英雄と弟
プレトリウス家は始祖ヨハンが帝国南東部にあるリーグリッツという小さい街に移住したことから始まる。
たまたま大工仕事をしていたかれをたまたま見た吉良の娘が
「このものこそ、わたしの夫だ」
と、一目惚れしたのである。
かれは、吉良家の婿養子となって、やがてときの皇帝時康からプレトリウスの家名を下賜される。プレトリウス家の資産は膨張し、ヨハンの息子たちが持つ所領は16ヶ所を数えるほどになった。
そのヨハンの息子たち、すなわち長男ザムエル、次男ヨハン、三男ヨハン・クリストフ、四男グスタフ・ウィルヘルム、五男オズワルドはそれぞれかれらを起源とする5つの家系をなした。次男の息子ユリウスがさらに分家を興し、かれの孫が東国領域政府軍の英雄として知られるマンフレートである。
マンフレートには長姉イルゼ、次弟ローター、末弟カールという兄弟姉妹がいた。そのうち次弟ローターが兄の後を追って軍人となった。
プレトリウス家は元来軍務とは縁のない家系で、たとえば長男ザムエルの家から出たフェルディナントは地理、民俗学者として秋月国への訪問や、最後のハイエルフと呼ばれたイチの保護者として知られている。この家系から出た初の軍人はマンフレートたちの父アルブレヒトであった。
マンフレートたちが産ぶ声をあげたのは、城塞都市ラウプホルツだったが、かれらの幼少期に小さな田園都市メーテルローインに引っ越した。それというのも、父アルブレヒトが行軍演習中に溺れかけた部下を救った際に、重度の難聴になってしまったのである。かれは少佐を極官とし退役して、メーテルローインに家族ともども隠棲することとなる。
この地でマンフレートは年の近いローターといっしょに、父アルブレヒトから乗馬や狩猟の手ほどきを受けた。とくにマンフレートは卓越した能力を発揮した。その影響は後年書いた未完の自伝でローターを語るさい
「わたしの父は
と、いわゆる『狩猟用語』を使って説明するほど、マンフレートの身体に残っていた。
そのためか、生涯元気で健全な気質で、一度だけ麻疹にかかったくらい健康で、補助や手を使わずにバク転ができたという。
その一方で、学問的な教育は、母クニグンデが家庭教師代わりとなっていて、正規の学校には行かなかった。それというのも、父アルブレヒトが先祖伝来の遺産をもらえず、母の実家から援助をしてもらわないといけないくらい困窮していたからである。マンフレートは母クニグンデと仲良く、残った書簡の大半が母宛というくらい極端に親密であったという。ともあれ、マンフレートが公的な教育機関に入るのは、メーテルローイン近郊にあった幼年学校が最初である。幼年学校とは、少年を将校に要請するための教育施設である。そのときのことをマンフレートは
「第1年学生として陸軍幼年学校生徒隊に入隊した。望んで幼年学校生になったわけではなく、それは父の望みであって、わたしの意向が求められたこともなかった。厳格な規律と秩序があまりに幼い者のアタマにことさら重くのしかかった」
と、回想している。
メーテルローインの幼年学校は、かつての修道院を転用しており、周辺のは小さな村落があるのみであった。そのために、この幼年学校に入学することは一般の世界とは隔離された宿営生活の中で過酷な軍隊教育を受けることを意味していた。
1日のスケジュールは以下の通り。
5時30分:起床
6時:食堂までの室内行進、朝食、懸垂、授業の準備
7時:点呼
7時20分:授業開始
10時50分:休憩と朝食、休憩後に野外での兵器学と軍事演習
13時:午前の授業終了、昼の点呼、郵便物配布、命令通達、教練と行軍訓練、食堂での昼食
午後:教練、体操、水泳、剣戟、射撃、日によっては乗馬、舞踊の授業
19時:食堂への中隊ごとの移動と夕食、その後に自由時間、装備品の点検
20時:門限合図と就寝
マンフレートは軍事史と軍略に興味を持つが学業は苦手、体育全般が得意といった学校生活を送る。特定の友人や女性関係はなし。
数年遅れて弟ローターも幼年学校に入学。スポーツ万能だが、学業はからっきしであったという。
19歳になったマンフレートは、東部第一槍騎兵連隊に着任した。この連隊はガレーナ近郊の基地に駐屯していた。
「わたしがこの連隊を選んだのだが、というのも、友人や親せきの数人がそうするようにひどく進めてくれたからである。わが連隊での勤務はこの上なく気に入った。若い兵士にとって
と、本人は回想している。
槍騎兵隊はエリート部隊で、主な任務は偵察と特別に課されるものであった。
連隊に所属してる期間中に、かれは幼年学校を卒業して、少尉に任命された。マンフレートは
「ついに、房付肩章をいただいた。突然に少尉殿と呼ばれて、最高に誇らしい感情になったが、そういうものだった」
と、回想している。
かれは軍務のストレスを狩猟や乗馬で発散した。またウマ型のASでのレースに出場し、ある年の大会では上位に入賞したりしている。
そのころ、ローターは幼年学校で勉強嫌いでスポーツ万能なところを発揮している。兄のような派手さはないが、問題児だったようだ。
ともあれ、何ごともなかったら、ルーティンの軍務をこなし、退役するまで配属された舞台で何十年も過ごすはずであった。
マンフレートの回想。
「すべての新聞は戦争に関する記事であふれかえっていた。しかし、数カ月前からもうずっと、そんな戦争の喧伝には慣れ切っていた。われわれは軍務用の荷造りを何回もおこなっており、その作業を退屈だと思っていて、もはや戦争がおこるとは信じていなかった。とはいえ、戦争のことを1番信じていなかったわれわれだが、『軍の眼』であったので、わが部隊指揮官は、この時期、偵察を任じていた」
「われわれはガレーナから10くらいの距離に配置された騎兵中隊と士官食堂に会して、わずかな間、カードで勝負に興じた。それは非常に楽しかった。既述の通り、だれも戦争のことなど覚えていなかった」
「母や同僚の朝食会にとある官僚が来て
『戦争はにゃいのかしら』
と、訊いたのでわたしは
『そんなことはありませんよ』
と、返した」
「朝食会の翌日、われわれは進軍した」
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