死中活路
デーヴへ向かって飛び、その勢いのままに鋭利な爪で攻撃を仕掛ける。
それを避ける事無く受け止め、デーヴは不敵に笑う。
「ほう、驚いたぞ。あの人間至上主義者の巣窟たる教会が、よもやよりによって主人無き
貴様、何故存在が許されている?」
「色々あるんですよ、色々。それをお前に教える義理は無いし、何より、存在が許されていないのはお前達血族だろうに!」
荒々しい気迫を込めて更に高速化する爪撃を、冷や汗一つかかずにデーヴは受け流す。
先程よりも目に見えて大幅にパワーアップしたカーティだったが、それでも尚決め手に今一つ欠けている。
「見る事しか、出来ないのか……?」
両者の間に割って入って加勢しようにも、渦中に飛び込めば間違いなく巻き添えで無駄死にする事は容易に想像出来る。
しかし気付く。自分には銃がある。
「何もしない訳には、いかない!」
これで少しでも援護出来れば、とオミッドは物陰から銃を両手でしっかりと構えて発砲した。
当てる事など考えていない。というより、超高速度で移動する怪物に、拳銃の弾を当てる技量はオミッドには無い。
ただ、カーティの為に気を逸らすのが、オミッドの出来る最大限だった。
「これは……銃か? 銃だと!? ああ、なんと忌々しい!」
弾倉一つ分を撃ち切るも、やはり当たらない。しかし何故かデーヴは尋常ではない程怒り、射手の方を睨む。
射殺されそうな程鋭く睨めつけられ、恐怖にオミッドの身体が震え出す。が、その口元は薄く笑っていた。
「良い援護です、先輩! 喰らえッ!」
「ガァッッッ!?」
あまりの怒りに目の前で対峙していたにも関わらず、デーヴの眼中から消えていたカーティが大きく振りかぶった爪撃をガラ空きの横腹に叩き込む。
避ける事すら出来ず、大きな五本傷を負ったデーヴは横腹を抑えて距離を取る。
「余程銃にトラウマがあるようですが。駄目でしょ、ついさっきまで殺り合ってた相手の事忘れちゃ」
「ぐっ……ああ、おかげで目が覚めた。礼を言うぞ、執行官め」
忌々しげにカーティを睨む。
それを、意にも介さないと言うかのように振る舞う彼女だったが、その内心は穏やかではなかった。
(その辺の雑魚より治りが早い、もう傷が塞がってる……!
そりゃ、こんな怪物相手なら本部も侯爵クラスの討伐やるとなったら精鋭を集中させますよ……。
ていうか、何で上は此処に私しか送り込まなかったんですか!?
もしかしてアレですか? 前、私が単独で伯爵狩ったからイケるとか思われてます?
にしたって
横腹に負った傷からの出血がもう止まっている事に気付き、カーティは血族の厄介さを再確認し、ついでに聖輪隊上層部への不満を噴出させていた。
一方で。更にもう一本出現させた血の剣を構え、デーヴは忌々しげに続ける。
「些か癪に障るが……認めよう、お前は強者に違いない。
だが、見たところもう隠し手はあるまい。故に、俺も我が武を以ってお前の全力を叩き潰そう」
「ぶつくさ煩いです。ゴタクは良いですから、やれるもんならやってみなさい!」
「抜かすなぁ!」
相手の懐に飛び込もうと、両者同時に駆け出し、同時に互いの間合いに入った。
デーヴは二本の剣を巧みに振り、大道芸のように素早い連撃を放つ。
カーティも手数を以って対抗する。
「刮目せよ! これが王国騎士の技! これが我が武、我が人生よ!」
「何が人生ですか! 如何に英雄と呼ばれた過去があろうと、お前は人殺しの叛逆者に変わりない!
そんなものしか誇れないのか、お前は!」
「ああそうだとも! 人殺しの叛逆者、その一言が武一つで成り上がった我が人生の末路。それは何を言い繕おうが、変えようが無い。
だが、故に!
感情が昂るのに比例するように苛烈さを増していく剣撃を、カーティは冷静に避け、弾く。
比べ物にならないほどの強化を果たしても、侯爵レベルの血族との真っ向勝負は分の悪い戦いなのは変わらない。
先程の戦いでカーティはそう理解させられた。一撃を負わせられたのも、オミッドの横槍があったから。しかし、それも再生されてしまった。
血族の再生能力には限界がある事をカーティは知っている。しかし、マトモにやり合っては種族の性能差の前に敗れてしまうのは明白だ。
ならば決定的な一撃を与え、そこから畳み掛けるしかない。
そうしてカーティは、チャンスを耐えて待つ、という作戦を導き出し、実践していく。
そうしてようやく、隙を見つけた。
「……そこッッッ!!!」
「小癪なッ!」
縫い針に糸を通すように、乱舞する剣撃の隙間から鋭い蹴りを放つ。
危うく顔を蹴り飛ばされそうになったデーヴは身体を無理矢理回転させて距離を取りながら回避する。
「チッ! 首を飛ばせなかった!!!」
「……信じられんな。俺の剣撃を掻い潜り……剰え、隙間から蹴りをねじ込むか!」
「事実ですので、受け止めて下さい。
ところで、お前は武が自身の全てだと言いましたね」
「……それがどうした?」
何が言いたいと睨むデーヴの威圧に、一切表情を変えずにカーティは言う。
「成り上がりの人生を歩んだ騎士ならば、その考えは正しいでしょう。
しかし、お前の武はこんな年端もいかない娘にも付け入られてしまう程度のもの。
……虚しいですね。
そんなものが、お前の全てだなんて」
「お前……! 我が武を愚弄するか!!!」
「事実ではありませんか」
煽るように冷たく言い放った言葉に、デーヴは苛立ちを隠さずに静かに激昂する。
結末はどうあれ、デーヴは武人。所謂英雄というやつには違いない。
だからこそ自身の武、すなわち自身の歩んだ足跡を否定される事は耐え難い屈辱なのだ。
(牙の力を以ってしても互換以上にはならない。そしてこの力はあくまで一時的なもの。
さすが侯爵級。正直、階梯一つ違うだけで、ここまでの強さとは思いませんでした)
このままいけば、不利なのはこちら。自身も、後ろの物陰に隠れている勇気ある一般人も殺される。
しかしカーティはそう焦りつつも、これまでの戦いで勝機を見出していた。
(ですが、腐っても根っこは人間ですね。感情が高ぶれば、その分技も荒くなる。
後は先程のようにその隙を突けば!)
