145 - 「空を喰らう大木、伐採戦2」


 直径20mはあるであろう空を喰らう大木ドオバブの幹の断面から、大量の水と、樹液らしき柑子色こうじいろのドロドロした液体が噴き出し、その上を黒い何かの纏まりが流れ出てきていた。


 濃厚な甘い香りが辺りに漂う。



「あ、もしかしてあの黒い塊が食残虫レオフか?」



 流れ出る水と樹液の上を飛びながら、水の上に浮かぶ黒い塊に近付く。


 すると、突然塊が弾ける様にして分散し、マサトへと襲いかかった。



「うおっ!? やっぱりこの黒い塊が食残虫レオフか! って、食残虫レオフって羽虫かよ!」



 飛来した食残虫レオフをひらりと躱し、身体を回転させるようにして炎の翼ウィングス・オブ・フレイムで焼き払う。


 だが、そんなマサトを、食残虫レオフ達は外敵として認識したのか、至る所に点在していた黒い塊が次々と弾け、空を飛ぶマサトへと襲いかかった。


 その数は、空を飛ぶ食残虫レオフにより、空が黒く霞んで見えるほどだ。



「く、キモいな…… まるでイナゴの大群だ。って、熱!?」



 腕に熱さを感じ、咄嗟に振り払う。


 いつの間にか腕に食残虫レオフ張り付いていたらしい。


 袖がボロボロだ。


 食残虫レオフの酸だろう。


 一匹の量は然程だとしても、空を埋め尽くす程の量の酸を浴びることになれば、きっとただでは済まない。



「うわっ、ぺっ! ぺっ! 口に入った! キモいキモいキモい!!」



 上下左右、見渡す限り食残虫レオフ食残虫レオフ食残虫レオフ……


 兎に角一心不乱に、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを最大出力でぶっ放しながら回転し、食残虫レオフを振り払うようにして焼き払う。



