115 - 「蜘蛛の巣へ」


 ゴブリンとの繋がりを頼りに、土地勘のない路地を走り抜ける。



(多分、こっちの方角だと思うけど…… いっそのこと、ゴブリン召喚して案内させるか?)



 先ほどから、シュビラに念で呼び掛けているのだが、応答がない。


 距離の問題なのか、はたまた居留守を使われているだけなのか、後でシュビラに会った際に確かめておいた方がいいだろう。


 ベルに渡してあったゴブリン呼びの指輪は、30マナ程込めておいたはず。


 だとすれば、召喚されたゴブリンは30体。


 この世界の住人にとってはかなりの脅威となるはずだ。



(ゴブリン達が暴れれば、すぐに分かると思うんだけど…… まさか、地下?)



 すると、マサトが向かった先に、周囲の建物とは少し毛色の違う――装飾のない石造りの建物が目についた。


 その建物の前には、見知った人物が――



「マサトさん! ちょ、丁度良いところに!」


「あ、えっと…… 確かグレイフォックスのデクスト?」


「そ、そうです」



 石造りの建物の前に居たのは、グレイフォックスの三人組――デクスト、スクープ、ラフレイだった。


 何やら落ち着かない様子で、周囲をキョロキョロと見回している。



「何があった? 今、俺は俺でベルを探しているから手短に」


「え? あ! そ、そのベルさんです!」


「ベルがどうした!?」


「この建物の中に入って行くのを見たんです。ちょっとベルさんに用事があったので、僕たちはここで待ってたんですが…… 中々出てこなくて…… それで、中に入ろうかどうか迷ってたんです」



 デクストの言葉に、スクープとラフレイが続く。



「んだんだ。ベルさんがこの建物に入るのをデクストと一緒においら見てた」


「あ、あたしも!」


「それはいつの話だ!?」



 マサトの問い掛けには、デクストが答えた。



「え、えっと、今日の早朝でした」


「早朝か、分かった」



 そのまま建物へと入ろうとしたマサトを、デクストが慌てて止めた。



「ちょ、ちょっとマサトさん、もしかして入るつもりですか!? ベルさんが戻ってこないということは…… この中は危険かも知れないですよ!?」


「安全ではないのは確かだと思う。けど、俺なら大丈夫。それを跳ね除ける力はある。それにベルが危険なのは、知ってる」


「そ、そうですか。わ、分かりました! 僕たちも協力させてください!」


「んだん…… だ? デ、デクスト、おいらたちも中に入るんだべか?」


「あ、あたしも?」


「当たり前だろ! マサトさんを一人で行かせて、何かあったらどうするんだ!」


「ん、んだな。わがった」


「そ、そうだね。あたしたちも行くよ!」



 グレイフォックスは、どうやら付いてくるらしい。



(まぁいいか。何かあったら伝令役になってもらおう)



