8 -「剣牙獣のテリトリー」

 4m程の高さの崖を登っていく。


 崖を登りきり、振り返るとそこには大森林が広がっていた。


 見える範囲では、人が住むような村は見当たらない。



(マジですか…… この光景、結構ショックがデカイんですが……)



 暫しの間、呆然と立ち尽くす。



(大森林で異世界サバイバルしろってことか…… まぁ…… ゴブリン召喚できるからいいけど……)



 軽く絶望しながらも、道に迷わないように、拠点へと続く川に沿って歩き始める。


 もう少し上流に行けば、見渡せる領域も増える。


 そしたら何か見えるかもしれない、という淡い希望を持つことにした。



(こうも木々ばっかりだと、さすがに気が滅入ってくるなぁ……)



 案内ゴブを先頭に、マサト、狂信ゴブの順に並んで歩く。


 拠点付近の木々よりも、崖上の木は総じて背の低めな木が多く、葉は青々としている。


 途中、案内ゴブが安全と判断した木の実や、一見美味しそうな果実を採取しながら、上流へと進んでいく。


 少し進むと、周囲の木々に変化が見られた。



(これ…… 嫌な予感しかしないな……)



 それは、マサトの不安を煽るのに、十分過ぎる内容だった。


 幹が途中で折れて枯れているものや、幹に虎が爪を研いだような傷跡が残っている。


 案内ゴブを呼び止め、引き返すよう指示を出そうとして止まる。


 マサトが指示を出すよりも先に、案内ゴブが歩みを止めたからだ。


 案内ゴブは迎撃態勢をとりながら、少しずつ後ずさる。


 案内ゴブの意識が伝わってきた。


 獰猛なビースト種が、すぐ先の茂みから、こちらの様子を窺っていると……



(や、やばいやばいやばい!!)



 不意に横の茂みから、猪でもない虎でもない、剣先のような鋭利な牙が前方に突き出た、ME世界では比較的著名な「大牙獣」と言われるビースト種が、マサトに向かって突進してきた。


 「大牙獣」は総じてステータスの高いモンスターだ。


 その群生地によって、様々な呼び名と特殊能力を持つ、とても厄介な中型モンスターだが、何の大牙獣までかは分からなかった。



 しかし、これだけは言える。


 奴らは今この場に複数いる。


 そして、その全てが、ここにいる俺らより純粋なステータスで上回っていると!



(逃げろ逃げろ逃げろ!!)



 突進してくる大牙獣を横っ飛びで躱し、ゴブ達に撤退の指示を出す。



「全員撤退! 撤退ィッ!」



 案内ゴブが、俺に突進してきた大牙獣をすり抜け様に斬りつけた。


 標的を俺から案内ゴブに変える大牙獣。


 案内ゴブの背後からは、更に大牙獣がもう1体飛び出してくる。


 俺は狂信ゴブを急かすように、来た道を無我夢中で走った。


 しかし、俺と手足の短いゴブリンでは、走るスピードも当然違う。


 ゴブリンの走る速度は、あまり速くなかった。


 結果、先頭を走っていた狂信ゴブに、すぐ追いついてしまう。


 背後に大牙獣が迫る。


 すると、狂信ゴブが何かを叫び、案内ゴブがそれに応じた。


 そして、頭に流れてくる意識。


 その内容に、俺は胸を押し潰されそうになった。



『囮に、なる。ボスは、逃げろ』



 それは、召喚モンスターにとっては、主人を守る至極当然の行動だったのかもしれない。


 だが、実際に守られる立場になると、そこに生じる感情はまた別の物だった。



「くっ…… すまない! 必ず生きて戻れよ!!」



 狂信ゴブと案内ゴブが左右に分かれる。


 それと同時に、追ってきた大牙獣もそれぞれ左右に分かれた。


 だが、その更に後方にいたらしい1体が、そのまま脇目も振らず俺を追ってきた。



(クソッ! まだいたのか! このままこいつらを拠点まで引き込むか?ここで迎撃した方がいいのか? どうする? どうする!?)



