77 - 「赤銅宝石の土蛙王」

「ぎゅぇええ!?」



 突然仲間から斬り付けられた土蛙人ゲノーモス・トード達は混乱を極めた。土蛙王の指示が末端まで届かず、統率が取れずに次々と倒されていく。



「まずぎゅい…… ラミアを早ぎゅうに仕留めなければ、全滅ぎゅる……」



 突如、ふぅううと大きく息を吸い、腹を膨らませ始める土蛙王。その土蛙王の行動に、レイアが叫び、注意を促す。



超音波声バインドボイスだ! 耳を塞げ!!」


「えっ!? マジ!?」


「わかった!」



 耳を両手で塞いだ直後、洞窟内を揺らす大音量の振動がマサト達を襲った。



 ぎゅぅぃぎゅぅぃぎゅぅぃぎゅぅぃ――



 両手で耳を塞いでいるのにもかかわらず、ぐわんぐわんと直接脳に響いてくるような振動に、マサトが思わず足を止める。



「う、煩せぇー!? なんだこれ!?」


「ぐっ……」


「きゃぁああ!?」



 視界がブレ、このままだとマズイと本能が警鐘を鳴らす。現に、レイアとミアはその場に蹲り、かなり苦しそうにしており、その場にいた土蛙人ゲノーモス・トード達に限っては、耐え切れずに次々と気絶していった。



「ま、まずい…… せっかく魔眼で操った戦力が……」



 魔眼兵士の思わぬ弱点に、今度はマサトが焦る。


 この場で他にギリギリ動けるのはマサトのみ……


 であれば――



「くそぉおお! 勿体無いけどこの際仕方ない! ショックボルトぉおお!!」



 右手を土蛙王へ向け、《 ショックボルト 》を詠唱する。


 掌から桜色の閃光が火花のように散り、同時に複数の紫電が絡み合いながら土蛙王へ目掛けて走った。



「ぎゅぎぃぐぎゅぅっ!?」



 その紫電を受け、身体を硬直させながら悲鳴をあげる土蛙王。紫電を直撃した肌は焼け、黒く変色した。



「ぎゅ、ぎゅは…… げぇ…… はぁ…… な、なんだぎゅ…… あ、あれは…… き、危険だぎゅ……」



 身体から白い煙をあげながら、土蛙王が苦しそうな声を漏らす。その顔はありえないモノを見たかのように、マサトに釘付けになっていた。


 それもそのはずである。


 土蛙王とマサトにはそこそこの距離があったとは言え、超音波声バインドボイスにより、相手は身動き出来なくなっていたはずなのだ。ましてや超音波声バインドボイス中に詠唱するなど不可能だと考えていた。


 その全てを覆した上に、相手は碌に詠唱もせず、更には避ける事すら不可能な速度で迫る、恐ろしく強力な魔法を行使したのだ。土蛙王が恐怖を通り越して混乱したのも仕方のないことであった。



(ショックボルトは新しいデッキで補充できたから…… これで確か、残り5枚か? こういう窮地でも使えるって凄く便利だ。大切に使おう……)



