スニーカー大賞受賞から出版までのエピソードとか自分語り
水鏡月 聖
第1話 この賞を捧ぐ
「もうだめかもしれんって。覚悟しとけよ」
実家を離れて暮らしている僕のところに電話をかけてきたのは実家で母と二人で暮らしている兄だった。
その電話を受けてすぐに病院に駆け付けた。妹と合わせて兄弟三人が一度に顔を合わせる機会では最近はずいぶんと減ってしまって、これはいつぶりのことだっただろうか。
病院に集まったもののコロナの影響で母に会うことはできなかった。
兄弟三人でしばらく言葉を交わし、家に帰った。
兄から再び連絡があったのはその夜の明け方近くだった。
病院の入り口で出会った兄は一言
「さっき、心肺停止したって」
応募していた本作。〝僕らは『読み』を間違える〟がスニーカー大賞の最終選考に差し掛かっているときの話だ。
母が元気なうちに自分の本が出版されてそれを読んでもらうことが一つの目標でもあったのだが、とうとうそれはかなわぬ夢で終わってしまった。
読書が好きな母だった。
難病を患い、細かい文字を読むことが苦痛になっていたようだが入院中も常に枕元に本が置いてあった。昔は横溝正史や夢枕獏が好きで子供のころから母の本棚からそれらあまり子供にふさわしくないような本を読みながら大人になってしまった。将来小説家になりたいと語っていたのは確か中学生くらいのことだったと思う。
大人になるにしたがって器用に生きることばかりを覚え、現実的な生活を考えるようなってからいつしかその夢は消え失せ、僕は読書自体から離れている時期もあった。
再び小説を書き始めようと考えたのは今から6年ほど前のこと。もし、あの時書き続けてさえいればとっくにプロとしてデビューして母に自著を読んでもらうことができたのかもしれないし、あるいは人生経験の乏しい自分にはやはり叶わぬことだったのかもしれない。
とにかく、エンタメの好きな母で、難病のせいでコロナに感染するとまず助からないと言われていたにもかかわらず『鬼滅の刃』の映画を見に行くことは絶対譲らなかった。
母の出棺は『炎』の曲で送り出した。
母の納骨を終えた夜、編集者の方から連絡があり、これから最終選考が始まるという話を伺った。
それから約二週間後、本作の受賞が決まったとの連絡。
思えば、この受賞は亡き母が与えてくれたものではないだろうかと思う。
だからこそ、この与えられたチャンスは逃さぬよう気合を入れなければと心に誓っている。
何一つとして母に恩返しのできなかった自分ではあるけれど、せめてこの作品をなるべくいいものに仕上げ、母に誇れるものとしたい。
水鏡月聖のデビュー作は、母に捧ぐ
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