2 -「異世界1日目:初戦」
目の前に浮かぶ半透明のウィンドウ。
そこには『グリムワールドに、召喚されました』とのメッセージが表示されていた。
(あれ…… 俺VR中だったっけ……?)
ボーッとしつつも、VRプレイのときと同じ要領でステータスと念じてみる。
すると、再び半透明のウィンドウが目の前に表示された。
(MEだ…… よな? でもなんか前に見たメニューと違うような…… アップデートで変わったとかかな)
メニューウィンドウには、手札やデッキの項目がなく、その代わり所持カードという項目があった。
所持カードのリストの上には『解放デッキ:なんちゃってゴブリンウィニー』と書いてある。
(懐かしー。ゴブリンデッキかぁ。このデッキで1回も勝ったことなかったよなぁ)
昔使っていたデッキにふと懐かしさを感じる。
因みに、デッキ名は兄が名付けたものだ。
VRの登録や設定もほぼ兄に任せていたので詳しいことは覚えていないが、VRにはデッキ名を登録できるシステムがあったと記憶している。
兄はVRができる以前から自分のデッキに名前をつけるのが好きだったので、VRじゃなくとも何かしら名前がついていたと思う。ネーミングセンスはさておき……
更に色々調べていると、バトル開始時でなければ表示されないマナ表示も、すでに表示されていることに気付いた。
(え? マナ表示? ということは、既にバトル状態?)
周囲を見回すが、周りには木や草しかない。
MEでは、手札のマナカードを消費したり、モンスターが死んだときに発生するマナを吸収することで、マナを増やしていくシステムだったはずなのだが……
やっぱり新しくアップデートされた新モードか何かだろうか?
(いや、ちょっと待てよ…… 俺はヘッドギアを装着してなかったはず)
そもそも俺はさっきまでMEのカードを見ていただけだったはずなのだ。
現にログアウト表示も見つからない。
(な、なんだこれ……)
訳がわからない。
下を見れば、先ほどまで着ていたTシャツにジーンズとスリッパが見える。
(え? なに? 新機能? 現実世界の服装もゲーム内アバターに反映できるようになった? ……いやいや、そもそもヘッドギアしてなかっただろ。あ、もしかして…… ヘッドギアなしでもVRできるようになったとか? カード見るだけでVR世界へダイブ! って、んな訳ないか ……な、ないよな?)
混乱しつつも、VRのときの要領でステータス表示を念じる。
すると半透明のウィンドウが表示された。
<ステータス>
紋章Lv1
ライフ 40/40
攻撃力 2
防御力 2
マナ:(虹)
加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
装備:なし
補正:自身の初期ライフ2倍
+1/+1の修整
(初期ステータス…… ってか、普通にステータス表示できるじゃん。やっぱりVRか…… いや、でもVRならどうしてヘッドギア付けずに…… もしかして記憶がないだけでヘッドギア付けてたとか? あー、ダメだ。頭がパンクする!)
ステータス表示を見ながら混乱するマサト。
残念ながら、頭を使うことに関しては全くのポンコツだった。
(はぁ…… ま、深く考えても仕方ないか。ログアウト出来ないVRに入ったと思えば…… いやいや、それ何てデスゲーム!? ヤバくね!? このライフ0になったら、本当にどうなっちゃうの!?)
