41 -「魔女ソフィーの災難」

(あらあら、いきなり凄いことになってるわね)



 ヴィクトルから命令を受けたソフィーは、さっそくマサトの監視を開始していた。


 監視直後は、Fランクなのに高ランクの依頼書ばかりを念入りに確認している変な子だと思った程度だったが、ランクBの熊の狩人ベアハンターとランクCの三葉虫トリロバイトが合流したことで見方を一変させた。


 熊の狩人ベアハンター三葉虫トリロバイトは、先日ランクB+の岩熊ロックベア希少種と、ランクC+の火傷蜂ヤケドバチ希少種の討伐素材を持ち帰ったことで話題になったばかりのパーティだった。


 いくらランクBとランクCのパーティが力を合わせたところで、B+とC+のモンスター相手に勝てる見込みは少ない。


 更には希少種となればAとBランク相当になる。



(絶対に何かあると思ってたのよね)



 パーティランクは、同ランクのモンスターを倒せる(もしくは同等の戦力)という目安ではなく、同ランクモンスターに最低限立ち向かえるくらいの強さになったという目安でしかない。


 冒険者達の大半は、自分達のランクより一つ下のランクのモンスターを討伐対象とするのが一般的である。


 その常識を覆して上位ランクモンスターを討伐してきたという事実は、他の冒険者達を大いに刺激した。


 いつでも冒険者達は一攫千金と英雄譚に憧れるものである。



 冒険者達の依頼受注が盛んになるのは喜ばしいことだが、無謀な挑戦が増えるのはギルドとしても避けなければならない。


 また熊の狩人ベアハンターのランクBとランクCのメンバー死亡という結果は、ギルドにとっても大きな痛手であった。


 ローズヘイムのような大都市でも、この都市を拠点として活動するランクBパーティやメンバーは少ないため、大変貴重な存在である。


 幸い欠員が出た熊の狩人ベアハンターは、明確に拠点を設けて活動するパーティではなかったため、ローズヘイム支部や他の支部への直接的なダメージは少なかったが、冒険者ギルド総本部側が問題として取り上げるくらいの事件にはなってしまった。



 ソフィーは個室でのやり取りを盗聴したことで、ある確信を得た。


 それはこの男、マサトがこの事件に大きく絡んでいるということ。


 話が本当であれば、Lv6の新人ルーキー岩熊ロックベア火傷蜂ヤケドバチを倒し、熊の狩人ベアハンター三葉虫トリロバイトの命を救ったことになる。


 不可解なことは、熊の狩人ベアハンターメンバーが討伐報告時にマサトの名を挙げなかったのが、マサトの指示だったらしいということである。



(目立ちたくないと本当に考えてる者が、あんな目立つクラン組むかしら。実績のない、ましては貴族でもない一般の新人ルーキーが、複数の高ランクパーティ従えてクラン組むなんて…… まだあの子の目的が見えないわね……)



 マサトに深い考えなどなかったのだが、それ故に行動が一貫しておらず、ソフィーのように頭の回る人間を悩ませる結果となったのはただの偶然である。



(レッドポーションという単語も気になるわね…… 1本5000万G以上? 何かしら。想像もつかないわ。でもこういう謎の多い男、好きよ。ゾクゾクしちゃう)



 ソフィーは猟奇的な笑みを浮かべながら、この男が他に何を隠しているのか夢想し始めた。


 このマサトという男はまだまだ私を楽しませてくれる。


 今では憎しみの感情しかないが、当初はその謎の多さから同じように恋い焦がれた師 “ネス・ロロノア” のように……



(さてと、このまますぐ報告へ行きたいところだけど、この後の動きも気になるのよね。もう暫く尾行しようかしら)



 ソフィーはあまり悩むことなくマサトの監視継続を決めた。


 既に、ソフィーの中では任務としての監視よりも、自身の興味欲求による監視の意味合いの方が強くなっていることに、本人が気付くことはなかった。




 ◇◇◇




 ギルドから出ていくマサトとベルの監視を続けることに決めたソフィーは、強力な隠匿魔法によって自身の姿を消した。


 未だに破られたことのない隠匿魔法には絶対の自信があった。


 そして未だ破られたことがなかった故に、彼女に慢心が生まれ始めていたとしても、それは仕方のないことだろう。


 暫くして、マサト達が裏路地にある寂れた宿屋の前で立ち止まった。



(汚い宿屋ね。お金あるのにこんなところへ泊まるかしら? 怪しいわね)



 マサトとベルに続いて、ソフィーも宿屋に入る。


 宿屋の痩せた店主の前を横切るが、ソフィーに気付いた様子はない。


 マサト達が軋む階段を上って2階へと向かう。


 この隠匿魔法の凄いところは、対象者が原因で発生する音源や振動も隠匿できるというところにある。


 なのでソフィーが階段を上る足音は発生しない。


 ソフィーがベルの後に続いて部屋に入ると、マサトが部屋の中を見回していた。



「あれ、誰もいない。どこ行ったんだろ。この部屋で合ってるよね?」


「うん。この部屋で合ってると思うけど…… 時間かかり過ぎて怒って出て行っちゃったとか?」


「いやいや、レイアに限ってそんなことはないと思うよ?」



(どうやらここで待ち合わせしていたみたいね。監視を続けて正解だったわ。レイアって名前の相手かしら。知らない名ね)



 すると突然、ソフィーは喉元にナイフを突き付けられた。


 背中にも何か鋭利な物を突き付けられている。



「変な真似をしたら殺す。そのままその隠匿魔法を解け」



 ソフィーは戦慄した。


 未だに看破されたことのない隠匿魔法が見破られた。


 それだけではない。


 接近された気配すら感じなかった。


 その事実がソフィーを焦らせた。



(まずいわね…… 私の隠匿魔法を看破した上で、私に気配を察知させないで背後を取るなんて…… 私と同じAランカーか…… もしくはそれ以上? そこまでの者の名前にレイアなんて名前はいなかったわよ!? もしくは闇ギルドの……)