 マサトが石造りの建物のドアを開け、中に入る。


 建物の中に灯りは無く、外の光も差し込んでいないため、非常に暗かった。


 生活するような建物でないことは一目瞭然だ。


 目の前には、地下に通じるための石造りの階段が、陽の当たらない暗闇へと続いている。



「やっぱり地下への入口か……」



 マサトは心繋きずなの宝剣を取り出すと、灯り代わりにその光り輝く刀身を発現させた。



「デクスト達は、何かあったらすぐに撤退するように。俺一人だけなら、強引に地上へ戻る術があるけど、それをやると、さすがにデクスト達が死んでしまうから」


「し、死ぬ? わ、分かりました!」



 グレイフォックスのメンバーに背後を任せ、地下通路を突き進む。


 目的の場所はすぐに見つかった。


 鉄のぶつかり合う音や、爆発音が、石の壁を振動させながら響いてきている。



「あそこだ! 行くぞ!」


「わ、分かりました!」


「んだ!」


「はい!」



 横幅2m程度の地下通路を、音の方角へ向かって走る。


 すると、少し開けた場所に出た。


 その空間は、ブラックライトで照らされた様な、紫色の怪しい光に満ちていた。


 そして、そこには数体のゴブリン達と、ゴブリン達と戦う黒いフードローブ姿の者達が……



「一体何が……」



 マサトが近くのゴブリンと意思疎通を図ろうとした刹那、目の前のゴブリンが爆ぜた。



「うっ!?」


「ガルァルァルァ! ゴブリン如き、オレ様の敵じゃねぇ!」



 目の前には、紫色の光によって瞳が白く輝いた、全身真っ黒の、身体の大きな獣が立っていた。



「ンァ? 誰だテメェ……」


「狼人、か?」



 全身真っ黒な毛で覆われているが、ガルと体型が似ている。



「ガルァルァルァ! 狼人なんてひ弱な種族と一緒にすんじゃネェ。オレ様は豹人だ」


「豹…… 黒豹か」


「マ、マサトさん、気を付けてください! 奴は後家蜘蛛ゴケグモの構成員です!」



 追い付いたデクストが、マサトへ呼び掛けた。


 その声に豹人が先に反応する。



「アァ? 何故テメェらがここにいる…… アァ、そう言うことか」


「デクスト、奴を知って……」



――ドッ



「……えっ?」


「ガルァルァルァ!」



 駆け寄ってきたデクストが背中にぶつかり、脇腹あたりに何かが破れるような強い衝撃が走った。


 その反動で二、三歩前へ蹌踉めくマサト。



「な、何を……」



 マサトが振り返ると、デクストがこちらを見据えていた。


 その両手には、先端が赤く染まった、アイスピックの様な物が見える。



「ま、まさかデクスト……」


「だから危険だって言ったのに」


「ガルァルァルァ! 良くやったザコ共!」


「なっ!? くっ!!」



 その場から、凄まじい跳躍で一気に距離を詰めてきた豹人に、マサトが宝剣で牽制して踏み止まらせる。



「チィ…… なんだぁまだ動けやがるじゃねぇか。どうなってんだぁオイ! ザコ共! ちゃんと働けヤァ!」


「い、いや、そんなはずは……」



 マサトを見るデクストの目に動揺が走る。



「も、もう少しで動けなくなるはずです!」


「動けなくなるって…… また毒かよ……」



 背中が痺れる。


 だが、動けないほどではなかった。



(毒が全て蓄積カウンター扱いになるなら、1回や2回で致命的なことにはならないはず……)



 蓄積カウンターとは、MEにてプレイヤーの状態異常を示す目印のことで、そのカウンターの数に応じて様々な影響を受けるものが多い。


 そして毒関連の蓄積カウンターといえば、大抵のものが5や10の区切りで蓄積した際に効果が出るものが一般的だったため、マサトはまだ2回目だから大丈夫だろうという思考に至ったのだった。



「デクスト! スクープ! ラフレイ! これが最後の警告だ! 俺は手加減ができない。死ぬことになるぞ!」


「いえ、死ぬのはあなたです。マサトさん」


「んだんだ」


「マサトさん、あたしたちの為に大人しく死んで!」


「くそっ!」



(ガチの裏切りかよ! 背中痛ぇし…… あっ、血)



 刺された箇所を触った手には、自分の血がついていた。


 その血を見て、この世界での裏切りが、死に繋がることを実感するマサト。


 心のどこかで、それでも信じたい気持ちがあったのも確かだが、それがこの世界では甘えだと言うことも頭では理解していた。


 

(裏切り者には死を、か? 実際にやられると混乱するな…… でも、これがこの世界のルールなら、やるしかないか)



 床へ左手を向け、すかさず召喚呪文を行使する。



(この場を制圧できる力を持つモンスターを……)



「ガルドラの岩熊ロックベア、召喚!」



[UC] ガルドラの岩熊ロックベア 1/6 (緑)(3) 

 [(赤)(1):火傷蜂ヤケドバチサーチ]



 マサトは、紋章Lvアップの恩恵で得ていた『過去に討伐したモンスターのカード化』に、岩熊ロックベアを選択。そのまま召喚に踏み切った。


 緑色の光の粒子が、螺旋を描きながら巨大な塊を形取る。


 その輝きに豹人やデクスト達が驚き、その動きを止めた。


 マサトは、周りが召喚演出で気を取られている隙に、自分の強化を進める。



「 《 炎の翼ウィングス・オブ・フレイム 》 、 《 火の加護 》 」



[C] 炎の翼ウィングス・オブ・フレイム (赤)(1)   

 [飛行]

 [耐久Lv1]


