三題噺「昔話」「チョコレート」「リボン」
白長依留
「昔話」「リボン」「チョコレート」
「今年の夏休みの課題として、三題噺が採用されました」
――さんだいばなし?
初耳の言葉。先生が何を言っているのか理解出来なかった。
「せんせー、さんだいばなしって何ですか!?」
「三題噺っていうのはね、三つのお題を必ず入れて、文章を作ることよ」
国語の授業が嫌いな私にとって、なんとも辛い課題を言い渡されたものだと思った。
「先生お題ってどういうのですか?」
国語が得意な川岸くんが、食いつくように前のめりになって質問する。国語が得意な人が羨ましい。毎年の読書感想文だって、いつも苦しい思いをしているというのに。
「例えば、『熊』『里』『教会』とかね。関連性のない言葉を選んで、文章としてまとめるのよ」
川岸くん以外のクラスメイトは、困惑といった感じでざわついている。そりゃそうだろうと思う。小学校最後の夏休みの課題が、こんなヘンテコリンなものになるなんて。
毎年毎年、同じ伝記を読んで読書感想文を書いて、なんとかやりくりしていたのだ。いきなり、こんな難しい課題を出されるなんて、夏休み前の浮ついた気分が一気に沈みそうだった。
家に帰り、座っているおじいちゃんの足の間に収まる。両親が共働きなので、いつも面倒を見てくれるのはおじいちゃんだった。
「どうした和恵。きょうは随分甘えてくるじゃないか」
「んとね。学校で難しい課題を出されたの」
正直に話すと、大笑いするおじいちゃん。
――人ごとだと思った!
拗ねるような態度を取ると、悪かったとおじいちゃんが謝ってきた。でも、これは笑い事ですまない、本当に大変な問題なのだ。
「そうだ! 悪いと思ってるなら手伝ってよおじいちゃん」
良い案だと思い、勢いよく振り返って提案すると、おでこに軽い衝撃が走る。
――デコピンをされたのだ。
おじいちゃんは優しいけれど、厳しくするところは厳しい。私が悪い事をすると、ちゃんとしかってくれるのだ。そして、叱った後はわたしがまた間違わないように諭してくれる。おじいちゃんは若いときには、何十人もの部下を育ててきたって自慢をしていた。だからかもしれないが、教えると言うことを誇りに思っているようだった。
「うー、手伝うって言っても、代わりにやってって意味じゃないもん。本当にどうしたら分からないから、ちょっと助けてほしいだけだもん」
おじいちゃんの膝の中で、向き合うように座りなおすと上目遣いで見つめる。
怒られた後も、おじいちゃんの言うことを守らなかったことはない。でも、今回ばかりは違うのだ。
怒られても引かない態度を不思議に思ったのか……それとも、気持ちが通じたのか。困ったような顔をしながらおじいちゃんが、詳しい話を聞かせるように言ってくる。
「そらまた、ずいぶん難儀な課題じゃなぁ」
おじいちゃんと一緒に考え始めて、もう一時間が経った。三題噺のお題すら決められずにいる。
「なあ和恵。これは実際にあったことじゃいかんのか?」
おじいちゃんが眉根に皺を寄せながら唸る。
「先生は駄目って言ってなかったと思う」
「なら、ワシの昔話でも聞いて何か良い案が浮かんだら、書いてみるとかどうじゃ。これでも伊達に長くはいきとらんぞ」
――おじいちゃんの昔話か。
昭和の時代を生きたおじいちゃん。昭和の時代っていまよりもずっとずっと、皆が幸せだったって聞くけど……。
「だったら、可愛いお話がいいな」
「か、可愛いお話か? 婆さまが生きておったら、一つや二つは簡単に出てくるんじゃろうが」
「ねえ、だったらおばあちゃんのお話してよ」
照れくさそうに、頬をかくおじいちゃん。本当に恥ずかしいことは、話せないがたわいもないことならと、色々と話してくれた。
「ふわぁ。もうこんな時間。そろそろ二人とも帰ってくるから、夕ご飯の準備しないと」
「婆さま直伝の料理の腕。そのうち、嫁に行っちまうと思うとなぁ」
「変な事いわないでよ、おじいちゃん」
冷蔵庫を開けて、どんな献立にしようかと考えていると、いつの間にかおじいちゃんが姿を消していた。
「まさか、今になってこれを思い出すとはのう」
孫にせがまれて、婆さまとの思い出話をしているとき、思い出したもの。婆さまがバレンタインデーに手作りのチョコレートを巾着に入れ、自分で縫ったリボンで留めて渡してくれた宝物。
婆さまは料理などの一通りの家事は得意だったが、裁縫だけは苦手だった。その婆さまが一生懸命に縫ってくれたリボン。チョコレートとどちらが嬉しかったかと言われれば、答えは決まっている。
「あの子にも、そのうちそんな相手が出来るんじゃろうなぁ」
仏壇に飾ってある写真に語りかけるように、優しい笑みを浮かべてリボンをギュッと握りしめた。
三題噺「昔話」「チョコレート」「リボン」 白長依留 @debalgal
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