 ソフィーの思考は一瞬だったが、レイアはそれすらも許さなかった。


 レイアの突き立てた短剣が、ソフィーの背中を数ミリ程突き刺した。



「!? わ、分かったわ。降参よ」



 ソフィーが隠匿魔法を解除し、姿を現す。



「うおっ!? だ、誰!? いつの間に!?」


「女の人!? もしかして、わたしたち尾行されてたんですか!?」



 マサトとベルが突然現れた女に驚くも、ソフィーはそれどころではなかった。



「何者だ。なぜこいつをつけてきた」


「私は冒険者ギルド、ローズヘイム支部のサブマスター、ソフィーよ。マサトを尾行していたのは、ギルドマスターからの指示で素性調査していたから」



 ギルドからさっそく監視をつけられてきた事実に、レイアは軽い目眩を感じたが、ネスと同様の隠匿魔法を使うこの者への警戒は緩めなかった。



「何のための監視だ」


「マサトがサーズ出身だと虚偽の登録をしたからよ」



 ソフィーの返答に、マサトが反応するよりも早く、レイアはソフィーの背中を再度突き刺した。



「ぎゃっ!? ちょ、ちょっと! ちゃんと答えたでしょ!?」


「次も嘘を言うようであれば、更に深く刺す。何のための監視だ」


「はぁ、正直に話すから刺さないでくれるかしら。Lv6の新人ルーキーが、突然ランクBとランクCのパーティを加入させたクランを設立させれば、ギルドも監視くらいつけるわよ?」


「ちっ…… マサト、それは事実なのか?」


「え、あ、はい。事実です。やっぱり、不味かった? よね、ごめん!」



 マサトが話していく過程で、レイアの顔が鬼の形相に変わるのが見えたため、マサトはほぼ条件反射で謝った。



「まぁいい…… 過ぎたことをとやかく言うつもりはない。ソフィーといったな、刺されたくなければ全て話せ。理由はそれだけではないだろ?」


「分かったわよ。もう。マサトの適性を魔導具アーティファクトで調べたとき、魔導具アーティファクトに表示された文字が全て古代文字だったからよ。後、そこのベルちゃんが、ギガンティアの末裔だと分かったからかしらね。謎が多すぎたのよ、彼にも彼の周りにも」



 それを聞いたマサトはあちゃーという表情をしながら頭をかき、ベルは緊張しながらソフィーとレイアのやり取りを見守っている。


 冒険者ギルドにさっそく目をつけられた現状に、レイアは頭を抱えたくなった。


 それだけでなく、マサトがマジックイーターだという事実に辿りつくきっかけを与えてしまったことが何より心配だった。



(失敗した…… マサトを冒険者ギルドに行かせるんじゃなかった…… いや、まさかネスはこれを見越して……?)



 マサトがマジックイーターだと知られれば、国が黙っていないことは明らかであるが、何よりもレイア自身がマサトを他者に取られるのを忌避していた。



「今後、こいつには一切干渉するな。冒険者ギルドの領分を超えて詮索を続けるようであれば、“我々” が黙ってないぞ。これは警告だ。次はない」



 ソフィーは背後から発せられた殺気の強さに恐怖した。


 自身よりも強者、そして恐らく闇ギルドの手練と思われるその行動に、これ以上の深入りは身の破滅を招くと本能が察した。



「わ、分かったわ。ギルドは彼から手を引く。ローズヘイム支部には私以上の腕の密偵はいないもの。あなたのような手練がついているなら、そのリスクを負ってまで素性を調べることはしないわ」



 暫しの沈黙を経て、レイアはソフィーを拘束した。



「ちょっと! 私をどうするつもり!?」


「暫くその狭い棚で大人しくしててもらう。安心しろ。背中の傷は塞いでおいてやる」



 レイアは手持ちの紐でソフィーの手足を縛ると、片腕でソフィーの首を締め付け、もう片方の腕でしっかり固定した。現代風にいうとスリーパーホールドのそれと同じ技である。



「な、何を…… 止め…… うぐっ……」



 ソフィーの顔が真っ赤になり、そして意識を失った。


 ソフィー程の熟練の魔術師であっても、気道を確保できなければ詠唱はできない。


 そのため、魔術師は詠唱不要の魔導具アーティファクトを緊急用として持ち歩くのだが、手足が縛られている状態ではそれもできなかった。



「万物に宿りし母なる魔力マナよ、この者を安らかなる眠りへと導き給え、≪ 眠りへの誘いスリープ ≫」



 気を失ったソフィーへ、レイアが更に睡眠魔法をかける。



「マサト、そんな心配せずとも殺しはしない。気絶させた後の方が魔法も抵抗レジストされ難いからな。念のためだ」


「な、なるほど」



 一連の無駄のない動きは、レイアが対魔術師の暗殺経験が豊富だということを裏付けていた。



「これで数時間は目覚めないはずだ。……で、だ。なぜこうなったのか詳しく話せ」



 マサトは道中でレイアへの手土産を買わなかったことを激しく後悔するのだった。



 それから数時間――



 ソフィーが目覚めたときには既にマサト達の姿はなく、そこから拘束を自力で解くのに更に数時間を必要とした。


 結局、ソフィーがギルドへ戻る頃には、街に灯った明かりも少なくなっていた。


 遠方でフクロウの鳴く声が響き、静かになった街を歩くソフィーの背中は、薄ぼんやりと煤けているようだった。

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