「はぁーっ、ふぅーーー! はぁーっ、ふぅーーー!!」



 火吹きの焼印もフル活用だ。


 自分では然程体感できないが、恐らく自分の周りの温度は500度を超えている気がする。


 なぜなら、炎のない場所でも、接近してきた食残虫レオフが自然発火して勝手に蒸発する現象が起きたからだ。


 それと、炎を手当たり次第駆使し続けたお陰で、炎の扱い方も大分分かってきた。


 [火魔法攻撃Lv2] も、ただ火の玉を放つだけでなく、イメージ次第で様々な形の炎を作る事ができる。


 これにより、炎をバリアのように纏うことに成功した。


 食残虫レオフにとって、無敵の対策だ。


 そんなこんなで、炎を纏いながら食残虫レオフを殲滅し続けること一時間。


 ようやく大半の食残虫レオフを消し去ることに成功した。



「ふぃ〜。一時はどうなるかと思ったけど、やっぱり虫に炎は無敵だったな。垂れ流しになった樹液は少し勿体ない気がするけど、まぁ仕方ないか」



 念の為、駆除仕損なった食残虫レオフが残っていないか周囲を見回る。



「大丈夫そうだな。群がってくる食残虫レオフもいなそうだ」



 安全が確認できたので、オーリア達がいる方角へ合図を送る。


 だが、応答がない。


 それ以前に、そこに居たはずの人の気配が感じられなかった。



「あれ。皆どこ行った?」




◇◇◇




 空から大粒の水滴とともに、黒い塊――食残虫レオフが降ってきた。


 黒い塊は、地面や空を喰らう大木ドオバブの幹にぶつかるや否や、弾けるように分散し、怒り狂ったように周辺を飛び回っている。



「に、逃げろ! 食残虫レオフだ! 捕まれば全身溶かされるぞ!!」



 同伴していたサーズの戦士が叫ぶ。


 現場は大混乱だ。


 マサトが空を喰らう大木ドオバブを倒すまでは良かった。


 だが、その倒し方が問題だった。


 大きく空を舞った空を喰らう大木ドオバブは、その中身を周囲にばら撒きながら舞ったのだ。


 当然、空を喰らう大木ドオバブの中を住処としている食残虫レオフも、その拍子に外へと飛ばされ、水や樹液とともに地上へと降り注ぐ結果となった。



「ドラゴン! 私達も退避するぞ!」



 マサトのドラゴン――真紅の亜竜ガルドラゴンへと指示を出す。


 すると、ドラゴンが少し顔を上げて周囲を一瞥し、ブフンと炎を吹き出すと、進路方向を森の奥――ではなく、荒野側と森側の丁度中間へと変えた。



「ど、何処へ行くつもりだ!?」



 私の言葉を無視して走り出すドラゴン。


 私は振り落とされないように必死にしがみつく。


 すると、退却する戦士達の中に、ノクトがいた。



「そうか! ノクト殿を! ノクト殿! こっちだ!!」


「オーリア様!? あっ、ドラゴン!!」


「飛び乗れ! 早く!!」


「で、でも」



 躊躇うノクト。


 その視線の先には、屈強な戦士達に囲まれた一人の老人がいた。


 すると、そのうちの一人がノクトへと叫んだ。



「嬢! ノード古老のことは我らに任せよ!」


「は、はい。分かりました。お願いします!」



 手を伸ばすノクトの手を取り、ドラゴンの背へと引き上げる。


 その直後、黒い何かが前方から飛来してくるのが見えた。


 戦士の一人が叫ぶ。



食残虫レオフが来る! 松明を掲げよ!!」



 戦士達が一斉に松明を掲げ、その松明にもう片方の手に持っていた藁を近付け、燃やした。


 途端に灰色の煙がブワッと巻き上がり、鼻をつくような臭いが辺りに広がる。


 すると、食残虫レオフの集団が、その煙を嫌がるように空中で止まった。



「そのまま後退を続けろ! 絶対に除虫草を切らすな!!」



 藁のように見えたのは、虫の嫌がる煙が出る草のようだ。


 相手は極小の羽虫の大群。


 殲滅は無理だ。


 だが、煙で退かせることができるのであれば、退却は可能になる。


 すると、ドラゴンが空中で止まっていた食残虫レオフの集団に向けて、突然口から灼熱の炎を噴射した。


 ブォオオオオという轟音とともに噴出される業火。


 その炎に、ドラゴンの背に乗っている私達も激しい熱波に襲われる。



「あ、熱い!?」



 突然のことに驚きつつも、顔を伏せることで何とか熱波から逃れることができたが、髪の焦げる嫌な臭いが鼻についた。



「い、いきなり何をする!?」


「お、驚きました。とても熱かった」



 私とノクトの抗議も、ドラゴンは何処吹く風だ。


 戦士達も突然の事に目を見開いて驚いていた。


 だが、ドラゴンが食残虫レオフを炎で殲滅したことにいち早く気付くと、すぐさま退却の号令をかける。



「ドラゴンのお陰で、目の前の食残虫レオフは大半が死滅した! 次の食残虫レオフが来る前に退却するぞ!」


「「おおう!!」」



 戦士達は、二足歩行の地龍に跨り、ノクトの祖父――ノード古老を護衛しながら素早く退却を開始する。



「私達も行くぞ!」



 だが、ドラゴンは相変わらず私の指示を聞かなかった。


 再び頭を上げて辺りを見回すと、荒野側を向いて止まる。



「こ、今度は何だ? どうしたのだ!?」


「あ、あれは!?」



 ノクトがドラゴンが向いた先に何かがいるのを発見する。



「何だ!? 何がいた!?」



 私からは何も見えない。


 ノクト殿は余程視力が良いのだろう。



「エンベロープ族!?」


「エンベロープ族? ニドが言っていた空を喰らう大木ドオバブを神聖化している連中か?」


「は、はい。このままだと、マサト陛下の元へ行ってしまいます」


「まさか、空を喰らう大木ドオバブ伐採を邪魔するために来たのか?」


「はい。もしくは、空を喰らう大木ドオバブを傷付けたマサト陛下を処罰するためかもしれません」


「何だと!? こんな時に!」



 こちらが引き連れてきていたサーズの戦士達は、先程の一件で散り散りになってしまった。


 周囲には食残虫レオフが徘徊している危険もある。


 各々の判断で退却しているはずだ。


 援軍に向かえる戦力は限られている。



「くっ、ノクト殿、走れるか?」


「えっ? は、はい!」



 私は、即座にノクト殿と走って退却することを選択する。


 この場で戦力になるのは、このドラゴンのみだ。


 だが、私とノクト殿が騎乗していては、ドラゴンも思うように戦えないだろう。


 であれば、最善の策は、私達が走って退却し、ドラゴンを援軍として向かわせることだ。


 そう思い、決断したまでは良かったのだが、その行動を真っ先に制した者がいた。



 そう、ドラゴンだ。


 

 突如、上体を起こし、大きく息を吸い込み始める。


 私達はドラゴンの突然の行動に、振り落とされないように必死にしがみ付くしかなかった。


 そして、以前経験した光景が頭をよぎった。



「ま、まさか!? み、耳を塞げ!!」


「は、はい!」



 嫌な予感は的中する。


 ドラゴンは上体を戻すと同時に、特大の咆哮を放った。




――ギャォオオオオオオオオ!!




 痛みを伴うほどの大音量が全身を貫く。


 筋肉が硬直し、視界が大きくブレた。


 私達は、その咆哮に意識を飛ばされないよう、必死に耐える。


 耐える。


 耐える。


 咆哮が終わると、キーーーーンという耳鳴りが鳴り響いた。


 ノクト殿が無事かどうか確認の声を上げるが、自分の声すら聞こえない。


 だが、ノクト殿はしっかりと私の背中に掴まっていた。


 良かった。


 安堵で胸をなで下ろす。


 すると、ドラゴンが踵を返して森の奥へと走り始めた。


 戻れと叫ぶが、正しく発音できているのかすら分からない。


 正しく発音できたとしても、ドラゴンは私の言う事など聞かないのだろう。


 少なくとも、このドラゴンは加勢に行く必要がないと判断したのだ。


 もしくは、私達を安全な場所に送ることを優先したのかもしれない。


 近衛騎士団クイーンズガード団長である私ですらも、マサトが引き起こす騒動には、お荷物にしかならないらしい。


 その事実に、悔しさが込み上げる。


 それと同時に、マサトを心配する気持ちも湧いた。



「くっ…… どうか、無事で帰ってこい…… 頼む……」



 私は無意識にそう祈っていた。

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