120 - 「後家蜘蛛抗争5」


 予想通り、竜語りドラゴンスピーカーのクランリーダーであり、我らのターゲットでもあるマサトが現れた。


 伝説級レジェンドだけでなく、神器級ゴッズ古代魔導具アーティファクトを複数持ち歩き、古代魔法ロストマジックと思わしき大型魔法ソーサリーを操る、新たなローズヘイムの王。


 新興の王ながら、既に数万もの土蛙人 ( ゲノーモス・トード )を支配下に置く軍事力保有者でもある。


 その上、空の覇者――ドラゴンまでもがマサトに従っている。


 一頭ではなく、二頭も。


 王自らドラゴンに跨り、空を駆ける姿は、伝説上の竜騎士ドラゴンライダーを彷彿とさせる。


 それだけではない。


 マサト自身も炎の翼で空を飛行することができる。


 民が新たな王を、大天使アークエンジェルとも噂する理由に、私ですら納得してしまうほどの異能者だ。


 そして、奴にはまだ秘密がある。


 平然と我らの目の前に現れたことから察するに、デクストが与えた神経毒にも何らかの耐性があるのだろう。


 更には、後家蜘蛛ゴケグモでの最高傑作であるA0エーゼロ――パークスをも無力化させてしまう洗脳系の能力も保有しているらしい。


 これだけの異能者を、私は他に知らない。


 いや、一人だけ知っている。




 それは――




 私だ。




「べ、ベル!? よ、よせ、やめろ!!」



 灰色ハイイロの力で精神支配マインドコントロールした娘が、マサトへしがみ付く。


 それを合図として、私は全ての構成員に攻撃命令を下した。



「かかれ」



 マサトの焦る顔が見える。


 娘がマサトの手に持つ光の剣を奪おうと手を伸ばす。


 それを触らせまいと必死に手を上げるマサト。



(情報通り、仲間に甘い奴のようだ)



 精神支配マインドコントロールされた相手は、灰色ハイイロの命令を素直に聞くようになる。


 ただ、この力も万能ではない。


 従順になるのと同時に、思考する力も奪ってしまうため、こちらとの意思疎通が満足に取れなくなるのだ。あくまでも、こちらの単純な命令を聞いて動くだけの人形に過ぎない。


 娘には、ただマサトにしがみ付き、身を呈して動きを封じ、武器を奪えとだけ命じてある。


 そして、娘にはもう一つだけ、重要な仕込みをしておいた。


 抜かりはない。


 その上で、後家蜘蛛ゴケグモが誇る戦力を全てここへ集結させた。


 背赤セアカの致死毒、灰色ハイイロ精神支配マインドコントロールもある。


 もしその二つが効かない相手だとしても、私自身の数多の能力がある。


 そしてこの空間の中だ。


 私の敗北はありえない。



「パークスちゃんはどうするのかしらぁん? さっきから穏便に解決しましょうって喚いているけどぉ?」


「放っておけ。もし攻撃してくるようであれば始末しろ」


「簡単に始末されるような玉かしらぁん。パークスちゃんが向こうについたとなれば少し厄介だわん」


「その場合は、私と背赤セアカで対処する。問題はない」


「はぁ~い。それならいいんだけどぉ」



 幻術系の能力者が、マサトへ先制する。


 だが、マサトに変化は見られなかった。



「やはり幻術系は効かないか」


「この調子だと、干渉能力は全て期待出来そうにないかしらぁん?」


「最終的にお前がやって無理なら、その手の作戦は諦めよう」


「そうねぇ。それじゃあ、早めに確認しちゃうわねん」


「頼んだ」


「任せてぇん」



 灰色ハイイロと、その配下の者達が一斉にマサトへと駆け出す。


 マサトは娘を傷付けないようにしながら、斬りかかってくる者達を、炎の翼で上手く牽制していた。



「それだけでは勝てないぞ? どうする? 竜語りドラゴンスピーカーのマサト」




◇◇◇




「くそっ! ちょ、ベルやめろ!!」



 近付く敵を炎の翼ウィングス・オブ・フレイムで牽制しつつ、ベルを引き剥がそうとするが、思わぬ怪力に苦戦する。



(そういえば、ベルに火の加護かけたんだった…… 力が強いのはそのせいか!)



