23.5 - 「力比べ」
「よぉーし! 新しい仲間も増えたぁことだし、いっちょ力比べやんぞぉー!」
「おおおー!!」
ガルの掠れた大声が、広場に木霊する。
それに応じる酔っ払い達。
「力比べ?」
マサトは、隣で肉を舐め回していたポチに聞いた。
「そうですよのぉお! 力と力のぶつかり合いですぅうう!!」
「全く分からん……」
酒の回ったポチは、狂ったように涎を撒き散らしながら、肉を舐め回し続けている。
理性を失っているようだ。
「誰か他の人に聞くか……」
周囲を見渡す。
肩を組んで木で作ったコップに酒を仰いでいる者。
パンを頬張る者。
無心に肉に齧り付く者。
色々だ。
その中で、ぽつんと人気のない場所で、一人肉を齧っていたレイアが目に止まった。
(あ、レイア。あんなところで一人寂しく何やってんだか)
ちょっと悪戯心の湧いたマサトは、気配を勘付かれないようにそおっとレイアの背後へと近付いた。
そして耳の近くで声をかける。
「力比べって何するの?」
「きゃぁあっ!? な、なんだマサトか。驚かすな!」
「ご、ごめん」
顔を真っ赤にしたレイアが勢いよく振り返り、そのまま背中へ肉を隠した。
(何で隠したんだろ? 別に隠さなくてもいいのに…… まぁいいか)
「で、力比べって何をするの?」
「力比べと言ったら、力比べだろう。他に何がある」
(ダメだこりゃ)
マサトが、どういう風に力比べをするのかと聞こうとするも、突然湧き上がった男共の歓声に邪魔された。
歓声のあがった方を見ると、ゴリが一際大きな切り株のような丸太を担いでやってきたところだった。
「もしかして、腕相撲?」
「腕相撲? なんだそれは。もしや、力比べを知らないのか? こう…… やるんだ!」
「うぉっ!?」
突然、レイアに手を掴まれ、そのまま倒される。
「なんだ、やっぱり腕相撲か」
マサトが倒されたままそう呟くと、レイアに掴まれた手を勢いよく引っ張られる。
「うおっ……」
レイアへ急接近するマサト。
「フッ、私は強いぞ?」
「お、おう」
レイアの潤んだ瞳と、肉の脂で色艶の出た唇に、心臓がドクンと高鳴る。
「お前の弱点は知っているからな」
そう言い残し、レイアは丸太に集まった人の輪へ入っていった。
「俺の弱点って何だろ……」
ガルが用意された丸太の上に立ち、筒に入った棒を皆に配っている。
その棒を引いた者が、取りまとめ役のネネに何か話し、ネネは手に持つ枝で地面へと何か書いていた。
(トーナメント表か、ってことは、あの棒はくじかな?)
マサトがガルのもとへ行くと、ガルはニカッと笑った。
そして、その鋭い牙が噛み合わさった口を開くと、マサトへこう告げた。
「おい兄ちゃん、あんたぁ見掛け倒しじゃぁねぇだろうなぁ? ガハハ!」
「腕相撲には自信があるんだよね。それに…… まぁ期待は裏切らないと思うよ」
「ほぉ〜。そりゃ楽しみじゃぁねぇか! せいぜい、おれぁに当たる前に、負けんじゃぁねぇぞ?」
力比べという名の腕相撲なら、全く問題ないだろう。
むしろ能力補正のせいで、勝負にならないかもしれない。
ゴリのあの丸太のような腕を倒せるかは微妙だが、善戦はできるはず。
「今回の勝者にはぁ、なんとっ! 特別に剣牙獣の肝がぁ与えられらぁ!!」
「「「おおおおお!!」」」
盛り上がる即席腕相撲会場。
レイアも、両手拳を胸の前に作って、目を輝かせている。
(相変わらず、肉の人気は凄いな…… 肉に執着はないけど、男として腕相撲は負けられないでしょ!)
