力は得られたのかの?」
「あー、狙い通り新しい力は解放されたんだけどね…… この世界では少し使いにくい力かもしれない」
「どういうことかの?」
ベッドの端、枕元にちょこんと座りながら、おでこに載せていたタオルを取り替えてくれていたシュビラが、顔を覗き込むようにして首を傾げた。
その仕草が何だかんだ可愛らしいなぁと思いつつ、マサトはベッドに横たわりながら、新しく解放されたデッキについて話す。
《 新たに解放されたデッキ 》
*デッキ名:ヘイドリッド・ファージ
*マナカード (黒) :計20枚
*モンスターカード:計17枚
→[C] 飢えるファージ 2/2 (黒) 4枚
[飛行]
[毎ターン:ライフ2点を失う]
→[UC] 走り回るファージ 3/2 (黒×2) 4枚
[飛行]
[他の召喚呪文行使:手札帰還、ライフ3点を失う]
→[R] 肉裂きファージ 4/4 (黒×3) 4枚
[飛行]
[毎ターン:ライフ5点を失う]
[与ダメージX:稚児ファージ0/1召喚X]
→[SR] 冥界のファージ 2/2 (黒×3) 4枚
[飛行]
[冥界のファージが死亡した状態で、いずれかのファージが死亡した場合、冥界のファージを場に戻し、ライフ2点を失う]
→[UR] グリムワールドの抹殺者フラーネカル 5/5 (黒×8) 1枚
[飛行]
[即死攻撃]
[先制攻撃]
[
[ダメージ転移:支配下のモンスター]
*
→[C]
[能力補正 +3/-1]
[耐久Lv2]
→[C]
[能力補正 -2/-2]
[拘束Lv3]
[耐久Lv2]
→[SR] 闇の衣 (黒×3) 1枚
[無敵Lv3:マジックイーター限定]
[使用制限:1ターン]
[副作用1ターン:行動不能、能力補正 -3/-3]
[耐久Lv5]
*
→[UC]
[無力化 ※黒と無色を除く]
→[UC]
[代替えコスト:ライフ4点を失う]
[暗殺Lv4]
*
→[C]
[(黒×3)を得る]
→[C]
[手札破壊Lv1]
→[R] ファージ占い (黒×2) 1枚
[以下のいずれか一体のファージを召喚する。①2/2、飛行、死亡時にライフ4点を失う。②3/3、飛行、死亡時にライフ6点を失う。 ③4/4、飛行、死亡時にライフ8点を失う]
→[SR]
[追加コスト:ライフX点。能力補正+X/+0。支配下モンスター一時強化+X/+0]
→[SR]
[モンスター討伐リストをリセットする。これにより削除されたモンスター一体につき、使い魔ファージ 1/1 [飛行] を召喚する]
ヘイトリッド・ファージとは、空飛ぶモンスター「ファージ」を、「
ツイストテッド・ファージとも呼ばれる。
MEでは、この手の強力な構築デッキが誕生すると、キーカードの名を取ったデッキ名が付けられる文化があった。
因みに、この「ファージ」とは、グリムワールドに生息していた
ファージとは「食い尽くすもの」の意。
通常の
口は大きく裂けており、凶悪な牙が無数に並んでいる。
MEでは、ライフ0になっても試合に負けるだけなので思い切れるが、ここではライフ0=死だ。
リスクが大き過ぎる。
それでも有効活用できそうな強力なカードが何枚か混ざっているので良いが、基本的にあまり出番はないだろう。
「ふむ。禿山のゴブリンがまだ大分残っているようだしの。
「まぁ、そうだね。あ、そういえば、こんなのも手に入れたよ」
禿山のゴブリン討伐時にドロップしたカード――「
[SR]
[X:禿山のゴブリン召喚X。禿山のゴブリンは、[繁殖Lv1] を持つ、0/1のゴブリンとして扱う]
1/1だと思っていた禿山のゴブリンは、実は0/1だった。
それを知った時は、道理で弱い訳だよと納得したものだが、だとしても、[繁殖Lv1] の能力は驚異だ。
ターン開始時、該当モンスターが2体以上存在する場合、そのモンスター2体につき1体増える。
つまりは、毎ターン――毎日その数が約1.5倍に膨れ上がるのだ。
それだとすぐにこの世界は禿山のゴブリンで埋め尽くされることになるのだが、この世界はMEと違い、飢餓が存在した。
食う物がなければ、飢えて死ぬ。
ゴブリン達はそれを共喰いすることで生き長らえてきたため、爆発的に増えなかったというだけだった。
そもそも産んだゴブリンを喰うことで数を増やせること自体おかしな話だ。
仮に、禿山に食糧が十分にある状態だったならば、ゴブリンの共喰いは発生せず、30万どころの繁殖では済まなかったのかもしれない。
とはいえ、元々が弱小ゴブリンなので、増えたところでドラゴンやワイバーンの格好の餌場になっただけだったかもしれないが。