[UC] 火の加護 (赤)(2)  

 [装備補正+1/+1]

 [火魔法攻撃Lv2]

 [耐久Lv1]



 緑色の輝きのすぐ隣で、今度はマサトが紅色の輝きに包まれる。


 その輝きに目を細めながら、警戒を高める豹人とグレイフォックスのメンバー。



「テメェ、何してやがる!?」


「ま、まずい…… ラフレイ! 詠唱妨害を!」


「む、無理よ! 詠唱が早すぎる! 魔力錬成マナクリエイトすら察知できないものをどうやって妨害しろっていうの!?」



 本来であれば、体内での魔力錬成マナクリエイトを経て、長い詠唱とともに空気中へ放出するのが一般的であるこの世界において、マサトの詠唱は非常識な代物だった。


 魔力錬成マナクリエイトすらせず、ただ呪文を言葉に出すだけである。


 その言葉の意思に応じて、体内ではなく、空気中で魔力マナが高速錬成され、あっという間に具現化されてしまうのだ。


 それは本来の理とは、そもそも違う原理で動いているともいえるが、その違いに気付ける者はここにはいない。


 そして、その理を実現するには、それこそ膨大な魔力マナが必要になるのだが、マサトには関係のないことだった。


 マサトの詠唱を妨害するのであれば、それこそマサトと同等か、それ以上のスピードで魔力錬成マナクリエイトしなければならない。


 魔法妨害を得意としていたラフレイが、即座に白旗をあげたとしても無理もなかった。それは、デクストですら納得してしまうほどの異常性だったのだ。


 魔法による妨害を即座に諦めたデクストが、物理的な妨害へと作戦を切り替える。



「くっ! スクープやるぞ!」


「んだだ」



 デクストとスクープが、帯剣していたショートソードを抜きながらマサトへと走り出した。



「敵なら…… 容赦しないからな」



 駆け寄る二人に、マサトが背中を向ける様に身をよじる。



「逃げ場はありませんよ! 大人しく……」



 デクストがそう声を掛けようとしたその瞬間、ボッと爆音と共にマサトの背中から炎が噴き出した。



「うわっ!?」


「んぎゃぁああ!?」



 マサトの背中から生えた炎の大翼。


 その燃え盛る翼に、避け遅れたスクープが上半身を焼かれ、地面に転げ回った。



「スクープ! よくもスクープを……」



 スクープへ視線を移し、再びマサトへ向き直ろうとしたデクストの視界へ、今度はマサトのヒザ蹴りが迫る。



「なっ…… ごぉっ!?」



 顔面にマサトのヒザがめり込み、その反動で、デクストの顔がパチンコ玉が弾かれたかのように大きく仰け反った。


 その頭部に引っ張られるようにして、デクストの身体が天を仰ぎ、後方へ倒れていく。


 デクストへの追撃を止め、素早く周囲を窺うマサト。


 デクストが倒れた先には、身体を焼かれた痛みでのたうち回るスクープと、その一方的な攻防を見て逃げ腰になったラフレイが見えた。


 豹人は、岩熊ロックベアを挟んだ反対側にいるため、丁度死角になっていて分からないが、恐らく岩熊ロックベアの召喚演出を警戒して立ち止まっているのだろう。こちらへ向かってくる気配は感じられない。


 周囲には依然としてゴブリンと黒いローブ姿の構成員達が戦っている。



(デクストを咄嗟にヒザ蹴りで黙らせたけど、宝剣で斬ればそれで終わりだったんだよな…… でも普通できないよなぁ…… 知った顔だとやっぱり躊躇しちゃうんだよ…… くっそぉ…… いい加減覚悟決めろよなぁ…… 俺!)