報酬よりも、腕相撲で負ける訳にはいかないという
何だかんだいっても、マサトも勝負事は大好きだった。
そして、里のほぼ全員に見守られる中、ガル主催の力比べが始まる。
マサトの初戦はと言うと――
「ガハハ! 兄ちゃんの初戦はぁ、おれぁ様だぁ!」
ガルだった。
「いきなり本命!?」
「ガハハ! まさかぁ初戦だったとはぁなぁ! 負けても恨みっこなしだ。まっ、せいぜい楽しもぉやぁ」
バシバシとマサトの肩を叩くガル。
顔は笑っているが、眼は真剣だった。
きっと、勝負事には手を抜かない性格なんだろう。
すると、レイアがマサトへ助言した。
「マサト、ガルは前回2位の猛者だ。舐めてかかると一瞬でやられるぞ」
「いやいやいや、ガルさんに舐めてかかる人の方が稀でしょ!」
ガルは狼人、つまり見た目は二足歩行の狼だ。
しかも、筋骨隆々。
強面の隻眼で、両耳が齧られたように無くなってるため、普通に怖い。
「ガハハ! さぁやるかぁ!」
「おおお!」と、外野が盛り上がる。
マサトは丸太の上へ肘をつき、そのままガルの手を握る。
一度軽く握り、相手の手の筋肉の硬さを確かめた。
だが、それは相手のガルも同じだったようで、こちらを見てニヤリとすると、「こりゃあ勝ったなぁ」と挑発してきた。
その挑発に、無言で笑って返す。
レフリー役のゴリが、丸太の上で握り合った二人の拳を両手で覆い、合図の間を作った。
そして――
「ゴーッ!」
「ぐっ!?」
「んがぁああ!?」
ギギと互いの握り合った手が軋みをあげる。
一瞬で隆起する腕の筋肉。
次々に浮かびあがる青筋。
二人の上半身は、互いに引き合うように接近し、それぞれが反発するように身体を倒して、自身の身体の方へと、相手の手を倒そうと躍起になっていた。
いや、違う。
実際に躍起になっていたのは、一人だけだったようだ。
「んがぁああ!? なぁにぃいい!?」
ガルが身体を傾けて力を込めても、マサトの腕は一向にピクリともしなかった。
その状況に、ガルが焦り始める。
一方で、マサトはというと――
(力の入れ加減が分からないから、腕を倒されないように力を込めたけど…… これは…… 予想外に…… 全然余裕だ)
余裕だった。
少しずつ上半身の力を抜き始めるマサト。
それを察したガルが、汗を垂らしながら途切れ途切れに話し始めた。
「グゥガガッ…… なんでぇ…… ちっとも…… 動かねぇん…… だぁ!?」
ガルが、マサトの腕を意地でも動かそうと、上半身を振り子のように動かして挑むが、それでもマサトの腕は微動だにしなかった。
そのマサトの異常性に気付いた外野が、興奮して「おおおおお!!」と声をあげる。
(そろそろ決めるか)
「ほっ!」
「ぐぅわぁあああ!?」
マサトが少し力を込めて腕を倒すと、ガルは悲鳴をあげながら地面に転がった。
「マサトの勝利!」
「「うおおおおおお!!」」
マサトの勝利に場が沸き立つ。
皆がマサトの勝利を褒め称え、ペタペタとマサトの身体を触りに来た。
きっと、それがこの里の歓迎の仕方なのだろう。
「かぁーっ! やっぱ兄ちゃん強ぇじゃねぇかぁ! まっ、ワイバーン倒しちまうよぉなぁ奴がぁ、弱ぇ訳ねぇがなぁ! ガハハ!」
ガルが地面に胡座をかきながら、マサトを見上げて豪快に笑い飛ばした。
その潔さに、マサトも思わず笑みが零れる。
「ガルさんも強かったですよ」
「ガハハ! 俺ぁも、さっきまでは、そう思ってたんだがぁなぁ。世の中にぁ、まだまだ上がいるって事だぁな!」
その後、他の人の対戦が滞りなく進められ、またマサトの順番が回ってきた。
次戦の相手は――
「ネネ、負けないよー!」
「……マジ?」
思わぬ強敵が現れた。
ネネの初戦の相手は、どうやらネネに花を持たせたようだ。
「ネネは、お肉欲しいの?」
「うん! お肉欲しい! レネちゃんが産まれたら、お肉あげるんだぁ。楽しみ!」
「そ、そうか…… レネ?」
レネとは、レッサードラゴンの卵のことらしい。レイアとネネの名前を取ってレネ。
(……俺の名前が入っていない。いやいや、それはどうでもいいけど、どうする? 勝っても何も得られないどころか、勝った事で失う信用がある気がする…… あいつ大人気ないな…… って。それは…… 辛いな……)
腕相撲で屈強な男共に勝つ。ということにモチベーションを感じていたマサトには、里の催しで、その里の子供の夢を壊してまで勝つということは憚られた。
ネネに花を持たせてやる方向で考えていると、それを察したレイアがすかさず口を挟む。
「マサト、お前がネネにわざと負けるような事をする男なら、私の家には泊まらせない。お前はずっと野宿だ」
「……えっ?」
レイアに退路を断たれる。
「マサトが本気でも、ネネ負けないよー!」
ネネはやる気満々で、勝つ気満々だ。
(こ、これどうする?)