ようやく事態の重さに気が付き始め、急に不安になっていく。
もし有名な小説であったようなデスゲームならと、昔の記憶を思い出しながら、ステータス表示の内容を一つずつ噛み砕いていった。
(紋章Lv1ということは…… 確か、召喚できるのは召喚コスト最大4以下という制限が…… あったような気がする。そうだ、確か最初から大型の召喚出来ないんだったはず。で、紋章Lvを上げるには、その分モンスター倒して、そのマナを吸収しなければいけないと)
紋章とは、『加護』表示にある『マナ喰らいの紋章「心臓」』のことだ。
『補正』表示にある『自身の初期ライフ2倍』『+1/+1の修整』は、この紋章の効果を表している。因みに『+1/+1の修整』とは、攻撃力を+1、防御力を+1するという意味になる。
『ライフ』表示にある 40/40 は、左が現在のライフ、右がライフ上限値を表している。マナ喰らいの紋章「心臓」の加護により、ライフが2倍になっているので、元の数値は 20/20 だ。
マナには、それぞれ火(赤)、水(青)、自然(緑)、闇(黒)、光(白)、無といった属性があり、その属性の色が括弧書きで、必要なマナ数は[×数字]で記載される。
具体的には以下だ。
例)
・火のマナが、1マナ必要な場合 → (赤)
・自然のマナが、2マナ必要な場合 → (緑×2)
ただし、無のマナについては、「他のどの色のマナでも、無のマナとして代用とできる」という利点もあり、表記ルールが少し変わっている。
例)
・火のマナが1マナ、無のマナが2マナ必要な場合 → (赤)(2)
この場合は、火のマナが3マナでも詠唱が可能になる。
勿論、火のマナが1マナで、水のマナが2マナでもいい。
ステータスの『マナ』表示にある(虹)マナは、全ての色マナに対応できる特殊マナだ。
取り敢えず、俺はこの(虹)マナで、召喚が出来るか試してみることにした。
(1マナでいつも最初に召喚してたのは確か…… あった)
[R]ゴブリンの道案内役 2/2(赤)
[R]は、レアリティ表記で、MEでは以下のレアリティ段階が存在している。
C:コモン
UC:アンコモン
R:レア
SR:スーパーレア
UR:ユニークレア
Cが一番低く、URが一番高い。レアリティが高いほど強力なカードが多くなっている。
その分、排出確率が低く、強力なURは1枚で数万円の値がつくのが常だった。
更にそのカードがホログラムだと希少価値が付き売値が倍々に……
因みにURについては、場に1体しか存在できないユニークルールが設けられている。
レアリティ表記の隣がカード名、真ん中の 2/2 は、このクリーチャーのパラメータを表していて、左が攻撃力、右が防御力だ。
(赤)は、召喚に必要なマナである。
まとめると、こんな感じになる。
・[R] → レアリティ
・ゴブリンの道案内役 → カード名
・2/2 → 左が攻撃力、右が防御力
・(赤) → 召喚に必要なマナ
因みに、カードには「マナカード」「モンスターカード」「
マナカードは、文字通りマナを生み出すだけのカードで、この種類のカードだけは、デッキに入れられる枚数制限が存在しない。
とはいえ、デッキ構築は総数制限があるので、最大でも60枚しか入れられない。そのため、他のTCGでたまに見かけるバベルデッキ——デッキを塔のように大量に積んだタワーデッキ——のようなロマンデッキは、MEでは存在しなかった。
モンスターカードは、プレイヤーの代わりに戦ってくれるモンスターを召喚するカード。
そして
説明が長くなってしまったが、カードの種類はこんなところだろう。
「よし、やるか」
さっそく召喚詠唱を開始する。
……と言っても念じてカード名を叫ぶだけだが。
「ゴブリンの道案内役、召喚!」
マサトの言霊に、空気中の
たちまち淡い紅色をした光の粒子が目の前に発現すると、瞬く間に人の形を形成するように集まり始めた。
光の粒子が霧散すると、そこに子供の身長くらいの人型モンスターが立っていた。
