死んだはずの第五皇子、期せずして帝国を救う。
百日紅
弟の願い
第1話 事件当日
ザンドラ大陸東部――ロイエンタール帝国首都ハンザにある帝城は混沌としていた。
「なっ………、、それは事実なのかっっ?!」
「有り得ない……、絶対にあってはならん!!」
「メイド共は何をやってるんだっ!!」
「前代未聞だぞ?!」
「くそっ、ゼネスト王国の謀略か!!」
「おっっ、落ち着いてっっ!!話をっ、!!」
謁見の間であろう縦に長い巨大で豪華な部屋で、豪奢な衣装を身に纏った貴族であろう人々が口々に驚愕の声を漏らす―――
あるものは顔を真っ青にして震え、
あるものは顔を真っ赤にして怒り、
あるものは一切の表情を変えず傍観し、
あるものは場をまとめようと声を張る
―――しかし、悪い知らせというものは続くもので、先ほどから混沌としている部屋に息を切らした1人の兵士が駆け込んで来る。
「っ、ほっ、、報告いたします!現在アドランド王国で会談中の第一皇子―—フィリップ・サン・ロイエンタール様が襲撃を受け、連れ去られたとただいま報告がございました!!」
「「「なっっっ!!!!…………………………………、、、、」」」
室内にいる全員が衝撃の報告を聞き、先ほどまでの混沌が嘘のように静まり返る。
誰もが現在の状況が異常すぎて言葉を発することができないのだ。
―――――どれほど時間が経っただろう。
室内に充満している絶望の空気感に気圧されて、誰も何も言えないまま時間だけが経過していた。
このままではさすがにまずいといち早く持ち直した1人の老紳士が何か言おうと口を開く
「……まz―――「何があった!!現状を説明しろ!!」
が、それと同時に”バーン”と、ものすごい音を立てて謁見の間であろう部屋の扉が乱雑に開かれる。
そうしてものすごい勢いで部屋に入ってきた人物―—ロイエンタール帝国第二皇子 マルコス・ジョン・ロイエンタール―は室内に向かって説明を求めた。
金髪碧眼で、普段はクールなことで知られている第二皇子の慌てた様子に室内の面々は我に帰る。
「皇帝陛下が夕食に混入していた毒物により現在意識不明となっております。さらに、アドランド王国にて会談中のフィリップ様が、我々もまだ詳しくはわかっておりませんが行方不明となっていると今報告が………」
先ほど口を開いて何かを言いかけていた老紳士が早口で説明する。
「なっっ!?、、、」
あまりの事態に絶句するマルコス。
しかし、さすがは第二皇子。幼少の頃から様々な経験をしているだけあり、立ち直りも早い。
すぐに平静を取り戻すと、先ほど説明をしてきた老紳士に問いかける。
「……して、父上に毒を盛った犯人はわかっているのか?」
「いえ。今調べているところです。」
「なぜだ?皇帝である父上の料理に触れて、毒を入れられるのなんてほんの数人しかいない。ならば犯人などすぐに分かるであろう!?」
少し苛立った様子で周囲にいる人々に尋ねるマルコス。
しかし、何故かバツが悪そうに顔を見合わせる周囲の人々。
そこでまたもや先程の老紳士が答える。
「実は、皇帝陛下がなぜお倒れになったのか今のところはっきりしていないのです。
確かに夕食をお召し上がりになっているときに体調を崩されたのですが、、、宮廷医師いわく、今試すことができるどの解毒薬でも効果が現ず、本当に毒物なのかも現状定かではないようなのです。」
「呪術の可能性も………」
「新たな病の可能性も……」
「いや、毒以外はありえんだろう…」
老紳士が話し終えると、周囲の貴族たちがひそひそと各々好き勝手に話し出した。
それを遮るようにマルコスは声を張り上げて指示を出す。
「原因はなんだっていい!!
とりあえず父上の回復が最優先だ!
国中から医者や治癒術師をかき集めて治療にあたらせろ!!」
「「「「御意」」」」
マルコスの指示を受けて先ほどから話していた老紳士がなにか指示を出し、何人かの者は謁見の間から出ていく。そして部屋に残った貴族はまた好き勝手に話し出す。
「皇帝陛下と第一皇子が同日に危険な状態になるとは……」
「やはりゼネスト王国の仕業ではないのか?」
「先月のイテラ平原で我が国に負けたことの報復か?」
「いやでも、第一皇子の方は会談中の襲撃であるからアドラント王国の仕業の可能性の方が……」
「流石にいくら敵国の人間だろうと自国で会談中に会談相手が攫われては真っ先に疑われる。そんなことは向こう側もせんだろう。」
「では、ゼネストが―――」
なんの証拠も根拠もない貴族たちの妄想の犯人探しがはじまりかけたところで、先程から入り口の柱にもたれかかり一切の表情を変えずに腕を組んで静観していた、赤髪隻眼のいかにも武闘派な見た目の男――近衛騎士団長 トム・ウィルソン・ジェルメーヌ――が痺れを切らしたかのように尋ねる。
「それでマルコス殿下、第一皇子の方はいかがいたしますか?」
父親である皇帝のことで頭がいっぱいだったマルコスは、近衛騎士団長に尋ねられ、まだ問題が残っていたことにハッとして、慌てて指示を出そうとする。
「兄上は………―――
「お前が犯人じゃないのか?」
「僕もその可能性が一番高いと思います。」
マルコスの指示を遮って、そう言いながら謁見の間に入って来る2人の青年。真っ先に第二皇子を疑うのは、金髪を刈り上げた、いかにも武闘派な見た目の第四皇子―ウォルフ・ガン・ロイエンタール
それに同調するのは皇族の中では珍しい黒髪黒目で知的な顔立ちの第三皇子―オーベル・アレクサンドル・ロイエンタール
「なっ……!!……何を言う!!私がそんなことするわけないだろ!!」
「しかし、今の状態になって一番得をするのは第二皇子である兄上ではないですか。」
オーベルの言葉に周囲の貴族たちは賛同し、マルコスに疑いの目を向け始める。
こんな状況で自分が疑われるなど思ってもいなかったマルコスは憤激し、声を荒げる。
「おっ、お前たちは本当に俺がやると思っているのか?!」
「可能性の話をしただけです。そんなに怒らなくても………、まぁその可能性が高いから言ってるんですけどね。」
そういいながら、薄ら笑みを浮かべ鼻で笑うオーベルに対し、マルコスはさらに憤激する。
「そんなの言いがかりに過ぎないだろ!第一、この場合、俺だけでなくお前たちも――――
こうして皇子たちは三人で罪のなすりつけ合いを始め、周囲の貴族たちは、このまま皇帝陛下と第一皇子、どちらも助からなかった場合、皇帝になる確率が一番高い第二皇子の味方になるべきか、疑いをかけて他の皇子に汲みするか計りかねていた。
問題が発生し、早急に解決すべきなのに、各々が今後を見据え、己の利益を最優先に考え、損得で行動しようとする。
この状況での一番の問題は、それを咎める人間がその場にいなかったことだろう。
そうして、謁見の間にいた第二・三・四皇子と有力貴族たちによる己の利益最重視の駆け引きが朝まで続いた。
しかし、朝になっても今後の対応は一切決まらなかったのは言うまでもない。
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