大好きだった作家を大嫌いになるまでの話。
片手羽いえな
1 入間人間が好きだった頃
当然のことだが、誰かや何かを嫌う理由はさまざまだ。
本能的に嫌うこともあれば、嫌なことをされて嫌うこともあるし、信条から許しがたかったり、立場の問題があったりもするだろう。
わたしが入間人間をきらいになった理由はいくつもあるが、その理由の全ては『一度はとても好きでいた』という事実に支えられている。
わたしは入間人間がきらいだ。
わたしは入間人間の美点も欠点も溢れるほどに言えるし、悪口なら無限に言える。
世に出ていた小説は全部読んで、欠かさず雑誌やインタビューを入手して(5Mだけは借りて読んだけど)、かつて通っていた大学に通って、何度も何度も文章を読み返して過ごして、表に出してきた部分ならそれなりに知っているからだ。
(それも離れようときめるまでの話といえばそうだけれど)
初めて書店で彼の本を見たときの感想は「表紙の絵が綺麗で、タイトルが変で、ペンネームが変。サブタイトル気になる」だった。
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 幸せの背景は不幸』と題されたその小説はイラストレーターも左氏が担当していたので「変なペンネームの奴が二人並んでる」と思っていたことをよく覚えている。
ビデオレンタルショップに併設された本屋で母親を待っていたわたしは、少しの立ち読みのあと、多くはない小遣いからその本を買った。
夢中になるのは早かった。
早い話、入間人間の小説は面白く、価値観に馴染み良く、感触が好ましかった。
今ですら書かれたすべてまでは理解出来てないけれど、それでも直感が『この人の本だ』と確信していた。
当時は気づいていなかったけれど、わたしは他者の感覚に非常に過敏だ。
感覚が合わない人が書いた小説を読むのは心底苦痛だし、嫌いな歌詞がついた歌を聴いたり歌ったりするのは黒板引っ掻くよりつらい。
たとえばタイトルは伏せるが『猫を車で轢いてしまい、ゴム手袋を取りに帰ろうとするご婦人を前に「普通のまともな人なら、すぐに素手でも道路脇に寄せるだろって怒るよね」って述懐する主人公』が出てくる小説がこの世にあった(※これでも出版物)(※衛生面に問題があるから基本素手で触ったらだめだよ!)。
恐らく大抵の人は、気にしないか、描写の腕よくないなぁって純粋に評価するか、ちょっと困惑しながら読み流すかだと思う(ちがったらごめんマジで)。
わたしは、作者の人のことを心から軽蔑する。一応最後まで読んで、自分が誤解しているだけじゃないか、ミスリードにまんまと引っかかっただけじゃないか、作品の都合上変な価値観の主人公が必要なだけじゃないか、って確認したけど、この相手の場合は軽蔑ポイント5倍キャンペーン開催しただけで終わった。
思い込みを押し付けられること、価値観を逆撫でされること、わたしは異常に苦手で、そういうことを平気でする人っていうだけで、作品貫通して作者を嫌いになれる。
逆に、垣間見える感覚が好ましかったとき、少しの気遣いが上手く心に刺さってしまったりしたとき、わたしは書いた人のことをとても好きになってしまう。
大抵の人は自分の姿が見えてない人よりは、ぶつかりそうになったら避けてくれる人のほうが好きだろう。
それは手書きの文字が書かれた紙を踏まないように避けるような淡い敬意でもいい、気持ちの強さは勝ち負けには関係ない(気持ちの強さで決まるなら負けた=気持ちがショボかったとなってしまう)と当たり前のことを言ってみせることでもいい。
誰かや何かを信頼するきっかけになるのは、そういったほんのちょっとのところだ。
それくらいの単純なきっかけで、わたしは入間人間が好きになった。
『好き』に境界線も際限もないのが、わたしの心の特徴だ。
だから、どういうものが書けるかが知れれば、充分に恋ができた。
わたしは入間人間に恋をしていたし、おそらく、愛してもいた。
八年以上好きだった入間人間のことを嫌いになるまでには色々なことがあった。
勿論、個人の感傷でしかない出来事が一番多いし、大きかった。
だけどひょっとしたら、書き残した方がいいようなこともあるのかもしれない。
そう思うので、覚えていることや言っておきたいことを、文字にしておくことにした。
最後まで読んでくれる人がどれだけいるかはわからないけど、お付き合いいただけるとありがたい。
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