少し悩んで、とある事に気が付いた。
(これ、腕相撲に俺が優勝して、肉をネネにあげればいいんじゃ?)
それをネネに話すと、ネネはあっさり了承した。
マサトの勝利である。
(ネネ、もしかしてこれを計算に入れてた? いや…… まさかね?)
ネネと約束してしまった手前、より負けることが出来なくなったマサト。
そして、三回戦の相手は――
「おおお! 前回の勝者ゴリと、英雄マサトの対決だぁぞー!」
「どっちが勝つんだ!?」
「ゴリじゃないかのぅ。ほれ、あの筋肉。そこらへんの丸太と変わらん大きさじゃろ」
「ボクはぁああ、マサトさんが勝つと思いぃますぅううう!」
「ガハハ! おれぁも兄ちゃんだな! ゴリもクソ強ぇが、兄ちゃんは次元が違ぇ」
観客は大興奮だ。
前回ゴリに敗れて準優勝止まりだったガルに、余裕で勝利したマサト。
そのマサトとゴリの対決となれば、里始まって以来の名勝負となる可能性が高い。
常にゴリの独壇場だった力比べにおいて、新しいダークホースが生まれたことは、住民の期待を刺激するには十分過ぎる内容だった。
「さぁあ、二人とも準備はいいかぁ?」
レフリー役のガルが、マサトとゴリの手を両手で覆う。
ゴリの手は、マサトの手に比べてかなり大きいので、マサトはゴリの手を握るというより、ゴリの親指を握るという状態に近い。
それは大人と子供の腕相撲のような光景だった。
(これ…… 本当にゴリさん倒せんの? 現世だったら、この体格差で勝つとか絶対に不可能だよ…… 最初から全力でいくか? でもゴリさんの腕を折っちゃう危険もあるし…… よし、全力で少し傾ける程度にしよう!)
ガルが試合開始の合図を告げる。
「ゴォオオ!!」
「ぉらっ!!」
「フングッ!!」
丸太に両者の身体が当たり、ドッと音とともに、軋みをあげる。
「ンググッ!?」
「「ぉぉおおおおお!?」」
マサトの倍以上ある筋肉を更に隆起させたゴリの腕が、開始の合図と同時に反対側――マサトの内側へと傾けられた。
その光景に、外野がまるで何かが爆発したかのようにドッと湧いた。
驚愕の表情を浮かべるゴリ。
だが、それはマサトも同じだった。
(あ、あれ……? う、動かない……? これ…… 実は意外にいい勝負? もしや…… ゴリさんの攻撃力も3相当!? マジ!? あっ、でもそんな気がしてきた!!)
拮抗し始めた二人に、外野の盛り上がりが最高潮に達する。
体勢を立て直そうと、ゴリが手首を返して内側に引き込み始めた。
(ぐっ…… 手がゴリさんの方が長い分、こっちが不利だ…… 上手く力が入んね……)
「ぐぐぐっ……」
「ンフゥーッ!!」
じわじわと、序盤で稼いだリードを元に戻されていくマサト。
それに応じて歓声も一際大きくなる。
「おおお!? ゴリこのまま返すかっ!?」
「きゃー! 凄い接戦!!」
「こりゃあ見応え十分だわい!」
「マサトさん、頑張ってくださぁぁああ」
「ゴリぁ! 根性見せろぉおお!!」
「ングフゥゥゥッ!!」
ゴリの全体重が乗っかった渾身の引き込みに、マサトの身体が少し浮いた。
「やべっ……」
「グフフフゥゥゥッ!!」
その隙をついて、ゴリが強引に畳みかけようと更に身体を捻り倒す。
ゴリの剛力と、その重量に、丸太がミシミシと悲鳴をあげる。
(や、やばいやばい! 負ける!?)
完全に浮き上がってしまった上半身を戻せず、焦るマサト。
誰もが勝負あったと思った刹那――
「ダメーー! マサト負けちゃメーーーー!!」
ネネの一際大きな声援がマサトの耳へ届いた。
(ああ! そうだ! ネネとの約束っ!! くっそ、一か八かだ!!)
