日常茶飯話

@otinashi

第1話

「私は受けるべき報いを受けたいない」

 この一言を皮切りに男は語り始めた。

 それは男が小学生の頃、人生で最も善悪について理解し悪の限りを尽くす事こそ生き甲斐であった頃の話である。男が意味も知らず学ぶ部屋には他に十数人の学友がいた。彼らは皆親密に関わりいつも楽しげな顔を見せていたという。しかしその中に唯一誰にも歓迎されない横幅が大きく不細工な少年がいた。彼は勉学の合間の小休止の間は必ずと言っていいほど数人の男子生徒に囲まれていた。そして予鈴が泣く僅かばかり手前。妙に気が配れる者の合図で他のものが自らの席につくと、集団に隠されていた不細工な少年の泣き顔が顕になる。不細工な少年を囲っていたのは彼に身体的な苦痛を与えることで自らの欲を満たす屑共だったのだ。無論男もその一人である。

 そんなある日男はふと登り棒に触れたくなり一人の学友を誘い休憩時間に外へ出て体を動かした。いつも通り良い気分で部屋に戻る。鳴り響く怒号。男は何故かこうなる気がしていた。その日の放課後。他の生徒の全てが校舎を離れる中で男の学友だけは部屋に残された。

「この件の主犯」

 昼間の怒号の先にいた学友達が挙手し涙を流す。

「認識していたが無視した者」

 大半の学友が手を示す。男ともう一人はそこで手を上げた。

 偶然その日、教員の目に暴行が映った時のみ男たちはそこにいなかった。当然目撃者の証言により教員の疑いは二人に刺さる。しかし彼らは終ぞ白を切り通した。二人は卑怯にも無罪放免となった。

「今に力を持ったその少年が君に報いる」

 男は首を振る。

「不細工な少年は法による罰を受け、私は相応の罰金を受ける。採算は取れない」

「そのあまりにも愚かな行為を踏みとどまれば君に降りかかる全ての災難を免れていた」

 男は首を振る。

「私が今日まで受けてきた災難はあらゆる人生の平均に過ぎない」

「その報いに法律は適応されず時効の概念は存在しない」

 男は首を振る。

「不細工な少年が昨日に死んだ」

 その日の夜に私は血塗れた手を耳に当て男と話した。

「私にとってその恐怖は生きる上でなんの障害にもなり得ない」

 男は小さく首を振ったのだろう。

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