 考えがまとまらない。


 だが、悠長に考えている時間もない。


 もし2体以上が追ってきていた場合、俺の攻撃呪文を駆使しても、マナ切れで倒しきれない可能性が出てくる。


 そこまで瞬時に考えたマサトは、そのまま決断した。



(やっぱどう考えても、数相手には勝てないでしょ!となると、拠点まで引き込んで総力戦だ! ゴブ達全員で立ち向かえば何とかなるよな!?)



 無我夢中で森の中を駆け下りる。


 すぐ背後には大牙獣。


 恐竜のような面構えに、虎のような肉体を持ち、入り組んだ森の中でも俊敏に動いてくる。


 顔や頭部の皮膚は硬く甲殻化しているようで、まるで何かの仮面を被っているようだ。


 時折、前方に突き出た鋭利な牙が、木の幹や蔦に絡まったりしているが、その度に強引に引き千切ったり引き裂いたりしながら突き進んでくる。


 牙というより、サーベルを2本、前に突き出してるという表現の方がしっくりくるくらいに鋭利だ。


 大牙獣の体格は、早朝に戦ったジャガーよりも一回り以上大きい。


 ジャガーの時のように、チョークスリーパーで絞め殺すような力技は無理だろう。



(早く早く早くっ!!)



 崖が見える。


 拠点の真上にあたる崖だ。


 下は滝壺。


 高さは4m程しかないため、このまま飛び降りても大丈夫なはず!


 追ってくる大牙獣を最大限引きつけ、そのまま滝壺へ飛び降りた。




 ドボォオオオン!!


 ――バダァァアアン!!




 滝壺の底から、腹から落ちてきたであろう大牙獣を見上げる。



(これなら殺れる!)



 急いで浮上し、水面から顔を出す。



「その獣を陸に上げるな! そのまま全員で仕留めろ!!」



 何事かと警戒していたゴブリン達が、一斉に動き出した。


 大牙獣は泳ぎが苦手なのか、それとも腹を殴打した衝撃からか、上手く泳げていない。


 幸い、この滝壺は陸から1mもしないところで一気に水深が深くなる形状をしていたため、ゴブリン達は木の棒や石を使い、大牙獣を上手くやり込めることが出来ていた。


 陸に上がると、見ゴブ1から木の槍を貰い、大牙獣へと近づく。


 そして木の槍を逆手に持ち、大牙獣の開いた口へと勢いよく槍を突き入れた。


 大牙獣は短い悲鳴をあげ、口に入った木の槍を出そうともがいたが、見るからに泳ぎの下手な大牙獣が水中でそんな器用なことができるはずもなく、大量の水を飲みながら沈んでいった。


 少し惨い倒し方だったが、不思議と忌避感はなかった。


 その前に殺されそうになったからだろうか……



 まずは1匹。


 拠点側の戦力は、ゴブリン4体と卵一つ。



< 今の拠点戦力 >

* 木偶ゴブ 4/3(木の棍棒 +1/+0)

* 紅蓮ゴブ 2/2

* 見ゴブ1 1/1 (木の槍 +1/+0)

* ゴブ1 1/1

* レッサードラゴン 0/1



 見ゴブ1には予備の木の槍を、木偶ゴブには太めの木の棒を改めて装備させた。


 少しして、水辺から緑色の淡い粒子が舞い上がり、マサトの胸へと吸い込まれていった。



<ステータス>

 紋章Lv2

 ライフ 40/40

 攻撃力 2

 防御力 2

 マナ:(緑×2)

 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 武器:なし

 補正:自身の初期ライフ2倍

    +1/+1の修整

    召喚マナ限界突破5



(あの大牙獣1匹で緑2マナか…)



 ふとポケットに入れてあった猩紅しょうこう色のダイヤモンドを取り出す。


 猩紅色のダイヤモンドは、全体が紅色の輝きを放っていた。



[SR] 猩紅色のダイヤモンド (2)

 [マナ :(赤)]

 [マナ生成(赤)]

 [生贄時:マナ生成(赤x2)]

 [耐久Lv1]



(よし、マナが回復した!)



