全盲の父が見る世界

URABE

父の脳裏に景色を映せ!



「今度のメダルはどんな形なんだ?」



父親から電話がかかってきた。先日、柔術の大会でもらったメダルについての質問だ。



私の父は目が見えない。私が生まれたときから全盲のため、私の顔を知らない。よって、父に何かを理解してもらうには言葉で伝えるか体験させるかしかない。


メダルがどんな形なのかを説明するのは簡単だが、単に形状について問われているわけではない。どんな大きさで、どんな素材で、どんな質感で、どんな重さで、どんな色で、例えるなら何みたいで――。


目の見えない父の脳裏にその形を描かせるため、さまざまな手段で言葉を並べる。



実際に手に取ることができればもっと少ない言葉で伝えられるが、電話でそれは無理だ。よって、私の目の前にあるメダルをそのまま父の脳へ送信すべく言葉を考える。





私が海外へ行ったとき、父への土産は珍味か手触りの良い革製品・木工品を選ぶことにしている。食べ物ならば目で見なくても、味や匂いを手がかりに手っ取り早く「現地」を伝えられるからだ。そのため、地元で有名だったり珍しい味だったりする食べ物を選ぶようにしている。



日本では味わえない味だからこそ楽しんでもらいたい、という私の気持ちとは裏腹に、父はいつも「マズい」「しょっぱい」「甘すぎる」と文句ばかり言う。


だが、それで構わない。なぜなら「美味いもの」を選んでいるわけではないので、正直な感想はそうなるだろうから。


それよりも、その「マズい味」こそが現地の味であることが伝わればそれでいい。



一方、革製品や木工品は手触りがいいので、全盲の父には最適。さらには置き物やキーホルダーというより、民族楽器や魔除けといった「もう一つ意味のある物」のほうが、話題性があって喜ばれる。


ある時、バグパイプのミニチュアを送ったことがある。父は手で触りながら、これはなんだ?ここはどうなるんだ?と質問攻め。目が見える私からしたら疑問にも思わない部分が、手で触るだけでは不思議に感じるようだ。


仕方なくバグパイプの仕組みを調べたうえで、


「手前のパイプから息を吹き込むの」


「下のパイプの穴を指で塞いで音程を操作するの」


というように、実物を触らせた状態で言葉で補足する。珍しい土産にプラスして、バグパイプという楽器の構造まで知ることができ、父にとっては一石二鳥のギフトとなった。



だが、非常に難しいのは風景や絵画の説明だ。


「空が青い、女の人が座ってる、ぼろい建物が見える」


これでは伝わらない。私が見ているこの景色を、どうしたら父の脳内で再現できるのか、そのための言葉を探す。



しかし言葉から受け取るイメージには個人差がある。ましてや父が見たことのない景色を説明するのに、私の言葉でフィットするのかどうかなど知るよしもない。


父は納得するまでしつこく質問する。


「たとえば何みたいな?」


この「例え」も難しい。味や物ならば類似するものを例として挙げられるが、抽象的であったり、ビジュアルでしか表現できないものだったりすると、言葉で表現するのが非常に難しい。



いまだに覚えているのは、オーストラリアのウルル(エアーズロック)について。鉄分を多く含む砂岩でできた一枚岩が、夕日を浴びてまるで燃えているような状態を、どうやって言葉で表現したらいいのだろう。ただただ圧巻というこの光景を、どうやって伝えたら。


「燃えるように美しいよ」


あの時の私にはこれが精一杯の言葉だった。しかし、燃えるように美しいとは?父がイメージする「ソレ」と同じなのだろうか?



美しさをただ単に「感じるもの」だと思っていると、こういう目にあう。誰もが共感できてこそ、本当に美しいものといえるだろう。



私はその言葉を探した。今でもまだ、探している。





メダルは丸いもの、と思い込んでいた父。私が初めて柔術の試合で優勝した時、もらったメダルは四角かった。


それを触らせた時、彼は怪訝そうな表情をした。もしかすると、ニセモノのメダルだとでも思ったのだろうか。



「今回も四角いのか?」


そう聞かれたときに気がついた。


「いや、今回は丸いよ」


と私は答える。すると父は、


「そうか、よかった」


と言いながら笑った。父が思うメダルはやはり丸いのだろう。今度こそ「本当の金メダルをもらった」と信じたのではないだろうか。


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