マサトは息を大きく吸い込むと、それを大きく吐き出すのと同時に、ありったけの力をフル動員させた。
「っらぁあああああああ!!」
「ンググッ!?」
マサトの気合の篭った雄叫びは、周囲の空気をビリビリと振動させた。
突然の
それは、ピクリと僅かに数ミリ動いただけの影響だったが、マサトの突発的な巻き返し技の流れを作るには十分だった。
少しでも腕の動くベクトルが変われば、後はその流れにそって力を込めるだけである。
「ぉらぁあああああ!!」
「ゴフフフゥウウ!?」
ゴリの肺から、今まで溜め込んでいた空気が漏れる。
そして――
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
勝敗が決した。
「勝者ぁあ! マサトぉおおお!!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
丸太で腕をだらんとのせながら、互いに肩で息をする二人。
だが、二人の表情は、互いに全力を出し切ったという満足感に満ちていた。
二人は、改めて熱い握手を交わす。
「ゴ、ゴリさん、めっちゃ強いですね…… 本当に良い勝負でした」
「良い勝負だった。また、やろう」
名勝負を繰り広げた二人を讃える村人達。
そして、いよいよ次は決勝戦。
最後の相手は、前回3位の――
「剣牙獣の肝は私の物だ。相手が誰でも容赦はしない」
レイアだった。
「レイア、良く勝ち残れたね」
「見くびるな。この里でも3番目に強い」
「そっか。それは凄い」
「ちっ、ゴリとガルに勝ったから、私程度、楽に倒せると思ってるんだろう。だが、私には秘策がある。お前には負けない」
「……秘策。秘策なのに秘策があるって言っちゃっていいの?」
「ぐっ…… う、うるさい! ガル! 早く準備しろ!」
「んぁ? 相変ぁわらずせっかちな姉ちゃんだぁぜぇ。おぉーし! 決勝戦やるぞぉおお!!」
「「おおおおおお!」」
丸太の上で、レイアと手を組み合う。
そして、前屈みになるレイアの谷間が、マサトの目の前に晒された。
レイアが身体を動かす度に揺れ、前屈みになったことで緩くなった襟元に、ちょっとした動作でふわっと隙間ができる。
(あ…… み、見えそうで…… 見えない……)
「よぉーし! いくぞぉ……」
ガルが合図の間を作り――
「ゴーッ!!」
という合図とともに、レイアが徐に左手を胸元へ持っていった。
そして、見えそうで見えないを演出していた襟元を、ぐいっと広げたのだった。
「ぶぅっ!?」
見える先端。
吹き出る肺に溜めた空気。
抜ける力。
倒れる腕と揺れる乳。
剣線の如く高速移動する先端。
その先端に吸い寄せられるように動く視線――と、重心。
「「「おおおおおおおおお!!」」」
気が付けば、マサトの腕はレイアに倒されていた。
(し、しまった…… 完全に罠にハマった……)
レイアは襟元を正しながら、丸太の上で放心状態となるマサトへ、こう告げた。
「これが、お前の弱点だ」
「悔しくはないけど、凄く情けない……」
「剣牙獣の肝は貰っていく」
「は、はい……」
「もぉーーーー! なんでマサト負けちゃったのーー!!」
そんなマサトへネネが駆け寄り、マサトのお尻をぺしぺしと叩く。
そしてトドメの一言――
「レイアのおっぱいに見惚れてるからだよ! そんなにママのおっぱいが恋しいなら、ネネのあげたのに!!」
「うがぁっ…… ネ、ネネちゃん、ち、違」
「ガハハ! ネネに言われちゃぁ立つ瀬ねぇなぁ」
「あははは、マサトさん、おっぱい大好きなんですねぇええ!? ボクも大好きですよぉおお!?」
「ちょ、そ、それ以上は止めて…… し、死んでしまいます」
「もう、男は本当にスケベなんだからー! ネネ知らない!!」
「ガハハハ!!」
「あはははは!!」
「ごふ……」
結局、剣牙獣を討伐してきた当人の権利として、剣牙獣の肝が別途確保されていたので、それをネネにあげることで、ネネとは仲直りした。
レイアは念願の肝を手に入れられて、凄く幸せそうだ。
「あの香辛料を付けてみようか、いやこっちにしようか」とか、「いやいや、まずは素材の味を味わってから」と、何やらブツブツと呟いている。
そんな哀愁漂うマサトの隣には、酔っぱらって人格の変わったポチが、おっぱいについて熱く語っていた。
(里の女性陣の視線が痛い……)
まだ宴は続く……
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