88 - 「女王の出陣」
フログガーデン大陸、北部を統治している王国アローガンスの王都ガザ。
その王都に、ロサの村へ向かわせた斥候の一人から知らせが届いた。
――ローズヘイムから数キロ離れた場所にて、地下に
それは女王であるフロンが懸念していた通り内容だった。
知らせを受けたフロンは、直ちに大臣達を王の間に集め、ローズヘイムへの出兵を急かした。
「ほら見なさい! もう猶予はないわ! ここで動かなければ、ローズヘイムも王都も終わりよ!」
しかし、兵を動かすことを良しとしない者もいる。大臣筆頭のブライ・ブマーニだ。
フロンの言葉に、疑わしそうに目を細めたブライは、そのカールした口髭を摘みながら、ふてぶてしく質問した。
「女王陛下、その情報元は一体どこからですかな?」
当然の如く怒りを露わにするフロン。
女王でありながら、その言葉を、その情報を、その真偽を疑われたのだ。怒って当然だろう。
ブライ大臣としては、先の会談で威圧されたことに対する意趣返しでしかなかったのだが、その効果は覿面だった。
「もういいわ…… 話をしても無駄ね。オーリア、至急、近衛騎士団を纏めなさい。ローズヘイム援護に向かうわよ」
「はっ! 既に準備はできております!」
「そう、偉いわ。レティセは出陣の準備を。私が指揮を取ります」
「はい。姫様はそうおっしゃると思っておりましたので、既に準備は整っております」
「……それは褒めていいのかしら。でもいいわ。私の配下は優秀だということね。準備が出来ているならすぐに出るわよ!」
そう言いながら退出しようとするフロンを、ブライ大臣が慌てて止める。
「な、なりませんぞ!? 女王陛下自ら死地へと飛び込むなど、到底承知できるものではありません! ルーデント卿! そなたも見てないで陛下をお止めするのです!」
ブライ大臣に話を振られたルーデント騎士団長が、何かを思案するように腕を組み、片方の手を顎に当てた。
その視線は前方の床を見つめており、ブライ大臣の問いに何か思考を巡らせているかのような様子である。
「ルーデント卿! 聞いているのですかな!?」
ブライ大臣がフロンの進路を遮りながら、ルーデント卿へと助けを求め続ける。
だが、ルーデント卿は依然として一人思考にふけっていた。
フロンはそのまま退出しようとしたが、ブライ大臣が必死に妨害してくるため、中々退出することができない。
フロンが鋭い眼つきでブライ大臣を睨むと、軽く溜息をつきながら、騎士団長であるルーデント卿に意見を求めた。
「ルーデント卿、あなたはどう思うの?」
すると、ルーデント卿がフロンへと向き直り、姿勢を正してその重い口を開いた。
「女王陛下、その情報が正しいのであれば、ローズヘイムの陥落は時間の問題でしょう。
その言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。
「ル、ルーデント卿! な、何を馬鹿なことを」
「本来、騎士団長である私含め、ここにいる家臣は、女王陛下にお仕えする身。女王陛下を戦地へと送り出すことはあってはなりません。ですが、ここでローズヘイムが
「最善の手が女王陛下自らご出陣なさることだと本気で思っているのですかな!? ルーデント卿! 」
「そう判断せざるを得ない状況だと認識しています。それともブライ大臣、他に何か策が?」
「さ、策など…… そ、そうだ! 軍を動かせばそれで済むはず!
「向かわせれば、それでローズヘイムが堕ちる前に間に合うと?」
「ぐっ…… だ、だが、女王陛下が出ずとも、王都を守る残りの騎士団を率いてルーデント卿が自ら出れば……」
「ダメよ!!」
ブライ大臣の提案を、ルーデント卿が答えるよりも先にフロンが一蹴した。
至近距離からフロンの叫びを受けたブライ大臣は、そのまま後ろへたたらを踏んだ。
フロンは気にせず続ける。
「ブライ大臣は、ルーデント卿が北の作戦に参加できなかった――王都に残らなければいけなくなった理由を、もう忘れたのかしら?」
「い、いえ…… し、しかしですな……」
「ルーデント卿が不在のときに、
フロンの言葉に、ブライ大臣が次に言うべき言葉を失っていると、ルーデント卿が表情を変えることなく、フロンへと話しかけた。
「王都の守りは私に一任ください。最低限の人数だけ残し、ローズヘイム救援へと動ける人員を絞り出します」
「そう、分かりました。ルーデント卿、あなたに一任します」
「承知しました」
「ですが待っている時間はありません。私達は先行します」
「はっ。では、準備でき次第、女王陛下の後を追わせます。どうかご無事で…… そして民を窮地からお救いください」
「ええ、無論よ。留守にする間、王都を頼みました」
「はっ!」
フロンへと跪くルーデント卿。その仕草は女王に忠誠を誓う騎士の姿そのものだ。
退出するフロンに、近衛騎士隊長のオーリア、レティセが続く。
「では、私も至急人選に取り掛かるため、ここで……」
ルーデント卿が退出し、それに続いて他の家臣も次々に退出していく。
そしてついに、ブライ大臣一人になった。
「ルーデント卿め! 何を企んでいるのだ! 騎士団長が女王陛下を戦地へと送り出すなど……」
その顔は怒りで真っ赤になり、鼻息は荒い。
誰もいなくなった王間で、ブライ大臣はルーデント卿が退出した先を睨みながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
「もしやわたくしを差し置いて女王陛下に取り入るつもりでは…… そうはさせませんぞ…… ルーデント卿……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます