単発アルバイトで死ぬかと思った件

TJYM

一話完結

読者の皆様は単発アルバイトをご存知でしょうか。


一般的なアルバイトはコンビニや飲食店のレジ打ちや飲食物提供を行う、基本的には1年以上続けることの多い仕事のことを指すと思います。


単発アルバイトは、今ではワクチン接種などの大規模なイベントの開催ごとに募集され、最短で1日で終了する様な仕事です。同じ仕事を続けるのが嫌な人や手っ取り早くお金の欲しい人にはありがたいアルバイトだそうです。


基本的には簡単な会場設営や来場者の誘導などがメインの仕事となりますが、中には建設作業など重い作業を行うこともあり、また時には表向きの内容と実際の仕事が異なる場合もあると聞きます。


その単発アルバイトの中でも、今回は特に危険な話を紹介します。




Eさんは、友人の高校の時の先輩で、好きな時に働きたいと言って色々な短期アルバイトをしている方だったそうです。


ある日、Eさんは超大型イベントの運営スタッフバイトに申し込みました。多分アイドルのライブの運営だと思い、生でアイドルを見ることができると思い申し込んだそうです。無事アルバイトに参加できたはいいものの、実際の仕事内容は思っていたものと大きく異なりました。


当日、バイトスタッフはイベント会場の前で集合するように伝えられていました。会場前には合計50名ほどにもわたるスタッフが集まっており、今日のイベントがかなり大規模なものだと想像されました。Eさんは内心、やっぱり生アイドルに会えるのか、○木坂かな…!と期待に胸を膨らませていたそうです。


集合時間になっても仕事は始まらず、おかしいなと思いました。時間が過ぎて1時間経ってからようやく社員のような方が現れ、当日の指揮を始めました。


その方は自身を乙一と名乗り、スーツを身に付けていましたがどこか違和感のある装いでした。黒のジャケットとスラックスに白のワイシャツ、と一般的なスーツのはずですが、ネクタイが濃い緑でジャケットに横縞が走っているというように細かいところで一般からは少し外れている印象でした。


「すみません、お待たせいたしました。これより本日の勤務を開始いたします。それでは会場へ移動して下さい。」


誘導に従い中へと入っていき、勤務場所となる部屋へ行きました。移動した先は裏方の控室のような部屋で、Eさんはこれから会場設営をするのだろうかと思いました。


「それでは、勤務内容を説明します。本日はこのャヴィラの詰め込み作業をお願いします。」


と言い乙一さんは積み上げられていた箱から奇妙な手のひらサイズの物体を取り出しました。その物体がャヴィラ?だそうです。Eさんははっきりとその名前を聞き取ることができず、ャヴィラが一番近い発音でしたが正確には異なる発音だったそうです。


ャヴィラはシリコン状の白色の物体で、見た事のない形状をしていました。その形状は滑らかな曲線と急な曲線がいくつも組み合わさり、所々ぎざぎざとした縁の奇妙な小さい穴がいくつか空いていました。


その日の勤務内容はそのャヴィラを取手付きの透明な箱に入れ、続いて指定の大きな段ボール箱へャヴィラを詰め込むという作業でした。段ボールは6つあり、それぞれ①〜⑥の数字が割り当てられていました。


来場者対応などのアイドルと直接顔を合わせられる勤務内容ではなく、Eさんは期待外れに感じました。




仕事は淡々と進み、ひたすら箱にャヴィラを詰め込むだけの作業が続きました。これでは工場バイトと変わらないじゃないか、と落胆したそうです。


2時間ほど同じ作業を進め、飽きが回ってきたのでEさんは隣にいたバイトの方に話しかけました。


「詰め込み作業が始まって結構経ちましたね。どのくらい詰め込まれましたか?」


「まだあまり進んでいないですね。おお、かなり進められていますね。」


「シンプルな作業は得意なんですよ。あ、大学生をやっていますEです。」


「Eさんですか、よろしく。僕はフリーターをしています、Cと言います。今日はよろしくね。」


「よろしくです。結構飽きてきますねこの作業。」


「はは、そうですね。一体なんなんですかねこれ。見た事ないです。」


「どこに住んでるんですか?」


「僕は××です。フリーターなんで、あまり家賃の高い所に住めないんですよね。」


「僕も金欠なので、大学の寮に住んでます。東京って家賃高いですよね。」




他愛もない会話を交わしながら作業を進めていましたが、やはり飽きが回りEさんはトイレに行くふりをして会場内をぶらつき始めました。


周りを散策していると、Eさん達以外にも色々な業者が来ていることに気付き、会場設営や荷物搬入のスタッフが会場を歩いていました。設営スタッフはパーテーションや机などを大型の部屋へ運搬しているのが見えました。