互換に渡り合えているように見えて、その実、かなりの劣勢。いつ来るか分からない制限時間内に勝機を手繰り寄せようと、カーティは焦りの思考の中でもがいていた。
「……心のどこかで俺は、お前を舐めていたようだ。だが、もう俺はお前を格下とは思わん。
この街から搾り取った力を回してでも、貴様を嬲り殺す!
楽に死ねると思うな!」
「だーかーらー! 力で証明しろっつってんでしょうが、口だけ野郎!!!」
「無礼が過ぎるぞ、小娘ェ!!!」
凄まじい気迫を放ち駆けるデーヴに、カーティは脚力を活かした跳び蹴りで迎え撃つ。
「舐めるなよ、この俺をォ!」
矢のような跳び蹴りを剣を交差させて押し返す。
カーティは空中で一回転して態勢を整えて着地、そのままデーヴへ爪を用いた近接戦へ移行する。
人智を超えた化け物同士のぶつかり合いはさながら災害のようなもので、片方が何かする度にアスファルトの地面は割れ、積み上げられた資材が崩れてゆく。
オミッドは遮蔽物から、飛んでくる瓦礫や物を警戒しながら、そんな様子をただ眺める事しかできなかった。
「クハハハハハッッッ!!!
滾る、滾るぞ! 教会の蝿どもでは到底味わえないこの闘い! 簡単に潰れない敵との、命の張り合い!
素晴らしい、素晴らしいぞ!
長らく忘れていた、懐かしい感覚だ!
感動すら覚える程に!!!」
「くっ……はあぁぁぁ!!!」
(コ、コイツ……隙が出来るどころか、技のキレが上がってる!
まさか、身体が戦い方を思い出し始めているとでも!?)
普通ならば、感情が昂ればその分動作にも影響する。今までも、さっきも通じた精神攻撃だ。
しかし、カーティは失念していた。
今回の相手はただの人間上がりの血族ではない、数多の戦場を戦い抜き、死地を駆け抜けた英雄だという事を。
今日まで、纏わりつく蝿を叩き潰すように敵対者を簡単に殺してきたデーヴは、本気の出し方を忘れていた。
そして今。
カーティとの戦いを通して、二百年もの間出す事の無かった本気を、ついに思い出しつつあった。
「ようやく身体が温まってきたぞ!
感謝するぞ、執行官! 主と殺し合う前の準備体操として、お前と戦えた事に!
だが……もういい。もう、お前は俺には勝てん!」
「なっ!? ぐはッッッ!!!」
押され気味だが、何とか連撃を捌いていたカーティの脇腹に斬撃が当たる。
その衝撃でカーティは吹き飛び、小さな身体がコンクリートの壁に激突する。
「カーティ!? このっ!」
オミッドは居ても立っても居られず、遮蔽物から飛び出し、銃で牽制しながらカーティへと近付く。
「……やはり、気に食わんな」
止めを刺そうとカーティの方へ歩いていたデーヴが、銃声に気付き呟く。
「銃というのは駄目だ、美しくない。
あまりに合理的に人を殺せ、あまりにも簡単に素人を戦力に変えられる。
まあ、お前のような蠅以下の、真っ向から立ち向かう勇気も無いクズには似合いの武器だがなッ!!!」
「ぐ、があっ!?」
突如としてオミッドの方へと方向転換し、恐ろしい形相で襲い掛かり、彼の首を掴み上げた。
「せ、先輩に、その人に、手を出すな……!」
カーティは立ち上がり、ぼろぼろになった修道服の各部に仕込んでいた、へしゃげた防護用鉄板を外す。
「やるなら、私を殺してからに……うぐっ!?」
命綱とも言うべき鉄板を全て外し、最大限身を軽くしてオミッド救出の為にまだ立ち向かおうとするカーティ。
が、彼女は歩みを踏み出せずその場に倒れる。
更に、間の悪い事に変身が解け、身体が元の人間体に戻ってしまった。
「た、立ち上がれない……!? タイミング悪すぎ、です……クソッ!」
「案ずるな。このクズを始末したら、次はお前だ。
牙の力、果たして如何程の糧となるか。
楽しみで仕方ないな! クハハハッ!」
高笑いを上げながら、デーヴはオミッドの首をゆっくりと締め上げようと腕に力を込めようとした。
その時だった。
「はい、そこまで。その人放して、デーヴ」
「ぐあァァァ!?!?!?」
赤い空が割れ、一条の矢のように飛び込んできたティア。その勢いのままオミッドを掴むデーヴの腕を切断し、そして吹き飛ばした。
「ギリギリセーフって感じ? でも、間に合って良かった!
もう大丈夫! 後は私にまっかせて!」
割れた空から溢れた月光が神々しく、この場に降臨した紅き女王に降り注ぐ。
両腕にオミッドを抱えたティアは、彼の顔を覗き込み、臣下の労をねぎらうが如く笑ってみせた。
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