 MEでの1ターンは、この世界だと大体24時間なのだろう。


 これで3マナを自由に使える。


 3マナでゴブリンの戦士長を召喚するか、更にマナカード2枚足してゴブリンの参謀長官を召喚するか……



(これは…… 迷うな…… どうすっか……)



 マナカードの追加を1枚に留めて、ゴブリンの首長を召喚してもいい。



(選択肢が多いと迷うんだよなぁ……)



 俺は濡れた衣類を干してから、一端洞窟奥の寝床へと移動し、次の召喚をどうするか考えることにした。



[UC] ゴブリンの戦士長 2/2 (赤)(2)

 [攻撃時にゴブリン一時強化+1/+0]

 [召喚時:ゴブリン1/1召喚1]



[R] ゴブリンの参謀長官 3/3(赤)(4)

 [召喚時:ゴブリン1/1召喚4]



[R] ゴブリンの首長 2/2 (赤x2)(1)

 [ゴブリン持続強化+1/+1]



 マナカードは残り7枚。



(やっぱり、ここでマナカードを使うのは後の不安が大きいな…… よし、戦士長を召喚しよう)



 戦士長には、「攻撃時にゴブリン一時強化+1/+0」という能力がある。


 これは、戦士長が攻撃に参加した際に、ゴブリンの攻撃力を一時的に強化するという能力だ。


 首長も、ゴブリン全体を常時強化する能力があるので迷ったが、先ずは前線で戦える戦力が一人でも多く欲しかったため、戦長を優先した。


 戦士長には、ゴブリン強化能力の他にもう一つ「召喚時:ゴブリン1/1召喚1」という、手下のゴブリンが1体追加で付いてくる能力も持っていたからだ。


 今は、一体でも多く、即戦力となるゴブリンが欲しかった。


 それに、戦士長と名が付くだけあって、白兵戦には強いはず……



「ゴブリンの戦士長、召喚!」



 紅く輝くダイヤモンドを握り締め、胸から溢れる魔力マナの流動に身を任せる。


 紅色の粒子と緑色の粒子が、空気中で混ざり合う。


 空気中を舞っていた光の粒子達は、ふわふわとマサトの目の前に集まると、たちまち2つの人型へと姿を変えた。


 人型を形取っていた粒子が、パァーッと再び空気中へ霧散すると、そこには、防具に身を包んだゴブリンと、ゴブ1と同じような服装をしたゴブリンが姿を現した。


 前者は、刃渡40cm程のククリナイフのような武器を持っている。


 後者は、ゴブ1同様、短剣を持っている。



 これで、こちらの戦力はゴブリン6体+卵一個だ。


 ゴブリンの戦士長は戦長ゴブ、もう1体はゴブ1と同じ感じだったのでゴブ2と呼ぶことにする。



< 今の拠点戦力 >

* 木偶ゴブ 4/3(木の棍棒 +1/+0)

* 戦長ゴブ 2/2

* 紅蓮ゴブ 2/2

* 見ゴブ1 1/1 (木の槍 +1/+0)

* ゴブ1 1/1

* ゴブ2 1/1

* レッサードラゴン 0/1



 大牙獣のステータスを、少なく見積もって 3/3 だとすると、3体までなら相打ち覚悟で倒すことができる戦力だろう。


 俺以外は全滅する可能性が高いが……


 VRだと、PS(プレイヤースキル)が影響するため、計算通りにいかないことが多い。


 だけど、そこは出たとこ勝負で運に賭けるしかないだろう。


 こんなことであれば、俺も兄に鍛えてもらうんだったと少し後悔した。



(そういえば、案内ゴブと狂信ゴブは大丈夫だろうか……)



 大牙獣を警戒しながら彼らの帰りを待ったが、結局どちらも現れずに1日が終わっていった。

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