70 - 「異世界15日目:強化計画(前編)」

 結局、昨日はシュビラに抱き枕にされながら一夜を明かすことになった。寝返りが思うように打てなかったため、心なしか全身が痛い。


 因みにベル、プーア、ウィークもレイアの家に寝泊まりすることになったのだが、レイアの家にあったベッドを急遽二段ベッドに替え、更にもう一台追加することになったため、寝室が一気に手狭になってしまった。


 俺とシュビラが寝る上の段にレイアが、隣のベッドでは下の段にプーアとウィークが一緒に眠り、その上の段をベルが使っている。ミアは外がいいらしく、スネークやスッチー達と一緒に、屋外の雨乞い場所で集まって寝ている。


 外ではゴブリン達が交代制で夜通しの巡回にあたっている。土蛙人ゲノーモス・トードの夜襲も可能性がない訳ではないため、警備体制は万全だ。



 ――何事もなく時間が過ぎ、日が昇り始める。



 炊き出し場では、朝食担当がせっせと皆の食事の用意に取り掛かり始め、炊き出し場の周りには肉の焼けるいい匂いが漂い始めた。



 ベルにプーアとウィークを炊き出し場へ連れて行ってもらうと、マサトはレイアとシュビラを連れて人気のない広場まで向かう。



「ここら辺でいいかな」


「力の付与は…… 危険なのか?」


「念の為ね。試し撃ちとかもするだろうし」


「試し撃ち?」



 怪訝な顔をするレイアに、シュビラが噛み付く。



「そなたは旦那さまの言うことを聞いていればよい。不安なら止めてもいいのだぞ?」


「誰が止めると言った。ゴブリンの耳にはよく耳垢が溜まるようだな。この程度のことも聞き取れないとは」


「なんじゃと――っ!」


「喧嘩すんなって……」



 レイアとシュビラが馬が合わないのか、出会った当初から顔を合わせればこんな感じである。



「して、旦那さま。この不埒な娘に何をするつもりかの?」


「ちょっとした能力付与エンチャントをしようと思ってね。具体的には火の加護とかかな」


「火の加護かの。そんな大層なものをこの娘に掛けるのは勿体ないのではないかの」



 シュビラが口を尖らせていると、レイアが突然目を見開きながら口を挟んできた。



「ちょ、ちょっと待て! 火の加護と言ったか!? 」


「おお、そのリアクションいいね。火の加護を付与できるとしたら、やっぱり希少レアな感じ?」


希少レアどころの話ではない! 本来、加護とは、生後に神から与えられる特別な力を指すのだ! それを人間が付与できることが知れたらどうなると思ってる!」


「え、どうなっちゃうの?」


「ただの平民が英雄にもなれる力を得られるんだ! 力のない者から力のある者、ましては貧しい者から金のある者まで、それこそ “力を欲する全ての者” が押し寄せてくるぞ!?」


「そ、それは困るな。付与できる数にも限りがあるし」


「当たり前だ! いくらマサトと言えど、そう簡単に加護を付与できてたまるか!」


「いや…… 付与はできるんだけどね?」


「なっ!? はぁ…… はぁ…… 落ち着け、私」



 興奮したレイアが深呼吸をし、冷静さを取り戻す。



「分かった。マジックイーターは加護をも付与できる力を持つのだな。理解した。で、いくつまで付与できる?」


「火の加護は、4つまで付与できたんだけど、1つはガルドラゴンに付与したから残り3つかな」


「ガルドラゴン? ああ、あのドラゴンにしか見えないワイバーンか…… もしや、ガルドラゴンがワイバーンなのに火のブレスを吹くのもマサトの力の影響なのか?」


「ああ、それね。火吹きの焼印っていう炎のブレスを吐ける力も付与したからって、うごぉっ!?」


「お、お前はっ……!? 」



 言葉の途中でレイアに胸倉を掴まれた。


 目が血走ってるレイアさん、ちょっと怖いす。



「おい小娘! 旦那さまに何をしておる! 手を離さぬかっ!」


「これが冷静でいられるか! お前達は、これがどういうことか全く分かっていない!」


「小娘、そなたの矮小な価値観に旦那さまを当て嵌めるだけ無駄よの。旦那さまは世界を支配するお方。この程度のこと、むしろできて当たり前だの。その旦那さまと同じ道を歩みたいと思うのなら、そなたの方こそ考えを改めた方がよいとわれは助言しよう」



 シュビラの言葉に、レイアが呆気に取られる。



「……そう。そうだったな。理解していたつもりになっていたらしい。マサトはマジックイーターであり、世界の理から外れる超越者だったな。取り乱してすまない。もう大丈夫だ」


「分かればよいのだ。われは寛容だからの。ふっふっふっ」



 俺を放置してシュビラとレイアが何やら互いに納得し始めた。シュビラがレイアに何か吹き込んでる風な気がするのは気のせいだろうか。



「マサト、それで私には何を付与してくれるんだ?」


「あーそれなんだけど、そもそもレイアって何の適性と加護持ってるの?」


「私に適性はない。その代わり < 影の加護 > がある」


「適性なしか。でも影の加護って、なんかカッコいい響き。それって影の中に姿を隠せたり、影を操ったりできる加護?」


「なんだ、知っているのか。概ねそんなところであってる」


「マジか。念のためこれ使ってみてくれる?」



 マサトはそう言うと、トレンの店で購入した水晶玉を取り出した。



「なんだこれは?」


「あれ、やっぱりレイアこれ知らなかったの? 冒険者ギルドに登録しに行ったとき、この魔導具アーティファクトでLvやら適性を調べられたんだよ。まぁそれで色々バレることになった訳だけど」