「ほぅ、旦那さま、それは良い力を得たの。繁殖場には、
「場所の問題は大丈夫そうか」
戦力として考えたとしても、首長ゴブをネスの里からローズヘイムへ移動すれば、0/1サイズでも 首長ゴブのもつ [ゴブリン持続強化+1/+1] の力で、1/2の優秀な防衛兵になる。
[ゴブリン持続強化+1/+1] の効果範囲が半径10kmであるなら、首長ゴブを都市の中心に配置しておけば余裕でローズヘイム全てをカバーできる。
首長ゴブが死ぬと一気に弱小ゴブリンに成り下がるが、誰も首長ゴブの能力で他のゴブリンが強化されているなど思わないだろう。
首長ゴブは安全な場所に隠しておけばいい。
これは本格的に、ゴブリンをローズヘイムの防衛戦力として起用する構想に着手する必要がありそうだ。
「
「全く問題ないのだ。サーズから送られてきたゴブリン含め、旦那さまが召喚されたゴブリンは皆われが管理、把握しておる」
さすがシュビラ、頼りになる。
頭を撫でると、顔をくしゃっとさせてはにかんだ。
その笑顔がまたたまらなく可愛く思えてくる。
熱のせいか、感情の起伏もまたいつもと違って繊細になっているようだ。
ローズヘイムはシュビラ、禿山はオラクルに任せておけば安心だろう。
「ちょっと考えたんだけど、禿山にも食糧を供給できないかな? それができれば、繁殖をより加速させれると思うんだけど。可能なら自給自足させてもいい。どう思う?」
食糧が行き渡れば、共喰いを減らせる。
活力がでれば、生殖行為に励む個体も増えるだろう。
爆発的に数を増やすなら、ここでも食糧問題を解決しなければならない。
「問題はその食糧をどこで確保するかだの。自給自足も、あの土地で育つ植物が見つかればと言ったところじゃな」
「確かに荒廃した土地だったんだよなぁ…… まぁ、ローズヘイムの食糧問題も完全に解決した訳じゃないし、食糧については大きな課題だな」
「しかし旦那さま、手がない訳ではないのだ」
「おっ、何か妙案が?」
「残念ながら、妙案というほどのものではないの」
「それでもいいよ。シュビラさん、教えてくださいな」
「くふふ。仕方ないの。では――」
シュビラが悪戯っぽく笑いながら話す。
「
「
今までは、ガルドラとローズヘイムまでが支配地域だったため、東から先へは公国領を通らなければ先へ進むことが出来なかった。
因みに、ガルドラの西と、ローズヘイムの南は海と断崖絶壁に阻まれているため、先には進めない。
だが、今やサーズから北西の禿山までもがローズヘイムの支配領域だ。
北からであれば、公国の手が届いていない
北東は水資源が豊富だと聞いた。
そこを占領できれば、食糧問題も一気に解決する希望もある。
「
「ふっふっふ。あながち悪い案でもないじゃろ?」
「いや、良い案だと思う」
フロンは全面的に賛成してくれるだろう。
何より、食糧問題解決の糸口になるかも知れないのは大きい。
こちらを干上がらせようとしている公国への牽制にもなる。
もちろん、紋章Lvを上げることでのシルヴァー対策でもある。
個体数の多いゴブリンと
それに、
これは公国より先に確保した方が良い。
進軍指揮はオラクルに任せればいいだろう。
ネスの里にいるゴブリンの首長――[ゴブリン持続強化+1/+1] も同伴させれば、3/4サイズのゴブリンだ。
更にゴブリンの戦長――[攻撃時にゴブリン一時強化+1/+0] も加われば、4/4。
4/4サイズが30万。
種族補正はあるが、純粋なサイズ比較であれば、4/4はガルドラのワイバーンと同サイズになる。
それが30万。
敵側でこれを対処しろと言われたら投げ出したくなるほどの軍勢だ。
仮に戦場が水場になったとしても、
必要であれば、
そうすれば、まず負けることはないはず。
「くふふ。旦那さま、悪い顔をしているの」
考えにふけっていると、突然シュビラがクスクスと悪戯っぽく笑い始めた。
「そ、そうかな?」
「くふふ」
笑われたお返しにと、ちょっかいを出したくなる気持ちがむくりと顔を出す。
深く考えず、その気持ちに従うままに、シュビラの脇へ手を伸ばし、おもむろに脇をくすぐった。
「だ、旦那さま、くすぐったいのだ」
シュビラが身をよじるも、マサトはくすぐりを止めない。
「笑った仕返しだ」
「やん」
マサトが尚もくすぐりを続行すると、身をよじった反動で、シュビラがマサトの胸の上へしな垂れかかった。
二人の顔が一気に近付く。
互いの息がかかる程の距離。
シュビラの透き通るほどに白い肌は、ほんのり赤く染まっている。
