マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜(WEB版)

飛びかかる幸運

1 - 「異世界転移前」

「やりたいことがあるなら、好きなだけやればいい」



 それが兄と交わした最後の言葉だった。


 ある日の夜を境に、兄は突然姿を消した。


 兄は、世界で最も人気のあるトレーディングカードゲーム型VR「マジックイーター(Magic Eater :通称ME)」の世界王者だった。



 そう、行方不明になる前までは――



 兄の経営するカードショップは、現役世界王者が経営するという話題性もあり、とても繁盛していた。


 日夜、子供から大人までが訪れ、各々が店内にあるフリースペースでカードゲームを嗜む。


 それが、兄の店の日常風景でもあった。



 ――事件当日。



 実家の家に、警察から一本の電話がかかってきた。


 警察からは、兄の経営する店に、強盗が入った可能性があると説明された。


 店内の商品が全て無くなり、兄本人とは連絡が取れないとも。


 何か事件に巻き込まれた可能性が高いとも説明されたが、真相は解明されないまま月日だけが流れていった。



 ME現役世界王者の失踪は、たちまち各国のニュースに取り上げられ、その事件に世界中が騒然となった。


 それだけ、MEが世界共通の娯楽として人気があり、盛んだとも言える。


 衝撃的なニュースは、まだ続く――


 兄の事件は、その序章に過ぎなかったとばかりに、MEの現役世界ランカー達が、兄同様謎の失踪を遂げているという衝撃的なニュースが、世界各国で次々に報じられたのだ。


 この事実に、世界中のMEプレイヤーが戦慄した。


 中には、この事件を境に引退した世界ランカーもいた。


 様々な陰謀説が上がり、一部では世界大会自粛を望む声も高まった。


 だが、それも時が経てば、自然と皆の関心も薄れていく。


 加熱した報道も影を落とし始め、一時は開催延期も検討されたMEの世界ランキング戦も、厳重な警備の中、滞りなく行われた。


 そして事件から数ヶ月後――


 この事件は過去のものとなった。



 俺は兄から貰ったMEのデッキを見ながら、兄と共に遊んだときの記憶を思い出していた。


 MEで兄と遊ぶと言っても、世界王者である兄とでは、当然勝負にならないし、そもそも俺は自分のデッキを持っていない。


 だから、兄と遊ぶときは、毎回兄が趣味で作ったというネタデッキを貰い、それで対戦して遊んだ。


 ME初心者の俺でも、それだけで大いに楽しめたのは間違いない。


 その過程で、ドラゴンデッキやらゴブリンデッキ等、色々なデッキを貰ったのだが、兄以外とはプレイしたことはなく、今まで机の中に眠っていた。


 兄からは「そのデッキの中にはそれぞれ高額カードが数枚入れてある。間違っても捨てるなよ?」と言われたのを覚えている。



 TCG型VR「マジックイーター(Magic Eater :通称ME)」は、現実世界でカードを購入し、そのカードコードを端末に読み込ませることで、仮想世界での使用が可能になる ≪ 次世代トレーディングカードゲーム(TCG) ≫ だ。


 自身はヘッドギアを装着することで仮想現実世界(VR)に降りることができるが、通常のTCGと異なり、自身も剣や魔法を使って対戦相手と直接戦うことになるため、デッキ構築能力に加えて、ゲーム内での高度なプレイヤースキル(PS)が要求される。


 勿論、バトルをターン制にした|初心者モード(クラシックモード)も存在する。


 兄と戦うときは、PSの差を埋めるため、ほとんどがこの|初心者モード(クラシックモード)だったが……



 仮想世界では、自身がマジックイーターとなり対戦相手と戦う。


 マジックイーターとは、多種多様いる魔法使いの中でも別格の力を持つ者の別称という設定だった。


 生物が死ぬときに発するマナを取り込む紋章「マナ喰らいの紋章」を持ち、万物創造の力を得た超越者ともいわれる。


 彼らが死者の魔力を取り込む姿を見て、マジックイーター(魔力喰らい)と呼んだことが始まりだとか。こういう設定は昔から好きなため、意外と今でも覚えていた。



 マナ喰らいの紋章は、その紋章の出現位置により得られる加護が変わるのだが、実際は紋章の位置もカード化されており、プレイヤーはこの紋章カードを選ぶところから始まる。


 紋章位置は、額、目、舌、心臓、手、背、足の7種類存在し、それぞれ特徴の異なる強力な加護を持っている。


 俺が使っていたのは「心臓」で、加護は「自身のライフ2倍」「自身は+1/+1の修整を受ける」だったはず。


 初心者から玄人まで、幅広く使える安定の加護らしい。


 勿論、兄に言われるがままに使っていたので、どのくらい強いのかはわからない。


 だが、兄との対戦でもライフが50%切った状態で勝利することも多かったため、他の加護にしたら勝率は下がっていたはず。


 実際には、紋章カードによって適したコンボデッキを構築するのが基本となっているが、俺にコンボデッキは難し過ぎた。



 ――窓から射し込んだ日差しにより、僅かに舞い上がった埃がきらきらと光る。



 今は使う機会がほとんどなくなった勉強机にカードを並べながら、俺は傷汚れ防止スリーブに入った「マナ喰らいの紋章:心臓」カードを眺めていた。


 そのカードは、他のカードデザインとは異なり、イラスト側がホログラムとなっていて、とても豪華に見える。


 兄曰く、とあるイベントで貰った、世界に1枚しかない超レア物らしい。


 店に飾ると、売ってくれと客が煩いのであげると言われて貰ったやつだ。


 ふと、デッキを入れてあった箱の隅に、真っ黒のスリーブに入ったカードが目に付いた。



(これ…… なんだっけ?)



 不思議なことに、両面真っ黒のスリーブで中身が全く見えない。


 仕方がないのでカードを取り出して見ると、カードには幾何学模様が描かれており、その下には何やら文字が書いてあった。


 その文字は日本語ではなかったが、不思議と読むことができた。



「我、次元の叫びに応え、自身を生贄とし、グリムワールドへの召喚に応じる」



 グリムワールドとは、MEでの次元の1つだったような気がするが、それ以外に説明の記載はない。



(これは何のカードなんだ? こんなの持ってた記憶ないけど……)



 悩んでいると、突然身体から光の粒子が溢れ出した。



「うおっ!? なっ!? なにこれ!?」



 ここは現実世界。


 突然身体から光の粒子が発生するという仮想世界のような現象なんて考えられない。


 眼の錯覚かと思い、しきりに眼を擦るが、光の粒子は止まらないどころかたちまち激しくなっていき――


 最後に視界に入ったのは、手に持っていたカードから幾何学模様が飛び出して、自分の顔目掛けて迫ってくる映像だった。



 こうして、俺も兄同様、この世界から姿を消した――

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