 宝剣を取り出し、再び土蛙王へと走り出す。


 眩しいくらいに光り輝くその剣に、そして強力な魔法を操るマサトに、土蛙王は恐慌した。



「く、来ぎゅな! ええい! 《 アースギュエイク 》」



 土蛙王が地面に手を付き、魔法を行使する。


 だが、流石のマサトも、その行動は予見できた。多イボのモストンとの戦闘で学んだとも言える。


 地面から隆起し、迫る岩盤を大きくジャンプして避ける。



「それは1回喰らったんだよ! 同じ手は……」



 だが、その後のことは未体験ゾーンだった。



「 《 ストーンギュラブル 》 」



 跳んで避けたマサト目掛けて、茶色い岩の塊が飛来する。



「げっ!?」



 それをほぼ脊髄反射で、宝剣で斬り落とそうとし、再び失敗する。2度目の同じ失敗である。


 2つに綺麗に割れた岩を胸に直撃したマサトは、空中で体勢を崩し、仰向けに上体を仰け反らせ、そのまま背中から落下した。



「ぐはっ!?」



 落ちた衝撃で口から空気が漏れる。一瞬、無気肺になり、呼吸困難に陥いるも、すぐに回復。急いで起き上がろうとするマサトに、無情にも追撃が入る。



「 《 アースギュエイク 》 」


「ぐふぇっ!?」



 背中に強い衝撃を受け、くの字に身体を仰け反らせながら、宙に打ち上げられた。その衝撃により、思わず宝剣を落としてしまう。



(あっ!? 宝剣!? や、やばい! ま、まさかこれ、コ、コンボ!?)



 MEでも、魔法による嵌め技、コンボと言われる「一度決まれば最後の攻撃まで回避不能とまで言われる連携技」は存在していた。地上から空中へ、相手を打ち上げてからの連携は、その基本形とも言える。


 魔法行使とともに、土蛙王の背中のイボが光り輝く。その輝きは先ほどから強くなる一方だ。



「止めだぎゅ! 《 ストーンフォーギュ 》」



 土蛙王が手を翳した先、宙で仰向けになったマサトの上空に光の粒子が集まる。


 直後、その粒子が霧散し、ひし形状の岩の塊が出現。マサトの腹目掛けて落下してきた。その先端はまたしても鋭利な形をしている。


 マサトの下には、同じく隆起した岩が。



(ど、どうする!? くそっ! なんで宝剣ちゃんと握っておかなかったんだ! な、何か他に対抗手段、あっ、時間な、来……)



「ぐっ!?」



 結局、どうする事もできず、腹に力を込めた状態で受け止めるという原始的な手段を選択。本来であれば、手札を元に相手の行動をシミュレーションし、どんな状況でも対応できるように戦略を練っておくのが鉄則ではあるが、人間、向き不向きがある。マサトは特にこういうことが不向きな人間の部類に属していた。



 落下してくる岩に押される形で落ち――


 地面から隆起していた岩に挟まれた――



「ガハッ!?」



 肺が圧迫され、息が漏れる。


 上から落下してきた岩と、下から隆起してきた岩に挟まれ、腹筋がゴムのように凹む。


 地面から隆起していた岩が、落下してきた岩の衝撃に耐えられず、崩壊。マサトは落下してきた岩の下敷きになるように一緒に落下し、その粉塵に消えた。



「マ、マサト!?」



 超音波声バインドボイスから復帰したレイアが、マサトを心配し、悲痛な声をあげる。


 土蛙王も、その手応えに、目の前の脅威を一つ取り除けたことを喜んだ。



「ぎゅぎゅぎゅ! つぎゅはラミア! お前だぎゅ!」



 次の標的をミアに定めた土蛙王が、更なる魔法を行使しようと動く。


 通常であれば、土蛙王がマサトへ行使した規模の魔法は、連続使用できるクラスのものではない。更には燃費の悪い簡略詠唱での行使だ。その消費魔力マナは膨大になる。だが、赤銅宝石サンストーンへと変異した多数のイボが、巨大な魔力貯蔵庫マナタンクの役割を果たしていたため、その無謀な魔法詠唱を可能にしていただけに過ぎない。


 土蛙王の行動を先読みしたレイアは、素早く詠唱を開始。詠唱妨害に動く。



「万物に宿りし母なる魔力マナよ、火の魔力マナよ……」



 詠唱とともに、レイアの周囲を火の粉が螺旋を描いて舞い踊る。土蛙王へと差し向けたレイアの掌には、サッカーボール程の火の塊が、炎の帯をとぐろ状に巻き付けながらメラメラと発現した。その火の塊は、詠唱が進むにつれて更に膨らんでいく。