緑色の肌で、耳は尖っており、鼻が大きい。
はっきり言って醜悪な容姿をしている。
(カードイラストの頃は良かったけど、VR化された実寸大のゴブリンを初めて身近で見たときは、素でドン引きしたりしたなぁ…… でも、一度でも仲間として使うと物凄く愛着がわくんだよな。種族として弱いから、余計に情がわくというかなんというか)
そんなことを考えながら、ゴブリンのステータスを確認する。
[R]ゴブリンの道案内役 2/2
[攻撃参加時:不運な遭遇Lv2]
(不運な遭遇……? あ、こいつデメリット持ちだったのか…… 見落としてた。えーっと、確か…… 能力は、攻撃参加時に対戦相手の山札の一番上を公開して、それが2マナ以下のクリーチャーカードだった場合は、そのまま場に出てきちゃうギャンブル系のデメリットだったはず)
嫌なデメリットだったよなぁと召喚した後に、少し後悔するマサト。
マサトにとっては、デメリットにしか感じなかったその能力も、TCGに精通した者であれば捉え方は変わる。
対戦相手の山札の1枚目を見れる、つまりは次の手札のカードが見れるということになる。
それは、紛れもないメリットである。
だが、対戦相手のカードが見れたところで、対応の仕方が分からないマサトからして見ると、何のメリットにもならない。
とはいえ、(赤)マナの2/2はコストパフォーマンスも良いので、それだけでも十分有能であることは間違いなかった。
(これで戦力は増えたけど、これからどうするかなぁ。ここに居ても仕方ないし、取り敢えず探索するか)
この場にジッとしていても始まらない。
仕方なく周囲を探索することにした。
道なき道を、草木を掻き分けて進む。
どこを目指せばいいのかも分からないため、取り敢えず進みやすい道を選んで、進むだけ進んだ。
すると、先を歩いていたゴブリンが、何やら手招きし始めた。
(なんだろ? 何かあるのかな? 取り敢えず付いていくか)
ゴブリンの後を追うように森の中を歩くこと数分……
事件が起きた。
それは突然やってきた。
大きな岩の塊を横切ろうとした瞬間、黒い影が横から飛び出してきたのだ。
それは亀の頭のような何かだった。
歯のない口を大きく開け、凄まじい速さで、首を伸ばして迫ってきていた。
条件反射で体を引いて避けようとしたが、その口は的確に追尾してきた。
結果、横っ腹を豪快に噛み付かれてしまった。
「ぐふぇっ!?」
想定外の展開と、予想を上回る凄まじい衝撃に、口から変な声が漏れ出る。
咄嗟に脇腹に食い込む亀の口に手を突っ込み、口をこじ開けようとするがビクともしない。
噛み付かれたまま、左右に勢い良く振られ、そのまま地面へ叩きつけられた。
勿論、頭から。
「うがぁっ!? い、痛ってぇえ!」
(いででででっ!? な、何!? 何で痛いの!? VRでの痛覚伝達は法律で禁止されているはずでしょ!? いづ、痛いって!?)
徐々に強くなる痛みに、まずいと察し、焦る。
(な、何か手は…… そ、そうだ!)
右手を亀の眼に翳し、このME世界にて、最もポピュラーな攻撃呪文を唱えた。
「 《 ショックボルト 》!」
手の平に一瞬桜色の閃光が走り、バリバリバリィイッッ!!という轟音とともに、紫電が右手から亀の眼に向けて走る。
紫電は亀全体に広がり、亀は全身を硬直させた。
だが、まだ噛み付いた口は開かない。
無我夢中で、二発目のショックボルトを放つ。
「 《 ショックボルトォオオ 》 !!」
バリバリバリィイッッ!!と轟音とともに、再び紫電が走る。
そして、甲羅の隙間から舞い上がる白い煙。
流石に効いたのか、亀は全身を再度硬直させた後、その巨体を地面へと打ち付けた。
そして力なく倒れる頭部と一緒に、マサトも地面へと再度打ち付けられる。
「ぐふっ! くっそ、開けぇえこの口ぃい!!」
亀の口をこじ開けてなんとか脱出する。
周辺には、肉の焼ける匂いが漂っていた。
少し青臭い。
(……ん? もしかして、嗅覚がある? え? 嗅覚まであるの!?)
