84 - 「ギルドマスターの決断」
冒険者ギルド――ローズヘイム支部では、突然の事態に混乱を極めていた。情報を集めようと慌てて駆け込んでくる冒険者達でひしめき合っている。
そんな冒険者達を、ギルドマスターであるヴィクトルが率先して指揮を執り、ギルド総出で対処にあたっている状況だ。
「セリスはティー公爵に至急連絡を。入れ違いになっても構わない。出来る限り多くの関係者に伝えろ。ノクトは今いるBランククラン全てに声をかけ、広場の制圧へと動け。Cランククランは各城門へ向かわせろ。
「分かりましたわ」「了解」
冒険者ギルドでも高ランクに属するセリスとノクトに、それぞれ伝達、指揮を任せる。
すると、冒険者の一人が質問を投げかけた。
「マ、マスター! 市民の救助はどうすれば!?」
「後回しだ。今は市民を救助して回る余裕はない」
「そ、そんな……」
ヴィクトルの非情な判断に、冒険者達が騒めく。だが、ヴィクトルは顔色一つ変えずに、冒険者達へ次の言葉を告げた。
「道中、襲われている市民がいれば適宜その場の判断で救助に当たれ。場合によってはここへ連れてきても構わないが、いつここを放棄するかも分からない。現時点で安全な場所はない。今の状況はそれだけ緊迫している。それを肝に銘じて動け」
「は、はい!」
ヴィクトルの言葉に、その場に集まった冒険者全員が事態の重さを把握した。
それまでは、心の何処かで大丈夫だろうと高を括っていた者達も、今では率先して事に当たろうと動き始めている。
そんな冒険者達を見ながら、ヴィクトルはギルド最高戦力を外に出したことを悔やんでいた。
(よりによってソフィーとライトを外に出している時にこれか…… 城壁の外には
仮にソフィーとライトが居たとして、この戦況を大きく変えることが出来るのかと言えば、答えはNOだ。少しはマシな状況になるというだけに過ぎない。劇的に状況を変えるには、より大きな力が必要となる。それこそ、マジックイーターと呼ばれる伝説上の魔導師が現れるくらいの大きな力が……
(マジックイーター…… マサトは何処にいった? あの男が居ればこの状況も覆せるはず…… 確か
ヴィクトルは
「全員に告ぐ! この冒険者ギルドは放棄する! 直ちに中流地区B-5の屋敷へと拠点を移す! ギルドの扉には張り紙をしておけ!」
すると、ギルドから出ようとしていたノクトが驚いた表情でヴィクトルへと振り返り、質問を投げかけた。
「マスター、拠点を変える理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「籠城戦に備えるためだ。ギルド館での籠城は不利だ。かと言って、今の領主館でも無理だろう。あそこは頭の悪い夫人が、見栄のために改築に改築を重ねて籠城に適さない作りになってしまっている。だが、逆に籠城に適した形へ改築を重ねた屋敷が中流地区にはある。そこへ冒険者ギルドの拠点を一時的に移す」
「はい。了解しました。その土地の所有者は誰でしょうか」
「
その名に、冒険者達の中でどよめきが起こる。
異色の
その
騒めく冒険者達を余所に、ヴィクトルは話を続けた。
「何かあれば中流地区B-5にある、
その言葉に、居合わせた冒険者達が声を揃えて同意を示した。そしてヴィクトルは急いで商人ギルドへ物資の提供を無償でするよう封書にしたためると、封蝋した後、ギルド職員へと渡し、商人ギルドへ向かわせる。
そして自身も愛用の長杖――
外へと出ると、辺りは異臭に包まれていた。自然と眉間に皺がよるくらいの異臭だ。それは紛れもなく
「酷い臭いだな……」
同じように顔をしかめたり鼻をつまんだりしている職員達を引き連れ、目的の場所へと向かう。
大通りに人通りはなく、市民達は警鐘により皆家の中へ避難したようだ。
道を挟んだ両脇の店舗の壁へ、ヴィクトルが魔法により何やら落書きをしていく。そこには「中流地区B-5へ避難」と書かれている。
すると、突如ヴィクトルが「止まれ」と指示した。
「
緊張するギルド職員達。ヴィクトルが連れているギルド職員は、皆非戦闘員だ。事務職やコック。雑務担当といった、裏方の仕事を担う者達である。それぞれ、治療具や食料を抱えているが、戦闘に使える物は何一つ所持していない。
全員がヴィクトルの後ろ姿を緊張しながら見守っている。
ヴィクトルが長杖を構え、何やら詠唱らしき言葉を発する。すると長杖のヘッドが淡い緑色に輝き出した。同時に、ヴィクトルを中心とした旋風も発生しつつある。
「ひぃっ!?」
若手の子が思わず短い悲鳴をあげる。こちらに向かってくる
だが、ヴィクトルにとっては、その程度のことは恐怖でも何でもなかった。至って冷静に、
「《
杖の軌跡から淡い緑色に発光する刃が生まれ、その刹那、ヴィクトルの目の前に円形の真空波が発生したかと思うと、凄い速度で三日月状の光の刃が前方へと放たれた。
真空となった風の刃が、
その魔法に先頭の
――だが、それだけだった。
近距離から放たれた音速で迫る刃を、
ヴィクトルの放った風の刃は、
「行くぞ」
まるで何事もなかったかのように淡々と移動を再開するヴィクトル。
そのヴィクトルの後ろ姿に――冒険者ギルドを背負うギルドマスターの後ろ姿に、その場にいたギルド職員達は改めて頼もしさを感じ、憧れ、心震えるのであった。
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