カンパネラを鳴らして1
久遠は2週間ほど前に区内であった爆発事故の話を雄大から喫茶店で聞いていた。
爆発が大きかったのかそこにいた一家4人が巻き込まれたらしい。
「二階堂龍己って分かるか?そこらの界隈ではかなり有名で仏さんになったのはその人とそこの2人娘の1人、二階堂弥生らしいんだがどこにいたのか爆発した場所の近くにいたのか二階堂飛鳥さんだとは思われるんだがそこは監察医が身元を調べている。」
雄大は久遠に淹れてもらったコーヒーを飲みながら話していた。
「そんな機密情報をなんで俺に話してんだよ。警察の情報漏洩もいいとこだな。」
久遠はため息混じりに呆れながら笑った。
「ここからが厄介なんだ!
背丈は一致してるんだがどうしてもDNAにずれがあるらしくてその遺体が二階堂弥生である可能性が低くてな。結局は誰の遺体なのか、弥生さんじゃなけりゃ弥生さんはどこに?ってなるんだよ。」
「それを調べるのが警察や刑事の仕事じゃないのか?すぐに俺を頼るのはやめろよ…。
今回は乗り気じゃない。」
「……。」
雄大はなぜ久遠が乗り気じゃないのかは痛い程分かっていた。
高校3年生の頃。自宅で爆発事故が起きた。
原因は5年経っても不明。その爆発事故で久遠の双子の弟、琥珀も行方不明になった。
ーー状況が似ている。
爆発事故で母が死に、父親は下半身不随になり愛する妻の死と息子の行方不明に心労が祟りその1年後くらいに脳卒中で亡くなった。
「俺だって世話になってる雄大に協力はしたい。でもこれは無理だ。」
久遠は思い出したくない情景が脳裏に浮かんだ。
部屋で課題をしていた久遠。
「大学に行くための課題?」
ショートヘアがよく似合ういつも厳しく優しかった母親。
自分があの時、夜食を作ってほしいなんて頼まなければ。自分で準備していればと何度あの時に戻れたらと思った。
爆発に気づくのが遅れ逃げ遅れた久遠を助けるために父親が倒れてきた壁の下敷きになってしまった。
焼け崩れ落ちる自分の家。
5年経った今でもそれは心の奥深いところに居座っている。
「……悪かった。今回の件は聞かなかったことにしてくれ。」
雄大はすまねぇと言うと喫茶店を出ていった。
雄大が座っていたカウンターにある、空のコーヒーカップからコーヒーの残り香が漂うだけだった。
久遠はなんとも言えない歯痒さに奥歯を噛み締めた。
そこへ部屋で発注をしていた雄大の母が喫茶店に顔を出してくる。
「あら?雄大は仕事に?」
「静子さん、もう発注は終わったんですか?」
静子はニコッと笑った。母によく似た笑窪が愛らしい。静子は久遠の母の姉であり、雄大の母。久遠からしたら叔母にあたる。
「おかげさまで、でもサンドイッチの材料が足りないから買い出しをお願いしてもいい?」
「いいですよ?」
「よろしくね。これメモとお金が入ってるから。」
久遠は静子から封筒を受け取ると腰に巻いていたエプロンを外し、喫茶店を出ていった。
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