さっきも確かに痛みを感じた。
(現実離れしているけど、やっぱりVRじゃない? 現実? そんなばかな…… ちゃんとステータスだって確認できるのに)
<ステータス>
紋章Lv1
ライフ 39/40
攻撃力 2
防御力 2
マナ:0
加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
装備:なし
補正:自身の初期ライフ2倍
+1/+1の修整
(あ、ライフが1減ってる)
きっと痛みを感じたときだろう。
(これ、ライフが0になった瞬間、やっぱり死ぬ? 痛みがあるってことは…… いや、ライフが1減るだけであの痛みってことは…… ライフ0になる痛みって死ぬ程の痛みを味わうってこと? そ、それは、もうVRじゃなくね? ……え? VRじゃないとしたら異世界? い、いやいや、まさかまさか)
せめてVRで、これがデスゲームであれば、ゲーム外にいる人達が何とかしてくれるんじゃないかという淡い期待を持てるが、異世界転移となると話は変わってくる。
助けが来る可能性はゼロ。
そして何もしなければ、やってくるのは死だけである。
(もしかして…… あ、味覚もある。痛覚もある。肌を触れば感触も…… 現実と変わらない…… ど、どうする? VRじゃなくて、ここが異世界ならどうしたらいい!?)
マサトが不安に頭を抱えていると、亀から淡い光の粒子が舞い上がり、ふわふわと空中を泳ぎながら近付いてきていた。
振り払おうとするも、光の粒子は腕をすり抜け、マサトの胸へと移動し、消える。
すると左胸の心臓部分が仄かに温かくなった。
Tシャツを脱ぐと、左胸にマナ喰らいの紋章がしっかりと刻まれているのが見える。
(紋章…… タトゥーみたいでカッコいいな……)
「はは…… はぁ」
乾いた笑いが出た。
どうやら倒した敵のマナを奪うルールはそのままらしい。
その状況が、ここがVRなのか、それとも異世界なのか、その境界線をあやふやにしてくる。
(取り敢えず…… VRのような異世界だと思っておこう。よし、そうしよう! 悩んで不安になるの終わり! 終わり終わり!)
マサトは頭が足りない分、順応性が高かった。
前向きだとも言える。
不安で悩む事があっても、寝れば忘れるくらいには能天気でもあった。
浅慮とも言えるが……
ステータスを確認すると、マナが(赤)となっていた。
MEでは、倒した敵の魔力(正確には召喚コストの色マナ分だけ)を吸収できるルールだ。
さっきの亀が、MEでも比較的ポピュラーなモンスター「岩陸亀」であるなら、召喚コストは確か(赤)(2)だったはず。
それなら色マナである(赤)だけ吸収できたことになり、辻褄はあう。
(ん、そういえばショックボルトを2回連続で撃てたよな……)
MEでは、所持マナを超えて呪文を唱える場合は、手札にあるマナカードを消費しなければならなかったはず。
(もしかして手札=所持カードになってる? いや、待てよ…… ということは、所持カードがなくなるとどうなるんだ? もしかして、何もできなくなったり? ……それは避けたいな。デッキは60枚構成で、同じカードは4枚までしか入れられなかったはず…… となるとショックボルトは多くても残り2枚か)
所持カードを確認しようとすると、ゴブリンが何やら訴えてきた。
(おっと、なんだろう?)
薄っすらと意識のようなものが伝わってくる。
(え? 食料? この亀が?)
肉の焼けた匂いに食欲が刺激されたのか、腹が鳴った。
(やっぱり…… 空腹も感じるの?)
これは本格的に異世界だと割り切った方がいいのかもしれない。
元の世界に帰れないということは、このモンスターだらけの世界でサバイバル生活をしないといけないという事になる。
これからのことを思うと、軽く目眩がしてきた。
そして急に心細くなる。
(モンスターが蔓延る世界でサバイバルするなら…… もっと護衛が欲しいな……)
目まぐるしく上書きされていく不安と思考に区切りをつけ、マサトはさっきのバトルで得たマナを元手に、迷わず追加のゴブリンを召喚することにした。
(まぁ、不安になったところで何も解決しないし、いつも通りマイペースでいこう)
人並みな不安は感じるものの、良くも悪くも長続きしないというのがマサトの短所であり、長所だった。
こうして、マサトの長い長い異世界生活が幕を開けた。
――――――
▼おまけ
【R】
「奴が案内役? ハッ! それは笑える冗談だ! だが、案外、地獄への道案内役としてなら適任かもしれないぞ?――ゴブリン狩りの冒険者ハンス」
※近況ノートにカード挿絵あり 2022/12/12追加
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