 その様子に土蛙王が気付き、その目を大きく見開いて驚いた。



「な、なにをするぎゅだぎゅ!?」



 一方で、詠唱していたレイアもまた、出現した火の塊の大きさに、目を見開きながら驚いていた。


 だが、だからと言って途中で詠唱を止めることはできない。乱れそうになる意識に喝を入れ、そのまま強引に詠唱を続ける。



「し、始原の炎と成りて、我にその力を与え給え!《 火炎玉ファイアボール 》!!」



 直径30cm程の巨大な火の塊が、火花を撒き散らしながら、物凄い速度で土蛙王へと放たれた。火の塊が通り過ぎた空間は、その灼熱により急激に熱せられ、陽炎のようにゆらゆらと歪んでいる。



「ぐぎゅ!? 《 ストーンウォーギュ 》!」



 土蛙王は咄嗟に詠唱し、目の前に岩壁を作り出す。



 火の塊は石壁にぶつかり――



 ドガーンと大きな爆発音を立てながら、岩壁を大破させた。


 その爆風と岩壁の破片をまともに浴びた土蛙王の悲鳴が、粉塵と煙で見えなくなった丘の上から短く響く。


 だが、次の瞬間、その粉塵の中からいくつもの岩の塊が、レイア目掛けて放たれた。



「ちっ!!」



 瞬時に影の中へ退避するレイア。まるで水中へと潜るように、近くの土蛙人ゲノーモス・トードの影へと飛び込む。


 飛来した岩にぶつかり、頭や身体の一部を潰されて悲鳴をあげる土蛙人ゲノーモス・トード達。


 そして、粉塵の中から飛び上がる影――


 土蛙王だ。


 レイアの火炎玉ファイアボールを防ぎきれなかった土蛙王は、その身体にいくつもの傷を作り、大きく裂けた傷からは薄黄緑色の血を流していた。



「覚悟すぎゅ…… 生ぎゅてはここから返さぎゅ……」



 静かな怒りがその瞳に映る。だが、土蛙王は冷静でもあった。相手は2人。うち1人は厄介なラミア種。恐らくこのラミアを倒せるのは、自分しかいないだろう。そう分析していた。


 土蛙王の瞬膜は黒色だが、土蛙人ゲノーモス・トードの瞬膜は透明だ。土蛙王は突然変異で黒く変色したに過ぎない。対峙すれば片っ端から魔眼で操られるのがオチだ。


 そしてもう1人は、見たこともないくらいに馬鹿でかい火の塊を撃ってくるダークエルフ。相当手練れな魔導師であることは確かだ。岩壁で防いでもこの被害となれば、まともにやり合うのは危険。相手が詠唱するよりも早く致命打を与える必要がある。


