145 - 「空を喰らう大木、伐採戦2」
直径20mはあるであろう
濃厚な甘い香りが辺りに漂う。
「あ、もしかしてあの黒い塊が
流れ出る水と樹液の上を飛びながら、水の上に浮かぶ黒い塊に近付く。
すると、突然塊が弾ける様にして分散し、マサトへと襲いかかった。
「うおっ!? やっぱりこの黒い塊が
飛来した
だが、そんなマサトを、
その数は、空を飛ぶ
「く、キモいな…… まるでイナゴの大群だ。って、熱!?」
腕に熱さを感じ、咄嗟に振り払う。
いつの間にか腕に
袖がボロボロだ。
一匹の量は然程だとしても、空を埋め尽くす程の量の酸を浴びることになれば、きっとただでは済まない。
「うわっ、ぺっ! ぺっ! 口に入った! キモいキモいキモい!!」
上下左右、見渡す限り
兎に角一心不乱に、
「はぁーっ、ふぅーーー! はぁーっ、ふぅーーー!!」
火吹きの焼印もフル活用だ。
自分では然程体感できないが、恐らく自分の周りの温度は500度を超えている気がする。
なぜなら、炎のない場所でも、接近してきた
それと、炎を手当たり次第駆使し続けたお陰で、炎の扱い方も大分分かってきた。
[火魔法攻撃Lv2] も、ただ火の玉を放つだけでなく、イメージ次第で様々な形の炎を作る事ができる。
これにより、炎をバリアのように纏うことに成功した。
そんなこんなで、炎を纏いながら
ようやく大半の
「ふぃ〜。一時はどうなるかと思ったけど、やっぱり虫に炎は無敵だったな。垂れ流しになった樹液は少し勿体ない気がするけど、まぁ仕方ないか」
念の為、駆除仕損なった
「大丈夫そうだな。群がってくる
安全が確認できたので、オーリア達がいる方角へ合図を送る。
だが、応答がない。
それ以前に、そこに居たはずの人の気配が感じられなかった。
「あれ。皆どこ行った?」
◇◇◇
空から大粒の水滴とともに、黒い塊――
黒い塊は、地面や
「に、逃げろ!
同伴していたサーズの戦士が叫ぶ。
現場は大混乱だ。
マサトが
だが、その倒し方が問題だった。
大きく空を舞った
当然、
「ドラゴン! 私達も退避するぞ!」
マサトのドラゴン――
すると、ドラゴンが少し顔を上げて周囲を一瞥し、ブフンと炎を吹き出すと、進路方向を森の奥――ではなく、荒野側と森側の丁度中間へと変えた。
「ど、何処へ行くつもりだ!?」
私の言葉を無視して走り出すドラゴン。
私は振り落とされないように必死にしがみつく。
すると、退却する戦士達の中に、ノクトがいた。
「そうか! ノクト殿を! ノクト殿! こっちだ!!」
「オーリア様!? あっ、ドラゴン!!」
「飛び乗れ! 早く!!」
「で、でも」
躊躇うノクト。
その視線の先には、屈強な戦士達に囲まれた一人の老人がいた。
すると、そのうちの一人がノクトへと叫んだ。
「嬢! ノード古老のことは我らに任せよ!」
「は、はい。分かりました。お願いします!」
手を伸ばすノクトの手を取り、ドラゴンの背へと引き上げる。
その直後、黒い何かが前方から飛来してくるのが見えた。
戦士の一人が叫ぶ。
「
戦士達が一斉に松明を掲げ、その松明にもう片方の手に持っていた藁を近付け、燃やした。
途端に灰色の煙がブワッと巻き上がり、鼻をつくような臭いが辺りに広がる。
すると、
「そのまま後退を続けろ! 絶対に除虫草を切らすな!!」
藁のように見えたのは、虫の嫌がる煙が出る草のようだ。
相手は極小の羽虫の大群。
殲滅は無理だ。
だが、煙で退かせることができるのであれば、退却は可能になる。
すると、ドラゴンが空中で止まっていた
ブォオオオオという轟音とともに噴出される業火。
その炎に、ドラゴンの背に乗っている私達も激しい熱波に襲われる。
「あ、熱い!?」
突然のことに驚きつつも、顔を伏せることで何とか熱波から逃れることができたが、髪の焦げる嫌な臭いが鼻についた。
「い、いきなり何をする!?」
「お、驚きました。とても熱かった」
私とノクトの抗議も、ドラゴンは何処吹く風だ。
戦士達も突然の事に目を見開いて驚いていた。
だが、ドラゴンが
「ドラゴンのお陰で、目の前の
「「おおう!!」」
戦士達は、二足歩行の地龍に跨り、ノクトの祖父――ノード古老を護衛しながら素早く退却を開始する。
「私達も行くぞ!」
だが、ドラゴンは相変わらず私の指示を聞かなかった。
再び頭を上げて辺りを見回すと、荒野側を向いて止まる。
「こ、今度は何だ? どうしたのだ!?」
「あ、あれは!?」
ノクトがドラゴンが向いた先に何かがいるのを発見する。
「何だ!? 何がいた!?」
私からは何も見えない。
ノクト殿は余程視力が良いのだろう。
「エンベロープ族!?」
「エンベロープ族? ニドが言っていた
「は、はい。このままだと、マサト陛下の元へ行ってしまいます」
「まさか、
「はい。もしくは、
「何だと!? こんな時に!」
こちらが引き連れてきていたサーズの戦士達は、先程の一件で散り散りになってしまった。
周囲には
各々の判断で退却しているはずだ。
援軍に向かえる戦力は限られている。
「くっ、ノクト殿、走れるか?」
「えっ? は、はい!」
私は、即座にノクト殿と走って退却することを選択する。
この場で戦力になるのは、このドラゴンのみだ。
だが、私とノクト殿が騎乗していては、ドラゴンも思うように戦えないだろう。
であれば、最善の策は、私達が走って退却し、ドラゴンを援軍として向かわせることだ。
そう思い、決断したまでは良かったのだが、その行動を真っ先に制した者がいた。
そう、ドラゴンだ。
突如、上体を起こし、大きく息を吸い込み始める。
私達はドラゴンの突然の行動に、振り落とされないように必死にしがみ付くしかなかった。
そして、以前経験した光景が頭をよぎった。
「ま、まさか!? み、耳を塞げ!!」
「は、はい!」
嫌な予感は的中する。
ドラゴンは上体を戻すと同時に、特大の咆哮を放った。
――ギャォオオオオオオオオ!!
痛みを伴うほどの大音量が全身を貫く。
筋肉が硬直し、視界が大きくブレた。
私達は、その咆哮に意識を飛ばされないよう、必死に耐える。
耐える。
耐える。
咆哮が終わると、キーーーーンという耳鳴りが鳴り響いた。
ノクト殿が無事かどうか確認の声を上げるが、自分の声すら聞こえない。
だが、ノクト殿はしっかりと私の背中に掴まっていた。
良かった。
安堵で胸をなで下ろす。
すると、ドラゴンが踵を返して森の奥へと走り始めた。
戻れと叫ぶが、正しく発音できているのかすら分からない。
正しく発音できたとしても、ドラゴンは私の言う事など聞かないのだろう。
少なくとも、このドラゴンは加勢に行く必要がないと判断したのだ。
もしくは、私達を安全な場所に送ることを優先したのかもしれない。
その事実に、悔しさが込み上げる。
それと同時に、マサトを心配する気持ちも湧いた。
「くっ…… どうか、無事で帰ってこい…… 頼む……」
私は無意識にそう祈っていた。
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