 潰れた鼻を押さえながら、涙目になりながらもしっかりとこちらを見据えてくるデクストの首へ、宝剣を突き付ける。


 少しでも手元が狂えば、触れた部分の肉を消失させるだろう。


 チリチリと細かい音を立てる光の刀身に、デクストが顔をひきつらせながら、短い悲鳴をあげた。



「うぅっ!?」



 裏切った真意が知りたくて、マサトはデクストに問い掛ける。



「何故裏切った」



 返答はない。


 痛みですぐ話せないのか、ただ話すつもりがないだけなのか、見た目だけでは判断がつかなかった。


 すると、岩熊ロックベアの召喚演出が終わったのか、光の霧散に合わせて、巨大な岩を背負った熊――と表現するには巨大過ぎる熊型のモンスターが姿を現した。


 過去に討伐したモンスターのはずなのに、討伐したモンスターより明らかに大きい。いや、大き過ぎた。大き過ぎて、天上に背中の岩がぶつかり、満足に身動ぎ出来ないでいる。


 

(で、でかい……)



「ど、どうなってやがる!?」



 豹人が目の前の怪物に驚愕する。


 その巨大な岩熊ロックベアに、マサトが一瞬だけ視線を移した瞬間を、デクストは見逃さなかった。


 デクストは後ろに素早く飛び退くと、まだ動きの鈍い岩熊ロックベアの脇をすり抜け、豹人のもとへと駆け出した。


 マサトが気付いたときには、既に豹人側へ逃げられた後だった。



「あ、くそ…… 逃げられた」



 鼻を押さえたデクストが、豹人へと話し掛ける。



「マサトがモンスターを召喚できるという噂は本当の様ですね…… これ以上召喚される前に本体を叩きましょう」


「チッ、誰に命令してやがる。テメェは、ボスに報告へ行きやがれ。ここはオレ様だけで十分だ」


「分かりました。では……」



 デクストが豹人の影に消える。



「あ、待てデクスト!」



 マサトの意思に呼応した岩熊ロックベアが、その場から消えようとしていたデクストへ飛びかかろうとした、その瞬間――



「テメェの相手はオレ様ダァ! すっこんでろデカブツガァ!!」



 豹人が叫ぶと同時に、その場から豹人の姿が消え、次の瞬間には、豹人の拳が岩熊ロックベアの腹にめり込んでいた。


 その刹那、巨大な岩熊ロックベアがくの字になる程の爆発が発生。


 爆発による衝撃で、岩熊ロックベアがズザーと後ろへ滑る。



「なっ!? 岩熊ロックベア!!」


「グォオオ……」

 

「ガァルァルァルァ! テメェらなんざオレ様だけで十分……」



 意気揚々と笑っていた豹人の表情が凍り付く。


 何故ならば、豹人の渾身の攻撃を受けたはずの岩熊ロックベアが、何事もなかったかのように上体を起こしたからだ。


 爆発をモロに受けた腹部は、多少黒く焦げているだけで、傷らしい傷は見当たらない。



「ナ、ナニィ!?」



 豹人の顔が引き攣る。


 その豹人と対面していた岩熊ロックベアが、ずらりと並んだ凶悪な牙とともに、攻撃されたことへの怒りを剥き出しにした唸り声を上げた。



「グォオオオオグゥルルル」



 歯の間から涎が飛び散り、全身の毛が逆立つ。


 紛れも無い全力での威嚇行為。


 その迫力に、周囲でゴブリンと交戦していた黒いローブ姿の者達が危険を察知し、豹人のもとへ集まり始めた。



「ゴブゴブ」



 敵の攻撃の手が緩まったことで、自然とゴブリン達もマサトのもとへ集まった。


 その数は、7人。



(ゴブリンはベルへの案内を頼む。合図をしたら一斉に突っ込むぞ)



 マサトの念による指示に、ゴブリンが頷き、岩熊ロックベアが尻尾を一振りして応じた。



(よし…… じゃあやるか!)



 マサトの合図とともに、ゴブリンが一斉に駆け出す。



「ガルァァアア!!」



 豹人が即座に反応し、雄叫びをあげながら戦闘態勢に入ろうとした。雄叫びをあげることで、味方の戦意をあげる意図もあったかもしれない。


 だが、マサトの合図とともに大きく息を吸い込んでいた岩熊ロックベアが、それを阻んだ。



――ガァアアアアアアアア!!!



 岩熊ロックベア超音波声バインドボイスが、豹人だけでなく、その場にいた黒ローブ達をもその場に釘付けにさせた。中には尻餅をついた者まで出た。



「行けぇええええ!!」



 マサトの叫びとともに、牙を剥きながら駆け出す岩熊ロックベアとゴブリン達。


 それは、後に語られる竜語りドラゴンスピーカーの英雄譚「後家蜘蛛ゴケグモ抗争」の一節の始まりだった。



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