 だが、そのダークエルフの姿がどこにも見当たらなかった。



「どごぎゅった…… まぁよい。ラミアから仕留めるだぎゅだ! 《 ストーンギュラブル 》!」



 再び岩の塊が乱れ飛ぶ。


 だが、ミアもその程度では当たらない。岩の軌道を読み、蛇の動きで素早く移動し、次々に回避していく。



「ぐぎゅぅ! 小癪なやぎゅめ! 《 アースギュエイク 》 《ストーンギュラブル 》 《アースギュエイク 》!」



 土蛙王の背中がまた一段と輝き、次々に詠唱される魔法の数々に、ミアの退路が塞がれていく――



「ここだぎゅ! 《 ストーンギュラブルルルル 》!」



 逃げ場を失ったミアへ向け、土蛙王が再び岩の塊を無数に放つ。


 焦るミア。



「ま、守って!」



 ミアの言葉に、魔眼に操られた土蛙人ゲノーモス・トードが、飛んでくる岩とミアの射線上へ、次々にその身体を割り込ませた。


 岩に被弾し、その血肉を弾け飛ばす土蛙人ゲノーモス・トード達。だが、その数もどんどん減っていく。



「無駄だぎゅ! そのまま弾け飛ぎゅ! ぎゅぎゅぎゅ」



 ふいに、土蛙王の影から人影が浮き上がる。その影は、ゆっくりと立ち上がり、そのまま土蛙王の背中へ向けて剣を突き立てようと忍び寄り――


 次の瞬間、突如地面から隆起した岩に弾き飛ばされた。



「きゃあっ!?」



 受け身も取れず、そのまま吹き飛ばされるレイア。


 土蛙王の低い笑い声が響く。その右手は左脇の下から背後へと向けられていた。左手はミアへと向けられたままである。



「ぎゅぎゅぎゅ。甘いぎゅ。ぎゅ様は後でゆっくり食べてやぎゅから、大人しぎゅしておけ」



 それは、左手で魔法行使しながら、右手で別の魔法を行使する、並列詠唱パラレルキャストという技能系の加護であった。詠唱中は無防備になるという常識を覆すこの加護は、大抵の者は使いこなすことができないため、人族では不遇な加護とさえされている。何故ならば、魔法は一度の行使ですら大量の魔力マナを必要とする上に、魔法の威力を高めるには正確な詠唱が必要となるからだ。その両方の課題を、土蛙王は理不尽なまでの巨大な魔力貯蔵庫マナタンクでカバーしているだけであり、本来であれば並列詠唱パラレルキャストの行使など考えられないことであった。


 詠唱中の隙をついて奇襲をかけたレイアが、なす術なく反撃を受けてしまった理由はここにある。



「た、助けて! マサトー!」



 ミアが叫ぶ。


 その先には、巨大な岩の下敷きになりながらも、もそもそと一人静かに身悶えていたマサトがいた。



(いっでぇ…… くっそぉ…… 腹がぐにってなったぞ…… ぐにって…… ん? ミアの声? あ、もしかしてやばい状況!?)



 名を呼ばれたことで、ようやく仲間の危機を理解したマサトは、身体の上にのしかかっていた大岩を、力ずくでどかしにかかる。



「んんがぁあああ!!」



 浮き上がるものの、体勢が悪いため上手く力が伝わらない。



「くそ! 動かせそうで動かせない! そ、そうだ! 宝剣は!? どこいった!? くそ、近くに落ちてないのか!? くそぉおお!! こうなったら一か八かだ!《 炎の翼ウィングス・オブ・フレイム 》!」



 能力付与エンチャント呪文を唱えたマサトの身体から、紅い光の粒子が溢れ出す。



「おらぁああ! 吹き出ろぉおお!!」



 岩を両手で掴みながら叫ぶ。イメージは、ロケットエンジンだ。大量の炎を噴き出し、飛び上がれと背中に力を入れた。



 すると――



「うぉおあうぉあああいぃいい!?」



 ボボボホと、イメージ通りに背中から二本の火柱を立てたマサトは、大岩から抜け出すことに成功したのだが――


 そのまま縦回転しながら上空へと昇っていってしまった。


 残念なことに、マサトは致命的なまでに能力付与エンチャント呪文による能力の制御が下手くそだった。


 金色竜晶による輝きで照らされている洞窟内を、まるで打ち上げ花火のように、物凄い大量の炎を噴き出しながら上昇していくマサト。


 その様子に、土蛙王は唖然とした。あまりの驚きに、ミアへの魔法行使を止めてしまった程だ。



「な、なぜ、奴が生ぎゅてる…… あ、ありえなぎゅ…… 」



 少し不恰好な形にはなってしまったが……


 今、ようやくマサトの反撃の狼煙が上がった。


――――――

▼おまけ

【UC】 |赤銅宝石(サンストーン)、(2)、「アーティファクト ― マナ生成」、[マナ生成:(赤)] [マナ生成限界3] [耐久Lv2]

「鉱物の一種だが、稀に魔物から採取できる物もある。こいつか? それは知らん方が幸せってもんよ――素材屋アキアキの店主、ダーヨシ」

※近況ノートに挿絵あり

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