またさらに進むと搬入口の様な広い場所に出て、そこで荷物搬入のスタッフは布で包まれたかなり大きな丸太の様なものを荷下ろしていました。


何となく一台のトラックに詰められている丸太の様なものとトラックの台数から荷下ろされる数を計算すると、ざっと200個近くになりました。一体何を搬入しているのかと疑問に思いました。アイドルのイベントだとしたら、抱き枕とか大きめの物販だろうかと思いました。


そうしてぶらぶらとしていましたが、あまり席を離れていると社員の人に見つかってしまうと思い、作業場に戻りました。




作業を再開して1時間経ったところで、乙一さんが部屋に入り数人スタッフを呼び出し別の部屋へ移るように誘導しました。その中にはCさんも含まれていました。


「別の作業ですかね。いいな、この単純作業から解放されて。」


「はは、悪いね、ではお先に。」




さらに数時間同じ作業を続けていて、流石に飽きに耐えられず、Eさんはまた部屋を抜け出しました。


何か面白いものはないかと歩いていると、何かメモ用紙のようなものが落ちていることに気付きました。


その用紙には、


「日本民族のうち、①身長180cm以上 ②IQ110以上。 マレー人のうち、③双極性うつ病評価尺度 260以上 ④DRD4-7R ホモ変異型。 ビルマ族のうち、⑤音楽的知能評価尺度 180以上 ⑥オキシトシン関連遺伝子 ホモ変異型。 」


という様な文章が書いていました。何のことだろうと思いとりあえずポケットに詰め込みました。




しばらく歩いていると、大きめのドアから妙なモスキート音や硬い物の削れる音が聞こえてくることに気付きました。


本能的に危険を感じましたが、単純作業の後で刺激に飢えていて好奇心に勝てず、周りを確認してからドアをゆっくりと開けました。


ドアの先には、かなり大きな部屋が広がっていました。いくつかのブースに分かれており、展示会を彷彿とさせました。中では先ほど聞こえた奇妙な音が響いており、Eさんは音を立てないように歩きました。




そこには、羽の生えた蟹のような生き物がいました。その生き物はャヴィラを触手の先に付いた鋏のようなもので掴んでいました。奇妙な生き物の正面にはCさんが座っていて、どうやら意識は無い様でした。


常軌を逸した場面に遭遇し、Eさんは思考がまとまりませんでした。呆然とその様子を眺めていると、その奇妙な生き物は鋏でャヴィラを操作する様な振る舞いを見せました。


するとャヴィラは二回りほど大きくなり、上下に二つに分かれました。その隙間から機械のアームの様なものが3、4本出てきて、その先にはメスやピンセットなど手術道具の様なものが付いていました。


ャヴィラはCさんの頭を切開し頭蓋骨をくり抜き、脳を露出させました。不可解なことに、切開によって血などは出ず、切開と同時に止血されている様でした。


その脳をャヴィラの別のアームが捉え、Cさんの頭から取り出しャヴィラの隙間のなかに取り込みました。取り込んだのちはャヴィラはまた元の大きさに戻りました。


Eさんは目撃した現象を理解できず、ただ立ち尽くしていました。呆然としながら見渡すと、他にも同じ様なことをしている異形の生物が何百体もいることに気付きました。


その内の一体がEさんに向かって歩き出し、Eさんははっと気を取り戻しとにかく逃げなくては、と後ろを振り返りました。


振り返った先には乙一さんが居て、そこで気を失いました。




気が付くと家に戻っており、先ほどのことは夢だったのかと思いました。Eさんはその後、ふと気付くと記憶が飛んでいて、行こうとした覚えのない場所に居るなどが時々あったそうですが、それ以外は今までと変わりなく大学生活を過ごしたそうです。ただ、短期アルバイトはもうこりごりだ、と言っていました。




そういえば、Eさんが単発アルバイトに行った2〜3週間後に、中国で世界最高の計算能力を有するスーパーコンピュータが開発されたそうです。


そのマシンスペックは、人間の脳に換算すると約200人分だそうでした。

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