「旦那さま、サーズに行って少し硬さが取れたようだの。われはそれが嬉しい」
「はっはっはぁ…… 色々あったからね」
苦笑いで返す。
「でもいい経験になった。今は疫病で死にそうになってるけど、不思議と心配はないよ」
「ふっふっふ。あの二人に任せておけば
「そうだね。俺もそう思う」
シュビラが、マサトの胸の上へ頭をのせる。
マサトがシュビラの身体を抱き抱えるように腕を回すと、子供のように小さく、華奢な身体がすっぽりと腕の中におさまった。
ふわふわとした、なんとも表現しにくい安堵感が心の中に広がる。
「サーズに行ったことで、自分の世界が広がった気がする」
「ふむ」
「火の粉を振り払うだけじゃ、いつか振り払えないだけの大きな炎に囲まれるんじゃないかって、考えるようになったよ」
「ほぅ、話に出ていたサーズ族長――ニドという男と出会ったからかの?」
「ニドはそう考えるきっかけになった人物かな。ニドからは、この世界にいる力を持った国や権力者相手に飲み込まれぬよう、事前に動くことの有用性を理解させられた」
「ふっふっふ。そのニドという男は、それほどの者なのかの?」
「情けない話、実際に対峙して怖かったからね。勝つには勝ったけど、やっぱあの手の戦闘狂と戦うのはまだまだ経験不足が否めない。それは課題かな」
実際に怖かった。
けれど、こればかりは慣れていくしかない。
「ニドみたいな人物が近くで暗躍していると知ったら、火の粉を振り払ってるだけじゃ不十分だと嫌でも気付かされるよ」
「ふっふっふ。われも旦那さまの考えに同意なのだ。この世界には、まだまだ未知のことが多い。気が付かぬ間に取り返しのつかないことになっていたとあれば、死んでも死に切れないからの」
王都ガザの地下に封印されている、シルヴァーが良い例だ。
あんなものが世に放たれたら、ひとたまりもない。
いや、それだけじゃない。
サーズにはエンベロープ族が
北西にあるウンカ遺跡からは、MEでも有名な
どれも国を脅かしかねない巨大な力になる種だ。
それを利用する者次第で、世界は変わる。
当然、力のある者は、力のない者から奪い続けるだろう。
それが嫌なら、先に奪うか、奪われないくらいの巨大な力、抑止力となる力を身に付けるかしかない。
そう考えると、大して現代の国情勢と変わらないじゃないかと、不思議と笑いが込み上げてきた。
「旦那さま? 何か面白いことでも思い出したのかの?」
「いや、なんでもない。ふぅ、熱のせいかもしれないから、体調戻ったらまた考えが変わってるかもしれないけど、やっぱり自衛してるだけじゃ駄目だな。公国もせっせと魔導兵を量産していると聞くし。目の上のたんこぶは大きくなるばかりだ」
「
「ああ、そうしよう。公国に交易路封鎖をやめさせるのが一番の近道だと、ようやく気が付いたよ」
「ふっふっふ。皆も喜ぶの」
シュビラが顔を上げ、こちらを見ながら微笑む。
その笑顔に後押しされ、腹が決まる。
「むしろ、交易路封鎖なんて挑発されていながら、今までよく大人しくしてたと思う。あのときの俺はなぜ怒らなかったんだと。まぁ、それは俺が国との戦を心のどこかで恐れていたからだけど……」
「旦那さまは正直者だの」
「シュビラに隠しても意味ないってことを知ってるからね」
「くふふ。そうだの。われは旦那さまのことは全てお見通しなのだ」
「お見通しかぁ。うん、頼りにしてる」
「くふふ」
顔をくしゃっとさせたシュビラが、再びマサトの胸へ顔を埋める。
そのシュビラへ向けて、マサトは優しく囁いた。
「シュビラの願いは、この大陸を平定してから…… な」
その言葉に、シュビラの身体がピクリと跳ね、固まる。
「われの願い?」
「そう。シュビラとこうしてくっついているからか、何となく考えが伝わってきたよ。勘違いだったら恐ろしく酷いことになりそうだけど」
シュビラは顔を上げると、真剣な表情でマサトを見つめた。
そんなシュビラへ向けて、マサトは柔らかな笑みを浮かべると、シュビラが最も欲していた言葉を投げかけた。
「子供を作るなら、もっと子供に優しい平和な世界にしないとね」
その言葉に、シュビラの口が一文字にきゅっと結ばれる。
「この世界で父になるなら、俺はもっとこの世界を知らないと。この世界を旅して、色々経験を積んで、立派な大人として成長しないとだね」
そう告げたマサトが優しく微笑むと、シュビラは首元へ抱きつき、静かに涙を流したのだった。
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