「何!? 今のギルドはそんな魔導具アーティファクトを使っているのか!? す、すまない…… それは私の落ち度だ…… まさかそんな運用になっていたとは……」



 レイアが所持している身分証は、全て闇ギルドが偽造した偽物である。レイア自身が冒険者ギルドを訪れることはないため、レイアが冒険者ギルドについての情報が古かったとしてもそれは仕方のないことだったのかもしれない。



「あー、いやいや。別に責めてる訳じゃないよ。そんなどこか抜けてるレイアも可愛いと思うし」


「なっ!?」



 突然、マサトに可愛いと言われたレイアは、顔を真っ赤にして動揺し始めた。そんな初心なリアクションしてくれるところもまたギャップ萌えだ。


 すると、シュビラが面白くなさそうに先を促した。



「小娘、はよ水晶に触らぬか。旦那さまに可愛いと言われたくらいで浮かれおって…… ぶつぶつ」


「う、浮かれてなどない! 嘘をつくな!」


「もしもーし?」


「分かってる! そう急かすな! 触ればいいのだろ! ……これでいいのか?」



 レイアが水晶に触れると、水晶の底が黒く染まり、文字が浮かびあがった。



「Lv…… 156!? 高っ!? レイアなんでそんなにLv高いの!? ……やっぱり、昔冒険者とかやってたり?」


「Lvというものを今まで気にしたことがなかったから確証はないが…… 思い当たる節はある。だが、それを知ってどうする?」



急に真剣な表情になるレイア。



「特にどうもしないけど……」


「はぁ…… 私はあまり自分の過去を語りたくないんだが……」


「言い難いなら…… いや、知りたい」



 辛い過去なら敢えて言う必要もないと思ったが、それはレイアを遠ざけているだけな気がした。今更だとは思うけど。でも、だからこそ、ちゃんと知りたいと伝えた。


 俺の言葉が意外だったのか、レイアは眼を見開き、少しだけその瞳を潤ませると、俯きながら少しだけ過去を語り始めた。



「私が暗殺者だったのは知っているな?」


「う、うん」


「私が専門としていたのは、対冒険者の暗殺だ」


「対冒険者?」


「そうだ」


「でもそれとLvに何の関係が?」


「そうだな…… どう説明するべきか…… Lvは強さを表す数値として認知されているが、そもそもLvは何で上がる?」


「モンスターを倒した時に入る経験値じゃないの?」


「そういう説もある。だが、経験値とは何だ?」


「さ、さあ…… そういうものとしか」


「そうだ。その認識で正しい。Lvや経験値については、皆がそういうものだと認識しているだけで、どういう原理か知る者はいない。何故モンスターを殺すと経験値が入るのか、経験値とは何なのか」


「そう言われると確かに何か気になるね……」


「数ある仮説の中に、こんなものがある。昔から伝わる有名なお伽話だ……」





 無の世界に、神々が舞い降りた。


 構想の神、装飾の神、言語の神――、そして神々を統べる神の王。


 構想の神が作った世界のイメージを元に、装飾の神が世界のパーツを作り、言語の神が世界を動かすときを作った。


 その世界は平和そのものだった。


 だが、神々の作った世界を見た神の王は言った。



『競争なきところに発展はない』



 神の王の言葉を聞き、構想の神は、命に核を作り、全ての核に等しく魔力マナを与え、それを奪わせる仕組みを作った。


 そして、この世界は出来上がった。


 争いの絶えることのない、この世界が。






「この話に出てくる核がLv、そして魔力マナが経験値にあたる」


「な、なるほど」



(何て言うか…… ゲーム開発の一部始終をそれっぽく言い換えただけに聞こえるのは気のせいだろうか……)



「そのお伽話が本当だと言いたいのかの?」


「私はそうだと思っている。現に、私はこれまであまりモンスターを討伐してこなかった。だが高Lvなのだろ? であれば、人を殺してもLvが上がるということだ」


「高Lvの人を殺したら、より多くの経験値が手に入るとかありそう……」


「その可能性もあるだろうな」


「でも、なんかそれって、マジックイーターみたいじゃない?」


「そうだな。取り込む力の程度や質が異なるだけで、マジックイーターも私達も本質は変わらないのかもしれない。私達も生物が持つ魔力マナや経験値を奪い、自らを成長させている。奪う量は目に見えないくらい微量なものかもしれないがな。だが、そう考えると全てがしっくりくる。私はマサト、お前を見てそう実感した」


「なるほど…… ありえそうな設定だ」



 しかし、たとえ人を殺して経験値が入るとしても、Lv156の大台に届かせるには相当な人数を殺さないと不可能ではないだろうか。大量虐殺を続けていたという訳ではなく、暗殺者として一人、また一人と淡々と殺しの日々を積み重ねていった結果なのだとしたら、それは果たして何十年その生活を続ければ到達出来るのだろう。



(レイアって何歳なんだ…… 長寿なんだろうけど…… こればかりは怖くて聞けないな……)



「よし、じゃあレイアの能力も分かったことだし、さっそく肝心の強化やっちゃいますか」


「……頼む」



 こうして俺はレイアの強化計画を実行することになった。


 異世界に来てから初体験の相手であり、命の軽いこの世界で、唯一背中を預けられる存在。


 ガルドラの森では、レイアへの勝手な過信により、危うくレイア自身を失うところだった。


 同じ過ちは犯さない。


 だけど、これからこの世界で名を馳せる程、レイアの身は危険に晒されるだろう。


 だから今のうちに自分の持てる力でレイアを強くする。


 それがレイアの命を守る事に繋がると信じて。

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