10 右目のきもち

 あの子はあまり自分の情報を出したがらない人だった。


 だからTwitterで繋がっていただけのわたしが元々知っていたのは『【アニメタイトル】』を楽しみに見ていたことや『【アニメタイトル】』でみんなが【キャラクター名】に【中略】ていたことや、【漫画家】が好きなことや、【歌手】がすごく好きなことや、【活動】をやっていた時期があることや、【概念】が好きなことや、ちょっと不幸体質なことや、【すてきなもの】でいるクまを【中略】ことや、『安達としまむら』の【中略】、入間人間のことがとても好きで入間人間の好みに合わせて髪を伸ばしていたことくらいだった。


 電撃文庫MAGAZINEに【中略】気に入っていたことを、わたしはよく覚えている。

 入間人間のちょっとしたことでやきもきして、少しの工夫に本気で悩んで、そんな子だったこともよく覚えている。


 ついでに、わたしが入間人間への複雑な気持ちをこじらせすぎて彼宛に送れる手紙を書けなくなり、送らない手紙をこっそりパスワード付きのブログにアップしていたとき、アクセスしてくれていた数少ない人物の一人だったことも、アクセス解析ツールで知っていた。

(【入間人間作品】を手に入れたと呟いていた時期とわたしのブログの感想記事へのアクセス日時が近すぎてIPとホストネームが筒抜けだったので)


 あの子はとても可愛い人物だった。

 わたしと違って、あてつけだとかそういう行程で気持ちを汚したこともないのであろうことも見て取れた。

 ただただ彼のことが好きなのだと。


 最初の章にも書いたが、『好き』に境界線も際限もないのが、わたしの心の特徴だ。

 だから、自分と同じ人に恋をしているあの子のいじらしさや感受性を見ていて、恋をするのにそれほど時間はかからなかった。


 わたしはあの子が少しでも報われればいいと思っていた。

 サイン会の抽選に当たってほしかったし、また【中略】ほど気に入る小説が出ればいいと思っていた。


 けれど、そんな日は来なかった。


 あの子がその日を決めた直接の理由は知らない。

 知っていたのは、生きる気のないわたしの影響も受けていただろうことと、わたししかフォロワーのいなかった鍵アカウントで呟いていた内容と、ちょっとしたLINEのやりとりくらいだ。


 ともあれ、あの子が自分で決めたことで、何日も前から冷静に準備をして決行したことだというのは確かだった。

 あの子は11月10日発売の『安達としまむら7』は読めるといっていた。


 あの子が決めたことにわたしは口を出さなかった。

 わたしも同じ気持ちは持っていたし、ただのアカウント削除だと思っていたときにサッパリと見送るリプライを送ってしまっていたし、何より、あの子の周囲の人達は反対するとわかっていたから。

 今からやることに反対ばかりされたら寂しい。だから、わたしだけは反対しないでいようと決めた。わたしもさびしかったけれど。


 ひょっとしたら、他にインターネットからあの子を見送る人がいたら、少しは違う言動を取ったかもしれない。

 けれどその日はたまたまわたし以外にあの子に反応を返せる人がいなくて、つまり、暖かく見送れるとしたらわたしだけで……だから、そうした。


 ただただ、あの子が最後に読む本が最高に面白くていい文章の『安達としまむら』だったらいいなと思っていた。


 結果、『安達としまむら7』は、面白かったし、いい文章を含んでいたとは思う。

 けど、わたしは……よりによってあんな、ちょっと気をつければ取り除けたようなミスが目立つ本が、あの子にとって人生最後の、大好きな人の書いた大好きなシリーズを読む機会だったなんて、いやだった。

 いやでいやで、仕方がない。

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