 すると、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを掻い潜って、灰色のローブ姿の女達が急接近してきた。



「ベルごめん!」



 しがみ付いたベルを強引に引き剥がすと、横に投げた。


 だが、体勢をすぐ立て直したベルが、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムの炎を顔に浴びながら再び飛びかかる。



「ば、ばか!」



 すかさず炎を止めると、頬を黒くしたベルにそのまま抱き付かれる――いや、手を宝剣へと伸ばしていた。



「だからっ、ガチで危ないから止めろっつの!!」



 ベルを突き飛ばすと、視界が一瞬点滅し、次の瞬間、宝剣を持つ右手に衝撃が走った。



「いづっ!? あ、まずっ!!」



 手に電気を流したような痺れが走り、その衝撃で宝剣を落としてしまう。



「くっ!?」



 だが、拾う隙など与えてもらえなかった。


 マサトへ向けて、周囲を囲んでいる黒いローブの者達から、いくつもの紫電が走る。



「ぐぐっ!?」



 それを歯を食いしばって耐える。


 複数の雷撃を受けて硬直したマサトへ、薄紫色の髪をローブの中から覗かせた女が至近距離まで近付き、その色っぽい唇をゆっくりと動かした。



「いただきまぁす」



 反射的に突き放そうとするマサトを、灰色のローブ姿の女達が取り押さえる。


 振り払おうとするも、上手く身体が動かない。



「な、にっ!?」



 突如、まるで身体を鉄で固定されたかのように、手足をぴくりとも動かせなくなった。


 よく見れば、女達の手からは、複数の青白い線が、手足を縫い付ける糸のように無数に伸びている。



(何だよこれ!? か、身体が動かない!? う、うわ、女の口から何か出てきた!? や、やばいやばい何だこれ!?)



 灰色ハイイロ精神支配マインドコントロールが迫る。



(な、何か他の手を、他の……)



 焦るマサトが対処するよりも早く、灰色ハイイロ精神支配マインドコントロールがマサトの目と鼻から体内へ侵入する。



(は、入ってきた!? 何か入って!?)



 すると、突然目の前にシステムメッセージ表示され、激しく明滅した。



精神支配マインドコントロールに干渉されました』

『マジックイーターは、精神支配マインドコントロールの影響を受けません』



(影響を…… 受けない? た、助かった? ってか精神支配マインドコントロール!? もしやベルも!?)



 灰色ハイイロの口から出ていた青白い光が、一瞬で霧散する。



「あ、あらぁん? やっぱりダメだったのかしらぁん?」



 苦笑いを浮かべながら、素早くマサトから離れる灰色ハイイロ



(くっ! こうなりゃ手当たり次第だ!!)



「ガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグガルドラの鋼鉄虫スチールバグ!!」



 マサト言葉に呼応して、周囲に7つの光の塊が出来上がる。


 その光景に息を飲む後家蜘蛛ゴケグモの構成員達。



「何!? ま、まさか……多重召喚だ、と?」



 黒崖クロガケが呟く。


 だが、マサトの詠唱はこれで終わらなかった。



(ゴブリンが通用しないなら…… 今の手持ちの最強手札で切り抜けてやる!!)



 マサトが虹色に輝く。


 その姿を見た黒崖クロガケが叫んだ。



「攻撃を再開しろっ! 奴を好きにさせるなっ!!」



 黒崖クロガケの命令を受けた構成員達が、すかさず魔法を行使。


 マサトへ紫電やら火の玉やらが乱れ飛ぶ。


 だが、その魔法攻撃を、鋼鉄虫スチールバグがその身を高くして防いだ。



「くっ…… 鋼鉄虫スチールバグか!? 魔法は効かない! 白兵戦へ持ち込め!!」



(残念、時間切れだ!!)



永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴン、召喚!!」



 辺り一面を、真っ白に埋め尽くす程の白い光の粒子が、虹色に輝くマサトを中心に、まるで台風の目のように、荒々しく螺旋を描きながら舞い上がった。

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